竹野内
特質系念能力『
「キャンセルだ」と発言し、その際に人差し指の先にいたものを0.1秒間だけ絶状態にする。
対象は完全に無防備になり一方的に倒せる状態となるが、性質上、攻撃と発動を並行して行えないので有効活用するためには協力者が必要な能力。
キムテギュン
放出系念能力『
自分の体液を飲ませた(ケツからでも可)人間を中心とした直径1.9m内に瞬間移動ができる能力。
空間移動系は主に放出系が得意とする能力。
簡単に扱えるものではなく、移動先を何らかの方法でマーキングをするか、場所を限定して初めて使用可能となることが多い。
「今から卯月組は販売しているクッキーの制作工場にいく。あんた護衛して」
雨の降る早朝。護衛任務は突然にやってきた。
木村が部屋で休憩中、雑誌を読んでいた所玲兎がやってきて突然命令がくだった。
基本は組の見張りを交代制で行っているが、外出先での護衛は戦争が始めってからは初だ。
三浦は今、外の見張りで出ている。
「工場に行って、一体何を?」
木村が問う。
外に出るということは当然、襲撃のリスクが高い。それに見合うリターンが必要だ。
「会議よ、会議。新しい商品開発や出品状況のチェックをしないと。卯月が社長なのよ、重要会議にはでないと」
玲兎から返ってきたのは、なんとも納得し難い理由だった。
「雇われの僕が言うことではないかも知れないが、そんなことのためにわざわざ外に出て、危険を犯す必要があるのか」
「大アリよ」
玲兎は鼻から大きなため息を吐いた。「他の組の組長も同じ。ちょっと控えめではあるけど戦争前とほぼ同じような行動ルーティンで外に出たりしてる。この意味がわかる? やる気満々、負ける気なしってわけ。ここでビビってこもってたら、舐められるし下の構成員たちの士気にかかわる。主に戦うのは念能力者の私達。でも組ってのはうちらだけで成り立ってるわけじゃない。彼らがいるからシマが保てて、組を名乗れるのよ」
木村は玲兎の話す内容をうなずきながら聞いていた。
なるほど、たしかにそのとおりだ。
「悪かった、僕の考えが浅かった」
「そう、分かってくれてよかった。それじゃあさっさといくわよ」
玲兎に先導されて駐車場まで連れて行かれる。
向かう車は合計3台。
先頭の車に木村が、真ん中に玲兎が運転し卯月が乗車。最後尾には非能力者が乗るようだった。
次々に入っていく護衛達を眺めているとふと気がつく。
三浦さんがいない。
「すまない」
運転席に入ろうとする玲兎を呼び止める。「三浦さんはーー」
「あいつは留守番。ここを守ってもらう……なんか文句ある?」
どこか含みのあるいい方だった。
お前らを信用していない。そのメッセージを感じられた。
「……いや、問題ない。ただ説明しておくと、三浦さんが本気を出して戦うとIQが下がる。敵と味方の判別が曖昧になるし、細かい命令をすると逆効果になることも多い。伝えておいてくれ」
「分かった。それじゃ、さっさと行って。先頭のあんたがいかないとみんな行けないでしょ」
下北沢はその昔、世田谷区にある一つの街だった。
交通の便が良く、建物は少し古めのものが多いが、人は多く常に賑わいを見せていた。
それが数年前、破竹の勢いでの発展を見せ、東北沢を始め周りの街を吸収。
いつの間にか世田谷区は半分以上が下北沢となってしまい、実質の下北沢区となっている。
その背景に多田野会が絡んでいるのは言うまでもない。
自分が抱え込んでいる町長のエリアが広いほうが利益が多いのはわかるが、あまりにも露骨だ。
それを許されるだけの力が、多田野会にはある。
不幸なことにクッキー制作工場は下北沢の端にあった。
ヤクザなので活動拠点は人がいない場所がいいとそこになったらしいが、戦争が始まった今、非常に危険な場所となる。
現に襲撃してはこないがずっと付けられている気配を感じる。
偵察のためか、それともこちらを攻撃する機を伺っているのか。
何にせよ、いつ敵が攻めてきてもおかしくはない。
こういうことは慣れている。死地は何度もくぐってきた。
それでも、やはり本能の部分でストレスを感じてしまう。
自然とポケットの中のタバコを取り出そうとした時、不意にサイドミラーに映る、後部座席に座る
同じ車に乗る護衛。彼女は卯月組の構成員だ。
同乗する時に軽く挨拶は済ませている。緑髪で長身。まるで人形が身につけるような赤いチェックのベストとロングスカートを着ていた。
半分出したタバコをそのまま収めようとすると、
「あら、気が利くのね」
それに気がついた彼女が言った。「あなたが気が使えるジェントルマンで良かったわ」
真のジェントルマンは、タバコを持ち歩くことはないだろうと思いながらも「それはどうも」と軽く返した。
「できるなら、最後までその調子でいてもらえると助かるわ……この地球からいい男を減らしたくないもの」
挑発的とも取れる言い回しだった。
僕はこの組織に信用されてはいない。あくまで利用されているだけ。
彼女が同乗しているのは護衛のためだけではなく、僕の監視も含まれている。
監視なら複数いても問題はないはずだ。それなのに、この中に組員は彼女一人しかいない。
見くびられているのか、それとも……
「最大限、努力する」
木村はそう答えた。
三浦さん。どうやらこの
「うーんやっぱこのレモンクッキーはまだ酸っぱさが足りないんだよね。もっとドライレモンを甘酸っぱくするためにさぁ
ーー」
卯月組、クッキー工場の会議室。
現場の重役10名ほどが集まり、新商品の会議を行っている。
その会議を、参加するでもなく卯月についてきた護衛たちはその後ろで直立していた。
構成員もほぼ女性。一見すればヤクザが運営しているクッキー工場とは思えない光景。
無法者の集まりとは思えないほどに、皆まじめに会議を執り行っている。
「ちょっと甘さも足りないよねぇ。やっぱココアも入れるべきかも、もちろんバンーー」
「何でもかんでもバンホーテンぶち込もうとするのやめろって言ってるでしょ。うちはココア屋じゃないのよ」
暴走気味の卯月を止めたのは玲兎。彼女も会議に参加している。
「あ、はい……スイマセン」
反省して方を落とす卯月を後目に、玲兎は手際よく会議を進めて、売上報告に移った。
クッキー工場の基本的な売上というものは知らないが、かねがねうまく運営できているような印象があった。
1時間程度で会議を終えたあとは工場内を視察して回る。
これは戦争期間だからというわけでもなく、毎回会議のあとは作業を見ていくそうだ。
「いやぁ、ルーミアちゃんガンバってるぅ?」
視察……というよりおしゃべりに行ってる感がすごい。
組長とは思えないフランクさで次々に作業員兼、組員に話しかけている。
「ラーの鏡! ラーの鏡が必要なんだよねぇ、あそこがさぁ」
話はゲームやアニメなど、いい年した大人がすることととは思えないものがほとんど。
それでもみな嬉しそうに卯月と語らっている。
その顔に忖度の様子は見られない。
理由は威厳か、それとも純粋な求心力か。
木村にはそれがわからなかった。
卯月達が組の人間だけで話がしたいと言うことで一時外された木村は、工場脇の外に灰皿だけ置かれた喫煙所でタバコを吸っていた。
その頃には雨はすっかりと止み、きれいな日差しが見えていた。
そんな光を見ながら、張り詰めた空気から開放されたあとに嗜むタバコは、いつもより体にしみている気がした。
半分ほどタバコが燃え尽きると「おじゃま」と玲兎がやってきて隣で咥えたタバコに火をつけた。
「話は終わったんだな」
タバコを消して戻ろうした木村を「ああ、いいのいいの」と玲兎は止めた。
「まだ雑談中だから戻んなくて大丈夫。吸ってていいわよ」
「ああ、分かった」
木村は喫煙を再開した。「なかなかうまくいってるんだな、クッキー工場は」
その言葉に玲兎はフン、と鼻で笑う。
「簡単に言ってくれるじゃない。ヤクザがクッキー作ってんのよ? 合理的じゃないし、ここまでやるのにどれだけ大変だったか」
「ハハ、確かにそうだ。僕も初めて聞いたときは驚いた。それが可能なのも君の頑張りと彼女……卯月組長の人望のおかげか」
一間、双方タバコを味わう時間が流れると「なんでかわかんないでしょ」と玲兎が問う。
「なんであんなバカに人望があるのか」
木村は何も答えずに煙を吐いた。
沈黙。それは否定ができないということ。
木村も彼女にカリスマ性を感じているところはある。しかし、その根源はどう考えてもわからなかった。
「私達、卯月組の構成員の殆どが『
その言葉を聞いて木村の手が止まった。
一般人には聞き馴染みのない言葉だ。
しかし、表裏の世界を熟知している木村は当然しっていた。
それは発展した情報社会の犠牲となった子供達。
法律も規制もままならないデジタルの荒波に入ってしまった子供達は、醜悪な大人たちの恰好の的となってしまった。
あるコミュニティではそういった知識のない者を対象として、個人情報を探り、それ晒して楽しんだ。
住所、顔、電話番号。更には家系図までの個人情報を掘り出す。通称『ガン掘り』の犠牲になった者の情報はインターネットに流れ出し、決して消すことができないデジタルタトゥーとなった。
表にでれば顔を指でさされ、まるで犯罪者のような扱いに耐えかね自ら命を断ったものもいる。
著作権もない彼らの
どこにもいくことができない、情報を掘られすぎて人権がガバガバになった子供達。
『
その受け皿がここ、卯月組、というわけか。
「行く宛もなく、ただ遊ばれるだけの私達に手を差し伸べてくれたのが卯月なの……だからみんな、彼女のことを慕っているのよ、バカだけどね」
玲兎は溜め込んでいた何かを吐き出すように、タバコを深く深く吸って、ゆっくりと吐き出した。「あんな戦いとは無縁のやつが、会長になりたい理由もそう、私達の居場所を守るために戦っているの」
自らをなげうって自分たちのために戦っている者を、好きにならないものなどいない。
「なるほど……合点がいった。失礼だが、卯月組長とは僕が思う以上に器が大きかったみたいだ」
玲兎はフフ、と小さく笑って見せる。
「ほんとに器が大きいいなら、もっと堂々としてるわよ。ただ、黙ってられない性分ってだけ」
「そうか……悪いな、言いにくかっただろう」
「いやぁ。別にクローズにしてる話ってわけでもないし。周知の事実よ」
「それでも、自分で言うのは抵抗があるだろう、気持ちはわかるよ」
木村がそう言うと、玲兎は手を止め見るからに不快そうに眉にシワが刻まれる。
「同情はいい、慣れてる。でもね、対して知らないくせに、気持ちは分かる、なんて適当いうやつは嫌いよ」
「ああ、だろうな。それも分かる」
「だからっーー」
「僕も、『
ピタっと、玲兎は静止し「そう……奇遇ね」と視線を前に戻した。
タバコの煙の向こう側に思い起こされる、凄惨たる日々。
ネットに流れる自分の顔。町中で自分に向かう視線。終わらない恐怖。
「だから、気持ちは分かる。僕もある人に助けてもらった。その恩も」
「同じケツ穴のムジナね。あんたは誰に助けてもらったの」
一拍置いて「秋吉師範だ」と答えたた。
「師範って、それ」
何かを察した玲兎は少し目を見開き、木村を見る。
「そうだ……田所に殺された、俺の恩師」
行き場なく、すさんでいった僕たちは秋吉師範に拾われ、人間のイキ方を教えてもらった。
あの人無くして今の僕はない。
三浦さんも……そして、田所も。
会議は雑談も含め、約3時間ほどで終了した。
帰りも行きと同じように木村の運転する車が先行する。
工場より30分ほど進んだ廃ビルや空き物件の多い、人のいない廃れた街を進む。
行きと同じ景色、同じ一車線の道を、同じ速度で戻っていくーーただ違うもの、それはかすかに香る念の気配。
殺気とも雰囲気ともいおうか、五感では受け取ることができない空気を木村は感じ取っていた。
奇襲。
そのワードが脳裏をよぎるが可能性は低いはずだった。
他の組事務所には見張りを立てている。
襲撃を行い戦果をあげられるほどの人数を動員させるような不穏な動きがあれば、そこから連絡が来るはずだ。
それがないのは僕が傭兵だからか?
何にせよまずい状況であることには変わりなく、その気配は少しづつ強くなっている。
「優香さん、少し頼まれてくれないか」
バックミラー越しの問いかけに「なに」と返事があった。
「まずい予感がする。襲撃の可能性がある。玲兎さんに連絡をしてくれ」
「予感?」
優香は怪訝そうに間をあけていう。「そんな確証のないことで私達を混乱させないで」
「確証はない。だが、僕は自分の感知能力には自信がある。まずい事態になる前に対策をしておきたい」
「玲兎が言ってたでしょ、襲撃の予兆があるなら連絡が来るって。それに、連絡ならあなたからすればいいじゃない」
「僕は信用されていない……だろう?」
木村の問いに優香は黙った。
「僕はそれで問題ない。信用されてなくても仕事を遂行するだけだ。だがそのためには君の協力が必要だ。頼む」
一瞬の考える間のあと、優香が連絡用の携帯を取り出そうとした時ーー
バァン。
強烈な大破音。
後ろの車が止まったのを確認してすぐ、木村もサイドブレーキを引いた。
タイヤが地面を滑る音とともに車が止まると、すぐに木村は窓から身を乗り出し、周りを確認する。
「なんの音ーー」
後ろを確認した瞬間、言葉を失う。
少し後ろに同じように止まった卯月たちが乗る車、そのさらに奥。
見えたの10トントラック。そしてそれに真横からぶつけられ外壁に挟まれ潰された最後尾の護衛車。
中の護衛は全員非能力者。組員はもう……。
「痛ってー」
ひしゃげたトラックのドアを強引に外して出てきたのは、ぱっとみ半グレの、背が高く人相の悪い男。「スピード出しすぎたなぁ」
恐らくどこかの組員の男は、肩をぐるぐると回しながら卯月の乗る車へ歩み寄ってくる。
それを迎え撃つために日生と玲兎が出てきた。
一瞬の間、木村は逡巡する。
奇襲の可能性は、決してゼロではなかった。
動きがあれば伝えられると行っても、すべての動きを把握はできない。
小規模。ましてや個人、捨て身覚悟の鉄砲玉。それを把握は困難だ。
それが来た場合はどうするか。
対応は簡単。数の理で捻り潰す。
敵は一人。いてももう一人のはず。
しかしどうしてだ。
感じる。手練……数は……3?。
「玲兎さん! 日生さん!」
木村とっさに叫ぶ。「気をつけろ、敵はーー」
瞬間である、突然、体を押さえつけられたかのような重力を受けるとともに、車が上に向かって飛び上がった。
何が起きたのかもわからず、しがみついていると宙に浮く車のボンネットに人影が降り立った。その男はーー
「新庄!」
「よっ、会いたかったぜぇ、レイパーさん」
新庄の両手には念で作られた鎖が見えた。左手に握られている鎖は後方へと伸びている。「ほんじゃ、いくぜぇ!」
左手をグイっと上に上げると、それに合わせて車は空中で前進すると、4階まである駐車場の2Fの隙間に入り込んだ。
木村はとっさに飛び出ると、転げ回る車は壁にぶつかって静止した。
「優香さん!」
「こっちよ」
声の方を向くと、いつの間にか脱出していた優香が立っていた。
「よかった。怪我は?」
「ええ、大丈夫。それより」
優香が視線を横に向けると、木村もそれを追う。
そこにはオールバックにニヤけ面の男。新庄がゆらゆらと肩を揺らしながらこちらに向かってきていた。
「おお、ちゃんと生きてるじゃん。よかったよかった」
新庄は両手から念の鎖を発現させる。「そんじゃあ、始めようかぁ?」