大佐
特質系念能力『
具現化したタブレットに表示される手形に、手を合わせた者の念能力を新たなものに編集できる能力。
その際にクリアするべき条件が2つあり、編集対象の能力を実際に見る。そしてその能力について質問し、相手の答えを得た対象のみ編集が可能。
念能力とはじゃんけんのような側面があり、不利な能力には絶対に勝てないことも往々にしてある。具現化系念能力などはその部分が顕著に現れやすい。
『
雨の中、ビルの屋上から大佐組事務所を二人の影があった。
双方、雨カッパを装着しており、一人は見るからの巨躯で、カッパの上からでも筋肉の隆起が見えるほどの体をしている、肉オジャ。
もう一人は肉オジャほどではないが、ガッシリとした肉体をしている政治家風の男。
豪組の構成員である二人は大佐組の監視を行っていた。
戦争が始まり、もう3日が過ぎたというのに、4大組は一切の動きを見せていなかった。
最初から組長争いに加わっていない弱小組が動かないのは当然としても、上位の組が動かない現状は違和感がある。
しかし、裏で大きく動いている可能性は否めない。
そのための監視である。
大椙は持ち前の監視能力で常に事務所を見ているが、常に半径100mの円がはられていて迂闊に近づけない。
しかも、その円は夜通しはられ続けている。
これができるのは並の念能力者ではない。異常、ともいっていい。
「どっすか?」
腕を組む肉オジャが大椙にそれとなく問いかける。
「なんにもないねぇ」
大椙は人差し指と親指で輪を作り、それ越しに事務所を眺めている。
手に念を込めることで、望遠鏡のように遠くを見ることができる。
「今日も何もない可能性、濃いすか?」
「いやー、わかりませんよ」
と言いつつも、恐らくなにもないだろうと大椙も思っていた。
戦闘を解禁したとしても、それを
動くのはまず念入りな裏取りをしてからだろう。
本格的な争いになるのは1週間あたりの時間がたってからのはず。
それでも、監視の目を緩めるわけにはいかない
「もしかしたらがありますから、常に気を抜かずにーー」
そこまで言った瞬間で、大椙は言葉をつまらせる。「円が……消えた?」
「なにっ!」
二人して事務所に目を凝らす。
確かに先程まであった円が消えていた。
「……動いてんすか?」
緊張した面持ちで肉オジャが問うも「いや、どうでしょう」と返答する。
「ここ3日間、ずっと円を張りっぱなしだった。円は常人では10cmと使えない高等技術です。100mもこの長時間、それも休まずにとなると負担は底知れない。疲弊して使えなくなったと考えるのが普通ですね」
「なら、いくすか?」
肉オジャの言う通り、今なら事務所近くに行くことができる。
近づけば内部情報ももしかすれば掴めるかもしれない。しかしーー
「いや、ここは
「やはり監視ですか」
不意に後ろから聞き覚えのない声。
脳が考える前に戦闘態勢に入った大椙と肉オジャはすぐさま声から距離を取り、振り返る。
そこに立っていたのは日本刀を腰に携え、古風な雰囲気を放つ、
要注意人物として聞いている。大佐組の傭兵。瑠璃磨。
大佐組の中では最高戦力だ。
しかし、円に入っていなかったのに、なぜといった顔ですね」
心の声を一言一句、瑠璃磨に言い当てられ、大椙は狼狽を表に出したまま固まった。
「あなた方ほどの念能力者であれば、円の外でも気が付きます。絶を怠らぬことでしたね」
怠った記憶はない。しかしながら、この女の前ではあまりにも甘い絶だったようだ。
「あなた方がいては私も円を閉じれません。さすがに3日も継続するのは少々疲れます。そこで、提案があります。お二方ともここは引いていただけますか? 私もそろそろゆっくりしたいので」
提案は撤退。しかしながら、こちらとしても簡単にそれを受ける訳にはいかない。
「円をはっていたのは私。戦力差はわかるはず。悪い提案ではないのでは?」
確かに瑠璃磨のいうとおり、ここで引かせてもらえるなら、こちらとしてはこの上なくありがたい話。
だが一つ引っかかるのは、どうしてここで我々を始末しないのか、それはーー
「悪くない話ですねぇ……けどねぇ」
大椙は左目に手を添えて、『Oバックボーン』を発動させる。「ウチらもヤクザやってますからねえ」
ーー今は戦いたくない。つまり能力が戦闘向けでない証。
『Oバックボーン』は直径11.0cm弱のピンク色の輪を具現化し、それを通して視認した相手の脅威度(戦闘力)を図ることができる能力。
念能力者は自らの実力を隠すのが常。
相対したときの相手がどれだけの殺傷力を持つのかは、実際に戦闘しないとわからないが『Oバックボーン』越しに相手を見れば、その脅威度を図れる。
無論、完璧に図れるわけではなく、強化系は高く出やすく、具現化系や特質系の強力だが破壊力を持たない能力は低くでてしまうが、ある程度の戦力はこの数値で図れる。
そして、この瑠璃磨の脅威度は……。
「脅威は……110、ぐらいでしょうね」
「110……110!?」
先程まで狼狽し、同じように固まっていた肉オジャは頬を悪魔のように吊り上げ、不気味に笑った。「低すぎて笑っちゃうんっすよね」
この脅威度は大椙自身の戦闘力を50としたときの数値。
当然、大椙は具現化系なので同じレベルの能力者と比べるとかなり低め。
対し、強化系能力者の肉オジャの数値は300強。単純な計算で瑠璃磨の3倍の脅威度がある。
熟練の能力者はたとえ強化系と相性が悪くとも、一定以上の脅威度はある。
明らかな非戦闘員である大佐組長でも150ほど。
そこから導き出される事実。瑠璃磨は戦闘用能力を持っていない。
あの異質な円を見るに、具現化系か特質系の特定条件で巨大な円を貼り続けられる能力。
無論、そうでない可能性もある。
瑠璃磨の絶は完璧であり背後を取られたことは事実。
脅威度は低くとも格上の可能性は否めない、しかしーー
「やるんすか! 大椙!」
肉オジャの問いかけに、大椙は不敵な笑みを返した。
「そりゃぁねえ……ケツ穴を……いやそりゃ女の子に舐めさせるのは気持ちええっすよそりゃねえ」
挑発と殺意のあふれるオーラ。
それは開戦の合図だった。
ここで敵の主力を倒せれば一気に出世の道が開ける。逃す手はない。
ヤクザとしての野心が危機感を上回った。
「ヒャッハー!」
その答えに歓喜した肉オジャはよだれを垂らしながら、瑠璃磨に向かって跳躍し左拳を振り上げた。「オラ死ねぇ!」
瑠璃磨が後方に避けて床のコンクリが砕け散った。すぐに肉オジャは右の裏拳を繰り出したが間一髪、刀の鞘で受けられる。
その勢いで瑠璃磨は姿勢を崩さないままに、ビル屋上の端まで飛ばされた。
大椙は右へと展開し肉オジャが攻撃しやすいように意識を散らす。
その間も『Oバックボーン』での監視も続ける。
依然、脅威度は100当たりを上下している、道具を具現化する気配もない。
いける……
その確信とは裏腹に、大椙は思わず足を止めた。それは肉オジャも同じだった。
不敵な瑠璃磨の笑み。そしてその殺気。
オーラは依然、微弱のまま。脅威度も低い。
しかし、生命としての本能が、直感が、二人の足を止めた。
「な……何を笑っている」
思わず、大椙は問うていた。
「いえ……安心したのです。やはりよいですね……敵はあなた方のようなクズに限りますーー」
瑠璃磨はゆっくりと刀を抜いた。その刀身は雨の中だというのに、日の光を受けたように輝いて見えた。「とても、
脅威度は低い。それもでも膝の震えが止まらない。
「大椙……大椙ぃ!」
肉オジャも不安をあらわにしながら大椙の名を呼ぶ。
「大丈夫です! 脅威度は低い、動かれる前に殺せ!」
一瞬、逡巡の間、その後、
「う、ウォオオオオ!」
それは恐怖をかき消すための雄叫び。
肉オジャは全身にオーラをまとわせてタックルを繰り出す。
その巨躯に似合わない速さで迫るも、瑠璃磨は上へと跳躍しかわす。
雨の中、ゆっくりと肉オジャの頭上を体をひねりながら舞う瑠璃磨は何かを言っていた。
雨音でよく聞こえない。
耳をすまし、やっと大椙は分かった。
詩だ。
「ーー鮮やかに咲く命の彩り。黄泉を運ぶ橋渡し」
肉オジャの後ろに着地した瑠璃磨は、刀の切っ先をその背中に向け、上段に構えた。「鮮血の花弁、今舞い落ちる」
詩を終えた瞬間である、あの脆弱なオーラをまとっていた瑠璃磨の体から考えられない量の、今まで感じたことのないオーラが放出された。
床が揺れているような気がした。それは恐怖による震えがそう錯覚させているだけだった。
脅威度600ーー700ッ!
「肉! 防げ!」
肉オジャはとっさに振り返り、両腕を前に出してガードの体制を取る。ほぼ同時、瑠璃磨も動いた。
『彼岸花』
ーー見ることができなかった。
瑠璃磨のその言葉を聞いた瞬間には、全身を切り刻まれた肉オジャ、それに背を向ける瑠璃磨がいた。
体の全方位を切られ、肉オジャの8方に舞う鮮血は、さながら彼岸花に見えた。
「うがぁぁぁ! いてぇ! いてぇよ畜生!」
瞬時にオーラで全身を守った肉オジャは、満身創痍ながらも死んではいなかった。
大椙は一歩、二歩とゆっくりと後退る。
『Oバックボーン』に表記されている脅威度は……。
「100……落ちました、おちましたねぇ」
頬からつたうのは雨か、それとも汗か。大椙は独り言ちた。
一瞬だけではあるが、瑠璃磨は脅威度800近くまで跳ね上がった。
豪組でも幹部の聖也が500。真締でも600にいくかいかないか。
それらを凌駕する脅威度だった。
『Oバックボーン』の前では力を隠すことはできない。たとえ弱者に偽装したとしてもすぐにバレる。それが強みの能力だ。
それでも瑠璃磨は一気に脅威度を上げた。
理由は一つ、瑠璃磨が自らの力に常に制限をかけ、条件を満たすことでその力を開放可能にする能力だったからだ。
解放条件は詩。あれを唄い終え、技名を唱えることで発動可能。
力を隠しているのではなく、使えない。これでは『Oバックボーン』でも見抜く事はできない。
しかし、相手の能力を知ることはできた。
引きはしない、ここで倒すーーと言うより、もう引くに引けない。
「肉オジャ、落ち着いてください! 敵は詩を唄わないと力が出ない。基本は非常に弱い。そこを二人で突けば勝てます!」
「チクショウ! チクショウ! やってやるよチクショウ!」
肉オジャもそれとなくもう戻れないことは分かっている。
声を上げツバを飛ばしながら何度も拳を振るう肉オジャに、瑠璃磨のスキを見て大椙も攻撃するも、
当たらない。なぜだ。
肉オジャの攻撃を紙一重で躱しながらも、大椙の攻撃もしっかりと防いでいく。
オーラ量は圧倒的に肉オジャが上、大椙とは大差はない。
それを持ってしても埋まらない戦闘センスの差があった。
「一人立つ離れ華。憂いなく、ただ美しく」
二人の拳が空を切ると、その間を瑠璃磨は駆け抜けて、3メートルほど先で刀を構える。
刀の切っ先を肉オジャに向け、そこに左の指先を添える。
「音のない花弁。埋まらない花瓶。静寂に咲く孤独を知れ」
また脅威度が跳ね上がる。
狙いは肉オジャ。
「肉! 守れ!」
腕を顔の前で交差させ守る肉オジャに、悠然とそれに構える瑠璃磨。
大丈夫だ。致命傷にはなっても、全力で守れば命には届かないはずーー
『一輪挿し』
突風。
瑠璃磨から肉オジャに吹いた強烈なそれに、大椙は一歩後ろに押された。
横殴りになった雨が顔に当たり、思わず顔をしかめていると、いつの間にか刀に付いていた血を瑠璃磨は振ってはらった。
それを確認するとほぼ同時、肉オジャは膝から崩れ落ちてその場にうつ伏せに倒れた。
「肉……オジャ」
恐る恐るその体を見下すと、首の裏と、そこを守っていたはずの両腕にポッカリと穴が空き、そこから血が吹き出ていた。
「ひ、ヒイイィ」
悲痛な叫びとともに尻もちを付いた大椙に、ゆるりと瑠璃磨は歩き近づく。
死の確信。冷たい血が足先から頭まで巡った。
瑠璃磨の刀がそっと首筋に当たると、大椙の体はビクっとはねた。
「最後に、言い残す言葉はありますか?」
その問いにあふれる思考。
これまでの人生、成功、後悔。
それらが交差した時に出たのは、
「た……助けてください」
か細い声で命乞いをする大椙を、冷たい目で瑠璃磨は見つめていた。
雨の音をどれだけ聞いていただろうか。瑠璃磨は首筋から刀を話すと、そのまま振りかぶった。
「命が惜しいのなら、優しく生きれば良いものを。自らの欲で弱者を殺そうとしたあなたを、私は許しません……お覚悟を。」
ああ……ダメだ、死ぬ。
そこからは何も聞こえず、何も見えなかった。
視界は揺らめき、耳に入る音は遠い。
瑠璃磨は詩を唄っていた。そして、最後ーー
「せめて痛みを知らず、安らかに眠りなさい。『夕凪』」
言葉通り痛みはなかった。
自然と滑り落ちていく視線に、自分が断頭されたことを理解しながら、眠るように大椙は絶命した。
「ーーへぇそいつはマジか……なるほど。まあそのまま監視続けとけよ」
雨の中、黒塗りのセンチュリーの中で運転席に座る淳平は携帯電話を切って、後ろの後部座席に向いた。「新庄さん、大佐組と豪組。小競り合いがあったみたいっす」
「お! マジかよマジかよぉ~。やっぱ平野さんはすげぇ、言ってたとおりじゃん。それじゃあよぉ」
新庄の視線の先にあるのはクッキー工場。卯月組のシノギ場。「俺たちも楽しまねぇとなぁ」