まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです   作:えくぼ.

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予知できないもの

 

 まどかは体から血飛沫をあげながら次々とワルプルギスの夜のあちこちを弓矢で消滅させていく。

 ほむらはいつも、力は敵わず技術は通じないこの魔女に消耗戦を仕掛けてきた。

 だが今回はどうだろうか。真正面からの力勝負である。

 

 腹が、肩が、足が、腕が次々と消されていく。穿たれた穴はぽっかりと虚空を映し、断面からは魔女の魔力が漏れている。

 

 まどかの魔女の性質が慈悲であるのが嘘かのようだ。無理に捉えるならば、楽にさせてあげるのが救いだとでも言うかのように。

 

「これで……おしまい……!!」

 

 ワルプルギスの夜の初めて聞く叫び声。魔女の頭部が最後の一撃で吹き飛んだ。今まで見たこともない大きさのグリーフシードがゆらゆらとその場に落ちた。漁夫の利を狙った不貞の輩が出ないようにと見張っていたマミと杏子が、それぞれの仕事を終えてそのグリーフシードの回収に向かう。

 

「もう……休んでいいよ。呪わなくてもいいんだよ」

 

 そう言うまどかもまた、辛そうな顔をしている。その頬には涙が浮かんでいた。魔女にさえ彼女は同情できるのだ。その優しさが身を滅ぼさないで、といつもほむらは祈ったものだった。

 

 魔女には攻撃を受けていないのに満身創痍のまどかが翼をしまう。魔力の羽の残滓がその場に舞う。

 まどかはふわりと着地し、その場にへたり込んだ。

 防御結界が解けてワルプルギスの拘束に使っていた魔法も解けた。しゅるしゅると妙な緊張感のものが溶けていくのを他の魔法少女も肌で感じていた。

 

 

 

 その頃、ほむらは全速力でまどかの元に向かっていた。

 それはやっと手に入れたワルプルギスの夜にたいする勝利を祝うためでも、まどかの無事を確認するためでもなかった。

 

「まどか──っ! 気を抜かないで────!」

 

 織莉子との会話でその企みに気づいたほむらはキリカを止めようとしていたのだ。

 

 

 

 しかしまどかは魔女化していないということで安心して休んでいた。

 ほとんど動かない体をゆっくりと魔力で治療しようと試みる。だがそれはあまり効率が良くなかった。それもそのはず、莫大な魔力の行使で傷ついた体を、魔力に任せていっきに治すわけにもいかない。自ずと自然治癒力に頼った微弱な治癒魔法を使っていた。

 

 気配を消して背後からまどかに近づく影があった。当然キリカだった。黒い魔法少女として、その鋭い殺気と凶器を隠して。

 

「お疲れ様、まどか。楽にしていいよ。休みなよ」

 

 まるで気遣うかのように優しい声をかける。

 その手をまどかへと伸ばしたとき、まどかよりも誰よりも早く反応したのは。

 

 

 

 

 

 

 

「させないよ」

 

 誰よりも幼い魔法少女だった。

 千歳ゆま、杏子ともに在った少女が今、何人もの魔法少女を葬ってきたその爪を防いでいた。

 キリカは止められたことに驚いた。ゆまならば、キリカの斬撃を防ぐだけならば可能だ。衝撃波は形のないものも逸らすことができるし、斬撃にも耐えることができる。

 そうではない。攻撃を事前に察知したことに驚いたのだ。

 

「あーあやっぱり」

 

 ゆまはいたずらっ子のように、それでいてどこか呆れるようにその口角を上げた。どこかで止まることを期待していたのかもしれない。そして、この時のためにほむらが自分を組ませたのだとも思っている。

 

「どうして気づいたんだい?」

 

 不審なそぶりは見せていないというのに、と言いたげなキリカ。自分の計画がバレてしまったことへの不満と、計画の遂行に支障があることへの危惧を前面に押し出す。

 協力する約束をしながら魔女化しかけてすらいないまどかを狙ったことの予想は確かにつくだろうが。

 だがそれは結果論であり、事前に察知した理由にはなりえない。

 

「うーん。キリカお姉ちゃんは別にまどかお姉ちゃんのことどうでもいいんだよね?」

 

 おかしいというのが

 

「なのにどうしてまどかお姉ちゃんに優しくするのかなって」

 

 周りの人の普段の言動をじっと見ていた。不機嫌なことはないか、嘘はついていないか、何が好きなのか、何をすれば怒るのか。嫌われるのが怖くて、要らないと言われたくなくって、いつも親を見ていた。

 虐待されて人の顔色ばかり伺っていた気弱な頃の癖である。おどおどと、挙動を見逃さないようにバレないように見ていた。

 今ではもう、単なる癖でしかないのだけれど。

 

 

 

「それにね」

 

 ゆまはワルプルギスの夜と対峙したときの言葉を一字一句違えずに思い出す。

 

 

 キリカがまどかの戦いを見て言った言葉。

 

『まったく織莉子の為とはいえあんなのと戦うなんて嫌だな』

 

 ゆまは最初、その言葉は災害級の魔女に向けて発せられたのだと思っていた。確かに自分だってあんな魔女と戦うことを思えば嫌にもなる。

 

 しかしまどかがいる以上、ワルプルギスと直接対峙することはない。言われたのは使い魔の足止めだけである。ワルプルギスの夜と戦うことになるとすれば、まどかが負けたときだけだ。

 

「あのときはまどかお姉ちゃんの強さとワルプルギスの夜の怖さで少しこんらんしてたけど」

 

 そもそも織莉子の為というのも変だ。

 確かにキリカの中ではワルプルギスの夜と戦うのは織莉子の為なのかもしれないけど。やっぱりあの状況で強さを示していたのも優勢だったのもまどかだった。

 負けることを前提に語るのは違和感のある話だ。

 

「だからキリカお姉ちゃんはまどかお姉ちゃんと戦うつもりなんだなって」

 

「キリカ……さん?」

 

 今まで呆然としていたまどかが正気を取り戻す。

 確かに敵視してほしいとは言っていたが、それはあくまで危険な行為を止めてくれる相手としてだった。

 暴走したとき、力に溺れたとき、自分が原因でみんなを傷つけそうな時。

 それは「いつか」であっても「今」ではなかった。

 

 だからこんな風に首を刎ねようとされると思ってはいなかった。まどかのその信頼はほむらからすれば甘いのだろう。実際こうして不意打ちされたのだから。

 

「どいてよゆまちゃん、今しかチャンスはないんだ。ワルプルギスの夜との戦闘で満身創痍の今しかね」

 

「まどかお姉ちゃんには生きて幸せになってほしいから死なせないよ。それにあなたも満身創痍でしょ?」

 

 ゆまよりも前線で多くの使い魔と戦ったのだから。

 

「ボロボロで未熟な二人ぐらいたいしたことはないさ」

 

 今まで狩ってきた魔法少女には二人組もいた。襲われたことをいち早く認識し、連携して対抗してきた魔法少女もいたのだ。

 それに比べ、満身創痍のまどかは戦力にカウントすることすらおかしく、なによりゆまは魔法少女と戦うという経験が浅い。

 ただ、別のループの話ではあるが、この魔法少女を初見で一対一で退けたマミはやはり魔法少女として強かったということになるだろう。

 

「ゆまはね、織莉子お姉ちゃんに"役立たず"って言われて契約したの知ってるよね?」

 

 杏子が出はからったところを狙いすまして。そのことはもう気にはしていないが、忘れることなどできるはずもない。

 

「そのときのお願いはキョーコを守れる、役に立つそんな自分になりたいだったんだよ」

 

「あなたもゆまも一緒なんだよ」

 

 好きな人の役に立ちたかっただけだ。

 好きな人に褒められたくって、好きな人に頼られたくって、好きな人を守りたくって……好きな人を失いたくなくって。

 ゆまも、キリカも同じだという。

 

「本当はわかってるんじゃない? 織莉子お姉ちゃんだって誰も失いたくないんだって」

 

 どうして未来を切り開こうとしたのか。汚職議員の娘と罵られ、それでもこんな世界を守ろうとしたのはなぜなのか。

 わからないはずがない。誰よりも織莉子を見てきたキリカなのだから。

 

「やめろっ! そんな話聞きたくない!」

 

 今までどんな魔法少女の命乞いさえ聞かなかったキリカが狼狽した。頭を抱え、横にブンブンと振っている。

 ゆまはそこで追撃の手を緩めるような甘い少女ではない。

 

「その命令を出したときの織莉子お姉ちゃんの顔を思いだしてよ」

 

「考えたくなかったのに、知りたくなかったのに」

 

 両手を体の前で交差させ、腰に回して自分の震えを抑えるように抱きかかえる。目は見開かれ、ガクガクと震えている。

 

「あなたがとにかく命令に従うことを織莉子お姉ちゃんは望んでいるの?」

 

 強靭な精神を持つ彼女の唯一の弱点。いくら弱点でも口先の理屈では惑わされはしないはずなのに。ゆまの真っ直ぐな言葉は、魔法少女の心によく響く。

 

「どうしたらいいっていうんだ。何が織莉子の為で何が織莉子の為なのか。もう私にはわからないよ」

 

「自分の思ってること言えばいいんじゃない?」

 

 悲惨な運命でも自分を失わなかった少女の瞳には強い光が宿っていた。自暴自棄になって暴走することほど馬鹿らしいものはない。命を使うならもっと使い道があるはずだ。彼女はいつでも生きることを諦めなかった、その強さが今もあるだけだ。

 あまりに簡単なことだった。それゆえに多くの人間が見逃してきた選択。

 ハッとさせられ、へたりこんだままゆまを見上げるキリカ。キュッと口を引き結んで、宣言した。

 

「織莉子を悲しませたくない」

 

 ぐるりとキリカの心が人間らしい方向に傾く。

 何かを振り絞るように悲痛な叫びが閑静な住宅街に響く。今までの生き方を、自分の手で捻じ曲げる。その辛さは経験した者にしかわからない。

 

「じゃあテレパシーでもう一度聞けばいいじゃない。本当にいいの?って」

 

 

 その時、まどかの口が微かに動いた。倒れている周りに血の後が少し残る地面。そこにピッタリと張り付いたまま、かすれるような声で懇願した。

 

「まだ……魔女にはならないし、世界を壊す側にはまわらないから……」

 

 涙が一筋、自分の生のために流れていた。

「まだ生きることを許して……」

 

 まどかは仰向けで自分のソウルジェムを眺めた。

 壊れることも濁ることもない宝石は魔力を秘めて輝いていた。 いつの間にか晴れた空の月がその表面に反射していた。

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