うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

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空隙

 遅かったですわね。笑う彼女の牢屋(部屋)を見渡しながら、コゥーハは()()で抱えていた巨大な酒甕を置いた。その様子に牢番達は何度目かの驚きと動揺を隠さない――思うことはあれど、それらを完全に無視し、コゥーハは彼女に向かって口を開く。

「カルラ殿。今日はこの辺で」

「それはそのお酒次第ですわ」

「今回のは相応の物を持って参りましたので」

 カルラと名乗った件の奴隷(ケナム)は、コゥーハが常に張り付いているためなのか、これといって妙な動きをすることは今のところはない――休憩のためにエルルゥと交代している際も、エルルゥに危害を加えようとした内容は聞いていない――ただ一点、お酒が呑みたい、という要望を除き。

(ギリヤギナ族は酔えない体質だと、風の噂で聞いたことがありますが。これ程とは、さすがに規格外と申しましょうか)

 発光石の光が届かない牢の隅、同じ大きさの空の酒甕が二つ転がっている様から目を逸らし、コゥーハは甕を開ける。

(聖上からは、なるべく要望を聞いてやるようにとは仰せつかっておりますが)

「どうしましたの。そんな難しい顔をして」

 コゥーハは一瞬言葉に詰まるも、曖昧な笑顔を浮かべながら柄杓で相手の盃を満たしていく。

「自分めはそれ程に顔に出ていましたか」

「……」

 急に無言になったカルラに、コゥーハは続ける。

「同僚達には些か表情に乏しいところがあると評されるため、少々驚きました、とだけ」

 ふ~ん? と何か言いたげな様子で酒に口を付けたカルラだったが「確かに、先程とは違いますわね」と満足そうに空の盃をコゥーハに向ける。そんな相手から盃を受け取りながらコゥーハはしげしげと観察する。

 先端が黒い茶色の耳に掛かる青みがかった長い黒髪は、後方で一本の三つ編みに結われている。その髪が撫でる両腕はしなやかで美しい――上着は腰の辺りまではだけており、より一層上半身の体躯を際立たせる。そして、彼女の容姿で一番目立つのは、首元にある巨大な首輪。

 それで。水面を見つめるカルラの目が、コゥーハを見据える。

(わたし)をこれからどうするおつもりなのかしら」

 ナ・トゥンクに引き渡す? それとも――言いかけたカルラを制すように、コゥーハは満たされた盃を手渡す。

「いえ。それはないかと思いますよ。仮に(オゥルォ)がそうするとお考えであればカルラ殿が目を覚まさない間にとっくになさっていると思います。第一、城内であれば自由にうろついても良いなどと仰らないはずです」

 エルルゥも似たような事を言っていた、と返す相手に、コゥーハは空の徳利に酒を入れる。

「お気になるのでしたら、ハクオロ(オゥ)に直接問いただしても良いと思いますよ。第一、一武官が決められる訳もなし」

 コゥーハも付いてくるのかと首を傾げるカルラに、いえ、とコゥーハは相手に徳利を渡す。

「自分めも、これにてカルラ殿の()()の任は解かれました故。これからは、どうぞご随時に」

「甘い。ですわね」

 確かに。心中で呟きながら、コゥーハは苦く笑った口元に酒を近づけ、しかし戻した。

 カルラをどうするのか、コゥーハはハクオロにそれとなく訊ねた事がある。ただ、ハクオロは直接的な回答を避けた。それでも彼女を見捨てる、命を散らせることは決してしない――迷っているのでは、というのはコゥーハの直感だが、ハクオロの真意を測り兼ねているのが現状である。

 褒め言葉として受け取っておきますね、とコゥーハは相手の盃を満たし続ける。もう半分もない水面に笑いながら盃を渡す相手に、カルラはゆっくりと立ち上がる。

「それで。貴女はこれからどうしますの?」

「どうするもなにも。他の任務に戻るだけですが」

 各地の復興作業の取りまとめに、溜まっていく内政の末端処理、平時における訓練や部下達への指示――さらっと思い浮かんだだけでも複数ある事に多少の現実逃避をしながらも、コゥーハの口元は緩んでいる。そんな相手に、酒はもう良いとばかりにカルラは一歩踏み出す。

「つまらない人」

「良く言われます」

「まるで()()侍大将みたいですわ」

 若干むっとしつつもコゥーハは務めて冷静に言葉を返す。

()()はあれで多少可愛げがあるのですよ」

 確かに。と、カルラはゆっくりと振り返る。見下ろすでも見上げるでもない両眼が、コゥーハの心を穿つ。

「空虚な目を持つ貴女よりは、余程面白そうではありますわね」

「――……」

 お酒美味しかったですわ。と言い残し、カルラは牢を出ていった。その背中をじっと見つめながら、コゥーハは墨色映す水面をゆっくりと飲み干した。

 

 

 

 

 隊長? とパララから呼ばれるまでぼうっとしていたことに、コゥーハは気づかされる。彼女に謝罪しながら、コゥーハは再び筆を走らせ始める。

 兵舎にある執務室の一室。各所からの報告書を取り纏めるために借り受けた部屋で、コゥーハは新たな任務をこなしていく。多少眠気に誘われているものの、今日は仮眠を摂る訳にもいかず、頬を叩いて喝を入れる。そんな上官を見かねたのか、パララは重たい面持ちで口を開く。

「ちっとは休んだ方が良いんじゃねえか?」

「そうも参りません。未だ昼過ぎとはいえ、今日中までには形にしておかないといけませんから」

 そうは言うが……と肩を竦めるパララの隣で、いつしかやって来たワッカが湯呑を差し出した。

「姫。此方を飲んで一服されては如何でしょうか」

「結構です。自分めの気を引きたいのであれば、もっと違う手を考えなさい。それと――」

 では次からは菓子の差し入れも検討せねば、と、のんびり返すワッカから報告書を受け取りながら、コゥーハは部屋の入口にいるススへ向かって手を差し出す。

「そこで立ち尽くしていないで。早く報告書の提出をお願いします」

「すすすみません!」

 木簡を受け取り、じっと眺めるコゥーハに、ススはおそるおそる口を開く。

「た、隊長――……」

「此方が報告書です。……何か?」

「な、なんでもありません――!」

 木簡を受け取り、ススは一目散に退出しようとする、が、やって来た人影に向かって素早く礼を取る。相手は小さく溜息を吐きつつも、ススからそれを受け取りながら小さく笑みを零す。

「部下の前でそうヒリヒリなさるとは、貴殿らしくもない」

「……ノヤハル殿」

 疲れているのでは? 腕を組むノヤハルに、コゥーハは肩を竦めてみせる。

「疲れてないとでも? ベナウィ隊長でもあるまいし」

「その様子ですと、さほど疲れている訳でもないようですね」

 感心している風な含みの返しに、コゥーハの耳がくんと上がる。それで、自分に何用なのかと訊ねるも、相手の意外な返しに、自然と筆が止まった。

(自分と話でも、ですか)

 コゥーハはちらりと部下達を盗み見る。一人は簪を強く揺らし、一人は自身の頬に手を当て、一人は祈る様子で手を組んでいる――三者三様なれど、共通して見せる表情は同じ。彼の言わんとすることを認識し、コゥーハは静かに筆を置いた。

「ノヤハル殿の頼みであれば、仕方ありませんね」

 後の事を任せても良いか、という問いかけに、三人の顔が上がる。それぞれ異なる微笑を浮かべる三者に各々の仕事を割り振った後、コゥーハは立ち上がる。

「それで。何処へ参りましょうか」

「訓練場の方は如何でしょうか。久々に組み手とかでも構いませんし」

「そういえば。以前の組み手に、ノヤハル殿は怪我で参加されなかったのでしたね」

 珍しく誰もいない訓練場――復興作業で皆が各地へ出払っているのもあるか、などと思考に耽っているコゥーハに、訓練用の槍をノヤハルは渡す。結局やるのか? という問いに「お願いします」と笑いながら彼は剣を構える。

 暖かい空気に、無風。それを切るかのように構えたコゥーハに向かって、ノヤハルは素早く地面を蹴った。

「ふっ――」

 右手から繰り出される突きからの薙ぎ、受け止められてからの切り上げ――オボロやクロウと比べてしまえば速くも重くもないソレではあるが、さすがは分隊長というべきか、立て直しと受け流しが非常に上手い、とコゥーハは剣を弾く。力を込め過ぎないよう慎重になりながらも、相手の攻撃を的確に捌いていく。

 受け止め合う事、八回。尚も続けるノヤハルの手が一瞬止まったところを、コゥーハは見逃さない。低く構えられた右手へ向かって穂先を絡め取り、力を込めて振り上げる。刹那、相手の剣は宙を舞い、持ち主の数歩先の地面へ突き刺さった。

「今。()()()()ようとしましたね」

 お見事。とノヤハルは笑って両手を上げた。

「ええ。基本的に私は左利きなのでね」

「存じておりますよ。少なくともベナウィ隊長やクロウ副長は」

「その言い方だと、コゥーハ殿も知っておられたとみて間違いなさそうですね」

 奇襲は失敗する訳だ、と地面にある剣を抜くノヤハルにコゥーハは肩を上下させる。そうは言っても、左手での戦闘訓練をしていないのでは? と問われ、ノヤハルは本題を切り出した。左手における戦闘の鍛錬への付き合い。左手に剣を構え直したノヤハルに、コゥーハは些か面を食らった。

「貴方がそんなに鍛錬好きだとは思いませんでした」

「コゥーハ殿こそ、あれほど苛立ちを隠さない方だとは思っていませんでしたよ」

 ノヤハルの一言に、構えたコゥーハは目を丸くする。

「自分は……それほど感情的になっていたのですか」

 独り言ともとれるコゥーハの問いに、ノヤハルはしばしの無言の後、ゆっくりと言葉を選ぶように口にする。

「顔にこそ出ない性分なのでしょうが。態度は十分に」

「――……」

「何かあったのかお聞きしましょうか――と言いたいところですが。貴殿のことだ。今後も、誰にも何も言わないのでしょう。クロウ副長にも、ベナウィ侍大将にすら、ね」

「……」

 大したことではないのだ、とコゥーハは槍を構え直す。

「図星を突かれて、ただただ感傷的になっていただけですよ」

 ともあれ、部下達に後で謝罪するべきなのだろう。音もなく寄ってきた剣閃をコゥーハは難なく躱しながら間合いを測る。一回、三回、四回目で大振りになった切り下げに発生した微かな隙を逃さない。絶妙な間合い、唸りを上げた槍は相手の左手を直撃し、見事に剣を叩き落とす。

「ノヤハル殿」

 如何した、と左手を擦りながらノヤハルは剣を拾い上げる。その背中に向かってコゥーハはソレを口にしかけ――

「失礼。何でも御座いません」

 そうですか。とノヤハルは再び左手で構えながら、一つだけ、と口を開く。

「少なくとも、コゥーハ殿の周りには頼れる存在が多いように見受けられます」

 彼が何が言いたいのか。コゥーハはまがりなりにも理解できた。それでも、遮る事なくコゥーハは相手の回答を、深く、貪欲に、静かに、ひたすらに待った。

「何事も独りで抱え込み過ぎないことです。人は独りで生きていけるものではないのですから」

 コゥーハは俯き、前髪でその瞳を隠す。しん、と静まり返った中で、掠れた声を一回呑み込み、ゆっくりと言葉を置いた。

「貴方は……私を……ヒトであると」

「――? コゥーハ殿は間違いなく人でしょう」

 そう、でしたね。コゥーハは顔を上げ、努めて笑ってみせた。

 しかしながら。刹那、彼に纏う――首元に、うっすらながら目立つ"黒い光"にその笑みが崩れ落ちる。

「コゥーハ殿?」

 はっ、と我に返り、何でもない旨をコゥーハは相手に伝える。未だに"見えて"いるモノに対する何故、はさておき、それとなく可能性を潰していく。

「時にノヤハル殿。体調がすぐれないなどという事は――」

「御座いませんが。いきなりですね、藪から棒に」

「危険な任務に赴く予定とかは――」

「そもそも私は荒事には向かない性質なのはベナウィ侍大将もご存じですので。シロトゥクの一件はさておき。現在は、ほぼほぼ書簡整理ですよ」

「――」

 落ち着くように。とコゥーハは自身に言い聞かせる。速くなる脈拍、静まらない動悸、過去のムィルの記憶がちらつく――今ならまだ間に合う、と思考を振り払う。

 そう、ですか。その一言を絞りだすのに、幾分かの時間が掛かった。そんな相手を知ってか知らずか、ノヤハルは首を傾げながらも、再び左手で剣を構えた。

 カン、カン、と乾いた音が訓練場に響き渡る。コゥーハは組み手に身が入らない。しかしそれが双方にとって結果的に良い結果を生む。変な力は入らず、得物が折れる事もなく、怪我なども発生せず――手を抜かれていた気がするやもしれない、とノヤハルは多少の脱力を示したものの、これが現在の自分の実力なのだから仕方ないか、と閉めた。剣を定位置に戻しながら、尚も浮かない顔をしている相手に向かって、顔を上げるように促す。

「これが騎乗時にも行えたら良いのですが……それはまたの機会にお願いする事で、一つ」

「騎乗してとなると、加減が出来なくなるので、どうかご容赦を」

「それなら尚のこと楽しみというものです」

 差し出された手を、なすがままコゥーハは握り返した。夕日に照らされた背中を見送りながら、片方の手に握られている槍の柄を強く握りしめる。簡単に折れてしまったそれにはっとし、ゆっくりと首を振って見せた。

 

 

 

 前期に行われた健康診断書ですか? 首を傾げる文官に対して、コゥーハは人差し指を頬に当てながら、努めて冷静に返す。

「少々記載漏れがあったかもしれないので、確認をしたく」

「別に構いませんが……こんな夜遅くにとは、余程火急の件なのでしょうね。騎兵衆(ラクシャライ)の分だけで宜しかったでしょうか?」

 差し出された折本の山を受け取り、コゥーハは素早く目を通していく。該当箇所をしっかりと確認した後も、他の頁を確認する事も忘れない。やがて全て目を通し終え「気のせいだった」と微笑しながら相手にそっとそれを返す。

(確かに躰に問題はなさそうです、さすれば、何が)

 発光石が明滅する廊下。部下達の仕事ぶりを確認した後、コゥーハは私用で各所を回っていた。

 ノヤハルから発せられていた"黒い光"が頭から離れない。圧倒的な()()()ではないものの、()()()にしては見過ごせない"光"の量。幾度となく"見て"きた、遠からずやって来る死の"予知"――じんわりと汗ばむ両手を外套に押し付け、コゥーハは来た道を戻る。すれ違う度、妙に気を遣ってくる同僚達を笑い飛ばしながら、左中指にある指輪を緩めつつ"見る"。

(――――)

 ノヤハルだけではなかった。ちらりと"見た"だけでも数人、僅かに濃い"黒い光"に纏われていた。無論、先程同様、()()()の可能性とも捉えることも出来る。だが、しかし――

(あまりに多すぎる。これは――)

 コゥーハは足を止め、無意識に空を仰いでいた。今宵は新月。帳に煌めき落ちるは星々の力強い光と、廊下を照らす発光石の青白い光。しかしコゥーハの墨色の両目には静かな闇が覆いかぶさっている。首元がじわじわと締まっていくかのような感触。正気が吸われていくかのような感覚。それら全てを吸いながら思う、この場の、()()()はまるで十年前と同じような。

(突発的な戦が起こる前――)

 ふっと、躰を押されて、コゥーハは微かにふらついた。そんな相手を支えるように、彼女は自身のふくよかな胸に押し付ける。鎖が擦れる音が不意に鳴る。

「顔。白いですわよ」

「カ、カルラ殿」

 仄かな酒の香りから距離を取るようにコゥーハは即座にカルラから離れた。若干顔を赤らめる相手をしげしげと見つめるも、カルラはゆっくりと微笑んで徳利を押し付ける。

「貴女の()。聞きましたわ、色々と」

 なすがまま受け取った空のそれを静かに握りしめ、コゥーハはゆっくりと息を呑む。

「意外ですね。カルラ殿は自分めに興味がないと思っておりましたので」

「興味がないなんて一言も言ってませんわよ。そういうところがつまらないとは言いましたけど」

 それで、()というのは――心中で吐き捨てた一言に答えるように呟いたカルラの声に心の臓が大きく脈打つ。

「予知――」

「――……」

 微かに開いた間隔。それも束の間、カルラは艶やかな唇を動かす。

「貴女。お天気の予知だけは絶対に外さないそうですわね」

「――は」

 一瞬コゥーハは呆ける、が、ああ、と両肩を下げる。わざとらしい風の態度にカルラは一瞬眉を動かすも、エルルゥがそんな事を言っていた、と話した。

「ちなみに明日は?」

「一日晴れです」

「明後日は?」

「曇りが多いですが、雨は降りません」

「明々後日は?」

「朝は晴ですが、夕方に雨が降ります」

 即答なのか、と言いつつもさほど興味がなさそうな相手の相槌にコゥーハは脱力と共に微笑する。"アレ"に関しての話ではない事に安堵しつつ、別段難しい事ではないのだと説明する。

「一種の統計学ですので、予知といった類とは些か違うかと。周囲の地形と毎年の天気を頭に入れるだけで――おっと」

 退屈そうに廊下の隅に座り込むカルラに、失礼、とコゥーハは自身の徳利を差し出した。何となく隣に座ってきた相手の反応にカルラは自身の頬に手を当てるも、手渡されたソレに口をつけ、満足そうに呷った。

「現在は任務外ですので」

 聞かれてもいないのにそう答えたコゥーハに、そう、とカルラは空を仰ぐ。青みがかった綺麗な双眸が、星明りで一層白く輝く。その横顔に、コゥーハは一種の既視感を覚える。一瞬、僅かに、微かに頭をもたげた感触――夢の中に出てきたギリヤギナ族の男と似とも、否ともする感覚。

 コゥーハが気づいた時には、もう言葉を口にしていた。

「もしや。以前何処かでお会いした事がありますでしょうか」

 さあ。と一言だけ、カルラは返した。静かに酒を呷る相手に、コゥーハは笑って誤魔化す。

「失礼。今のはお忘れ下さい」

「――墨色の髪と、瞳。その特徴的な尻尾を持った者の話なら。とある男から聞いたことがありますわ。尤も」

 既に死亡しており、コゥーハと同一人物ではない。そう付け加えたカルラの瞳はまっすぐコゥーハを捉えていた。さながら、値踏みするかのような――しかしながら、過去に浴びせられてきたモノのとは異なる、悪意も同情も無く、見上げ見下げる訳でもない。純粋な好奇心に満ち満ちた目に、コゥーハは吸い込まれそうになる。その奥に宿る、闘争心が掻き立てられるナニカと共に。

「だから、少し気になりましたの。貴女のこと」

「…………」

 しかし――カルラは大きく伸びをし、部屋に戻る、と言いながら手を振った。中身がまだある徳利を返され、ぼうっとしているコゥーハに構いなく、やや上機嫌な様子で廊下の角を曲がって行った。

(同じ尻尾を持つ者、ですか)

 相手を追う事なく、コゥーハは己の尻尾を触る。三叉になっているそれは確かにコゥーハのもつ特徴の一つである。そして、同じ尻尾を持つ者に会った事がないという事実。もしこれが遺伝する特徴なのであれば――

(……――)

 そこまで考えたところで、コゥーハは自身がゆっくりと息を吸える状態である事に気が付いた。先程まで感じていた漠然とした不和――全てが消えた訳ではないが、無駄に不安がっていた躰からは力が抜けており、冷静さを取り戻せたすら感じられる。"黒い光"は相変わらず薄暗い帳を夜空に羽織らせてはいるが、そこに畏れを抱くことはない。

「もしや」

 彼女に気を遣わせてしまったのかもしれない。コゥーハはおもむろに深呼吸する。今度良い酒を持っていくか、などと感謝を述べながら立ち上がる。さて次は――夜はもう深かったが、コゥーハは未だ眠りにつくことはない。落ちついた眼をすっと閉じつつ、次なる可能性を思案していく。気つけに酒を一口含み、無理をしない程度の範囲で、各地を走り回るべく一歩を踏み出した。

 

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