まどかは願いで最強になって魔法少女の問題をねじ伏せるようです 作:えくぼ.
ここは病院の一室だった。
ベッドに寝て、上半身だけを起こしているのは上条恭介。幼少期からバイオリンに打ち込み、将来を有望視されていたバイオリニストであった。あった、と過去形なのは現在はバイオリンを弾けないからである。交通事故の影響で、指が動かなくなっていた。さらには医者から「回復の見込みはない」と言われていたのだ。
「さやかは僕をいじめてるのかい?」
彼は自暴自棄になっていた。全てをバイオリンに捧げていた人間がそれを失ったのだ。
自分はもう音楽ができないのに、どうしてCDなんか聞かせるのか。惨めになるだけではないか。もはや、八つ当たりのようにさやかに当たった。
上条から責められ、ついさやかはつい口走った。
「奇跡も魔法もあるんだよ」
思わず手の届くところにある愚かな選択を。
決して浅い考えで魔法少女になろうと思ったわけではない。
彼女もまた、あの日からずっと考えていたのだ。自身がゾンビになっても、戦いに身を投じても。恭介の人生が救えるならそれでもいいではないか、と。
「その必要はないわ」
いつものように髪を手で後ろにすいてはらう。
まどかは病室の扉から入ってきたが、ほむらは病室の窓の淵に片足をかけていた。
恭介からはパンツの見えないギリギリの角度で立っていたことにまどかとさやかは安堵した。
「転校生とまどか!」
さやかは魔法少女やほむらの非常識さを知っているため、来たこと以外に驚く気になれなかった。
ねえさやか、彼女は誰?とかどうして窓から来たの?などという恭介の至極もっともな疑問をあっさりと無視して二人に呼びかけた。
「あなた魔法少女になる気でしょ?」
黒い瞳は見透かすように揺らめいた。その語調にはやや非難の色が込められていて、思わず怯みながらさやかは尋ね返した。
「どうしてそれを」
「さやかちゃん……」
まどかはこの前の話と合わせたら誰でもわかるだろうと思った。
「このままだとさやかちゃんが失恋するって聞いて」
「ちょっと!」
さやかが自分の恋心をあっさりバラされて慌てる。
恭介に未だ告白していないさやかにとって、ここで恋心をバラされるのは死活問題である。
「鹿目さんと……誰?」
恭介が入院している間にほむらは転校してきたので、まだその顔を恭介は知らない。
ようやく話を聞けそうだとタイミングを見つけた恭介は話に割り込んだ。
「ちょっと話があるの。さやかちゃんと上条君に。でも二人は別の所でね」
しかしその言葉に答えることはなく、まどかは簡潔に要件だけを述べた。
そしてほむらとさやかのペアとまどかと上条のペアにわかれたのだった。
まどかと恭介は二人きりになった。
もしかしたらさやかは内心穏やかではないかもしれない。好きな男の子と突然親友が二人きりになりたいと言い出したのだから。
ただ、まどかを信じているからこそ、目的を言わないまどかと二人きりにすることをよしとしたのだった。
「上条君はさ、さやかちゃんのことどう思ってるの?」
聞かせて。とまどかは問い詰めた。
「どうって?」
突然病室までやってきて、聞くのが幼馴染への思い。まどかの真意も掴めず、質問を質問で返した。
「すごく頻繁にお見舞いにきてその度に何が好きか気にしながらCD持つてきて。どんな気持ちでさやかちゃんがここに来てるのか考えたことある?」
長い沈黙が降りた。両者は睨みあい、目を逸らすことができなかった。
気まずそうに、やや躊躇いながら恭介は口を開いた。
「……さやかが僕のことを思って来てくれてることぐらいわかってるよ」
CDなどを持参するのも大変なはずだ。ここまで頻繁にお見舞いに来てくれるのが、悪意などではないことを理解できないほど恭介は愚鈍ではなかった。
先ほど「いじめているのかい?」と聞いたのも本当はそんなことを思ってはいない。
「じゃあなんで……」
八つ当たりなんて、と続く言葉を飲み込んでしまう。
「でも惨めなんだよ! 向こうは僕を幼馴染としか思ってないだろうけどね」
ようやく心の叫びが聞けた。
お見舞いに来てくれるのは幼馴染だから。お見舞いに来てくれるさやかを少なからず意識していることがその発言から読み取れた。幼馴染としか。その言葉選びは自分が彼女に幼馴染以外の認識を持っていることを示すのだから。
「さやかには笑っててほしいし、幸せになってほしいのに……こうやってベッドで毎回励ましてくれようとするさやかを見ることしかできないのが!」
まどかは意外だった。
てっきりさやかの片思いだとばかり思っていて、それを上条恭介に意識させることでくっつけようという算段だったのに。今上条恭介の周囲には家族とさやか以外の女子の影はない。ずっとお見舞いに来てくれていたさやかが告白すれば、迷いこそすれ悪い返事はこないだろう。そんな作戦であった。
ところがどうだ。蓋を開けてみれば彼らは二人ともがお互いに、向こうが幼馴染だと思っていて片思いだと勘違いしていたのだ。
両想いがここまで綺麗にすれ違うなんて。
「それを聞いて安心したし、さやかちゃんに言ってあげてよ。いつも楽しそうなんだよ? お見舞いに行くのにCD選んでるさやかちゃん」
まどかは卑怯かな?と少量の罪悪感を抱いたが、どちらも両想いなのだから許してほしい、と言い訳した。
まさに恋のキューピッドであるその所業はさほど責められたものでもないだろう。
一方、ほむらとさやかは似て非なる相談になっていた。
病室から出て、自動販売機の奥の休憩所まで二人は来ていた。
「あなた、上条恭介のこと、好きでしょ」
開口一番、なんの回りくどい話もせずに直球ど真ん中で勝負した。それもそのはず。今のさやかとほむらにとって、世間話するようなことは何もない。
「なななな何よ! あんたには関係ないでしょ!」
図星をつかれてさやかは狼狽えた。絶対隠し事には向いてないわね、と呆れ気味にほむらは肩を竦める。
「バレバレよ。それで腕を治すために魔法少女になろうと思ってる、違う?」
「何なのあんた……なんでも見透かしたように」
つい先日会ったばかりで、ろくに話したこともないはずのほむらに、長年の悩みのタネをズケズケと指摘されてさやかは内心穏やかではない。
「巴マミに言われたようね。感謝されたいのか、そうじゃないのか」
上条恭介の指を治療できればそれでいいのか。もしも感謝されるところまでを願っているなら、と。覚悟を尋ねているのか、それとも……とさやかはほむらの真意をはかりあぐねているだろう。
「ソウルジェムの仕組みは聞いたのでしょう。あなたは治したあと告白できるのかしら。もたもたしてるとあのワカメに取られるわよ」
「どうして仁美がでてくるのよ」
ワカメと呼ぶほむらもほむらだが、それでわかるさやかもさやかだ。
以前言われたことがあるのだろうか。
「あら? 気づいてないのかしら。あの子もあなたと一緒よ」
上条恭介に恋をする少女の片方。
彼女は幼馴染というアドバンテージでありながらそれゆえにすれ違うさやかとは違う。追い詰められているからこそ、速攻勝負で決めにかかる。
「あなたが上条君の腕を治して、その結果魔法少女になったことを上条君に言う、それで同情をひいて彼の心を自分のものにするなんて考えてるなら推奨するわ。おおいにやって頂戴」
ほむらの中でさやかの心からの幸せの優先順位は低い。
表面上だけは綺麗な、それでいてお互いがお互いに引け目を感じるような関係に幸せなんてないというのに。それをあっさりと薦めてしまうあたりがほむらがさやかにとっての劇薬たる所以である。
「でもただ治すだけなら違う方法があるって言いに来たのよ」
その方法を聞いたさやかは受け入れることを決めた。
「じゃあ頼むわ」
「随分素直なのね」
「あの話を聞かされたあとじゃね。それにまどかじゃなかったら拒否してたかもしれないし」
ほむらの提案したこととは、現在最強の魔法少女になっているまどかの魔法によって上条恭介を治そうというのだ。
まどかの契約内容には"全ての魔法が使える"というものがある。人間一人治療するぐらいならなんとでもなる。
それをするなら確かに「さやかが恭介に感謝されること」はなくなる。
それでも、自分のエゴで自分の人生を恭介に背負わせるわけにはいかない。そんな形で恩をきせたいわけではない。さやかはそんな自分の気持ちを再確認させられた。
病室に同級生の女子が三人。年頃の男子からすればおいしい状況ではあるが、そのうちの二本の矢印は向かい合っていて、実のところ彼に向く矢印は一本だけだ。
もっとも、と言っても明るく元気で可愛い幼馴染に好意を向けられている。それだけで世の中の多くの嫉妬と恨みを買いかねないのだが。
「じゃあ始めるね」
まどかは魔法少女に変身しており、恭介の指を上から両手で包み込んだ。
桃色の魔力は彼女の手を中心に放射状に広がり、距離が遠くなるにつれて薄くぼやけていく。
さやかは両手を組み合わせて拝むように両目をキュッと目を瞑っている。しかし自分が目を逸らすわけにはいかないと、すぐに目を開けてじっと見つめていた。
ほむらは我関せずと隣の椅子に座っているが、時折まどかに魔法をかけている。
多少時間はかかったが無事治療を終えた。
「本当にどうなってるんだ?さっきまで動かなかったはずなのに」
上条恭介は手のひらを握って開いてその感触を確かめた。
動かなくなって久しかったその十の指はなんの違和感もなく彼の手として機能していた。
「じゃあ私達はこれで。行きましょまどか」
気を利かせてまどかとほむらは病室を出たのだった。
病室に二人が取り残された。
恭介は何故あんなに花瓶に挿された花が腹立たしかったのはなぜだろうかと今では不思議だった。
気まずくない沈黙が二人の間に降りた。
「あのさ」
二人の声が重なる。
「あ、恭介から言ってよ」
「うん。さっきは酷いこといってごめん。ずっと僕を支えてくれてありがとう。こんな僕でよかったら……」
続きを促したさやかだが、しかしそれを遮った。
「やっぱり続きは私に言わせてよ。幼馴染っていう関係に逃げて、今は腕が動かないから断られるかもとかビビってたけどふんぎりがついたの。好きだよ」
自嘲でも、諦めでもない、陽だまりのような笑顔に恭介をつられて笑う。
しかし恭介はすぐに今までの自分の行動を思い返して暗くなる。
「僕もだよ。こんな僕でいいの?」
八つ当たりをした。酷いことをいっぱい言った。彼はそのことを自覚しているから、ここで安易にさやかの告白に乗っかるのはどうかという不安もあった。
どうしてこんな自分を好きになったのか、とか聞きたいことがいっぱいあったが、出てきたのはそんな、ビクついた言葉だった。
「恭介だからだよ」
全てはその言葉に集約されていた。
さやかが今までお見舞いに来た理由も、どれだけこの時を心待ちにしたのかも。
恭介はその言葉を聞くとふっと肩の荷が下りたように楽になった。
既に夕陽が二人の顔を照らしながら沈みかけていた。