日生。
特質系念能力『
念の発動を限定可させる事により、強大な念と人形操作を可能にする能力。
使用条件は卯月の半径3.6m以内と、卯月、もしくは卯月を防衛している日生に対して攻撃を行った者。
後者の場合、攻撃が確認されてから19分間まで対象に念能力の使用ができる。
この念能力のために日生の心臓は常に念で作った糸、
念糸は体外まで伸びており、人形に結びつくことで操作ができ、戦闘に使用することができる。
人形は本体と全く同じ能力を持ち、具現化能力で同じ外見になっている。
念糸は凝によって目を凝らせば確認ができるが、糸の細さは波多野の陰茎に残された大坊の大便レベルであり(要は微粒子レベル)、発見は難しく切ってもすぐに繋がるため、これを切断しきることはかなり難しい。
「セイセイッセイ!」
特徴的な掛け声とともに、神奈は日生の分身にマウントポジションを取って拳を何度も振り下ろしていた。「あらあら動かなくなっちゃってどうしたのかしらぁ? 日生さん息、してるw?」
「ストップ神奈」
そう制したのは梓。「それもう能力解けてるよ」
「あら?」
手を止めた神奈は、日生の姿であったはずの木偶人形を持ち上げた。「人形になってるじゃない! 弱いと思ったわぁ~」
「ちゃんと相手見なよ。どうも人形を念の具現化で本人と同じに見せてたみたいね。ありえないパワーしてたけど」
梓が周りを見渡すと、平野組の二人。蓮は怒りに任せ人形を掴み投げ回し、拓哉はこちらと同様に手を止めて日生だった物を眺めていた。
新庄はいつの間にか消えている。
「あいつらがやった、ってわけじゃなさそう」
そう呟いて梓は前に向き直ると、50メートルほど先、力なく倒れている日生、おそらく本体とそこにへたり込んだ柚子湯。
どんな能力か定かではないが、日生は死んだ。そして柚子湯の力で自分たちが謀られたと考えるのが妥当。
逃げる様子はない。日生が死んで放心しているようだ。
「さーて、どう落とし前つけさせようかな」
「ちょっと待てよ」
柚子湯に詰め寄ろうとした梓の肩を、拓哉は掴んで止めた。「あの女の
「なーに言ってんのよ! 早いもの勝ちでしょ」
神奈が甲高い声でそう言うと、拓哉は鼻で笑って返した。
「ふざけんじゃねぇぞお前ら。ちょろっとだけ出てきて、美味しいところだけいただこうなんて調子が良すぎないか? 冗談じゃ済まされねぇぞ」
「それはこっちのセリフよ。それとも何? 同盟違反してでもウチらとやり合うつもり?」
「こうなったら同盟も童貞もない。これ以上邪魔すってならやってやるよ」
拓哉、梓、神奈、蓮。
瞬間、4名が戦闘態勢に入ったとき、
「悪いが……彼女は渡さない」
不意に会話に入ってきたのは木村。
いつの間にか柚子湯の傍らに立っていた。
全員の視線が木村に集まる。
「今更助けに来たってわけ? ちょっと遅かったんじゃない?」
神奈が問いかけたが「君たちと話をする気はない」と木村は一蹴する。
「柚子湯と日生の亡骸を回収する。もう争いは終わりだ、僕らも君たちを追撃することはない、消えてくれ」
「状況わかっていってんのかい」
そう返すのは目を血走らせた蓮。「こっちは複数、そっちは単騎。そっちが指示する立場じゃねえんだよ。それになぁ、こっちは何人かやられてる。こんなんで止める訳ねぇだろおいオラ」
「もうすぐ
語気を荒げ、木村は返した。「市街地は目と鼻の先。すでにチラチラ人影も見える。僕の能力なら逃げるのは安易だ……僕らも二人を失ってる……もういいだろう」
木村の言葉に4人は見合う。
「1抜けた」
手を上げたのは梓。「正直もうしんどい。帰ってお風呂入りたい」
「あら、じゃあワタシも帰ろーかしら」
同調する神奈。
こうなっては自分と蓮だけではどうすることもできないと、拓哉は悔しそうに視線をそらす。
「蓮さん……行きましょう」
「拓哉さん! これじゃあ俺たち無駄骨だ」
唾を吐いて叫ぶ蓮。
それを聞いて、拓哉はぐっと奥歯を噛みしめる。
「俺ら二人じゃどうしようもないっす。行きましょう」
グウっと唸り声をあげる蓮は、ぐっと拳を握り「はい」と爆発しそうな怒りを抑えて答えた。
「ーーっていうわけ」
大佐組、薄暗い組長室では腕に包帯を巻いた梓が、事の顛末を大佐組長に話していた。
部屋には大佐と梓、二人だけだ。
「ぶっちゃけ、卯月が能力を発動した時点で無理って感じ。正直想定外。なんか時間制限あるみたいだけど、あの状態のあいつに勝てるやつなんて地球にいないんじゃない?」
「あーん、そっか」
責めるでもなく、残念そうでもなさそうな表情の大佐は、そう言って葉巻を吹いた。「そら災難やったなぁ」
「ウチも神奈も判断は間違ってなかったと思う。実際、あと一歩でやれるとこだったし」
「せやなぁ。まあウチも当たったらラッキーぐらいの気持ちであんたら送ったから、まあしゃーない。ただ、契約通り報酬は
大佐組の傭兵たちは、基本的には報酬は5分の1を先払いして、残りを依頼達成後に支払われる。
この先払いの報酬を大佐は
「まあいいよ。失敗したのはこっちだし。今まで散々稼がせてもらったしね」
梓の言葉に、大佐は眉を寄せた。
「今まで? 何やあんた、
「
「んー、そっか。まあゆっくり休みや。今までありがとうなぁ」
大佐のらしくない言葉に、梓はふっと鼻を鳴らした。
「何だそれ。あんたのことだから、なんか小難しいこと並べたくった契約書でもーー」
瞬間、背中の真ん中に衝撃がきたかと思うと、視界下部から水風船が破裂したかのように、血しぶきが舞った。
体の内部に感じる異物感。
恐る恐る梓は下を向くと、自分の胸を貫く血に染まった手刀が見えた。
喉を逆流する血液を口の脇から流しながら後ろを向くと、いつものはにかんだ顔をした神奈が見えた。
「あんた……こんな、
「あら、脳ある鷹は鷹の爪って言葉知らない?」
「うるせぇ……死ね」
手刀が抜かれると全開にした蛇口のように、大量の血を流しその場にあおむけて倒れる。
「随分甘いなぁ、考えが」
梓の顔の横に、大佐はしゃがみこんだ。「ウチらの能力知ってるあんたを、そのままバイバイするわけないやん。消すのが一番手っ取早いやろ。ところであんたさぁ、金はどこに隠してるん? まともな金やないから銀行には預けてへんやろ。半分は一緒に燃やしてあの世に持って行かせたるからさ、教えてや」
「黙れ……臭マン」
梓のセリフに大佐はピキッと青筋を立てる。
「うちのマンコはフレグランスの香りじゃ」
梓が金の場所を吐かなくても問題はなかった。
大佐は梓の頭を掴んだ。
大佐の能力『
今の能力は『
対象の頭部に手を添えると、現在考えている内容を知ることができる。
梓は金の隠し場所を問われたことで、一度隠し場所を思い出した。その映像がそのまま大佐に流れていく。
「ふーん、トイレの裏ね」
それを聞いた梓は、血を失い弱々しくはあるものの、怒りの表情を見せた。
「地獄に……堕ちろ」
「地獄があるんならなぁ。まあ先に待っといてや。あの世で金、使えたらええな」
ニンマリと笑う大佐。
苦悶の表情の梓は何かを言おうとしたが、その前に事切れた。
それを見届けた大佐はよっこいしょ、といって立ち上がる。
「なあ、これの処理たのむわ。あと戦争が終わったら梓の家から金取ってきて」
「誰に言ってるの?」
そう言って、神奈は周りを見渡すが誰もいない。
私じゃない!?
そう思うと「あんた以外おらんやろ」と大佐はめんどくさそうにいった。
「えー、嫌よ。面倒くさい」
「梓の蓄えの半分をあんたにやるから、ちゃっちゃとやっといて」
そのセリフに一気に神奈は目の色を変えた。
「えー! やるやる! そーなら先にゆってやー……ってあなた、金は半分一緒に燃やしてあげるって話じゃなかったっけ? そっちの取り分なし?」
大佐は眉をポリポリと描いて、わざとらしく首をかしげてみせた。
「んー? そんなこといったっけ。たしか最後のセリフも、窓際いって……堕ちろ! やったっけ?」
ンッヒーと神奈は特徴的な引き笑いを見せる。
「あんたの前で死ぬのはごめんね」
「あんたは死なんやん」
平野組組長室は重苦しい静寂に包まれていた。
目を閉じ、思案を続ける平野の顔はいつになく険しい。
その前では連は叱られた子犬のように下を向き、うなだれる連と、直立不動の拓哉。
「スイヤセェン!」
何度目の謝罪だろうか。絞り出すかのような謝罪を、連はまた繰り返した。「自分が……自分が不甲斐ないばかりに……ほんとにスイヤセェン! 自分……自分! 腹切って侘びます!」
「死ぬことが詫びることと思うな」
平野の言葉は冷たい冬のナイフのようだった。「ましてや若頭であるキミが、簡単に自らの死を引き合いに出すものじゃない。恥を知れ」
「ス……スイヤセェン」
「平野組長、ここからどう動きましょうか」
拓哉が伺うと、平野はまた目を閉じて考え込んだ。すると、
「
ドアを蹴破り、怒号とともに飛び込んできたのは顔半分が包帯に巻かれた新庄。
足元はおぼつき、片目のため遠近感を掴めていない様子だ。
平野組には優秀な念能力の回復版がいる。
十分に療養して回復するよう平野は伝えていたが、どうも待てないらしい。
「それはお前が決めることじゃないだろ」
それを制するように拓哉がいった。
「うるせぇよ。お前が決めることでもないだろ」
新庄は普段、拓哉に生意気な口をきくことはない。
実力を認めているということだろうが、いまの新庄にそんな配慮を考える余裕はないう。
二人の鋭い視線が交錯する。
「新庄、オメェよう。カチコミとか言ってっけど、その体でどうするってんだよ。そのへんのやつにボコされて終わりだろ」
「俺は
「ならやってみるか」
戦闘態勢に入る拓哉。「ちょっと眠ってろお前オォン!?」
「冗談はその乳首だけにしてくれよ」
新庄の左手に念の鎖が現れる。瞬間ーー
「動くな」
心臓にナイフが突き立てられたような恐怖感が、三人の頭を撫でた。
「動いたものから、僕が相手をしよう」
平野は普段温厚で感情を表出すことはない。
だが、今は平時ではない。
言葉は努めてゆったりとしていた。
それでも、その奥に隠されている怒りは、部屋の空気を凍りつかせた。
「じょ……冗談スよ」
いつもの口調で新庄が言った。
その唇は震えている。
「冗談……そうか、それならいい」
平野はそう言って立ち上がる。「急ごうか」
「急ぐってどちらに」
拓哉の問いに平野は答えた。
「卯月組だ」
その一言に全員が目を見開く。「窮地なのは日生を失った向こうも同じ。態勢が整っていない今が絶好のチャンスだ。ここで叩く。それ以外ない。今回は僕も出よう……もう、失敗は許されない」
蓮は平野の顔を目を丸くして見ていた。
長年そばにいる彼でも、平野の額にシワが刻まれるのを見るのはいつぶりか。
ここで平野組の未来が決まる。
そんな気がした。
「あ痛!」
玲兎の『
「いてて……あれ、ココァ、私の部屋?」
「ええ、そうよ」
玲兎は目を伏せて答えた。
「よ、良かった。なんとか逃げられたんだ……えっと……それで、他の仲間は?」
卯月は最悪の状況を想定しているのか、恐る恐るといった様子で問う。
その瞳は揺れ、無事を願う切実な思いが玲兎に伝わってくる。
玲兎はグッと唇を噛んだ。
「優香から連絡が無い……それとさっき、木村から連絡があった。柚子湯は確保した、怪我もない。ただ、日生は死んだ」
卯月の目を見ることはできなかった。
壁を一点に見つめ、聞き返されることも、聞き間違えることもないように、はっきりといった。
この作戦は本当に最終手段だった。
柚子湯を卯月に変身させ、日生を騙す。
日生の能力は防衛に特化していても、逃走には向いていない。
卯月の命を確実に守るためには、この方法しかない。
無論、騙されていると日生に気づかれては行けないため、本人には伝えられない。
他にも情報を漏らさないため、玲兎と柚子湯しか知らない。ある種、味方への裏切りとも取れる行為。
そのため、使わないつもりでいた。そんな状況にならないよう、最大限の警戒もしていた。
ただ、起きてしまった。
間違ったことをしたとは思わない。
死んだ日生も、きっと同じことを思ったはず。
それでも後悔せずにはいられない。
組長室には卯月がそばを啜り泣く音が響いていた。
落ち込んでいる場合でも、泣いている場合でも無い。
日生を失ったというのは、すぐに他の事務所にも知れ渡るだろう。
卯月組は最大の防衛力を失った。
今まで卯月組が成り立ってきたのは、日生の力あってこそ。
現状の卯月組はハッテン場に放り込まれた、水泳選手に等しい。
時間を待てば食い尽くされる。
仲間を失ったからといって心傷に浸っている暇などなく、すぐに決断を強いられていた。
「木村ぁ……それは、どういうことだゾ」
卯月組の一室。傭兵用の二人部屋。
戻ってきた木村の言葉に、三浦は思わずそう聞き返していた。
「オラにあんまり難しいこと言わないでほしいゾ。そういうのは、木村に全部任せるゾ」
「分かってますよ。ただ、これは僕だけの判断はできないから、三浦さんに聞いています」
机を挟んで椅子に座る二人。
木村はぐっと体を前に出して前のめりになる。
「もう卯月組は終わりに近いです。解散命令が出てもおかしくないでしょう。一番潜入しやすそうだからここを選びましたが、潰れかけの船にいたら僕らの命も危うい。僕らは傭兵です、彼らに命を預ける義理はない。田所討伐のミッションも難しいなら、ここに残る
「木村ぁ」
木村は言葉を言い切る前に、三浦はそれを遮った。「木村は、どうしたいんだゾ」
「僕ですか? 僕は……」
そこまでで、木村は言い淀んだ。
そう、自分でもずるいと思う。
こんな時だけ三浦に意見を伺うのだから。
合理性だけを追求するなら、さっさと卯月組の傭兵などやめてしまえばいい。
最優先は秋吉師範の敵討ちーーそのはずだった。
しかし、そう思う度に卯月の顔が脳裏をよぎってしまう。
ここは『
同じ身の生まれとして、他人だからと簡単に切り捨てることができない。
それを必死で守る卯月。
心のどこかに尊敬の念と、その人間性から協力したいという気持ちがどうしても消えない。
「オ、オラは……」
思案の末か、ゆっくりと言葉を選ぶように三浦はいった。「卯月たちを見捨てたくないゾ。あいつは、秋吉師範のために、オラ達のために泣いてくれたゾ……見捨てたくないゾ」
木村は両手を組んで、強く額に当てる
「それで、後悔はないですね」
「それは、分からないゾ。ただ、アイツらを助けてやりたいゾ。それに、オラはレイパーだゾ。レイパーは受けたミッションを必ず遂行しろ。師範ならそういうゾ」
不意に、虚を突かれるような思いがした。
そうだ、僕は自分の事ばかり考えていた。
秋吉師範がどう答えるか。
そんな簡単なこと、一度も頭に浮かばなかったなんて。
「そう、ですね」
木村はぐっと両手を握り、歯を食いしばる。
三浦の気持ちはわかる。木村もかねがね同じ気持ちだ。
でも、それでも……僕はーー
バァン、と乱暴にドアが開かれた。
二人が聞く間も無いままに、そこにいた玲兎がいった。
「おい、あんたら行くよ。ここはもう捨てるから」
しんと静まり返った組長室。
大佐が口から吐いた葉巻の煙は、卓上の小さなランプの光に少しだけ照らされると、ふっくりと闇の中に消えていった。
絨毯には梓の血が残っていた。
どうもこれは消えそうになかったようで、ここでやるべきじゃなかったなと後悔していた。
この葉巻で三本目。
別に一人になりたいわけじゃなかった。
待っていた。向こうから来るのを。
「護衛を全員帰らせて、どういうつもりだろう?」
後ろから声がした。
どこかにいるのは分かっていた。
ただ、ここまで完全に後ろを取られるとは思わず、うなじに粘りつくような汗をかく。
「他の奴らがおると、あんたも出にくいやろ」
大佐は椅子を180度回転させて、そいつと目を合わせた。「特A級指名手配犯、田所。ちょっとお話しようや」