まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです 作:えくぼ.
もうここまで来ると笑うしかない。
律花側も呆然として口を開けた
まま放心している。
結界を張る魔力を使いながらの舞、たった一人の相手に魔法少女四人が惨敗したのだ。
それでもなお、無傷で余裕の笑みを浮かべる舞に誰もが畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
「一対一なら勝てるかもしれないけど、何かしらで記録を競ったら負けるかも……」
あれを見てなお「勝てるかも」という感想をさも当然のように抱けるまどかは大物である。しかもその内容はおそらく、大量の敵に対して一定時間内の討伐数などを競っているに違いない。
舞は三人にかけた結界を解除し、まどかの元へと歩み寄った。その衣装から武器に至るまで何の損耗も見られない。
「最低限の手数と損耗で勝利を捧げました」
まるで忠実な部下のような、そして跪いた姿を幻視しそうな声音の舞にまどかはひたすらに恐縮した。
舞は未だ、まどかを崇拝しているような部分があった。強さもだが、自分を魔法少女システムという牢獄から解き放った恩を感じているのだ。
もちろん、今回の戦いもまた、まどかの負担を減らせるのならばと考えたのだ。戦いに出てもらったのは、確実に守りきる自信があったので、自分の戦いを特等席で見てもらいたかったのだ。
「うん。ありがとう」
にこりと慈愛の笑みを浮かべたまどかに、ほむらと舞の二人が頬を染めてそっぽを向いた。
「こんなことあるはずがない!」
「何かイカサマを使ったんじゃないの?」
律花側の魔法少女たちが騒ぎ出した。主に団体戦に出してさえもらえなかった戦闘員の少女が多い。一定技量の魔法少女は舞という明らかに場違いな桁外れの化け物を目の前にしてこれ以上の戦いを諦めかけてさえいたからだ。
「やめなさい!」
律花はもう引き抜こうとか、足手まといの寄生だとかそんな考えはさっぱり捨てていた。
むしろ、真正面から挑まなくてよかったとさえ思っている。そしてマミが相手にしてくれたことに感謝さえしていた。
マミがいなければ、舞がマナーや素行の悪い魔法少女だったら。律花は縄張り争いで舞を相手に戦わなければならなかったかもしれないのだ。
律花はマミの人格を実力と同じぐらいに評価していた。だからこそ強引にでも引き抜きたかったし、これから理不尽で野蛮な戦いになることはないと思っていた。
だからこそ、度肝を抜かれたのだ。
「まだ魔法少女を始めて二ヶ月と経ってませんが、頑張りますのでよろしくお願いします」
いくら戦いはもう勝っているからといって、いくら彼女の消耗がないからといって──────
「え、ええ。よろしくお願いします」
────最も殺意がなく、最も人畜無害そうな新人が出てくるとは思わなかったから。
律花は知らなかった。
この場で最も理不尽な魔法少女がまどかだということを。
先ほど信じられない力を見せつけた舞を凌き、彼女の信頼を得ているのがまどかであることを。
これまで全敗、この戦いだけでも勝たないと背後の集団を束ねる長としての示しがつかない。
そこに差し出された
度重なる敗戦に、とうとう「お前らのトップなんて新人が倒すぜ」と言われたのだ。それを止める余裕さえ律花にはなかった。
ただ目の前の少女を観察していた。
「大丈夫かな……?」
その言葉は決して勝てるかどうかの不安ではなかった。
まどかはこの戦いは勝たなくても良いと言われた。
それよりも恐れているのが、「自らの力」である。
感情や、因果だとか、そういったものはよくわからないが、この力が人が恐れるほどのものだということはよくわかっていた。
しかしその不安もほむらの、一番の親友の言葉で掻き消える。
「大丈夫よ」
試合開始と同時に、まどかは力の隠蔽をやめた。
これまで魔女をおびき寄せるからだとか、必要がないとか、わざわざ威嚇することもないとか、様々な言い訳をして、ワルプルギスの夜以来使ってこなかったその力を解放した。
壮絶な魔力が物理的なプレッシャーが周囲を呑んだ。息苦しくなるほどの圧迫感、本能に訴えかけるそれに気づかないほど鈍感な魔法少女は生き残ってこれなかったに違いない。
先ほどまで騒いでいた魔法少女たちも一様に黙りこんだ。仲間であるはずのマミや、織莉子でさえもが冷や汗が首を伝うのを感じた。
恐ろしいのは、これでもまだ、まどかは自身の肉体を崩壊させない程度には手加減しているのだ。
ただ戦うために気合を入れたていどであり、決して周りを威嚇しようとなどはしていなかった。
かつてない濃密な魔力を感じて、律花も冷や汗を流す。
「さっきの彼女よりも規格外ってことかしら」
彼女の武器は剣であった。長すぎず、短すぎず、小回りが聞きながら対人戦において器用な実力を発揮するそれは魔力との併用によって十分に決戦兵器となる。魔法少女の武器で杖系と並んで多いのは剣などである。
そんなことはさておき。本来実体などないはずの魔力が周囲の木々を震わせ、さえずる鳥たちまでも黙らせる、そんな怪物と相対してなお戦意を失わない律花は確かに上に立つ才覚はあるようだ。
開始されても数拍、律花は飛び出せずにいた。
まどかは現在、特に奇を衒うこともなく弓矢を持っていた。つまりはまどかの戦闘スタイルが近接ではなく、遠距離から仕留めていくタイプだということがわかる。
ここは対人戦。相手の苦手な土俵で勝負しなければならないはずなのに、何か嫌な予感が律花の足を止める。
そして律花は気づく。まどかの持つそれは単なる武器ではないことに。弓矢という形をとっているだけで、それはまどかが魔法を発動するための発射口に過ぎないのだ。まどか自身が一つの武器となっていて、弓矢はその発射口でしかないのだ。
まどかが遠距離戦の方が得意なのは事実であった。魔法少女としての経験が最も浅く、駆け引きや技量ではまだ及ばない彼女であるから、戦う暇もなく最大出力で消し飛ばすのが最も効率の良い戦い方となる。
最初に動いたのはまどかだった。
片手で弓をつがえて引き絞る。それに合わせて魔力が収束し、集まりきらなかったそれが周りに散らばる。まどかの髪色と同じ桃色は揺らぎ、ほのかな光をもってその矢を強化している。
その動作を見て、律花は飛び出した。
まどかの有利な間合いで続けさせるわけにはいかない、それを意識してのことである。
「えいっ!」
まどかの手から魔力でできた矢が放たれる。特に予想外の動きはせずにまっすぐに律花の元へと飛んだ。
「危ないっ!」
律花側の誰かが叫んだ。
しかし律花はそれを避けようとはしなかった。
一つはその矢から溢れる魔力に、その矢が放たれた後も魔法として生きている可能性があったからだ。
もしもその魔法が生きていた場合、避けても追尾してくるかもしれない。避けきる自信がない以上、賭けに出るぐらいなら剣と魔法で相殺した方が良いと判断したのだ。
もう一つの理由は後ろに仲間がいたことだ。
本来ならば流れ弾による背後の心配などする必要がない。しかしまどかの放った矢は威力が桁違いであった。たとえ後ろの仲間が全員変身済みであっても、防御に専念していたとしても、それでも防げないかもしれないと思わせるだけの迫力がその矢にはあった。
後ろに守る仲間がいた。その事実がこんな形でリーダーの危機を招くなどと誰が思っただろうか。
矢は律花の持つやや無骨な大きめの剣と激突して火花を散らす。
魔力と魔力が、剣戟と矢の勢いがお互いを競い合い、一瞬は拮抗したかのように見えた。
だが受け止めている側の律花は魔力と魔力の激突の衝撃を至近距離で受けたことで頬や腕に擦り切れたような傷を幾つも作った。
力をこめるも、それを抑えきれずにじりじりと後ろへと押されて下がる。
「予備動作なしにここまで魔力を込めるなんて……でもこれさえ防げばあなたの魔力も尽きるはず……!」
それは完全に見当違いの推測であった。
他の魔法少女にとっての全力であっても、まどかにとっては様子見の攻撃であった。魔力は消費されることなく、まどかも未だ何の消耗もなくそこに悠然と立っていた。
「あれ? 手加減間違えたかな?」
魔力は爆散し、矢が消えた後に残っていたのはボロボロの律花であった。もう全力では戦えそうにない。もしも判定勝ちなどがあるなら勝負はもうついたといえる惨状であった。
観客席からは悲鳴と律花を案じる声が上がった。舞はうっとりとした目で見つめ、杏子はバツが悪そうに頬を人差し指でかいた。
たった一発、それも様子見の一撃で勝負は決してしまった。
しかし降参することのない律花にまどかは容赦なく第二撃を加えようと構えた。
「私の……負けよ」
足を引きずり、やっとのことで負けを認めた。振り絞るような声で宣言したそれに、不満をもらすことができる人はいなかった。キュゥべえは相も変わらずの感情のない赤いビー玉のような目で見ていたが、気まぐれにほむらと舞によって潰された。
もっとも面白みのない戦い、悪夢のような数拍が終わり、まるで息継ぎをするような開放感と負けたのだという屈辱が同時に律花とその仲間を襲った。
これで五戦ともの結果が出揃うこととなった。