柚子湯
具現化系念能力『
5分以上の音声付き動画に映る人物の姿形に変身できる能力。
身体能力はコピーできるが念能力はコピーされない。
戦闘には向かない完全に錯乱用の能力。
田所はインタビュー動画や全身に銀粉を塗られている動画が山の如くあったので変身が簡単だった。
「まず、我々が狙うのは卯月組だ」
それは帰りの社内での話だ。
開戦が宣言され、ガンボリア宮殿から組事務に変える時、後部座席に座る平野はそういった。
「卯月組って4大組では一番のカスでしょ」
運転している半グレ感の強い構成員、淳平がそう返す。「まずはザコから潰すってことっすか」
「弱い所から潰していく。それも理由の一つと言えるだろうが、一番は組長の質だ。あの組は組長に何かあった時、換えが効かない」
「卯月組長を高く買ってんすね、組長」
隣に座る連がピンと来ていない様子でそう聞いた。「俺的にはただのアホってか、クソガキにしか見えませんし、平野組長の方がよっぽど換えが効かないように見えますけど」
「ただのクソガキが率いる組が、4大組の一つにはなれないよ、蓮。敵を低く見積もりすぎてはいけない。僕が死んでもうちの組は若頭を立てている。そういう意味では僕が一番、換えが効く」
「い、いや……俺なんか全然」
妙なプレッシャーを感じ、あたふたとする連を横目に、平野は続ける。
「まず大佐組は金目的で集まったものが多数で傭兵も多い。忠誠心もクソもない。大佐が自分が死んだあとの後進なんて考えることはないだろうが、誰かが勝手に名乗りを上げ。また固まるだろう。合理的な人間の集まりだ。組は脆いが崩れない」
「んじゃ、豪組は?」
助手席に座る新庄が、頭に手を添えながらそういった。「あそこの組長、教祖様でしょ。それこそ換えが効かなくないっすか?」
「宗教の教祖が生きている必要があるのか?」
一瞬の間のあと新庄は「あぁ~、なるほどね」と納得したようだった。
「確かに豪組長は唯一無二だが、構成員の半数が信徒の豪組なら、教典さえあれば継続は容易い。組としての地盤は真締と聖也が固めているという部分も大きい。彼が死んでも組は死なないし、逆に神として更に崇め奉られるかもな」
「そんじゃあ、一番組として早め消せそうな卯月組を潰すってことっすか」
「いや、違う」
平野は目をとじ、ゆっくりと首を横に振った。「ただ潰すだけなら、我々に
「へぇ~、なるほどねぇ」
新庄の顔は見えない。しかし、ホモガキのように笑っている様は手にとるように分かった。「そりゃ面白い」
「ベストなのは卯月組長の生け捕りだが、最悪殺してしまっても構わない。卯月組は玲兎君が継ぐ形になるか、頭不在にになるだろう。どちらにせよ取引すればうちの組の傘下にできるはずだ。大佐組との同盟がある今、先決なのは戦力の強化。最初に手を打つ。今から準備が必要だ……蓮、淳平、新庄、君たちはタイミングを見てバレないように降りろ。僕が運転をする」
「ど、どういうことっすか。」
蓮が目を丸くして、驚き問う。
「すでに他の組から監視をつけられている。戦争が始まれば、更に強まるだろう。君たちのような実力者が動けば、すぐに察知される。動くなら今だ。先に僕の言うポイントに潜伏していてくれ」
「秘密基地っすか?! ウヒヒ」
新庄が楽しそうに笑うが、蓮は一切の笑みなく真剣な表情で平野を見る。
「組長、それはダメっす。今に襲われたらどうするんすか」
「この開戦直後の今、他の組が動く可能性は限りなく低い」
「けど0じゃない。組長を一人にはできません。せめて自分か、淳平だけでも」
突然のことに狼狽し懇願する蓮に対し、平野は極めて冷静な視線を返す。
「蓮……君は未来の組長だ。一つ分かっておけ、リスクを犯さずして上にはあがれない。襲撃される可能性は0ではないが果たして何%だ? 恐らく1か2程度。その程度のリスク、飲み込めないようなら組長の器でではない。今こそ勝負の時。早期に卯月組を討ち、この戦争、勝つぞ」
分断された。
木村は新庄を観察しながらそう思う。
集団の相手に対し効果的な攻撃方法として有名なのはゲリラ戦法。それ以外にも、分断と機動力の妨害がある。
今、戦力は完璧に分断され機動力である車も2台を破壊された。
敵の戦力は中途半端なものではなく、確実に卯月を打ち取れるように戦力の中核を当てに来ている。
どうしてその動きに気づけなかったのかは定かではないが、周到な用意をしていたのだろう。
時間はかけられない。
それを悟った木村はすぐさまサングラスをかけて能力『逆襲時間《なめてんじゃねーぞ》』発動する。
この間は全系統の力を100%の力で発揮ができる。
それだけ聞こえれば万能の能力に聞こえるだろうが、もちろん条件がある。
1日、36分の制限時間。
体調やその時のコンディションでこの数値は上下するが、大方その時間内でしかこの能力は発動できない。
命の取り合いとなると戦闘時間が長引くことは少なくない。
36分というのは心もとない時間であるが、それを工夫し、使いこなすことで木村は最強のレイパーと呼ばれるまでに至ったのである。
敵、新庄の目的は時間稼ぎ。
3分以内に倒し、すぐに卯月の元へーー
「待ちなさい、木村さん」
隣に並び立つ優香がそういった。「その力、使うのはここじゃないわ」
「それはどういうことだ」
木村は横目でヘラヘラしている新庄の様子を見ながら問う。
「あなたの能力は聞いている。二人で向かえば、この男を殺せるかもしれない。でもそれは最優先じゃない。優先すべきは卯月の命よ。そして、あなたのその能力を使えば、私より早く彼女のもとに迎える」
ほんの一拍の間を置いて、木村は答える。
「その通りだが……君はーー」
「あなたの雇い主は私達よ」
有無を言わさず優香が答えた。「私の心配は無用。早く行って」
「……分かった。ただ一つ伝えておく。あいつは新庄。特A級の指名手配犯だ。決してぬるい敵ではない。頼んだ」
そう行って木村は新庄とは反対の方向へ全力で駆け出した。
1秒でも早く卯月の元へ向かうため。
逃げ去る木村の背中を新庄は特に追わず、薄ら笑いをしながら眺めていた。
任せられているミッションは分断した戦力の時間稼ぎだったが、そういうお遊びは好きじゃない。
こちらとしてはタイマンで戦ってくれる方が楽しい。
どちらかといえば木村と戦いたかったが、先に
「ずいぶんあっさりと逃してくれるのね」
木村が消えたあと、優香がそう聞いてきた。「あなたのお仕事は時間稼ぎじゃないの」
「ん? ああ、そうだけど。けどさ俺、
新庄は悪魔のように口角を吊り上げて見せた。「お前殺してから、さっさと追えばいいだけだし」
「良かったわ、あなたがジェントルマンじゃなくて。この地球からいい男を減らしたくないもの」
呆れたような表情を作る優香に「あっそう」と新庄は上に振りかぶった手を降ろすと、念のチェーンが向かった。
刹那、消える優香に砕けた床のコンクリート。
消えた? 一体どこーー
「あら、ハズレよ」
不意に視界の右端に見えた優香らしき影と、頬を撃つ衝撃。
体勢を崩しながらも再度チェーンで攻撃したが、優香は余裕をもって後退してそれを躱した。
「……効くねぇ」
新庄は唇の脇から伝う血を親指で拭う。「なんか消えたように見えたけど、マジックかなにか?」
「あなたがあまりにもとろいから、瞬きの間に叩かせてもらっただけよ」
嘘こけ。
両手を振り、交差するようにチェーンを飛ばすが、また消えたかと思うと今度は顎をかちあげるように衝撃がきた。
またそばに現れた優香の影にとっさに攻撃をするも避けられる。
攻撃し、また消失。再度撃たれ、反撃を躱される。
何度かそれを繰り返すが捉えられない。まるで煙と戦っているようだ。
「遅いわねぇ。ちゃんと見なさいよ」
などと挑発めいたことを言っているが、この攻撃は速さからくるものではないということは、新庄は理解していた。
本当に目にも留まらぬ速さで攻撃をしているなら、そのスピードから発生する推進力で相当のダメージがあるはず。
新庄にも、反動を受けているはずの優香にもその形跡はない。
念能力によるトリック。
戦闘経験値の高い新庄がその結論に至るのはすぐだった。
しかし、奇術と分かっていてもその種がわからなければ勝ちようがない。
結構強い、こりゃやばい。
そう思うと笑いがこみ上げてくる。
「フフ、フッフッフッフ!」
やっぱりたまらない。殺し合いは。
ヤクも、セックスも、うまい飯も、一通りやったがやっぱりこれにはなわない。
命の取り合い。
殺し、殺されの時に出る脳内麻薬。
これを超える快楽はない。
「何笑ってるのよ。頭叩かれ過ぎておかしくなった? まあなんでもいいけど、とりあえずあなた達の目的と、数と、分かる限りの能力を説明してくれない?」
教えるわけないだろ。
そう思いながらダメージが効いて、少しクラ付きながらも優香の能力を探るため頭を回す。
「どうしたの、答えられないの? ならーー」
視界から消える。
見回すが姿も影もない。
どこにーー。
瞬間、頭頂部から衝撃が来るとそのまま頭が床に落ちた。
「ーー答えられるようにしてあげるわ!」
靴の裏で踏まれ、床に落ちた頭を3度、更に踏みつけられる。
優香は恐らく強化系ではない。もしそうならとうに死んでいる。
おそらくは具現化操作の部類。強化系は得意ではないだろう。
それでも、これは効く。
とっさに4打目を横に避け、反撃しようとするもまた避けられる。
避けざまも優雅だった。後ろに跳躍したと言うのに、着地しても足音がない。
それを見ていると突然、ピンとくる。
思わずニヤけるが悟られないようとっさに口を手で塞ぐ。
やはり……俺って天才かも。
「どうしたの? 吐くならゲロじゃなくて秘密を吐いてほしんだけど」
優香はこちらが吐瀉物が出かかっているものと思っているようだ。
「大丈夫だって……ちょっといいこと思いついちゃっただけだから」
「いいこと? 何かしら」
「君の能力」
ニヤリとそう返す新庄に対し、優香の表情は一切動かない。
新庄は鎖を腕に巻き、説明を始める。
「お前の能力はズバリ、幻覚だ。変化か具現化の能力だろ。毒を空気中に漂わせることで相手に幻覚を見せる……違うかぁ?」
「さあ、どうかしら」
「まあ図星でもそう言うよなぁ。俺はその能力を無効化する手段を思いついた。説明がまだだったな、俺の能力『ギザギザ
両腕に巻いた鎖の刃を回転させると、そこから血液が四散した。「ヒャアーーハッハッハ!」
血しぶきを上げて笑う新庄に、優香の硬い仮面が揺れ、戸惑いが見て取れる。
「あなた……何してるの」
「決まってんだろ! 幻覚を痛みで消してんだよ! イッテェエエっでもよぉ、これで能力は通じねぇなぁ!!」
「ええほんと、キマってるわよ、あなた」
優香は困惑しているのか、呆れているのか、もはや感情を隠そうとしていなかった。「もう黙っていて。すぐに殺してあげる」
「なぁに言ってんだよ! もう能力は効かねぇからよぉ! 死ぬのはなぁ!」
舞う血の向こうに静かに佇む優香。
しかし、新庄は彼女を見ていなかった。
意識を凝らしているのは周囲。その床に散らばった自らの血。
右後ろの当たりで、まるで踏まれたかたのように血が広がるその時ーー
「……お前だよ」
すぐさま振り向き、不可解な血の動きをした場所へ鎖を飛ばす。
蛇のようにうねった鎖が巻き付き、透明な人形の何かを捉えた。
透明な物体にゆっくりと色が付いていき、身動きが取れなくなった優香が現れた。
「なんで……私の……能力がっ」
「透明化なんてなぁ、念能力じゃ結構メジャーなんだよ。前に
優香の目がカッと見開く。
彼女の能力は透明化。
しかもそれだけではなく自分のいた場所に幻影を出すおまけ付き。
知恵のないものならば高速移動か、瞬間移動と勘違いするだろうが、新庄は違った。
数多の殺しで培ってきた経験が、その音のない身のこなしから透明化であると看破した。
「おめぇは強ぇよ。パンチは重ぇし、絶も完璧だ。ただよぉ、焦っちゃいけねぇよなぁ。クックック」
新庄が鎖を持つ右手をひねると、巻き付いた鎖がさらに体に食い込む。
「ウガッ……あれは、演技か!」
痛みで顔を歪める優香を、口が避けたかのように口角を上げて新庄は笑った。
「そうそうそう! 名演技だったろ。聞いたことないか? ヤクザと役者は一文字違いってな,
ヘッヘッヘ」
新庄はゆっくりと右腕を上にあげる。「楽しかったぜ。お仲間もあとから送ってやるからよ。茶でも飲んでまってな」
「クッッソォオオオオ!! 卯月ィイ!」
新庄が腕を降ろすと、巻き付いていた体はいくつかの塊に分断された。
水風船が割れたかのように血が弾け飛ぶ。
目を閉じ、まるでシャワーを浴びるかのように全身にそれを受けた新庄は、それを整髪剤かわりに乱れた髪の毛を整える。
「いい
舌を出して、口に付いた血をなめた。
「フルコースは始まったばっかだ」