まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです 作:えくぼ.
熱い戦いが今ここに。
まどかの滅多に見られない本気がたった一つの存在に向けて放たれる。
ワルプルギスの夜襲来当日。風がごうごうと吹いているが、雨も降らずにすんだことで無駄な体力を使わずに済みそう、とほむらは少し安堵していた。しかしこの魔女が現れるときは決まって曇る。もしかしたらこいつは天候にさえ影響を与えているのかもしれないとほむらは思った。
それもそのはず、この魔女の通り名は『舞台装置の魔女』である。戦いでさえ、彼女にとってはショーである。彼女の移動は蹂躙であり、公演なのだ。そのために天候に干渉することはありえないことではない。
ワルプルギスの夜は一般人には大規模な災害として認知されている。連日ニュースの天気予報ではその話題でもちきりになり、ひっきりなしに災害情報などが繰り返されていた。
そして当日は当然、多くの人が安全のために外出しておらず、町は静まりかえっていた。
小さな店なども、自主的に営業を停止し、危険な場所に住む人たちは一層警戒していた。窓もぴっちり閉められ、張り詰めたような空気をますます醸し出している。
「作戦通り頼むわよ」
ほむらはもう慣れてしまっていた。いかに効率良く攻撃できるかばかり考えてワルプルギスの夜に挑んできたため、今更死の恐怖など抱きようもなかった。
こんなものに慣れる方が異常で、取り乱すのが自然だとわかっているからこそ、緊張する他の魔法少女を責めることはなかった。それどころかできるだけ冷静に保てるようにと鼓舞さえしたのだ。
今度は仲間がいる。それに応じて最善の選択を。
「来たね……あれがワルプルギスの夜…………!」
話で聞くよりもその雄大とさえ言える姿に息を飲む。いや雰囲気に呑まれた。魔法少女でない人間たちさえもが感じる異様な威圧感は、見えている彼女たちからすれば目を逸らしたいほどのプレッシャーだった。
「とても大きいね……だけど絶対負けない」
まどかの背中に桃色の光を纏った翼が現れる。その端から魔力が溢れそうな翼だった。体よりも大きな二翼一対の翼は羽ばたくためのものというよりは、そこから魔法を発動するためのわかりやすい象徴であった。
「そうだね。倒さないと識莉子が困る」
ほむらはやめてと言ったが、やはり一番適した魔法こそ微妙な調整ができるというものである。それに、本気を出して短期決戦にしなければ町へと被害が出るかもしれない。
司令塔であるほむらの元へとマミからキュゥべえ経由のテレパシーが入る。
「こっちはもう人がいないわ」
七人の魔法少女が街の高い建物や鉄塔の上からその様子を見ていた。
これで黒いスーツを着て、トランシーバーを片手に持っていればガラリと雰囲気も変わり、別の作品のようになってしまうのだろう。
幸いにも、トランシーバーがなくともテレパシーさえあれば問題なく通信可能であり、姿は人に見られるのが憚られるフリフリの魔法少女姿である。
普段は制服に偽装しているまどかも、戦いの時はさすがに空気を読んで魔法少女姿になっている。
どうせ制服に偽装していても、翼を生やして空に浮けば何の意味もない。むしろシュールなだけだ。
ほむらは何の抑揚もない声でまどかに一言。
「まどか、始めて」
まどかは空に浮かび弓矢を構えた。大きな弓は金色の筋が走り、その弦はぴんと張っている。
防御結界はここら一帯にかかっている。薄く透明の、常人には目視することもかなわぬ防御結界は、ワルプルギスの夜とまどかの浮く位置をすっぽりと覆うようにこの町を囲んでいる。
その結界を張るためだけに、一体どれほどの魔法少女が協力すれば良いのか、考えると恐ろしい結果が出そうなのでほむらには計算できなかった。
まどかは弓をつがえてその調子を確かめる。
「あなたの呪いで大切な人たちを傷つけさせはしない」
本来ならば災害クラスの魔女。
撃退、という言葉が相応しい強さ。倒せなくても追い払うだけでも十分すぎる偉業。
魔女ということさえ疑わしくなる存在。
しかしこの場ではこう言うのではないだろうか
"鹿目まどかとワルプルギスの夜の決闘が始まった"
杏子の幻惑がうまく作用し、こんな目立つ魔法少女が空に浮こうともどこかの公的組織の構成員が飛び出してくる気配はなかった。
まどかは深呼吸とともにゆっくりと弓を引く。
使い魔はキリカとゆまのコンビが足止めしている。
かつて識莉子に救われた者と奈落に引きずりこまれた者、正反対の二人はこと戦闘においては皮肉にも息が合っていた。
遅延によって衝撃波の軌道を変化させたり、相手の動きを誘導するにまで至った。
この二人は七人の魔法少女の中でも戦闘に関しての才能のズバ抜けた方だ。因果や経験、知識によって補うまどか、マミやほむらとは違い、即興で使い魔を何匹も相手どってこのパフォーマンスは目を見張るものがある。
まどかの魔力が溜まったところで一発打ち出す。
魔法製の矢はまっすぐにワルプルギスの夜の左肩に当たる部分に飛んでいく。ギュンと風を切る音がして、打った直後はまどかの周囲がビリビリと震えた。矢が纏っていた魔力はやがて一点に収束し、矢の威力を増幅させた。
初めの一撃がその巨体に直撃した。
「まったく織莉子の為とはいえあんなのと戦うなんて嫌だな」
規模が桁違いの戦い、その相手と戦いの結果を見て呟く。
ワルプルギスの夜はまだそこに在った。
「ゆまは役立たずじゃないゆまは役立たずじゃないゆまは役立たずじゃないゆまは役立たずじゃない」
今まで足止めするのが精一杯だった使い魔がまどかの一撃によって何匹も消し飛んだのだ。
消し飛んだのは使い魔だけではなかった。ワルプルギスの一部が目に見えてなくなっていた。なくなった部分はボロボロと崩れていた。
トラウマを呼び起こされてハイライトの消えた目で絶望しかけている幼女なんかいない。
「おおっあれだけ食らえば少しは鈍るだろ」
「あれをくらっても半分も消えてないなんて……でもすごいわまどかさん」
杏子とマミは別々のところで感嘆の声をあげた。
歓声と同時にワルプルギスの夜がその姿を変える。
「ようやく本気を出したわね」
元は逆立ちだったその魔女は本来の体勢に戻った。今までコマのようだと思っていたそれは、長いスカートだったことがわかる。
「キャーハッハッハ」
その性質は無力。
本気になれば人類の文明を破壊し尽くそうとするその魔女。
今までは単に観客を求めて歩いていただけだった。
ほむらが計算と火力をつくしてさえ、この姿を引き出すのは至難の技だ。
まどかは近代兵器も使わず、たった一撃でそれを呼び起こしたのだ。
作戦通りまどかはワルプルギスの夜を逃がさない為の魔法をかける。
魔力に応える様にまどかの頬に傷ができる。ピシッ、ピシッと赤い筋が入り、そこから血が吹き出す。その瞳から流しているのも涙ではなく血であった。
「どういうことかしら。説明してもらえる?」
冷静な口調とは裏腹にほむらは怒りに満ちた眼差しをキュウべえに向けた。
どうしてまどかが身体中から血を出しているのか。
これまでにそんなことはなかったはず。
「僕のせいじゃないよ。彼女の魔力は強すぎたんだ。体がそれに耐えられなかったんだろうね」
ゆっくり使いこなすべきものなのに付け焼き刃で挑んだからだ。人間の肉体は本来あの量の魔力を出し続けられるようにできていない。
「肉体を捨てて概念になるならまだしも、人の身には過ぎた力だよ」
魔法少女というシステム自体が、人の身に過ぎた力を魂を宝石に込め、感情のエネルギーを使用することで無理矢理留めているのだ。
その中でも歴史上類を見ないほどの力。肉体の崩壊なしには全力が出せなかった。
「せっかくワルプルギスの夜を倒すのに誰も傷つかずに済むと思ったのに……」
ワルプルギスの夜が倒れるのが先か、まどかの体が耐えられず壊れるのが先か。
ワルプルギスの夜は個人で討伐するような魔女ではない。
わかっていたはずなのに、まどかの希望────町の住人の安全を考慮しすぎたが故にまどかを危険に晒していることをほむらは深く後悔した。こんなことなら、防御結界や眩惑魔法なんかに気を使わせず、私たちも参戦すれば良かった。
彼女の頬に涙が伝う。
「まどかが傷つくのなんて見たくない」
今すぐにでも、ここの指示を投げ出して盾からミサイルを取り出してまどかの元へと向かいたかった。
まどかの意思をどこまで尊重すればいいのか。本当に危なくなれば飛び出そう。そんなことを考えていたほむらにキュゥべえがいつもの心ない一言を告げた。
「多少壊れても治せばいいじゃないか。所詮君たちの体なんて外付けのハードウェアだよ。それにワルプルギスの夜さえ倒せればまどかが壊れてもいいじゃないか……」
その言葉は完全に魔法少女の肉体を道具としてか扱っていなかった。
それだけではない。痛覚や、それに伴う負の感情全てを無視した物言いだった。
「黙って」
ほむらがキュウべえを撃つ前に織莉子がそれを遮った。
「あなたには感情がないからわからないんでしょうね」
ほむらがどれだけの一ヶ月を繰り返したのかを、その意味を。
「だからそんなことが言えるのよね。暁美ほむらはまどかと世界を天秤にかけたのではないわ」
まどかも世界も守りたいという覚悟を踏みにじるような言い分を言えるのだと。
ほむらは意外だった。
目的のために組んでいる、そんな感覚だったため、自分の覚悟などどうでもいいのではないかと思っていた。
「まったく、わけがわからないよ」
まるで当然選択肢に入ってただろうと言わんばかりのキュウべえ。
「それにほむらさん、あなたが今すべきことは涙を流すことではないわ」
冷静に指示を出すべきだ、と諭す。
「美国織莉子……あなたは……」
「確かに……私はワルプルギスの夜を倒した後に鹿目さんが死んでくれるといいと思っていたわ……いや思っているわ」
その発言についさっきまで織莉子に抱いていた友好的な感情は霧散した。
それは、ほむらの最も憎む考え。
ワルプルギスの夜さえいなければ、まどか以外に世界を壊せる者などいなくなる。
それならまどかという抑止力なんて要らないし危険だ。
一人の少女の犠牲によって、魔法少女の未来とともに世界を救う。
キュゥべえ寄りの未来の守り方だ。
ほむらはその意図を全て正確に理解していた。
たった一度、どれほどの有用性を示したところで決意が揺らぐことはなかったのだ。
いや、今も決意は揺らいでいるのだろう。そうでなければ、今も彼女が泣き出しそうな顔でほむらにこのことを告白しているはずがない。
「ほむらさん……これがあなたに見せる最初で最後の私の誠実さよ」
織莉子の泣きそうな目がまっすぐにほむらの目を見据える。
止めてほしいのか。止めてほしくないのか。
「私は今でも鹿目まどかさんに生きていてほしくないわ」
人としていくら好ましくても。
魔女化する危険性がなくても。
純粋な力は存在そのものが危険である。武力を捨てさせるためによく使われる文句だ。確かに耳触りがよく、受け入れられやすい論法だ。
今回、捨てられるのは兵器ではなく人間だということを除けば、だが。
土壇場で裏切るのは当然です