うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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タイトルの通り、閑話です。
オリキャラの会話がほとんどの内容となっております。

タイトル入れ忘れという失態を犯してしまい、修正しました。
すみませんでした。
(2013/7/4 記)


閑話:散髪

 トゥスクル皇都の某所。熱気に包まれた雑踏の中を、淡い若竹色をした外套が器用にすり抜けていく。やがて開けた場所に到達すると、持ち主の――コゥーハの歩みと共にソレは一気に落下した。 

「あ……暑いですね……」

 未だ日が昇り切っていないというのに、と手を翳すコゥーハの言動に、全くやる気は感じられない。首筋に汗がちらつき、顔が若干火照っており、目の下には薄い隈がある――しかし、コゥーハは外套を脱ごうとはしない。

 先日の法改正により、戦時において、武官――騎兵衆(ラクシャライ)並びに歩兵衆(クリリャライ)の部隊長以上の地位の者は外套を着用する義務が課せられた。故に一部隊長であるコゥーハにも、つい前日に部隊長の証である若竹色の外套が渡された。とはいえ、外套は戦時にのみに義務があるが、非戦時においては任意――任意になった経緯をコゥーハは知らないが、オボロ歩兵衆(クリリャライ)総隊長が「邪魔だから」という理由で頑なに拒否したから、という噂が皇城内で流れている。それを証明するかのように、オボロが外套を着用しているところをコゥーハは一度も見た事がない。また、何かとオボロの側にいる事の多いドリィとグラァも同様に外套を羽織っていない――であるため、この場で外套を脱ぐ事は軍規違反ではないのだが。とコゥーハは苦い顔で俯く。

「仮にも任務中……ですし……一応」

 部隊長の証ともいうべき外套を渡される際にベナウィが言っていた説教が、コゥーハの心の片隅に横たわる。

 武官として任を全うする間は、それ相応の言動と責任を負うべし。外套の重みは上に立つ者の重みである……結論だけに纏めると、任務中は外套を外さない事が望ましい。この一言のために半刻を割く必要があったのか、とコゥーハは口を尖らせる。しかしながら、口にするだけありベナウィはいつ如何なる時であれ侍大将である紺色の外套を脱ぐ事はなく、彼の精神は騎兵衆(ラクシャライ)の各部隊長にも息づいて――クロウに訊ねた際、「いや、汗を拭うのに丁度良くて」と呟いた事に一抹の疑問を覚えたことをコゥーハは心の片隅へ押しやった――いる。故に自分だけ脱ぐという行為にコゥーハは些かの抵抗があった。

「それに。隊長の耳は、地獄(ディネボクシリ)まで届いている気がしますし。この前もエルルゥ様と話していた冗談を――いえ、やめましょう。疲れるだけです」

 しかしながら。とコゥーハは肩を窄める。眩しく照りつける日差しの下、ゆっくりとした足取りで目的地へと再び歩き出す。向かい側に見えた焼きモロロ売りの屋台が放つ誘惑に必死で戦いながらも歩みを進め、とある店の前で立ち止まる。

「散髪、ですか」

 切れ毛の髪を弄りながら、コゥーハは現在から半刻前の出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 朝を告げる鳥の声が聞こえなくなった頃。きっかけは、散髪用の鋏を手入れするエルルゥの一言であった。

「コゥーハさん、ちゃんと髪のお手入れしてますか?」

 アルルゥの髪が伸びてきたため、髪の手入れをしようと思うと話していたエルルゥの手が止まった。自分に話を振られた事に驚きつつも、コゥーハは薬棚にある薬草の検品を続ける。

「沐浴時には、きちんと洗っております」

「髪はちゃんと切ってますか? 出た後にちゃんと香草を塗ってます?」

 コゥーハの後ろに立ち、エルルゥは髪を梳き始めた。お止め下さいと言った相手に首を振り、どうなんですか? と再度訊ねた。相手に気圧される形でコゥーハは一時作業を中断し、手にある瓶をそっと置いた。

「今期に入ってからは一度も髪は切っておりませんが……う゛っ」

 心を射る視線を感じ、コゥーハは長い茶色の耳をだらりと下げた。

「昔は手入れをやって頂い――やっておりましたが。自分でやるようになってからは、段々と面倒になりまして」

「やっぱり! ほらここ、傷んでるじゃないですか!」

 髪の一部を指摘され、コゥーハは更に項垂れる。恐る恐る振り返り、眉を上げている相手から目を逸らした。

 腰に当て、駄目ですよ、とエルルゥは強い口調でコゥーハの肩を突く。

「女性の髪は、大事な物なんですよ」

「それは――」

 コゥーハは目を伏せ、短い後ろ髪を梳く。二回、三回、それ以上を撫で、揺らいだ瞳をぐっと閉じた。

「…………」 

 黙り込んだ相手にエルルゥは首を捻りつつ、それに、と静かに鋏を置いた。

「私は良いんですけど。ウルトリィ様に会う時とか、その……」

 コゥーハは逡巡し、エルルゥの意を理解するや否や、即座に頭を下げた。

「……正しく。仰る通りだと思います」

 護衛として公の場に立ち会う事もあるというのに、身なりを疎かにする事は褒められた事ではない。ましてやオンカミヤムカイの使節団が滞在している現在、彼らと話を交わす事もある中で粗末な格好を晒す事は、トゥスクル國の品格を疑われる可能性は十分にある。

 こればかりは説教は已む無しか、と心中で反省しつつ、コゥーハはエルルゥに謝罪した。

 何度も頭を下げるコゥーハにエルルゥは困惑しつつも、やんわりとした口調で相手の頭を上げさせた。尚も反省の色を隠さないコゥーハの髪をじっと見つめ、やがて何か思いついたように手を合わせた。

「もし良かったら。私が髪を――」

「それだけはどうかご容赦頂けないでしょうか、隊長に殺されます」

 大袈裟じゃないですか? と苦笑するエルルゥに、コゥーハは断固として譲らない。私上で皇女の手を煩わせる事など言語道断、補佐の名目で家事の指導を受けている事を黙認されているとしても、他の事柄に関しては決してあってはならないという考えはコゥーハも同意する。

(それに。誰にも知られなければ、という考えは甘い。同僚の僅かな怠惰さえ、女官達の些細な陰口でさえ把握している隊長の耳に入らなければ、という愚かな考えだけは……断じて)

 半刻の説教を喰らっている同僚の苦い顔を思い出し、コゥーハは激しく首を振った。

 顔色の優れないコゥーハを気遣いながら、エルルゥは一つの提案をする。

「今日のお洗濯は女官さん達に任せて、一緒に髪を切りに行きませんか?」

「ですから。エルルゥ殿のお手を借りるような事は。本当に、命が百あっても足りません」

「じゃあ。私が髪を切ってくるように言った、ってことで」

 命令って、好きじゃないんですけどね。とエルルゥは尻尾を垂らしながらも微笑する。

「何でも。ハクオロさんの最近の、流行……? らしいですよ。命令だーってベナウィさんに強い感じで言うと、大体は仕事を押し付けられないって」

「一武官と致しましては、乱用されますと少々困りますが。それに」

 そう何度も同じ手が通用する相手ではないだろう、という一言をコゥーハは寸でのところで呑み込む。半期も経たぬ内にベナウィが対策を行い、ハクオロが再び書簡の山に埋もれる未来を描き、また何か返答を考えなければ、とこめかみを掻く。そんなコゥーハの正面で、エルルゥは改めるように姿勢を正した。

「コゥーハさん。今日一日で、ちゃんとした髪型にしてきて下さい」

 皇女自らの命は凛と響く。それに異を唱える者も理由もない、故に臣下の返答は一つしかない。

「御意」

 もてる最大の礼を尽くし、コゥーハは感謝を述べた。

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 その後、コゥーハはエルルゥとの一連のやり取りを簡潔にベナウィへと報告した。

 エルルゥが命を下す事がほとんど無いこともあってか、ベナウィはコゥーハの外出をあっさりと了承した。自分も気づけなかった事をエルルゥとハクオロに謝罪する旨を示し、僅かな路銀とあまつさえ皇都にある理容店の場所まで紹介し、きちんとした容姿で帰ってくるようにとコゥーハを送り出した。

 あまりの親切さに鳥肌が立つ、と思いつつも、ベナウィが最後に付け加えた一言を思い出し、コゥーハは顎に手を当てる。

「自分めと同じ耳を持つ男性が働いているから、()()()()その方へ文を渡して欲しい、と。隊長らしくも」

 いえ。と口を噤み、コゥーハは首元にある額当てのずれを正す。すとんと落ちた淡い色の外套を一瞥し、紹介された理容店の暖簾を潜った。

 皇都に構える一般的な店よりも広く、清潔というよりはやや煌びやさが目立つ――昔に訪れた事のある宮中を思い起こさせるような内装に、コゥーハは思わず息を呑む。しかし、店内の客はまばらであり、全てが男性。そして客の髪を切っているのは、強面の男達である。華やかな店内と集う客と理髪師の不釣り合い――若干の異様さを抱かせる店に、コゥーハの足が止まった。

 ぼうっと立ち尽くすコゥーハに気が付いたのか、客を送り出した理髪師の男がコゥーハの肩を叩いた。

「こらこら兄ちゃん。そこに突っ立ってないで、さっさとこっち」

 これは失礼、とコゥーハは謝罪した。なんの、と笑って身体を押す男に微笑み返すが、既視感を覚えた男の顔に墨色の目を丸くする。

 軽く羽織っている竹色の外套や、理髪師の中では唯一の茶色で長い耳はそれ程に関心はない。目の間隔や口の大きさ、何より笑った時にできる皺が、それら全てがコゥーハの記憶の中で一致する。そしてその彼に対して、過去に結構な迷惑を掛けた事も。

 一つお伺い致しますが、とコゥーハは男に訊ねる。

「隊長、ではありませんか?」

「嫌っすねお客さん。俺は隊長なんかじゃ――っ、こ、の、生意気な、声はっ……」

 コゥーハの声に反応し、男の表情がみるみる変わっていく。営業とはどこか異なる自然な笑みは消失し、あからさまな苛立ちが浮き上がる。しかし、それが彼らしいと、コゥーハは心中で懐かしむ。

「お久しぶりです。ご健勝そうで何よりです」

「ちっ、やっぱりコノハじゃねーか、このちくしょうめが」

「この葉じゃないです。コゥーハですよ。覚えていますか? エニワヤイの――」

「ったり前だ。朝から俺の前で酒ばっか飲みやがって。あげく酒瓶を俺の真下に落としやがって! 薬師(くすし)のくせに薬も出さんと、全く、使えない奴め」

「あ、あの時は材料が無かったのですよ、本当に」

 とにかく座れ、と促され、コゥーハは苦笑しながら縁台に腰掛ける。座った客を一瞥し、男は周囲に道具を置き始める。

「なのにぃ?! 聞いたぞ! お前さん、今は騎兵衆(ラクシャライ)の一隊長だと?! しかもそんなムネのくせに女? 巫山戯(ふざけ)るな、そこに直れ。ついでに、その気色悪い喋り方はやめろ」

 しーっ! とコゥーハは慌てて男の口を塞いだ。店内にいる全員の視線を集めてしまった事に肩を竦めつつ、極力小さな声で相手を窘める。

「無理ですよ、隊長。言葉遣いは勘弁して下さい。これが普通の喋り方なのです」

「…………」

 納得のいかないといった顔で男は沈黙をするが、やがてコゥーハの胸元へと手を伸ばしながら口を開く。

「なら詫びの代わりに、ちっと乳揉ませろ」

「駄目ですよ、隊長。せっかくのお仕事が無くなっちゃいますよ」

「んなことはこの際どーでもいい。さっさと上着を脱いで胸を出せ。女かどうか、直々に俺が確かめてやる。なんならケツでも良いぞ」

「駄目ですよ、隊長。その手慣れ過ぎたいやらしい手の動きを止めて、今日は髪を切って下さい」

 んあ? と男の指の動きが止まる。

「切るのか?」

「はい」

 即刻肯定したコゥーハに男は軽く眉を上げるも、揺るがぬ客の要望に舌打ちした。

「ったく。女なら伸ばせってんだ。綺麗な髪がもったいない」

「…………」

「見たところ、金もそんなねーみたいだし。ウチは高けーんだぞ? 今日は、傷んだ所を切ってやるだけだかんな」

 お願いします、と額当てを机に置いたコゥーハに溜め息を吐き、男は客の身体に布を巻いた。「いや、これ酷過ぎだろ……」とぶつぶつ文句をいいつつも、墨色の髪に美しい銀色の鋏を入れていく。

 はらり、はらりと、傷ついた髪が落ちていく。三十本、七十本、百十本……手際よく整えられていくものとは対照的に、他人のものと交ざっていく様を眺めながら、コゥーハは目を細める。

「隊長は長い髪の女性が好みで?」

「だから俺は――……もういい、隊長で」

 疲れたように両耳を下げた男――隊長の前で、コゥーハはにやりと笑う。

「正確に。小隊長がよろしいですか?」

「もう一度言ってみろ。髪じゃなく首を掻き切ってやる」

 刃物をぎらつかせる相手に、嘘ですよ、とコゥーハは手を振る。

 信用ならないと零しつつも、隊長は手を止めることはなく動き続ける。一箇所、全体との調整を入れてまた一個所――ぎこちなさの残る手で、しかし丁寧な手で、綺麗な髪を触る。

「死んだ家内は、そりゃあもう、大陸一長くて綺麗な黒髪だったさ」

「……左様でしたか」

「あー、すまん。今のはナシ。無しな。謝んじゃねえぞ。貴様は、俺の前では、糞生意気なままでいておけ」

 ふふ、と力なく笑い、コゥーハは目を瞑った。その丁度正面、小さな鏡が置かれた机と額の間に墨色の髪が落ちた。

「いやー。しかし、驚きました。理容店で隊長が鋏持って働いているのですから」

「おかしいって言いたいのか? あぁん?」

 いえいえ、とコゥーハは声を落とし、ゆっくりと目を開ける。その視線の先で、入ってきた光で額当てが輝き、一筋の濃い影を作る。

「だって、此処。紹介して頂いた方の話によれば、元宮廷理髪師が何人も働いている、すんごいお店なのですよね?」

 コゥーハの問いに目を瞬かせるも、そうだぜ、と隊長は胸を張った。

「切れ味抜群の刃物がいっぱいあってな。使いやすいのなんの。何でも店主の知り合いに、武器を作っている鍛冶司(かぬちづかさ)がいてな。理髪師一人一人の鋏を作ってくれる位すごい店だ。……まあ、まだまだ下っ端の俺には専用の鋏は無いんだが」

「ほうほう。刀の切れ味が抜群なのでしょうな」

「そりゃあもう。扱いに手慣れた元兵士や賊が振るったら危ない出来よぉ。んでもって作り手の気性は荒くてな。おっかねーのよ、顔も……最近ここらを賑わしている賊みたいな顔で。だから此処で鍛冶司(かぬちづかさ)の旦那に会ったら、頭は下げておけよ」

「隊長みたいに、へこへこと、ですね。分かりました」

 うるせえ! と隊長は怒鳴るが、迷惑がる周囲の鋭い視線にたじろぎ、軽く咳払いをした。

「そういやあの旦那、昨日も来てたな。一昨日とその前も……ここ最近は人の出入りが多い。昨日は、道具が完成した、とかなんとかで。でっかい荷を背負って来ていたな」

 左様ですか、と頷き、コゥーハは切り終えたと思われる前髪をいじる。

「そんな一流さんばかりの店で働けるなんて、隊長は幸せものです。才能もございますし」

「そ、そうか? そう言われると別に悪い気は――」

「性格は駄目駄目ですが」

「前言撤回。貴様に言われると、無性に腹が立つ」

 まあまあ、とコゥーハは鏡を持ち上げるが、頼まれていた件を思い出し懐に手を入れる。

「そんな、めでたく職を持てた隊長に。自分が愛する美味しいお酒――は、酒屋が潰れていて手に入れる事が叶わなかったもので。隊長のお知り合いからの文を預かっておりますよ。実はお遣いもありまして」

「は? 俺はあれから独り身……あ、いや、すまん、心当たりが一人いたわ」

 慣れた手つきで書簡を開き、隊長はじっと文字の羅列を眺め始める。その隣で意地の悪い笑みを浮かべながら、コゥーハは指で頬を突く。

「恋文ですか?」

「分かって訊いてるんだったら殺す。違うちがう。料理本だ」

 確かに、と、いつの間にかやって来た他の理髪師と書簡を睨みながら、コゥーハは頷く。

「隊長、料理が大好きですからね。機会があればまた頂きたいです。何でしたら、自分も作りますゆえ」

「作るなとは言わん。だが良いか、絶対に、絶対に独りで作るんじゃねえぞ。厨が壊れるからな。後、焼きモロロだけはヤメロよ。アレは――……思い出したくもない。おぞましい凶器だった」

「失礼ですね、と申したいですが……あの時は、本当に申し訳ありませんでした」

 しかしながら幾分と上達したんですよ、と笑うコゥーハに、隊長は尚も疑問の目を向ける。が、書簡をひとまず机に置き、もうちょっと切るぞ、と客の姿勢を直した。

 髪に数回鋏を入れた後。終わったぜ、と隊長は客の布を取った。

「とりあえず。お遣いありがとよ。そんで、ついでというか、コレを文の主に届けてくれんかね」

 懐から差し出された木簡をコゥーハは受け取る。その際、端に見えた文字――材料、という単語に目を丸くする。

「こここ、これは、もしや」

 ああ。と、隊長は得意げに笑んだ。

「俺様が考えに考え抜いた秘伝のまかない料理集、最新作だ。今回は主菜、副菜、汁物から箸休めまで、全部モロロづくしってな」

「で、伝説の味が、今ここに! ……しかし、受け取った主は暗号を解くことから始めないといけませんね。相変わらず字が汚すぎですよ、隊長」

 ほっとけ! と隊長は路銀入りの袋を奪い取り、全部貰うぞと中身を確認しながら客に言い放つ。自分の金ではないこともあり、コゥーハは了解の旨を伝えて書簡を懐へ入れた。

「後で閲覧しても?」

「一向に構わんぞ。なんせそれは、料理集だしな」

「ふむ……暗号を何としても解読し、エル――料理の達人に作って頂かなくては」

「さっき作ると言っとっただろうが。全く。その内貰い手いなくなるぞい」

「構いませんよ、一生独り身で。それ程料理ができなくとも、ハチミツとお酒と焼きモロロがあれば十分。それに良い歳なのですよ? 自分は。すでにいき遅れていますって」

「好いちょる奴の一人や二人もおらんとかね?」

「いませんよ。いたとしても――」

 いえ。とコゥーハは首を横に振り、額当てを首に巻く。圧し掛かる重みを直に感じながら、落ちない様にしっかりと結ぶ。

「とにかく、いませんよ。男性の知り合いは割と多いのですが。奥さんの自慢話をしてくる隊長とか、愛妻弁当持参の隊長とか、昼間から女官に好意寄せられまくりの男性とか」

「……。あまりおらんとか」

「……。おらんとです」

 ありがとうございます、と礼を述べ、コゥーハは入口へと足を動かす。尻尾を振りながら、すれ違いざまに見つめてくる数人に微笑を向け、店前の所で見送りに来た隊長に改めて頭を下げた。

 照れくさそうに隊長は頬を掻き、そういえば、と言って背を伸ばす。

「街道沿いを荒らしている賊の根城が、この辺りにあるんだっていう噂があるんだが、何か聞いていないか?」

 深刻そうに返答を待つ隊長や店内から顔を覗かせる理髪師達に、御安心ください、とコゥーハは目を細める。

「もうすぐ解決致しますよ。幾つかの塒と合わせて大体の位置は掴んだそうなので、明日に周辺を調査するそうです」

「やっぱりこの辺とか?!」

 声が大きいですよ、とコゥーハは窘め、口を手で覆いながら質問に答える。

「この辺、ですが。詳しい事は知らないのですよ。担当が違いますので。ただ調査場所が幾つかあって、一斉に調査するそうなので。今日は全然やってないですけど、おそらく明日は関も厳重になるのでしょう。まあ、心配ありませんよ。武装した誰かが店にやってきても、質問に答えて中を見せて頂くだけですし。何もやましいことがなければ、ね」

 そうかい。と隊長は腕を組み、軽く息を吐いた。頭を掻く相手を一瞥し、コゥーハはゆっくりと、皇城へ向かって歩きだす。

「それでは、お元気で。店の旦那の機嫌損ねて首を飛ばされないように気を付けつつ、頑張って生き延びてください」

「ったく、大きなお世話だってんだ」

 確かにそうかもしれませんね、とコゥーハは笑い、風に揺れた外套のずれを直す。その後方で、隊長もまた微笑し、自身の外套を引っ張った。

「お前さんも。今日は鋏と得物には十分気を付けな」

 片手で合図を送り、コゥーハは腰にある剣の柄を握った。その表情は、薄い雲が作り出した影にそっと隠れて消えた。




謝罪:
 原作用語を間違った表記でしておりました。本当に申し訳ありません。
 該当箇所は2014/2/11に修正致しました。
 今後このような事がないように努力したいと思います。
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