うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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萌芽

 國師(ヨモル)と補佐が一人――同室で。それ以外の情報が無いとは。口にしかけた言葉を抑えながら、コゥーハは部屋の片隅で頭を掻く。

 ハクオロの命により、明日到着予定の國師(ヨモル)の書斎兼寝室を設える事になったコゥーハは、真剣な面持ちで皇城内の見取り図を見据える。

(此処は日当たりの良くない場所ですので候補から外し。しかし此方は見晴らしが良すぎるために、客人用に取っておきたい。執務に支障をきたさないよう動線を鑑みるに――)

 時間が無さ過ぎる。何故いまの今まで誰にも仕事を振っていなかったのか、とコゥーハは心中で独りごちながらも、一か所に丸を付け、部屋を後にする。昼の日差しが差し込む道中、すれ違った同僚に声を掛け、人手の要請を申し込むと、相手は快い返事で応じた。

「宜しければ。微力ながらお手伝い致しましょう。なに、コゥーハ殿と丁度お話したかったもので」

「ススの件でしたら。本人の希望もあり、先日丁重にお断りした筈ですが」

 違いますよ。と騎兵衆(ラクシャライ)四番隊隊長のノヤハルは笑って首を振った。やや"黒い光"が気になる額当ての奥、灰色がかった黒い短髪と、先端の白い灰色の耳を揺らしながら、整った顔に丸く形作った指を当てる。

「お酒のような味のする真水の精製方法について、是非とも」

「おや。あの時の事を覚えていらっしゃるとは」

 あの時、何故男装していたのかも含めて――当時の上官に女だと認めて貰えなかった。そんな事が有り得るのか、などと他愛のない談笑をしながら、二人は部屋の一角に入る。陽だまり差し込む上方の窓を見つめながら、コゥーハは自身の首元を押さえる。

「この広さでしたら、寝台は二段にした方が良さそうですね……今日中に終わらせるとなると人手は、道中で声を掛けた数人で事足りそうです」

「室内の飾り等は、オンカミヤムカイの使節団に提供した様な物を想定されてますか?」

 ええ。とコゥーハは肯定する。

「かなりお気に召されていたご様子でしたので、この際です、まるっと再現してみても良いかもしれません」

「……コゥーハ殿。覚えておられるのですか?」

 図面に起こしましょうか。と事も無げに言うコゥーハに、さすがに、とノヤハルは苦笑する。

「さすがは七番隊の隊長というべきなのでしょうか」

「自分めは全くもって嬉しくはないのですが」

 コゥーハは頬から人差し指を離す。紙に一通りの図面を起こし、家具調達兼人材確保のために皇城を歩く事、四半刻。寝台を含めた荷物一式と人手が揃ったところで、コゥーハ達は早速準備に取り掛かる。とりとめのない会話を交えながら作業を始めて、約一刻。滞りなく進み、大まかな移動が終わったところで、一同は休憩を入れる事にする。

「しかしコゥーハ殿は、見かけによらず、存外力持ちなんですな」

 座り込んでいる一兵士の事も無げな問いに、コゥーハの身体は急激に強張る。左様ですか? とぎこちなく笑ってみせながら冷めた茶を渡すコゥーハに、この間の組み手といい、大の男と変わらんですよ、と他の兵士が笑う。

「ええ。しかしながら、力の強い種族でないからして、ひょっとしたら、父親の血を受け継いでいるのやもしれませんな」

 父親――自身が聞き馴染めぬ単語に、コゥーハの意識が飛びかける。

 最初に浮かんだのは、養父……アトゥイの背中。しかしながら、本人からは否という返事を聞かされている。ならば、自分の実の父親は一体どんな人物なのか。ふっと過ったのは、時折夢に出てくる、巨大な刀を持った男の形相――

「……コゥーハ殿?」

 ノヤハルの問い掛けにはっとなり、コゥーハは口を開こうとした、刹那。血相を変えた一人の兵士が、コゥーハ殿! と廊下から駆け込んできた。

「此処におられましたか! 大変です! 國師(ヨモル)様御一行がたった今到着したそうです!」

 なっ――言葉を失う一同に、コゥーハも釣られるが、務めて冷静に、作業再会の意を周囲に伝えながらゆっくりと廊下に出て扉を閉める。

「かなり、お早い御到着ですね。それで? 國師(ヨモル)殿は如何様な御仁で?」

「そ、それが……」

 それは――……とやって来た廊下を振り返る兵士の奥で、ハクオロの話し声がこだまする。

『急ぎ部屋を用意させますので、自由に使って下さい。なるべく再現させるつもりですが、足りないものがあったら何でも言ってください。用意します』

 聖上? と声を掛けた先、ハクオロの足が止まる。その傍らには、長い金髪の美しいオンカミヤリュー族の女性と、従者と思われる男性が一人。

「ウ、ウルトリィ皇女!?」

「これは、コゥーハ様」

 お久しぶりで御座います。とウルトリィは恭しくお辞儀をする。

國師(ヨモル)ウルトリィ、お招きにより、ここにまかり越しました」

 以後、お見知りの程を、と優雅に会釈するウルトリィに、コゥーハの開いた口が塞がらない。何故、どういった経緯で――そんな事を思うコゥーハに目もくれず、従者の男、ムントはウルトリィに詰め寄る。

「ですから。姫様、もう一度お考え直しを――」

 必死に訴えるムントとは対照的に、まあ、とウルトリィは暖かい日差しに顔を綻ばせる。

「では、やはりムントもここに残るのですか」

 ではなく――言いかけたムントだったが、廊下の外、中庭から聞こえる元気な笑い声……カミュの声にムントの大声が重なる。

「あぁ! 姫様あぁ! そのようにはしたない恰好をされては――」

 優しい笑みで妹を見つめるウルトリィと、今にも飛びだしそうな勢いで窓格子を握るムントから、コゥーハは我に返って目を離す。ふっとハクオロと目が合い、共に微笑する。

「とのことだ。急ぎもう一室設えてはくれないか」

 承知しました。とコゥーハは認めた木簡をベナウィに届けるよう兵士に渡し、ノヤハルヘ部屋の件を任せる旨をひとまず伝える。各々了承してくれる彼らに感謝しながら、ところで、と一つの疑問を口にする。

「聖上は何処へ」

 ああ。とハクオロは事も無げに答える。

「ウルトリィ殿が街を見たいとの事でな。部屋もまだ片付いていないことだし」

「――……。()()誰一人護衛を付けずにでございますか?」

「それは」

 上擦った声を上げるが、ハクオロは何かを思いついたようにコゥーハの肩を叩く。

「丁度コゥーハあたりに頼もうかと思っていたところだ、うん」

 そういう事にしておきましょうか。呟くコゥーハに、ハクオロは皇都の地図を渡した。ついでに案内を頼めるか、という(オゥルォ)の命に、御心のままに、と臣下は頭を下げた。

 

 

 

 

 真昼というには少し遅く、夕刻とは言い難い時間帯の皇都。賑わいをみせる大通りにて、活気のある声が、晴れ渡る空によく響く。

「らっしゃい、らっしゃい!!」

「はいよ、これとこれね! まいど――!!」

「はいはい、とりたてだよ~!! 今ならこいつもつけちゃるよ~!」

 新しく出来たオンカミヤムカイの社へ向かう大通り。最も人が集まる時間帯ではないというのに、通りは人でごった返していた。行き交う人波を縫うようにして、一同は周囲を見渡しながらゆっくり歩いていく。以前より人が増えたような気がする、と呟くハクオロに同意するコゥーハの隣で、ムントが関心の声を上げる。

「これはまた盛況な」

 そうですか? とハクオロは首を傾ける。

「オンカミヤムカイや他の國と大差ないのでは」

 いいえ。とウルトリィは首を振る。

「此処には他にはない活気があります。おそらく抑圧から解放されたのでしょう。今は皆が商・工に安心して従事している様子」

 とても素晴らしいことです。とウルトリィは自身の頬に手を当てる。その手に触れた金色の髪がふわりと揺れる。

「それに」

 それに? ハクオロに訊ねられたウルトリィの視線の先、通りの隅で遊んでいる子供達と目が合う。

「遊び回っている子供達のなんと無邪気な、幸せそうなことでしょう」

 不思議そうに見ていた子供達が、おずおずとウルトリィ達の方へやってくる。態度とは対照的に、その目は好奇心で満ち満ちている。

「うお~、スゲエ! 羽だぁ」

「わ~、ほんとだ~」

 間に割って入ろうとしたコゥーハへやんわりとハクオロは手を翳す。その隣で、ムントはぴしゃりと子供達を制した。

「これ、この御方を誰だと思っておるのか」

「ムント」

 ですが。と戸惑うムントなどどこ吹く風で、子供達はウルトリィの白い両翼を熱い目で見つめている。

「お姉ちゃんの羽、とってもキレイ」

 きらきらと目を輝かす子供にそっと寄り添い、ウルトリィは自身の羽根を一枚手に取る。

「はい、あげる」

「わぁっ、ありがとう!」

 嬉しそうにはしゃぐ子供の隣へ、いいなぁ、オレにも! と更に駆け寄ってきた子供達に、これ、とムントはウルトリィの前へ出る。

「そんなに欲しければ私のを取っていきなさい」

 胸と白い羽を張るムントの正面で、え~、と子供達は明らかに不満そうな声を出す。

「なんかばっちそう~」

「ばっ――!?」

 くすくすと笑うウルトリィに、ひ、姫様!? とムントは泣きそうな声を上げる。ごめんなさいと謝罪し、ウルトリィは子供達に首を振って見せた。

「そんなことはありませんよ。ムントは――この人は僧正(ヤンクル)の位を持っていて、私より位の高い法師様なのですよ」

 そうなのか? 小声で訊ねてきたハクオロに、コゥーハは小さく肯定する。

僧正(ヤンクル)の地位は、最高位たる賢大僧正(オルヤンクル)の次に高い位になります。また、現在、賢大僧正(オルヤンクル)は、オンカミヤムカイを取り仕切っているワーベ(オゥ)お一人ですので、故に」

 成程な、と顎に手を当てるハクオロから、コゥーハは視線を、羽根を子供達へ渡しているムントへ移す。

(ウルトリィ並びにカミュ皇女に護衛の者がほとんど付かれないのは、お二方の性格も依るところもあるでしょうが、ムント様の実力が確かであってこそ、なのやもしれません)

 子供達へ羽根を配り終えた頃合い。そろそろ、とコゥーハは言いかけるが、いつしか出来ていた俄に騒がしい人集りの中に声が消えていく。

(おや……? 少々。雲行きが怪しく)

 コゥーハの不安を余所に。もし、と初老の男がムントに声を掛ける。

「本当に頂けるのですか」

 拙僧ので宜しければ。とムントが返したのを皮切りに、人々が声を上げる。

「わたしにもくだされぃ」

「おっちゃん、オレにも羽根くれ!」

 ワシにも、俺にも、私にも――ムントに向かって人々は一斉に殺到する。その勢いは止まるところを知らない。コゥーハ達の静止も気遣いも虚しく、ムントの叫び声はその中心へと収束していった。

 

 

 

 

 羽が見事に無残な様子の疲れ切ったムントをひとまず横に寝かし、三人は建物の出口を潜った。

 皇都の街はずれにある静かな一角。オンカミヤムカイの社からそう遠くはない所にある、小さな建物――此処は、とウルトリィに問われ、コゥーハは静かに答える。

「此処はトゥスクル建國後に建てられた学舎。兼、孤児寮です」

 主に先の内戦の折、親を失った身寄りのない子供達を集め育てている施設――説明するコゥーハに、ウルトリィは自身の胸に手を当てる。

 正直、コゥーハは――成り行きとはいえ――此処に三人を連れてきて良かったのだろうかと思案する。しかしながら、人混みと混乱で疲弊したムントを連れて社まで行くまでには些か遠く、ならばひとまず人気の少ない場所へと、真っ先に思いついた場所がこの孤児寮であった。幸いにも此処を取り仕切る寮母から理解を得られ、施設の一部屋を貸して貰えるに至る。

 ぼうっと、向かいで遊び回っている子供達に目を向けるコゥーハの隣で、さすがはハクオロ様です。とウルトリィは感嘆の声を上げる。

「政というものは、どうしても目先のことに囚われがちになります。それをこのように國と民の先を見据え、子供達に学ぶ機会を与える。なかなか出来ることではありません」

 それは……とハクオロは首へと手を伸ばす。

「買い被りというものです。そんな大層な事をしている訳ではありません」

「ふふっ、ご謙遜を」

 それに――わざと咳払いをするコゥーハに対して意を介さないように首を振りながら、ハクオロは静かに続ける。

「これは、せめてもの罪滅ぼし……いや、こうする事で、罪悪感を誤魔化しているだけ――」

 不意に、コゥーハを呼ぶ子供達の声が上がる。いつしか、三人の周りには子供達で溢れかえっていた。

「やっぱりコゥーハだ!」

「コゥーハお姉ちゃん!」

「コゥーハ兄ちゃん!」

 お姉さんですよ、と一部の子供達をやんわりと窘めながら、コゥーハは膝を折る。暮れ泥む空の中で、薄い西日が彼らの顔をキラキラと照らす。

「皆さん息災そうでなによりです」

「ソクサイ? なにそれ食い物?」

「そんなことより! 今日のご本は何?」

「ねえねえ、この前みたいに抱っこして! なんだっけ? そう、お姫様抱っこ!」

「やだやだ! 肩車が良い! コゥーハ姉ちゃん!」

 ワイワイと両腕を引っ張られているコゥーハの隣で、ハクオロは微笑んだ口元に手を当てる。

「なんか。存外好かれているみたいだな」

 左様ですか? とコゥーハは流れに逆らうことなく子供達をそっと撫でる。

「確かに此処へは何度か足を運んではおりますが。先日一緒に視察で来たクロウ副長程ではないかとは思います」

 光景が目に浮かぶ、と笑うハクオロに、ようやくコゥーハは立ち上がる。せがんでくる子供達を適当にあやし、今日は偶々立ち寄った旨をしっかり伝え、パンと手を叩く。

「さてさて。これからは夕餉の準備でしょう? 当番の子はそろそろ始めないと間に合いませんよ」

 不服そうな声を上げながらも準備に向かう子供達一人ひとりを褒めながら、コゥーハはやってきた寮母へ重ねて礼を述べる。続いて隣の二人も頭を下げようとする様子に、寮母は慌てて首を大きく振る。

「お、おやめ下さい。ハクオロ(オゥ)並びにウルトリィ皇女におこし頂いただけでも――っ」

 突然、彼女の背中に背負われていた赤ん坊が泣き出した。何とかして泣き止むように寮母はあやすが、赤ん坊は泣き止む気配はない。何気なく赤ん坊を受け取ってしまったコゥーハだったが、事態は更に悪化する。過去に彼の子は子守歌(ユカウラ)を聞かせた事により泣き止んだ事を思い出し、歌でも歌おうと口ずさむが、より一層の大声で泣かれてしまってはどうしようもない。ぐるぐるとした感情が縺れ、焦りと共にコゥーハの行動を更に縛っていく。

(まずいですね。こ、このままでは――)

 不意に、すべてを投げ出し、隣にいたハクオロへ任せようとしてしまった、刹那。傍らで、凛とした、澄んだ子守歌(ユカウラ)が周囲に響く。美しく、しかし優しさが溢れる歌声に誰しもが手を止め、その様子に聞き惚れる。夕日が傾く空の真下、純白の両翼がそっと赤ん坊を包む中。やがて静かに終わった中心では、スヤスヤと眠る赤ん坊と、どっと子供達の歓声が上がる。

「お姉さんの声すごく綺麗!」

「すごーい! 赤ちゃん泣き止んじゃった……」

「ねえねえ、もう一回、もう一回!」

 赤ん坊をそっと返すコゥーハの隣、ウルトリィははらりと金髪を降ろし、自身の唇に指を当てながら子供達の手をそっと手に取る。

「もう少しだけ。静かにしないと、起きてしまいますよ」

 はっとした様子で目を見合う子供達を撫でながら、ウルトリィは立ち上がる。何とお礼を述べたら良いか――今にも泣きそうな寮母へ向かってゆっくりと首を振る。

「いいえ。(わたくし)は何も――」

 何かを言いかけたウルトリィだったが、それ以上のことは口にせずコゥーハへ微笑む。小さく疑問を口にしようとしたコゥーハの声だが、姫様~! とコゥーハ達の後方から聞こえる声に重なり消える。もう良いのですか? というウルトリィの問いに、肩で息をしながらも、やって来たムントは肯定の意を示した。

 お世話になりました、と、寮母や職員達に型通りの挨拶を済ませ――子供達が「行かないで」「もうちょっとだけ」とせがんできたが、後日コゥーハが再び訪れる旨を伝えた事により納得した――一行は帰路へ着く。その過程、施設の入口で、コゥーハ様、ハクオロ様、とウルトリィは二人を見つめる。

「また。此方にお伺いしても宜しいでしょうか?」

 姫様? と首を傾げるムントの隣で、コゥーハをハクオロは目を合わせ、共に頷きながら微笑む。またね~! と手を振る子供達に向かって手を振り返す一同に、暖かな日差しとしっかりとした足跡が地面に焼き付いた。

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