うたわれるもの 琥珀の軌跡   作:ななみ

55 / 55
振鈴

 元義叔父の突発的な手紙は相変わらずだ、と独りごちながらコゥーハは地図を片手に皇都の外れを歩いていた。今日明日と非番で、特にこれといった用事も無い日に限って文をよこす辺り、手紙の主に対して若干の震えさえ覚える。

(ここは――)

 地図の目的地。簡素な、しかしやや大きい鍛冶屋にコゥーハは目を丸くする。店も併設されているのか――品揃えを見る限り、此処は特に珍しい品物を扱っている訳でもなく、軒先に一つの鈴が吊るされている事以外、何処にでもありそうな普通の工房のようにコゥーハの目には映った。相手はまだ来ていないのか、店員らしき人物にそれとなく聞いてみると、奥へ入るように促される。

「しっかし……あんたみたいな華奢な女、がなあ」

「?」

「いや、てっきりどんな大男が来るのかと」

 ぶつぶつと呟く男の足が止まり、コゥーハも自然と歩みを止める。その真上の入口にも一つの鈴が、部屋の中央には、一振りの刀が置かれていた。

 陽の光に照らされた、巨大な刀身を持つ直刀である。何処かで見覚えのあるソレを見つめるコゥーハに、男は奥にいる人物を差しながら部屋を後にしようとする。

「あぁ。詳しくはそこの商人に訊いてくれ」

 部屋の隅、腰掛で茶を啜っている彼に向かって、コゥーハは微笑み腕を組む。

「これは、義叔父上。件の事でしたら、文だけでも宜しかったのでしょうに」

「……」

「それとも別件で何か?」

 義叔父上? と呼びかけるコゥーハの手が強い拳を作る。相手の"神"が燻る奥、金色の"光"の中に混じる反応。

(――……"黒い光"がまっすぐ伸びて?)

 "黒い光"は彼の陰に隠れて行き先を見失った。以降、彼からそれらしきモノが"見えない"こともあり、単なる()()()か、などとコゥーハは肩を竦める――トゥスクル建國以降、それらは頻発しており、最近であれば、近しいモノをエルルゥに"見た"時には顔を強張らせてしまった、などと心中で振り返りながら、コゥーハはやや呆れた含みを持たせながら言葉を紡ぐ。

「よもや、何か悪い物でもお食べになりました?」

 コゥーハの冗談に腕を組み、もっと洒落た冗談を寄越して欲しいものだ、と目を閉じるチキナロに、コゥーハもつられて腕を胸の前で交差させ直す。

「では何故」

 わざわざ呼び出したのか。その問いに、二つ回答をもってチキナロは静かに答えた。

「一つは。アトゥイ様からお預かりしている品物をお渡し致したく」

 妙に畏まっている事に疑問を抱いたコゥーハを横に、チキナロは店員に頷く。店員は息を呑んで首を縦に振り、部屋を後にした。その様子を見送った後、両目を見開きながら、チキナロは続ける。

「時期が来たら――とご要望でしたが、察するに、今がその()()なのでしょう」

「先日お送りした回答、と受け取って宜しいでしょうか」

 神妙に目を閉じる相手にコゥーハはやや視線を逸らす。その先にある刀をじっと見つめる相手に、チキナロは続ける。

「二つ目は。"番人"として、いえ、おそらく貴女だからこそこなして頂ける依頼を持ってきた次第でして」

「これはまた。珍しいですね。しかしながら……義叔父上の事です。次の戦場が何処にあるか、などという俗な依頼ではないのでしょう?」

「……」

 再び沈黙したチキナロだったが、やがて慎重な口調で肩を上げる。

「カルラ殿、はご存じですね」

「ええ。聖上が新たに雇い入れた女性の事、ですよね」

 コゥーハも言葉を選ぶようにゆっくりと頷いた。やや開いていた片目を瞑り、チキナロはそっと息を吐いた。

 

 

 

◆◇

 

 

 

 カルラを雇い入れるに当たって、彼女の実力を測るために広場で組み手が一試合設けられた。その試合をコゥーハも途中から見る機会を偶然にも得られた。

(カルラ殿?)

 組み手の最中。真っ二つに折れている剣を投げ捨て、カルラは周囲の観客から二振りの剣を拝借する。その二つを組み合わせるものの折り合いが悪く、やがて双方の鍔を破壊し重ね合わせる。

「さあ。続けますわよ」

 カルラの声が辺りに響き渡る。その切っ先は組み手の相手へと向けられていた。ほどなくして、雄たけびを上げながらまっすぐに相手へ突進していく彼女と、それを迎え撃つ相手の――ベナウィの姿があった。

 ベナウィはカルラの一撃を真正面から受け止めることはなかった。踏み込んで来た相手の切っ先を穂先で弾き飛ばし、すれすれのところで軌道を変えるに留めた。理由は単純で、彼女のその後を見れば明らかであった。

 どよめき立つ周囲に砂煙が立ち込める。その中央、カルラが作った大穴の中で、折れて無くなっていた剣先を残念そうに眺めていた。彼女の膂力に、剣が耐えられなかったという形である。

 そこまで。というハクオロの一言により組み手はお開きとなったが、観客達は皆しばしの間呆然とその場を見つめていた。

 

 

 

◇◆

 

 

 

 自分はその席にはいなかったのだが、とチキナロはそっと腕を組む。

「そのカルラ様にご注文頂いた武器というのが、『絶対に折れず、曲がらず、刃こぼれしない』というご注文で御座いまして」

 しかしながら。よもやカルラがあんなに力のある持ち主だとはつゆ知らず。失敗作を二、三点ほど献上しかけた経緯をチキナロは説明した。余程参っているのか、ぐったりした様子で頭を掻く相手に、コゥーハはふむ、と頬に手を当てる。

「しかし義叔父上もよくもそんな無茶苦茶な依頼を受けましたね。本質は武器商人であろう義叔父上が」

 形あるものは壊れるが必定。どんな武器でも例外ではない。それを理解してなお、依頼を受けたという事実に、コゥーハは首を傾げる。が、しばし考えた後、くっと口角を上げた。

「ああ。いえ、()()()ですか」

 想像に任せる。とだけ口にしたチキナロに、コゥーハは一つの推測を述べる。

「つまるところ。力は無駄に()()自分めに検品をしろ、と」

「大雑把に申し上げますと。仰る通りかと、ハイ。しかしながら」

 力の部分だけではなく、と一旦言葉を切り、チキナロはゆっくりと両目を開く。

「貴女は人の生死が"見える"――それは、物質の生死も"見える"のでは。と前々から思っているのですが」

「――……」

 言いますね。若干視線が泳いでしまった事に頬を曇らせながらも、コゥーハは冷静に回答する。

「極端に答えると、是になります。が、その物質が何をもって"死"と呼ぶのかを定義する必要があります」

 土塊であれば"淡い茶色の光"、水であれば"青白い光"一色、が"生"という形で定義出来る。しかしながら、武器というものは複数の物質から構成されているからして、おいそれと簡単に判断することは出来ない。ましてや無機物であるソレから"黒い光"を見出すことは少々難しい、というのがコゥーハの見解である。しかしながら、一旦"生"を定義する事が出来れば、"死"もまた正確に――流動的であるヒトよりも――判断する事が出来る、はずだ、とコゥーハは目を閉じる。

(好奇心旺盛な昔の自分であれば、一度くらいは"見て"いるはず、なのに――)

 未だに記憶が曖昧なせいなのか……これが()()()()なのか、などと耽っていると、おずおずとチキナロは口を開く。

()()()、難しい事、なのでしょうか」

「いえ。そういう訳では。ただ、()()()武器という情報(もの)が欲しいと申しますか……」

 コゥーハは腰の刀に手を当てる。至って平均的な、傷一つも付けたことのない、()()()()ソレをゆっくりと鞘から抜き、刀身にそっと指を当てようとした、刹那。チキナロの手が、制するようにコゥーハのその手を強く握りしめた。

 コゥーハはすっと目を丸くする。

「おじ……上?」

「さすがに。依頼主の手を煩わせる事は参りませんので、どうか、これで一つ」

「――――」

 年季の入った自身の杖を差し出すチキナロに、コゥーハはなすがままそれを受け取る。しばしぼうっと杖を眺めた後、我慢出来ずにふっと吹き出した。

「義叔父上のそういうところ。好きです」

 ええ。とコゥーハは更に笑う。

「私めを物としては扱わないところ、に」

「――……」

 一瞬、大きく見開かれた両目が震えた事に、コゥーハは見逃さなかった。畳みかけるように、長年にわたって聞けなかった疑問を口にする。

「そういえば。義叔父上は何故、人身売買だけは頑なに手を付けないのですか?」

 いきなりですね。と感想を漏らす相手に、コゥーハは強い姿勢を崩さない。そんな相手にチキナロはこれ見よがしに盛大な溜息を吐いた後、静かに、簡潔に答える。

「――……儲からないから、です」

「――は?」

 一瞬呆けてしまったコゥーハだったが、繰り返された言葉にはっと我に返る。懇切丁寧に理由の詳細を述べ始めた相手をしげしげと観察しながらも、視線をそっと彷徨わせる。

(今日の元義叔父上は、少々雄弁ですね。何かあったのでしょうか)

「えぇ。十分に」

 目を閉じ、鞘からソレを抜き。コゥーハはおもむろにソレを"見る"。"黒い光"が、"金色"が混ざった"黒い光"を中心にぐるぐると回っている、見慣れぬ光景――コレが何を殺し、幾数の命を奪ってきたのかは分からない。それでも、自分が欲しい情報(ソレ)に違いなかった。彼が何故こんなものを所持しているのかという事は好奇心をそそられる内容だが、訊ねたところでのらりくらりと躱される事は目に見えているため追及しない。

()()が武器。とするならば――)

 コゥーハは視線をずらし、大きな直刀に目を向ける。杖が纏っているモノに似た"黒い光"の奥、"淡い茶色の光"が増えるように手を伸ばし――刀身を曲げた。

「……これは、これは」

 綺麗に曲げられたソレを片手で振るコゥーハに、チキナロは困ったように目を細める。

「弱りましたね、ハイ」

 こうも容易く曲げられるとは。と呟くチキナロの言葉と視線は本心と若干の困惑を帯びている。彼らしからぬ小さく呻る声はやけに大きく響き、コゥーハは武器だったモノを置いて考えるように腕を組む。

「幾重にも金属を重ねてみるのは如何でしょうか。さすればつけ入る()は減るでしょうし、刃こぼれの心配も幾らか改善されるかと」

「しかし、あまりに重ねると重量と切れ味の問題が」

「そこは問題ないでしょう。ざっと拝見する限り、カルラ殿は私めよりも力がおありのご様子」

 いやそうではなく、という言葉をコゥーハはわざとらしく両肩を上下させる。

「運ぶだけなら、自分が行います故。勿論、秘密裏にも」

 そういう事ですか……溜息を吐きながら、チキナロは入口で呆気に取られて立ち尽くしている店員に更に重ね、両手に握られている刀袋を慎重に受け取った。「それは?」とコゥーハに問われながら、共に手渡された手袋を嵌める。

「アトゥイ様からお預かりしていた品で御座いますです、ハイ」

 一つの鈴が付いた、曲線美を帯びた長刀である。そっと抜いた刀身も見事なまでに磨き抜かれており、芸術品かと思わせる位に美しい、とコゥーハは目を見開く。しかしながらその目に"見える"光景は異質であった。

 持っている手袋から微かに"神"が流れている。その先は刀身全体へと緩やかに――そして"黒い光"と"金色"が、チキナロの仕込み杖と全く同じ反応に、コゥーハは一種の鳥肌が立った。杖よりも"それ"が濃いソレ――

(これは――)

 コゥーハは唾を呑み込む。その様子をじっと見据えながら、チキナロはおもむろに説明する。

「それは所持者の内にある"神"に干渉し、"神"を吸い取る、いわば――妖刀の類、ですな」

「妖刀――何故おじ様はそんな物を」

 二つ言伝が、と、チキナロは続ける。

 これは"神"をも操り、切る刀、と。すなわち。

封印(リィ・ヤーク)さえ切る力――)

「それさえ伝えれば解る、と仰っておりましたです、ハイ。あぁ――」

 素手で受け取ろうとしたコゥーハをチキナロは拒否した。断固として譲らない姿勢にコゥーハは眉を寄せながらも、店員から渡された手袋を嵌めつつ相手の言い分に耳を傾ける。

「その刀は、所持者の内なる"神"によって性質が変わる代物。加護を受けた手袋を嵌めないと、並大抵の者が扱うことすら難しい。第一土神(テヌカミ)の加護を受けた指輪を嵌めた火神(ヒムカミ)の貴女がもたらす影響など予測がつきません」

「しかしこの刀は"見る"限り間違いなく歴戦を潜り抜けた武器です。よもやそんな代物を皆がみな彼の手袋を嵌めて普通の刀同様に戦ったとは考えにくい」

「……」

「義叔父上は所持者の"神"によって性質が変わると仰った。さすれば、"神"によってもたらされる影響もある程度ご存じなのでは?」

 仰る通り。とチキナロは刀を刀袋へ収める。

火神(ヒムカミ)宿す者が持てば刀身に炎が宿り。水神(クスカミ)宿す者が持てば如何なる物でも切れる鋭い刃となり。風神(フムカミ)宿す物が持てば振る度に風を起こし。土神(テヌカミ)宿す物が持てばどんなに固いものでも圧し潰す重き物へと変化する、と」

「ふむ。すると自分めが素手で持てば、勝手に火の手があがるか、義叔父上が持てない程に重い物へと変化する、あるいはその両方が発生する可能性がある、ということでしょうか。確かにそれが受け渡しで起こった場合、事がことですね」

 ですが。とコゥーハはゆっくりと手袋を外して刀袋に手を入れる。咎める声などどこ吹く風で、相手から距離を取った後、静かに鞘から刀身を抜く。

「であれば尚更。確かめておかねば」

 曲げられた直刀を抱えて退出する店員を見送った後。大きな溜息を余所に、コゥーハは刀を一回振って見せる。とはいえ、少し重くなった程度でさほどの変化は見受けられないため、指輪の加護が優先されているのか、などと思考を巡らせる。

「それで? もう一つの言伝というのは?」

「……。首の後ろ。とだけ」

 成程。とコゥーハは首の後ろに刀を当てる。刹那。付いていた鈴の音と共にぷつんと何かが切れたかのような感覚に襲われ、コゥーハは一瞬で意識を失った。

 

 

 

※※

 

 

 鈴の音が聞こえる。果てのない白い霞の中。側にある"光"の川のようなものの正面で正座をしている()()()()()()()()()()()長髪の女性。変わらず無表情をしている彼女の前にコゥーハは神妙な面持ちで座る。無音に無風。やがて、音を上げたのか、彼女はふっと吹きだした。

「その様子だと、()()思い出したのかの」

「――……いいえ。おそらくは」

 微妙に視線を逸らしながら、コゥーハは"光"の水面を叩く。やがてソレを掬いあげ、手の中のモノを零した。

「アトゥイおじ様の施した術は二つ。今回はその一つだけに過ぎません。違いますか」

 ほぅ。と面白くなさそうに頬杖を付く彼女に、コゥーハは続ける。

「しかしながら。これで抜け落ちている記憶の一部の回収と、体調不良の要因は幾らか改善されたかとは思います。私めの目的は概ね達成された訳です」

「つまりもう一つの枷は解かぬと」

「――……解けば私はいずれ()()

 ふむ。と座り直す彼女は断言するように言い切った。

「確かに。お主は確実に()()()()はずだった。だが、アトゥイは強引にそれを曲げた。(あるじ)の命に背いてまで、の」

(主――?)

 お主は見ているはずだ。と、彼女は"光"の水面を静かに差し出す。その中からは、若い男の啜り泣く声が漏れ出る。

 アトゥイの嗚咽が聞こえる。カナァンを呼ぶ叫び声がこだまする。やがてそれはコゥーハの視界を晴れさせ、彼のうわごとが再び嗚咽に戻る。

『いやまだ息はある……適切な処置を受ければ――……誰、に? だれに?』

 一切動かぬ女性に抱かれたコゥーハに答える術もなく、ただただ酷く取り乱したアトゥイに揺さぶられ続ける。

『誰か……誰でも良い……誰か……』

 徐々に小さくなっていく声が潰れていく。

『ダレカ……カナァンを……助けてくれ……』

 そこまで聞こえたところで、彼女は水面を川へ戻した。

「さて。その主は今のお主のどっち付かずの立ち位置をあまり面白くは思っていない様子。今後も何かしらの干渉を行ってくるだろう。ともすれば、お主はどうしたい。私はお主の意思を尊重する。私はそのように()()()()()のでな」

 コゥーハは一瞬目を見開き。熟考するようにぐっと目を閉じる。自分が思い出した(知り得た)情報を頭の中で巡らせていく。やがて、意を決して口を開こうとしたコゥーハに「やめだやめだ」と彼女は両肩を竦めて見せる。

「お主は今まで見てきた中で一番分かりやすい。言わなくとも理解できようとも」

 が、と無表情の中に神妙な面持ちを覗かせながら彼女は続ける。

「それ故に一つ進言しておこう。此度の件、これ以上誰にも悟られるでないぞ? さすれば、お主の望む方向へと導かれるはずだ」

「それは――」

 それは。と言いかけたコゥーハに彼女は"光"を掛けた。名前を呼ぼうとしたコゥーハの口に"光"が入り込み、コゥーハは急速に意識を失った。

 

 

 

※※

 

 

 

 はっと目を見開き、コゥーハは飛び起きた。ぐっと手をついた刹那、固くて冷たいモノ――刀袋に入った長刀の柄に、鈴の音が落ちる。

 コゥーハは寝かされていた地面に落ちた羽織を丁寧に拾い上げ、相手へ返した。感謝の意を述べた相手に「イエイエ」と返し、チキナロはすっと目を見開く。

()()()()()()()()?」

「――――」

 返ってきた言葉にコゥーハは息を呑む。しばしの沈黙の末。それが、と相手へ笑って見せる。

「アトゥイおじ様の葬儀(ハハラ)に関しての記憶と十年前の記憶の一部は思い出せました。どうやら自分めに掛けられた封印(リィ・ヤーク)というのは、悲しいと思った事への封印、というものでした。後は、"見える"具合が全盛期に戻った感じ、でしょうか」

 しばしの間、疑うような目で見ていたチキナロだったが、左様ですか、と静かに目を閉じて、ぐっと伸びをする仕草を見せた。その様子を――伸びた"黒い光"を見据えながら、コゥーハは居住まいを正す。

「改めまして。感謝を」

 いえいえ。とチキナロは首を振る。

「これは生前にアトゥイ様と取引した内容の一つ。貴女が気にすることは御座いません」

 アトゥイがチキナロと如何様な取引をしていたのか、とコゥーハは好奇心を口にしようとするが、左様ですか、とくすりと笑って流すだけに留めた。さて……と周囲を見渡し、幾つもの大剣が置かれていた部屋をぐるっと見渡す。

「依頼された内容をこなしましょうか」

 報酬は弾んでくださいよ、と早速コゥーハは手を伸ばし――それらを瞬く間に全てへし折った。ある物は柄の根元から綺麗に曲げられ、あるモノは真ん中から手刀で真っ二つに折られ、あるものは他の刀の破片を押し付けられて刃こぼれした。これにはチキナロは元より、丹精込めて仕上げたであろう鍛冶師(かぬちづかさ)達も絶句する他なかった。思わず膝を折ってしまったであろう彼に些かの同情をコゥーハは抱くものの、これも依頼なれば、と心を厳しく律しながら首を振る。それらのやり取りを繰り返して、二刻ほど。夕焼けが差し込む部屋の中央で、今にも泣き出しそうな青年を宥めながら、コゥーハはそろそろお開きか、と呟くと「鍛冶場に来てくれ!」と部屋に入ってきた男に呼ばれた。急ぎ足で向かった部屋には、息も絶え絶えに転がっている男の横に、巨大な刀が完成されていた。

 刀身の長さは丁度コゥーハの胸元まであり、太さは腰一つ分弱はある巨大さである。コゥーハを呼んだのはおそらく自力で運ぶのが難しい重量を持っているため――ソレを刀と呼ぶのかどうか悩ましいが、きっちりと柄も鍔も備えられており、疑いようもなく刀である。規格外の大きさにそれだけでも十分驚くところではあるが、コゥーハが"見て"いる光景は彼女の目を更に見開かせる。

(――隙が無い。そしてこれは)

"黒い光"が"金色"を中心に回っている光景。()()()であるはずなのに、"見える"ソレにコゥーハは手元の金属で刃こぼれがないか確認した後、柄に手を伸ばす。

「何か試し斬りする物は御座いますか」

 両手で軽々と持ち上げるコゥーハに制作者は腰を抜かすが「金属じゃないものなら、モロロくらいしか」と窓に吊るされた干しモロロを指さす。さすがに、とコゥーハは言いかけるものの、他に良さそうな物が見当たらないため、モロロへ向かってすっと構えた。

「ふっ」

 コゥーハにとっては何気ない薙ぎ。だが、巨大なソレはぶんっと唸りを上げてモロロへと向かった。勢いこそ豪快だが、決着は一瞬。コゥーハの放った刀はモロロを一刀両断した。

「刃こぼれは……御座いませんね、当然」

 他にもっと固い物はありませんか? 例えば――言いかけたコゥーハに「勘弁してくれ!」と男は震え声を上げる。

「もうそれ以上の物は絶対打てねぇ! それが折れちまったら、もう――」

 弱りましたね。とコゥーハはチキナロに視線を移す。

「自分めと致しましては、もう少し試し斬りして確認しておきたいところなのですが」

「"番人"としては、如何ですか」

「――……。義叔父上の求めているものに違いないかと。これは間違いなく武器足りえるかとは」

 コゥーハは得物をそっと床へ置き――その時、どすんという音と鈴の音が響いた――改めて"見る"。"金色"に微かに"黒い光"が混じっている中心を"黒い光"が"回っている情景は変化がない。チキナロの杖や件の長刀を武器だと定義するのであれば、コレも間違いなく得物として成立している。じっと見据えるコゥーハに、チキナロはおもむろに口を開く。

「ソレの重量はいかほど……なのでしょう」

「ざっと見積もって、大の男五人くらいで運べる……でしょうか?」

「…………」

 額に手を当てるチキナロに、問題ない、と努めて明るくコゥーハは声を上げる。

「皇城までは自分めがこっそりお持ち致しますし。カルラ殿もきっとお気に召すはずです、多分」

 多分。その部分が僅かに強調されてしまったことにコゥーハは咄嗟に口を噤むも、結局はチキナロが折れた。明日皇城まで持って行って欲しい旨をコゥーハに伝え、鍛冶師(かぬちづかさ)との商談に入った。そんなチキナロの横に置かれた刀袋をコゥーハはじっと見つめる。

(――……)

 指輪を外さなくても"見える"程の、強き"黒い光"。何故アトゥイがこんな代物を持っていたのか。話を終えたチキナロにそれとなく訊ねてみると、若干間を置いてからではあるが、意外にも返答が返ってきた。

「以前仕えていた主から下賜されたもの。とだけは伺っておりますです、ハイ」

「……オンカミヤリューに、刀ですか?」

 そこまでは。言葉を閉ざすチキナロに、いや、とコゥーハは顎に手を当てる。

「ところで義叔父上。その刀ですが」

 ああ。とチキナロは刀袋をしっかりと持つ。

「これは本来貴女の物だ。とアトゥイ殿は仰っておりましたので。今後はそちらの方でしっかりと管理して頂きますよう」

 拒絶を帯びたチキナロの言葉に、コゥーハは怯む。何かを言いかけた相手に、チキナロは尚も続ける。

「ただでさえ神経をすり減らす品物。万一お預かりする場合は、相応の対価をしっかり頂きます故」

「……承知致しました」

 恭しく刀袋を受け取り、コゥーハは静かに息を吐いた。

(剣はあまり好かないのですがね)

 かといってぞんざいに扱えない代物であるのは言うまでもない。しかしながら、手がない訳でもなかろうとコゥーハは楽観的に捉える。

("神"が絡んでいるのであれば。オンカミヤリューの方々に相談してみるのも良さそうですね。ですが)

 当面は自分が携帯するのが一番良いか、とコゥーハは夕焼けへ目を向ける。その側で、鈴の音がちりんと小さく鳴った。




用語が間違っていたので修正致しました。申し訳ございません。2025/8/11
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。