うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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宣伝になりますが……。

うたわれるもの の続編の発売日が9月24日に決定したそうです。
詳細がお気になる方は、お手数ですが、公式HPやゲーム雑誌等をお調べくださいませ。


方図

 美しい、などとは、全くもってグラァは思わなかった。彼女の放つ気のようなもの、それだけが、彼の息を呑ませる結果を引き起こした。

 苦しそうにオボロの手を掴むユズハの側、じっと見下ろすコゥーハの眼は冷たい。否、正確に言うなれば、薬草の名前を片っ端から上げている彼女の声や顔から、全く感情が見受けられない……悲嘆も、苦悩も、焦慮も存在しない。白い発光石の光も相まって、さながら、人形が淡々と現状を観察しているかの如く――生物特有の息吹がまるで感じられない。

 立場上、グラァもドリィもコゥーハと仕事の話をする機会は大いに存在する。また、大抵は状況が良くない――たとえば、オボロやハクオロが仕事の多さに耐え兼ね放棄したツケを消化させられていたり、失態を犯した部下への気遣いとしてクロウとは違う根回しを行っていたり――ためか、短時間に解決するべく集中すると、多少表情が消えることが度々あることは知っていた。そういう人物なのだろう、と二人で笑いあったこともあるが、目の前にいる()()は明らかに印象が違う、と大きな灰色の耳を上げる。

 何故自分が此処にいる事を、振り向くことなく認識していたのか。言い知れぬ緊張で無意識に組んでいた腕を戻し、グラァはオボロへ目を向ける。自分はどうするべきかと指示を仰ごうとしたのだが、オボロは相手の目をじっと見つめている。コゥーハの提案に、肯定も否定もせず――時折苦しそうな悲鳴を上げるユズハに狼狽え、額を拭いつつ励ましの言葉を贈るも、側で淡々と書簡に書き込む相手から目を逸らさない。

「若様……」

 グラァは思わず呟く。しかし、戦さながらの駆け引きに似た空気に、声は呑みこまれていく。滲む汗は布へと吸い込まれ、薄墨は乾燥した木材の中で文字を刻む。懐から取り出された小刀は繋ぐ糸を切断し、並べ替えられた木簡は新しい糸で簡素に結われた。全く無駄の無い宛転たる様に意識を捕らわれ、幾重の時が経ったのかグラァは推測できない。が、長い緊張感を変化させたのは、紛れも無く自分でもオボロでもなかった。

 最終確認。平淡かつはっきりとした彼女の声が、部屋から外へと突き抜ける。

「貴方は。コゥーハを信じますか?」

 頭が揺れる程のひどい違和感に、グラァの足は半歩下がる。が、一方のオボロは眉一つ動かさない。ユズハの手を強く握ったまま、じっと相手を睨み続けた後――そっと目を落とすと共に、沈黙を破った。

()()()を信じる気はない」

 だが、とオボロは声を落とす。

「あいつが受けるといった時の、自信に満ちた目を、俺は信じる」

 暗がりで顔が見えなかったが、苦悶が混ざる声だ、とグラァは胸に手を当てる。一方で、質問をした本人は手を休めることなく等間隔で文字を刻み続ける。しばらくして筆を置き、くっと眉を寄せながら――初めて感情のようなものを表出させつつ乾いた口を開いた。

 心配無用――彼女は、無機質な目をオボロへと向ける。

「私は嘘をつく権限を与えられておりません。また、嘘をつく事によりコゥーハが得をすると思われる事象が推測できません」

 また、と彼女は続ける。

「寿命の短縮を理解してしてなお深層の記憶への干渉を行っているという点から、コゥーハが貴方の妹に対して好意を抱いている可能性は非常に高いと思われます。故に、貴方の判断は至極正しいと断言致します」

 オボロが何かを言いかけるが、彼女は複数の書簡を差し出すことで遮った――全く相手に興味がないかのような、冷たい瞳で。

「検索終了。薬師(くすし)の部屋に常時保管されている薬草、全三十三種の中から導き出された正確な調合は零件。予想される調合は八件、内全ての調合に必要な薬草は三種類。これ以上の絞り込みは――」

 声が途切れた刹那。健が切れたかのように彼女は寝台に突っ伏した。が、数拍した後、緊迫した声が()()から発せられる。

「薬草以外に、必要な物は御座いますか?」

 弱々しい声ながらも、()()()()はゆっくりと起き上がった。険しい表情でユズハを見つめる墨色の瞳には正気が戻っている。グラァは一瞬呆けるも、コゥーハに目を向けられ、はっとしたように答える。

「確か、紫琥珀(ムィ・コゥーハ)が必要って」

 了解の意を示し、コゥーハは直ぐに二つの書簡をグラァへ差し出した。

「煎じる必要がある場合と、必要ではない場合と。違いは一種類だけですので、合計……」

 書簡を渡したコゥーハの手がふらつく。だが、宙を舞った腕とは対照的にコゥーハの声はしゃんとしている。片手で隠した顔の目元は黒いものの、早く行くようにと指示を出す彼女は、忙しい日々を過ごす彼女の、普段通りのそれである。

「……すみません。問題ありません。少し疲れただけですので」

 強い口調で再度コゥーハに促され、グラァは部屋を出た。未だ薄暗い外、微かな感傷に足を引っ張られたものの、振り向くことなく駆け出した。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 エルルゥの部屋でグラァが薬草を揃え終えた時と、ドリィに呼ばれてエルルゥが部屋に到着したのはほぼ同時であった。すぐにエルルゥが精査した後、急ぎユズハの元へ向かった。エルルゥの適切な処置の元、ユズハの発作はたちまち治まり、心配する一同を安心させることとなった。

 コゥーハが薬草を特定した行為が直接的に意味を成したとは言い難い。だが――コゥーハが差し出した書簡に綴った薬草ほぼすべてが、紫琥珀(ムィ・コゥーハ)を除き必要な薬草であったことは、関わった者達に対して一種の疑問を落とした。

 

 

 

 

 

 ユズハの容態が落ち着き、後はエルルゥに任せる体になった後、コゥーハは静かに退出した。ふらついた躰を隠すように手頃な柱へ押し付け、後方からやってきた軽い足音の主に目を向ける。

「助かった」

「いえ。お礼は御遠慮ください。結局、自分は新たな治療法に繋がる情報を見つけられませんでしたので」

 礼を述べたオボロに、コゥーハは頬を抓りながら必死に微笑みを作った。その手に疑問の目を投げかけながらも、オボロは追及する事はなかった。

「案外、人が良かったんだな」

「まさか。……自分は。主我で、一度はユズハ様を見捨てようと致しましたから」

 躰と柱に挟んだコゥーハの片手は、今なお震えている。考えられる理由が多く、特定できないとコゥーハは心中で嗤う――もし自分の判断が遅れていたら、薬草の特定が間違っていたら、もしエルルゥが他の場所に居たら……手遅れであった時の事を考えると共に、"アレ"を"見る"自分を見たオボロ達がどう思ったのか。自分の事ばかり優先する様に嫌悪し、今にも手首を掻っ切りたい衝動さえ刹那に浮かぶ。

 お礼はハチミツでお願いします、と軽い冗談で感情を奥底に埋め、コゥーハは会釈する。これにて失礼すると踵を返すが、未だ一つ残っているという相手の言葉に、足を止める。 

 何だったか、と逡巡するコゥーハの正面で、オボロの口がゆっくりと開かれる。

「ユズハは。あと、どれくらい生きられる」

 廊下全体を、一陣の風が吹き抜ける。発光石が浸かる水面が靡く短き時間、上手く動かせぬコゥーハの顔が大きく揺らぐ。驚愕か、焦燥か、慄然かあるいは全てかコゥーハ自身判断が付かないが、手の平と同じ微量の汗が、こめかみから顎を伝っていく感触が彼女の思考を鈍らせる。

 いえ。一呼吸置き、コゥーハは首を振る。

「正直なところ……トゥスクル建國後――皇城で働くようになってからというもの、正答率はがた落ち致しまして。故に」

 だが、相手の意思は固いものであった。

「言ってくれ」

「…………」

 コゥーハに断る術はなかった。嘘を吐くことも躊躇われた。墨色の奥で何かが蠢く事を自覚しながら、乾燥した唇は正確に言葉を紡ぐ。

「ユズハ様は――」

 コゥーハの言葉に、吹き荒れた突風が重なる。刹那、オボロの片手がコゥーハの首元へと伸びた。そのまま柱に押し付け、すっと――丁度、相手がつま先立する位の高さへ持ち上げた。

 一瞬向けられた殺気に、コゥーハは抵抗しなかった。為すがまま柱に背を付け、頬にあった手を喉元にある相手の手へと乗せる。力の入っていない、その手の上に。

 ぴんと伸びた片腕の先。茶色の髪が垂れる真下で、嗚咽にもとれる枯れた声が聞こえる。

「俺は――……どうしたらいい」

 不意に。養弟の微笑が浮かび、コゥーハは空を見上げる。いつしか雲が減り、点々と輝き始めた星々と笑みが重なり、思わず古い思い出を引っ張り出した。

 会話をお聞きだったのでしょう? 濡れたコゥーハの声が、廊下を通る。

「ユズハ様は、お兄様の事が大好きなのです。今のお兄様が」

 ですから、とコゥーハは自然な微笑みを浮かべる。

「何も。何も変わらないで良いと思います」

 秘密を打ち明けた際、養弟に言われたことがある。とコゥーハは言葉を切った。

 養弟の――ムィルに言われた事が守れていたのかどうか、コゥーハはもう知ることは出来ない。しかし、オボロの事を話すユズハの楽しげな笑顔が、ムィルの笑顔とその一言を想い起こさせた。

 微かに靄がかかる中、掃わんとコゥーハは目元を指で擦る。そして、相手を待つこと、数拍。すまない、とオボロはゆっくり腕を下げ、握っていた物を放した。

「コゥーハ、だったか。……あんたとは、上手くやってける気がしない」

 踵が地に戻り、ようやく自由に動けるようになるが、コゥーハは再び空を仰ぐ。上辺だけは悪くないように振る舞ってくれると大変ありがたい、と目を細めつつ、オボロが去るまでずっと綺麗な星を見続けていた。

 

 

 

 

 

 数日続いていた曇天が、ようやく終わりを迎えようとしていた日。皇都の一角をコゥーハは歩いていく。人通りの多い場所から複数の角を曲がり、やがて一つの店に辿りついた。別段広くも無く、トゥスクル國建國後に開店したというつつましい茶屋であるが、ここの焼きモロロハチミツ掛けをコゥーハは気に入っている。休日に時々通っている事もあってコゥーハは店員に顔を覚えてられおり、軽く挨拶しただけで所望の商品二つと一杯の茶が出てくる間柄となっている。

 通りに面した軒端の真下、誰もいない簡素な長椅子にコゥーハは腰掛けた。しばらくした後、やってきた店員に小銭を渡し商品を受け取る。熱い茶を啜りながら、モロロに手をつけること無く行き交う人々をじっと見つめる。今日は子供が多いと感想を漏らしながら、手を振ってくる彼らに応え、右隣に座っていた相手に向かって焼きモロロの皿を勧めた。

「お忙しいところ、お呼び立て致しまして申し訳ありません、義叔父上」

 いえいえ、とチキナロは愛想よく返す。やって来た店主に茶を頼み、要件は何かと早速本題を切り出してきた。客相手だというのに目もあわさないのかと思いつつも、自分も言えたことではないな、とコゥーハは心中で微笑う。

「例により。私的な文を出したいので、仲介をお願い致したいのですが」

「おや。自分で渡せば宜しいのでは」

「渡せない方へ宛てた物である故」

 ああ、とチキナロは口に手を当て、片目だけコゥーハへ向けた。

 糸のように細い目がすっと開かれ、鋭利な瞳が現れる。

「中身を拝見しても宜しい内容で?」

 商人たる彼が死んでも行わないであろうその発言に、愚問ですね、とコゥーハは眉を上げた。

「……いつも依頼している飛脚に何かございましたか」

「先日、道中で運悪く賊に襲われまして。幸い命は取り留めましたが、仕事を再開できるにはかなりの時間を要するとの事。独り身故に、代わりに請け負う者もおらぬと言っている次第です、ハイ」

 至急代理を探してはいるものの、信用できる者をこれから探すとなるとかなり時間を要する、とチキナロは補足する。無論、現在他に幾人かとの飛脚と仲介できるものの、それは正規の――トゥスクルや他國、オンカミヤムカイの査定が入る確率は非常に高い。未だ先の見えぬ乱世である、どの國も外部からやって来る物に対して警戒して当然であり、厳しく行うべきだとコゥーハは思っている。だが、今回の書簡の内容について調査されては少々困る、と視線を落とす。

 これは個人的な意見だが、とチキナロは受け取った茶を啜った。

「トゥスクル國の一武官の行動が引き起こす影響につきまして、もう少しお考えになった方がよろしいのではと」

「念のために訂正致します、現在は武官では御座いませんよ」

 さて、どうでしょうね。と薄く笑うチキナロに、コゥーハは不快感を表す。

「新たに何人か商人を紹介して頂けませんか。急ぎます故」

 チキナロの言いたい事は理解しているつもりであるが、やめるつもりはない、とコゥーハは焼きモロロを手に取る。程よく焼かれたモロロを包む甘くとろけるような金色のハチミツが垂れ、その指ごとゆっくり口に含んだ。濃厚かつ上品な甘さに、コゥーハは舌鼓を打つ。久方振りに動いたかのように痙攣する頬に呆れるも、先日出会った無垢な笑顔を思い出し、自然な微笑を浮かべる。

 透かしたような、嫌味の抜け切れない笑みでチキナロは静かに呟く。

紫琥珀(ムィ・コゥーハ)ですか」

 相変わらず耳が良い、とコゥーハは相手を睨む。

(オゥルォ)からたんまり貰ってなお、自分めから毟り取ろうなどとは思っておりませんよね? 虫が良すぎです」

 それ程は貰っていないと否定するチキナロに、コゥーハは無理矢理焼きモロロを勧める。これは甘過ぎるから、と婉曲に断ろうする相手へ強引に押し付け、違いますよ、と否定する。

「自分……幼き私が病を患った際、アトゥイ様が私の中にある火神(ヒムカミ)を増幅させたのは以前お話したとは思いますが」

「…………」

 両目を開き、険しい表情になったチキナロをよそに、コゥーハは話を続ける。

 旅を続けていたある日。内にある"神"が暴発し、コゥーハは生死の境を彷徨った事があった。コゥーハは自身全く憶えていないものの、近くの集落に担ぎ込まれ、幸いにも優秀な薬師(くすし)の処置によって一命を取り留めた。その後、アトゥイは薬師(くすし)を志すようになり、現在コゥーハが持ち歩いている薬を作るに至った。

「それを応用して。アトゥイ様はヒトに宿る"神"を抑える研究をされていた事が、先日持ち帰った資料の一部に書かれておりました」

 いや逆か、とコゥーハは眉間に手を当てる。

 術法とは、対象物に宿る"神"に干渉することである――信憑性など無に等しいが、アトゥイの小屋に残されていた木簡はそう書かれていた。筆者によれば、その干渉の対象の違いと仕方によって幻術にもなり封印(リィ・ヤーク)ともなる、とある。そしてその中の封印(リィ・ヤーク)に焦点を当て、物とヒトに掛けた場合の実験結果と考察が記されていた。対象となった物は、木簡が収められていた部屋、ヒトは……七歳前後の少女、補足という形で隣にはコゥーハの名が記されていた。指輪に刻まれた封印(リィ・ヤーク)の原型や最終形態、それを逆流させることでヒトに宿る"神"は増幅するか否か――最終的には、ヒトに封印(リィ・ヤーク)を掛ける事は、心身共に多大な負担を掛ける故禁忌となっているのだろう、という結論で締め括られていた。

 正直なところ。コゥーハは怒りも苦しみも悲しさも特に抱いていない。師らしい論文だと感心し、むしろ興味深い論文を残してくれた事に感謝すらしている。どこかズレた自分を薄く笑いつつも、コゥーハは先の道に墨色の目を向けている。続きがあるとすれば、対象者の負担を軽減するための方法の模索――これは未だ誰にも……無論チキナロにも言わないが、詰めていけば、複数の"神"を封印することで、"神達"が起こす相反を無くす事ができないものかと。ただ、仮に研究するにしても圧倒的に資料が少ない。

「資料は全て持ち去られてしまっておりましたので。返還を要求する旨を書いた文を出したいのですよ。相手が相手故に、ぼかした書き方では話になりません」

 急く理由ですか? とコゥーハは目を細める。

「勿論。自分が長生きしたいに決まっているからです。日々薬の効力は低下しております故。無論薬師(くすし)の勉強を怠ることは致しませんが、違う側面から試みたいのです」

 全くもって、嘘ではない。

 現在"アレ"を制御し身体への負担を軽くする方法としては、指輪に刻まれた術法と薬の二つのみである。が、コゥーハが常時飲んでいる薬は、耐性がついているのか、いよいよ効力に疑問を感じられずにはいられない所まで迫っている。ユズハと会った日の時のように意識が混濁することも月の満ち欠け問わず増えており、忘れたでは済まされない場合も今後出てくるのではないかという危機感が日々増している。オボロやグラァは先日の事について未だ問い正しては来ないものの、記憶が曖昧である事からして何からどう説明するべきなのか、という焦燥と不安はより一層感情を高めている。

 薬の改良が求められるが、進捗は全くもって進んでいない。というのも、現在の薬自体が既に完成され尽くされているため、改良の余地が全く見当たらないためである。何度かエルルゥに処方をみて貰ったものの、とても難しいと首を振られてしまい、他の薬師(くすし)にもそれとなく聞いてみたが参考になる回答は得られなかった。

 故に、もう一つの方法の改良に試行錯誤してみたい、という気持ちはある。

「そちらは。薬師(くすし)の観点ではなく、術法を研究した術士からの観点ですから。彼の……学者としての意見も聞いてみたいという事もございます」

 コゥーハ。沈黙を続けていたチキナロが、静かに口を開いた。

「少し。変わりましたね」

 左様ですか? とコゥーハは気の抜けた声で返す。ええ、と返してきた隣に視線を向け、微かに目を丸くした。

「昔はもっと、己の手の内は晒さなかったものです」

「…………」

 口元を手で隠し、遠くを見つめる彼は相変わらず何を考えているのか分からない、とコゥーハは思う。しかし、風が吹く合間に見えた横顔が、一瞬微笑っていたようだとコゥーハは笑う。

「それなりに。信用しておりますので。それと」

 そんな顔もするのか、と指摘された相手は不服そうに息を吐き、くっと眉をあげながら腕を組む。大きく開かれた両目は変わらず相手を見ていないが、コゥーハに緊張を与えるには十分な迫力があった。

「以前。私が持ちかけた提案を、覚えていますか」

「唐突ですね。覚えておりますよ」

 自分と共に大陸を回らないか。チェンマを去る直前、チキナロはコゥーハに提案してきた。真意は分からぬままだが、奇妙な位コゥーハの心に強く残っていた。そして当時のコゥーハは断り、チキナロはカナァン達との縁を切り、國を去った。

 成程、とコゥーハは立ち上がる。本気で取り組むのであれば、枷の少ない環境に身を置く事が利と働くことも多い――だが、不思議と、答えは決まっているようだと、雲の隙間から差し込む光に指輪を翳す。

 視線の先、つかつかとこちらへ歩いてくる若い女性が見え、コゥーハは目を丸くする。顔をくっつけ、しげしげと確認する彼女をコゥーハは見かけたことはあるが、何故自分の所へやって来たのか見当がつかなかった。

 若竹色をした軍服に身を包んだ女性は何度もコゥーハを見直した後、小さく艶やかな唇を震わせる。

「ほ……」

「ほ?」

「ほ、本当にいやがった――!!」

 美貌に似合わぬ雑な大声で、彼女はコゥーハを指差し、叫んだ。珍獣でも見付けたかのような相手の行動に周囲にいた全員が反応し、コゥーハは軽く頭を抱えた。

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