まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです 作:えくぼ.
病院の屋上で一人の少女が眼下に広がる光景をぼんやりと眺めていた。
真っ白の屋上がかえって彼女の憂鬱を際立たせていた。
「はあ……」
美樹さやかであった。彼女は最近、長年好意を抱いていた相手にその思いをぶつけた。
こうして溜息こそ吐いているものの、その結果は両思いであった。
相手は幼馴染の上条恭介である。腕の動かなかった彼に献身的に尽くすも、彼は自暴自棄になってさやかにあたっていた。それでも嫌いになどなれず、魔法少女の力を借りることで再び腕を取り戻したのであった。
突然原因不明の回復を見せた彼に、再度病院に検診に来るようにという指示が出ていたのだ。いくら調べても医学で見つかるような
「私って嫌な子…………」
普段の明るさとは裏腹に彼女は鬱々と自己嫌悪に浸っていた。
さやかは今日、学校であったことを思い出した。
◇
それは学校から帰ろうと廊下を恭介と歩いていたときのことだった。
後ろから呼び止められたのだ。
「お二人の邪魔をするようで申し訳ありませんが、放課後少し空いてますか?」
仁美だった。まどかと共通の友達である彼女は生粋のお嬢様でもあった。ウェーブのかかった髪は清楚さを醸し出していた。
ほむらの言っていた言葉を思い出したさやかは空気を読んで、そして恭介を信じてこの場を離れようとする。
「じゃあ私は…」
「いや、さやかさんにも居てもらいます」
何故か仁美が引き留める。
──邪魔ではないのだろうか──
さやかは恋敵を同席させようとする仁美の意図が読めずにいた。
「あなたには聞く理由があると思ってますの」
他の過去でも告白する時はさやかに伝えていた仁美である。
今回さやかの目の前だったのはさやかが恭介から離れなかったのが原因か。
それらは過去を繰り返してきた張本人のほむらでさえあまり知らないことであり、経験したことのないさやかにはわかるはずもなかった。
「じゃあ話を聞こうか」
恭介はそんな仁美の想いなど露知らず、相談事でもあるのだろうかと呑気なものであった。そんな彼だからこそ、他の女子のアピールも、そしてさやかの長年のアプローチにも気づくことなく生きてきたのだが。
三人は学校の外でひと気の少ない場所に移った。
「で、今日はどうしたんだい?」
真剣な顔をした仁美に恭介が尋ねる。
「私はだいたい予想ついてるけど……」
恭介に告白をするのだろう。
さやかはほむらから仁美の恋心を聞かされてからは、仁美を時々見るようにしていた。
そして薄っすらと可能性があると思っていたそれがこの段階で確信がもてた。
「やっぱり美樹さんも知ってらしたのね」
仁美は魔法少女の事情も、ましてや恭介の腕が治った理由も全く知らない。たださやかの視線と、今までの友人付き合いの中で自分の恋心がバレていることぐらいは予想していたのだ。
「さやかにじゃなくて僕にかい?」
「ずっと前からお慕い申しあげておりました。もしよろしければお付き合いいただきたいと思います。返事は今すぐにとはいいません。三日後でお願いします」
はっきりと淀みなく言い切った。
さやかはそんな仁美を素直にすごいと思った。自分は何年も一緒にいても言い出せなかったのに。
「むしろ近くにいすぎて怖かったんだろうけどね」
あらかじめ予想がついていた分、冷静に自己分析をしていた。
これまでの関係を壊すことを恐れ、拒絶されることを避けていたかつての自分を垣間見た。
仁美はきっぱりと返事の期限だけ伝えると、自分は先に帰ってしまった。
その後、自分は用事を思い出したと言って恭介と別れたのだ。
そして屋上で黄昏れている今に至る。
──恭介はどう思ったんだろうな──
病院の屋上はあの日の病室よりも夕陽が眩しくって思わず目を細めた。
いつのまにかさやかとシーツ以外の影が後ろにあった。さやかは話しかけられてようやくその相手を認識した。
「やっぱここにいたか」
屋上の扉は開いた音もしなかったのに、いつの間にか紅い髪を揺らしながら彼女はそこに現れた。
ほむらがいなければ衝突していたはずの魔法少女、佐倉杏子だった。
「私を捜すぐらいで本気で魔法使わないでよね」
笑いながらさやかが返す。
「なぁさやか、あたしは別に上条とかいうやつのことはよく知らないし、マミさんみてえに同じ学校で暮らしてるわけでもない。ましてやお前の恋愛についても関係ない」
まるで無関心で無関係だというような酷い言い草ではあったが、これは違う意味を持っていた。
「口も堅い。気を遣う必要はないから。だから、適当に喋ってもいいんだよ」
自分に愚痴ればいいと言っているのだ。
「ありがとう」
粗暴な言動で勘違いされがちな彼女だが誰よりも繊細な性格であることをさやかは知っている。
今回の不器用な優しさの込められた気遣いも嬉しかった。
「最近変な顔してたからさ」
「恭介にも同んなじこと言われた」
そんなに自分はわかりやすいのだろうかと複雑な気持ちになった。
「あのさ」
好きな人が告白された時、好きな人のことを信じられるかどうか、ではなく
「好きな人が自分を好きでいてくれることに罪悪感を感じたらどうすればいいと思う?」
恭介の腕を魔法で治したのはまどかで、そうなるように仕向けたのはほむらだった。
その事実を確認するたびに嫌な気持ちになる。
「自己嫌悪ってやつだよ」
吊り橋効果というものがあるけれど、助かったときにそばにいた自分がいたからということはないだろうか。自分はそんな恭介の境遇につけこんだのはないだろうか。
そう思うたびに、恭介の想いを疑ってしまう自分がいた。
「恭介に告白して、両思いだったことがわかって。私は今、幸せなはずなのに」
「全部言ってしまえばいいじゃん」
「怖いんだ」
──嫌われるんじゃないかって──
「あたしってほんと嫌なやつ」
「やめろよ!」
杏子がここまで感情をむき出しにして怒ったのは食べ物のときぐらいだった。
「お前のことが大切なやつはいるんだぞ! 自分を卑下するなよ」
「いやバカだよ。私があの時……」
「やめろって」
自己犠牲が美徳だなんて幻想だ。
振り絞るような声で言った杏子は、血が滲むほどに唇を噛み締めていた。
「ちょっとついて来いよ」
さやかは杏子に連れられて今は誰もいない教会に来た。
「ここはね……あたしの親父の教会だった」
杏子は自身の境遇をさやかに語る。
「だからキュゥべえに頼んだんだよ」
すれ違い、家族の破滅、それを導いたのは全て自分だったと。
みんなが父の話を聞いてくれますように。
今思えばなんて残酷な願いだったのだろうか、と。
父は自分の力で頑張りたかったはずなのに、操られた心で何を聞けたというのだろうか。
杏子は父に怒鳴られ、父が一家心中をはかり、そしてその中に自分がいなかった時にやっと気づいた。
「あたしの祈りが家族を壊しちまったんだ」
希望と絶望は差し引きゼロなのだと。
「ごめん……話すのも辛いことなのに。でもなんでそんな話を私に?」
「キュゥべえの目的を知ってるならわかるだろ? 魔法少女になるってことは希望以上の絶望を背負うことになるんだ」
お前の親友は別だったようだが、とは杏子はあえて言わないでいた。
純粋な力だけを願い、そしてその力の使い方の責任だけを背負った。
本来ならば、「願う」という行為は歪だ。自分が叶えることを人に頼むのだから。だからまどかの在り方を、「自分で願いを叶える力が欲しい」というエゴの塊のような文に置き換えたときに彼女もまた、魔法少女の域を出ないことがわかる。
「あいつのクソみてえな奇跡なんざに頼るのは、どうしても叶えなきゃ死ぬ様なときだけで十分なんだよ!」
彼女はとても怒っていた。
さやかに、自分を戦いの場において人を救おうとしたかつての自分に。
きっとマミに出会わなければ、迷うこともなかったし、ゆまに出会わなければ今も自暴自棄のままに戦っていたのだろう。
「杏子……」
「しなくていい自己犠牲をしようってんなら」
杏子は冷静になった。
先ほどまでの怒りは和らぎ、微笑んだ顔に浮かぶのはさやかへの気遣い。
「そんなのあたしが許さない。いの一番にぶっ潰してやるさ」
「どんなことを言ったってさ」
恭介に対する問題は残っているし、自分のこの気持ちもどうにもなってはいない。
「言えばいいんだよ。お互い好きなら隠し事なんてなくした方が気兼ねなく付き合えるってもんだろ」
全てを打ち明けることが信頼の証とは言わないが、これは打ち明けるべきだと杏子は思った。
「本音でぶつかってこいよ。あたしに言えたんだ。そいつにも言えんだろ」
杏子の顔には、「後は本人達次第だ」と書いてあった。
「そう……かな? でもだいぶ楽になったし、恭介に相談できるような気もしてきたよ。ありがとう」
今までの無理をしたような笑顔ではなく、自然な笑顔を杏子に向けた。
「お、おう」
少し慌てた口調なのは照れているのだ。頬の辺りが少し赤い。目が泳いでいるのが年相応の可愛らしさがあった。その不器用さから、素直な励ましも慰めも得意ではない杏子にしてはかなり素直に慰めた方だ。それでも、素直に礼を言われるのには慣れておらず、さやかの率直な性格に憧れさえ持っている杏子は照れた。
二人はシーツのはためく屋上から帰る所へと戻っていった。
◇
次の日、さやかは恭介と二人きりで恭介の部屋にいた。
長い入院生活によって日常生活自体に肉体的にも、そして勉強的にもリハビリの必要な恭介のために、魔法少女の集まりがない時は基本恭介と共にいるのだ。
男の部屋は散らかっている、そんな常識は彼の部屋には通用しない。何せ、長い間空けていた部屋が僅か数ヶ月で色々と詰め込まれることもないのだから。
恭介自身の適応力は高く、すぐに一日のノルマを終えて雑談に入った。
「ずっと前、言ってくれたこと実行するね」
「やっと僕に言ってくれる気になったんだ」
「まあその前にいろいろ説明しなきゃダメなんだけど。私が今から言うことを信じてね」
さやかが考えこんで最初に口をついたのは専門用語からであった。
「エントロピーって知ってる?」
「エネルギーは変換のたびに減るとかいう話?」
「よく知ってるね」
「入院中、さやかのお見舞いのとき以外は暇だったから本を読んでたしね」
魔法少女について話すにあたって、残酷な真実を省くわけにはいかない。さやかはまず、キュゥべえの話から始めてみた。
「とある地球外生命体がいてさ」
宇宙のエネルギー問題を解決するために魔法少女というシステムを作ったことを話した。
感情エネルギーが宇宙の存続に役立つこと、希望と絶望の相転移が最も効率が良いこと。
「で、あの日あたしは願いとして恭介の腕を治そうと思ったの」
「そういうことだったのか」
「でもあたし、嫌なやつでさ」
魔法少女になることはゾンビになるも同然だと思ってしまったこと、そんな状態で恭介に想いを伝えられないと怖れてしまったことを話した。
「マミさんとほむらに言われて気づいたんだよね。恭介に恩をきせたいのか、自己犠牲で恭介を治したいのか。そのニ択であたしの祈りはできてるんだって」
そのことに気づいたとき、自分の醜さを知った。
それでもなお、気持ちは伝えられずにはいられなかったことがより一層醜さを際立たせた。
「やめなよ。それじゃあメリットのないまま魔法少女になった鹿目さんやいまも戦い続けてる彼女らはどうなるんだよ。君の友達なんだろ?」
友達のことをゾンビだなんて言わない方がいいに決まってる。
「こんなあたし嫌いになったよね……今もその親友に嫉妬さえしてるんだもん」
ほむらは才色兼備。
まどかは優しく強い。
比べるたびに嫌になってしまう。
オンリーワンだなんて言ったのは誰だったか。
「恭介を治しのはまどか、そう仕向けたのはほむらだもん」
結局自分は何もできてなんかいやしない。
そのことを魔法少女として輝くまどかやマミを見るたびに突きつけられてきた。
無理に明るく振る舞い、目を逸らし続けてきたのだ。
「恭介の好きをどれだけ信じられてるんだろ。あたしあの時やっぱり自分で治したらもっと楽に想いを伝えられたのかな。それともゾンビだって落ち込んで自暴自棄になったのかな」
「言ったじゃん。僕はさやかが好きだって」
「でもさ……まだ付き合うとか彼氏彼女とか言ってないんだよ。だから仁美に返事するときは平等にしてあげてよ」
両思いが必ず結ばれるとは限らないし、今回のことで、自分に失望したかもしれない。
「あのさ」
「あたしがいるから、とかだと早い者勝ちみたいじゃん。それにあの時側にいたからかもしれないし」
恭介はさやかの表情を見てしまった。
「ちょっと」
「じゃあね」
恭介が何かを言おうとしていたが聞きたくはなかった。
さやかは涙を見せる前に部屋から飛び出した。
◇
告白の日、さやかは返事が怖くて逃げようとしていた。しかし恭介捕まってしまい、二人の対談の場へと連れてこられる。
「この前の返事をしようと思う」
その目はとても真剣だった。
「いい返事を期待しておりますわ」
「確かに志筑さんは上品で、おしとやかで勉強もできて非の打ち所がないお嬢様のように言われてる」
「その評価はとても不本意ですわ」
「確かに一人の女の子に過度な期待をかけるのは違うと思う。けどそんな志筑さんがどうして僕を好きになったの?」
さやかは横で見ていてヒヤヒヤしっぱなしだった。
ああは言ったもののやはり恭介のことが好きなのだから。
「あなたの演奏を数年前見たときに気になって、それからだんだん惹かれていきましたわ」
「あたしも恭介の演奏も好きだよ」
さやかは挟まずにはいられなかった。じゃないとどうしてここにいるのかわからなかった。
「親の言われるがまま、習い事に追われる私と違い、夢に向かっている姿、細やかな気遣い貴方への想いは募るばかりでしたわ」
「こんな僕を好きになってくれてありがとう」
さやかはそんな言葉を恭介の口から聞きたくなかった。
──どうしてここに私がいないとダメなんだろ──
今すぐここから去りたい気分だった。
「でも君とは付き合えないよ」
──あれ?どうして?この流れは仁美と付き合う感じじゃなかったの?──
「やっぱり美樹さんがいるから、ですか?」
「"まだ"さやかとは付き合ってないよ。それでも」
「じゃあどうして」
「志筑さん、君はどれぐらい僕のこと知ってる?」
仁美は恭介に真っ直ぐに尋ねられて言葉につまった。
「僕はさやかが好きだ」
きっぱりと、何の躊躇いもなく言い切った。仁美が告白したときよりもずっと、迷いのない瞳だった。
「うじうじ悩むところも、簡単に嫉妬しちゃうところも、ちょっと空気読めなくても、おしとやかじゃなくても」
欠点全部含めて好きだ。
言葉に出さずとも、続く言葉が察せられないほど鈍い仁美ではない。
「僕が八つ当たりしてしまってもずっとお見舞いにきてくれてた、励ましてくれてたさやかが好きなんだ」
さやかは
「キツイ言い方になるけど言っとかなくちゃダメだと思うんだ。君は僕の表面しか知らずに好きになっただろう」
「そんなことはっ……」
ありませんわ、と続くその言葉は喉元をでなかった。
「君が見ていた上条恭介は所詮他人向けの外面なんだよ」
「じゃあこれから知っていくのでも……」
「友達からって?」
それは明確な拒絶であった。
悔しそうに、そしてどこか安堵したように仁美がもらす。
「やっぱりかないませんでしたわ」
美樹さやかに負けてしまった
志筑仁美の願い事は儚く散った。
◇
仁美が去ったあと、さやかは恐る恐る尋ねた。
「なんで……あたしなの?」
治したのはまどかだし、あたしは酷いことばっかりしてたんだよ?と
「当たり前だろ。腕が治ったことについてさやかに感謝なんてしてないよ」
さやかが言ったように治したのは鹿目まどかだ。
「嘘だと思うなら聞いてみなよ、鹿目さんに」
腕が治る前からさやかのことが好きだったのは本当だって。
「治ったときに偶然側にいたからじゃないよ。治る前からずっと側にいてくれたじゃないか」
大体治した人を好きになるなら医者と患者の夫婦が大量にいるはずだ。
そのとき、仁美が戻ってきた。
「勘違いなさらないで。忘れ物を取りにきたのですわ」
照れたように弁解する。
「でも一言ありまして」
力強く言い放った。
「別に負けを認めたわけではありませんわ。これから私のことを知ってもらって好きになってもらえるように頑張りますので」
清々しくふっきれた仁美は珍しい。
「付き合っていようがいまいが。そこのところよろしくお願いしますわ」
そう締めくくって彼女は去っていった。
周りに緑の葉が舞うような爽やかさの後ろ姿に、さやかの暗い気持ちはもうなかった。
「だってさ」
「プハハハハハ」
ひとしきり笑った後、軽く目元の涙をぬぐいながら恭介は言った。
「そんなわけだけど、これからもよろしく。僕の幼馴染で彼女として」
「改めて言われると照れるな」
これからのことを考えながら弛むように息を吐く。
けれどそれは悩んでいたころの溜息とは違ってとても気楽で。
「まだまだこれから悩むこともあるだろうけどね」
さやかは吐いた息をゆっくり吸いなおして
「ま、いっか」
恭介の手をとった。
活動報告でも言いましたが、IFストーリーとして、さやかと恭介が両想いであることに気がついた仁美が願いで恭介の心を奪おうとする鬱展開もありました。
その場合、魔法少女の真実を知って絶望しかけた仁美の願いを打ち消し、魔法少女から普通に戻すためにさやかがその願いを使うという結末になっていましたね。するとさやかが魔法少女参入で、固有魔法の性質は『還元』や『回帰』になるかと。