まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです 作:えくぼ.
あたりはすっかり日が暮れて、夕焼けがかすかに遠くの空を赤く染める。まだらの雲の名前が思い出せずに、脳裏に思い浮かべるべきは理科の教科書だがそこまで野暮な思考回路にはなれないほむらであった。
死神少女は取り乱していた。両の眼は驚愕に見開かれ、鎌を持つ手が震えそうになるのを内心だけにとどめている。
それもそうだろう。確かに鹿目まどかという魔法少女は規格外だと聞かされていた。その規格外というのは
『デタラメに強い』
そのようにばかり思っていた。それ以外に何があろうか。
事実、彼女がまどかという魔法少女を監視していた時は彼女が治癒魔法を使ったことなどなかった。それは周りに治癒魔法が得意な魔法少女がいたから、というだけのことであり、決して使えないわけではなかったのだが。
否。十分に強いのは見ていたのだ。遠距離から冗談のような威力の魔法を惜しみなく連発し、一撃で使い魔どころか魔女を結界ごと消滅させるような魔法少女。なるほど、正面から戦うのは分が悪い。
ならば不意打ちはどうだろうか。
どんな強い魔法少女も、痛みを完全に殺すことはできない。それをしたとすれば、莫大な魔力を浪費し、みるみるうちに濁りきってしまう。
どれほど回復魔法に長けた魔法少女も、部位欠損を痛みで集中できない状況で修復したものはいなかった。
そう、誰よりも知っていた。魔法少女を狩り続けた彼女だからこそ、どれほど痛めつければどんな魔法少女が「死ぬ」のかをよく理解していた。
そんな彼女も、魔力限界がない、適性のない魔法少女に出会ったことはなかったのだ。
「なんだ……それは……」
目の前でなされたそれは、彼女でなくとも目を疑う光景だった。切断された足が光と共に
まどかをよく知るほむらと舞でさえ、一度は自身の正気を疑った。いや、しかしまどかなら、と我を取り戻すまでに数秒さえも要さなかったのはまどか基準によく訓練された魔法少女であった。
自身の部位欠損を、この短時間の間に修復する。言葉にするだけならそれだけのことである。
しかし死神は不利を悟った。だがここで折れるようなやわな闘志ではなかったし、これで絶望する生半可な魔法少女としての生を歩んできたわけではなかった。
彼女は逃亡を試みた。気配を消そうとして、ふと気がつく。自分が逃げようとする方向に多数の魔法少女がいることを。
「逃がしちゃダメ!」
ほむらがまどかに喚起する。彼女の最も得意である闇討ちが失敗した今、まどかたちにとって脅威なのは一般人を人質に取られることである。そんなことをするつもりはなかったのだが、それはされる側の知るところではない。
その言葉を聞いて、今の状況を打破する方法を思いついた。それを実行すべく、鎌を掲げて高らかに宣言した。
「一騎打ちを申し込む!」
そう。まどか達の恐れる人質の件を、これで保証するのだ。自分は逃げない、だからお互いに一対一で戦おうというのだ。
死神にとっても都合が良い。合流される多数の魔法少女の横槍が入らぬまま、目の前の災厄にのみ集中できるのだから。
これはある意味で、お互いにとっての脅迫である。
まどかたちはまだ仲間が来ることを知らない。一般人に手を出されたくない、逃げられたくないならば、この申し出を受けざるを得ない。
死神は仲間と合流されたくない。それまでに一騎打ちの場を作り上げて、引きずりこまないといけない。死神はその場で時間制限をつけた。
「そんな……」
「まどか。妾と主が組めば、あやつを逃がさず追い詰めることもできるのではないか? わざわざ危険な方法を取らずとも――」
「受けます」
ほむらと舞は心配し、他の方法を模索していた。だが時間制限と暗黙の人質、二つの要素が冷静な思考を不可能にしていた。そんな状態では良い案が浮かぶはずもない。かろうじての悪あがきである舞の提案をまどかは迷うことなく遮った。
「ごめんね。ほむらちゃん、舞ちゃん」
「なぜ貴女が謝るの……!」
「どうしてまどかが背負わねばならぬ! 一人じゃないのだぞ!」
「ううん、違うの……私に必要なんじゃないの。あの子と話さなきゃ。だってあの子は一人なんでしょ? ――こうやって思い詰められるほどに」
二人は言葉を失った。
まどかは自分を襲い、両足を切断し、挙句殺そうとしてきた相手を今も一人の少女として見ていた。理解不能の化け物ではなく、悩み、苦しむ魔法少女として。
まどかはこういう少女だった。自己犠牲というと随分と聞こえのよい酷い欠点に思えるが。相手から目を背けない。魔法少女という存在が殺し殺されるという現実から逃げない。そうやって背負おうとしていたのは、決して戦況でも、仲間の未来や一般人の安全だけではなかった。敵のことさえ背負おうとするのだ。
思いあたる節はあった。
さやかに限らず、マミやほむらも魔法少女を「人知れず世界を守る正義の味方」だと何処かで思っていた。だからこそ、魔女化の話を聞いた時に「人々の平和」「自分の生存」と「同族殺しの罪悪感」を天秤にかけてしまう。
一方、このループで力を願ったまどかは全てを天秤の片方にかけたのだ。「人々の平和」と「魔法少女の救済」。そして得た力は自身がそれを天秤にかけなくても良いという一つの権利であった。まどかの力は「自身の存続」に対し、ソウルジェムだとかグリーフシードだとかの要素を完全に無視したものであったのだから。
まどかが戦う理由に一つとしてエゴはなかったのだ。
そして今も。できることならば、彼女が襲う理由を、そうなるに至った過去さえ知りたいと願っていた。
「じゃあこうしよう」
死神の全身から瘴気のようなものが溢れ出した。それはあたり一帯を包み込み、気がつくとまどかとほむらと舞は彼女の作り出した空間に囚われていた。
「これは……」
「周囲を巻き込まないための結界さ。魔法少女が魔女の前段階だとするならば、どうして同じことができないと? ……それに、私は魔女みたいな魔法少女だからね」
最後のつぶやきは本当に微かで、聴覚を強化していたはずの三人にも届かなかった。
そうして今、"規格外"と"透明の死神"が――希望を祈った最強の少女と絶望を呪った最凶の少女が今、ぶつかった。
◇
死神はまどかの何が強いのかわからなかった。それは下調べが不足していたとか、そういうわけではなかった。
できることが多すぎた、ということである。
魔力も多く、どの魔法もコンスタントに強い。だからこそ死神は、まどかの行使する一つ一つの魔法は彼女が見せた威力が限界なのだとばかり思っていた。本来のまどかは因果律の関係で魔法の威力こそが強い魔法少女であったというのに、だ。万能性などその後の願いによる付属品でしかない。むしろ得意すぎる弓矢を抑えてまわしたとさえ言えるというのに。
「随分……衣装はオーソドックスなんだね。羽以外は」
「鎧もあるんだけど――」
まどかの持つ弓と襲いくる鎌がかちあう。
「意味がなさそうだったから」
「そうだね」
死神少女の武器は鎌一つだけ。つまりただでさえ攻撃的な性質の魔法の全てを鎌の刃にかけているということだ。肉体に防御をまわしてもそれを貫通した攻撃がくるのであれば、避ける方が確実性が高くなる。それよりも肌が出ている部分が減って気配を読む魔法の質が下がる方が問題だった。
あくまでそれは理論上は、だが。
さらに防御を高め、防げるからといって攻撃を食らうのもなかなか勇気のいる話か、それとも防げないなら防御を捨てて避けるというのとどちらが恐怖なのかはその人次第か。
それにスピードを上げるだけなら翼で十分だった。全ての攻撃を避けるためには鎧が無意味だったのだ。まどかの今の姿は、基本の桃色の衣装と白い羽の組み合わせである。武器は弓矢だ。
「だから最強の姿じゃなくって全力を出せる姿にするね」
死神が鎌を持ったまま滑るように回り込む。低く構え、薙ぎ払う。同じ展開は御免と斜め後ろに飛び上がったまどかのくるぶしを鎌がかすった。先ほどとは違い、浅めの傷しかつけられはしなかったが、死神はほくそ笑む。傷は確かなアドバンテージになるし、何より攻撃が通じることが証明された、と。
二人はお互いのことしか見えていなかった。舞とほむらはいたが、魔法少女である。結界内には一般人は一人もいない。隔絶された空間がそれに拍車をかける。
死神は攻撃力に特化した魔法少女であった。次点で素早さ。防御は紙装甲の、射程もない。固有魔法とそれに付随する魔法の特性は隠密と強化。回復も、移動もできない不器用なスタイルである。
故に、一撃必殺が基本戦法である。回復がないから長期戦が苦手であり、防御が低いから相手の攻撃は避ける。射程がないから近接戦に持ち込むし、移動は隠密を使っていないと不安なのだ。
幻想の身代わりも遅延の追撃も遠距離の射撃も予知の回避もできない。ただ殺すことに忍ぶことに特化した魔法少女がそこにはあった。
「何度でも刈り取ってあげる。貴女が再生するのを諦めるその時まで」
かつてほむらに対峙したときと同じ姿。ほむらは自分にだけ見せてくれた変身状態も好きだったが、この姿が一番"らしい"と思った。
「私はどこかのラスボスみたいに変身を二段階も残してないから安心していいよ。この魔法少女というのか迷う姿が私だから」
数多のソウルジェムを濁る前に砕いてきた"透明の死神"の名に即した姿。
そこにいるのかさえ疑うような存在の希薄な鎌と少女。
二人の戦いは壮絶とは言い難かった。というよりも、もしもここが部屋の中で隣に人が居ても気づかれないような戦いだった。
気配を殺して音を忍んでまどかに後ろから襲いかかる。その全てを防御魔法で防ぎながら距離をとって弓矢で撃ち抜く。ワルプルギスの夜に使ったような大規模なものではない。連射や魔力で操作できるようなものだ。抑えた、といっても魔女の一人や二人、仕留められそうな数を撃っただろうのに。
「それぐらいで…とめられると思っているの?」
矢を次々壊していく。壊せない分は避けていく。
どれほどまどかに傷をつけようと、殺せなければ意味がない。腕や足の一本では再生されてしまうことが判明している。
見た目だけは拮抗しているような二人だが、決着はとうの昔についていた。
彼女が殺すことに特化してしまった過去と、彼女が魔法少女を狩るようになった理由は似て非なるものであった。
次回『透明の死神の過去』