R×R ーレイパー×レイパーー   作:ケツマン=コレット

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念能力者図鑑

純平

強化系念能力『廻便(リッパーウンコロトロン)

ケツを回すほどに凄まじい勢いで排便できる能力。


18

「これを1日1万回。そしたら誰でも最強の空手家だ」

 別に父は強い武道家ではなかった。

 趣味として空手をしている。その中でそこそこ強い方といったところか。

 才能は無いと言っていい。

 そのDNAを色濃く受け継いだ、僕も同じだった。

 別に強くしようと思ったのでは無いだろう。

 子供の教育上、良いということで自分も空手を教わり、たまに家で一緒に練習もしたりした。

 性格は実直だったから、練習は欠かさずした。

 それでも実力は中の上。

 才能のある同年代には手も足も出なかった。

 基本は誰よりもした。

 だから大人たちからはよく褒められた。

 ただ応用。これが難しかった。

 1+1は2。2×2は4。

 これらはすぐに分かる。誰だって暗記している。

 ただこれらを混ぜ合わせると、一気に難解になる。

 定期的にフェイントをかける、とか。こういう相手にはこういうふうに動く、とか。これが警戒されたらこれをする、とか。

 この手の戦術にはとにかく疎い。

 真面目だけど弱いやつ。

 世間からの評価でいうと、そんな感じだった。

 しかしながら、人生の中で体力を求められることは多くあっても、戦闘力を求められる場面は限られている。

 空手もそこそこでやめて、一般的な人間と同じように勉強に打ち込み、勤勉に努めた。

 いざと言うときの護身には役立つだろう。

 ただ、今後の人生の中で空手と向き合うことは、まあないのだろうーーそう思っていた。

 豪と出会ったのは5年前。

 まだ大学生の頃。

 その輝かしい人間性と求心力に心を奪われてしまった。

「真締さ。俺と一緒にさ、ヤクザやんない?」

 彼はいつだって人が何日もかけて思い悩むような提案を、するっとしてくる。

 断る気も不安もなかった。

 彼と一緒なら何だってできる気がした。

 しかし、その提案を飲むということは暴力の世界。そして念能力の世界に足を踏み入れるということだった。

 念能力による戦いは、さらなる応用力を求められた。

「僕、才能無いんじゃないでしょうか」

 それはある日、多田野会の念能力指南役、谷岡にそのことを相談したときのこと。

 誰にも見られないよう、静かな森の中で訓練は行われる。

 ほぼ同じ日から始めた聖也は、少し向こうの方で滝に向かって念弾を飛ばす練習をしているが、その成長は目まぐるしく、あっという間に岩を砕くほどの威力を放てていた。

 対して自分は木を強く揺らせる程度のパワーしか出せていない。

 当然、模擬戦でも一度も勝てていない。

 その成長速度の差にやきもきしていた。

 念能力の戦いは、化かしあいの側面がある。

 愚直にまっすぐ行くしか脳のない、強化系の自分ではすぐに死んでしまうのがオチが目に見えていた。しかしーー

「バカじゃねぇの」

 切り株に腰を落とす谷岡は、ほくそ笑みながらそう返した。「俺はお前に才能がねぇとは思わない」

「え?」

 一瞬、希望をを見た気がしたが、その表情はすぐに色を落とす。「嫌でも、なんというか、僕はあんまり裏とかかけないし。うまい能力も考えつかないんですよ。せめて何か必殺技みたいなのがないと」

「強化系に必殺技なんていらねぇよ。下手な能力を取得すると、逆に強化の質が下がる。なんでもかんでも使えりゃいいてもんじゃねぇ。強化系なんだから、ひたすら鍛えるのが一番つえーんだよ。オラ、分かったら錬だ錬。()くしろよ」

「は、はい!」

 せっつかれるように錬を始めた。

 谷岡はタバコを吸いながら、それをぼーっと見つめる。

「お前毎日、(テン)と錬かかさずやってるみてぇだな」

 谷岡はオーラを見ただけで、日々の鍛錬が分かるようだった。

「え? いやだって、毎日19時間はしろって。流石に僕にはまだそれは厳しいんで、まあ起きてる間はやるようにしています」

「……ばかじゃねぇの」

 さっきと同じセリフ。

 ただ、表情は少し呆れているような。それでいて褒めているようなニュアンスを感じた。

「あれ、だめでしたか」

「比喩ってやつだよ。本当に19時間もできるわけないだろ」

「えぇ、そんなぁ」

 思わずオーラが萎えると、パンパン、と谷岡は2回手を叩いた。

「オラ! オーラしぼんでんぞ! 気合い入れろ!」

 はっとして背筋を伸ばし、オーラを練り直す。

「真締よ。毎日錬しろっていって、ほんとに毎日やるやつってのはなかなかいねぇ。19時間って言われて、ほんとにそれをしようとするやつはなおさらいねぇ。それはある意味で、お前の才能だ」

 谷岡はそういってくれているが、基礎がいくらできても応用が聞かないのなら意味が何じゃないか、と心の中で反論してしまう。

「強い念使いっていやぁ、代表的に2つの傾向がある」

 谷岡は2本指を立てた。「一つは動物的本能を持ち合わせたやつ。一概には言えないが、こういうやつはオーラの扱いが上手くて、あっというまに強くなる。自頭がいいやつも多い。まあ聖也みたいなやつだな……そしてもう一つは、圧倒的、狂い」

「狂い?」

「そう、狂ってる奴。他人の常識じゃ測れない、イカれた倫理観を持ってるやつ。そういうやつが、とんでもない能力に目覚めることがある。お前は、どっちだろうな」

 どっちだろう。

 そう言われても、双方とも自分に当てはまるとは思えない。

 動物性など皆無だし、狂うなど、そんなのは自分の代名詞である真面目の対義語だ。

 分かってはいたことだが、やはり本格的に才能がないらしい。

 それでも、足手まといは嫌だった。

 自分ができること。

 それはただ毎日、真面目に練習を続けること。

 纏と錬は欠かさず続けた。

 頑張ってみれば8.5時間ぐらいは継続できるようになった。

 それでも、まだ聖也には及ばなかった。

 もっと、地道に、ただひたすらに、鍛錬しなければ。

 そう思ったときに、父から昔いわれたことを思い出した。

 1日1万回。正拳突き。

 そうすれば誰だって強くなれる。

 正確に正拳突きをするのに、1回2秒と仮定したとき、大体5時間程がかかる。

 無理な話じゃないが、そもそも何秒かかるとか、何時間かかるとか、そんなことは脳になかった。

 やるしかなない。

 やれることを、やれるだけ。

 

 

 パァン!

「ウォア!」

 ソファーでうたた寝をしていた聖也は、強烈な破裂音で目を覚ました。

 銃声?

 とっさに戦闘態勢に入る聖也だったが、再度、破裂音がしたときに、その音が弾丸を発射する音とは少し違って、若干胸を落とす。

 パァン! パァン! パァン!

 1秒感覚程だろうか。

 筋肉質のホモケツを叩いているような快音が、隣の信者を集めるためのホールから響いていた。

 携帯を取ると、時刻は深夜3時6分。

 まさか……侵入してホモセックスでもしているのか?

 疑問に思いながらホームに入ると、そこにいたのはホールの真ん中に一人佇む真締だった。

 パァン!

 また快音が響く。瞬間に音の正体がわかった。

 真締の正拳突き。

 それは凄まじい速さで空を突き。音速を超え、空気の壁を叩いていた音だった。

 最近、ヤクザの仕事が忙しくて、なかなか一緒に訓練も模擬戦もできていなかった。

 ここまで成長していたとは。

「おい、真締」

 声をかけると、かなり集中をしていたのか、真締はビクッと震えた。

「せ、聖也か。ビックリした」

「ビックリはこっちだっての、こんな時間にケツ筋ビートみたいな音ならしやがって」

「ご、ごめん。この時間なら大丈夫かなって」

 それもそうだと思い「まあそっか」と聖也は頭をかいた。

「ところで真締。お前、いつからそんな強くなったんだよ」

「強い? いやぁ、どうだろう。僕、才能ないし」

 その言葉から嘘を感じない。

 実際に自分を弱いと思っている様子だった。

「才能ないやつがパンチであんな音出せるかよ」

 真締は首をかしげる。

「えっと、どんな音だろう。服の擦れる音かな。でもだめなんだ。3回目がいつもきれいに出せない。もっと練習しないと。1万回じゃたりないのかな」

 噛み合わない。それよりーー

「1万!? おま、毎日そんだけやってんのかよ」

 驚いて問いかける聖也に、困ったような笑顔を真締は見せた。

「僕さ、才能ないから、これぐらいしかできなくて。だから毎日こうやって」

 ピッピッピ、と服が擦れる音とともに、上段、中段、下段の3発の正拳付きを見せた。「三連正拳突き。ほら、谷岡さんいってたじゃん。相手を確実に倒すなら、3発は本気で打ち込めって」

 毎晩、3連正拳突きを1万発。

 それを毎日行っている。

 話はわかった。ただ、まだいまいち話に食い違いがある。

 あの空を突いて破裂していた音は、一体なんだったんだ。

 先程やった三連突きとは、また別のものにしか見えない。

「3連突きはいいけどさ。俺を起こしたあの、パンってやつ、アレは何だよ」

 また真締は困ったように頬をかいた。

「いや、それはちょっとわからないよ。外で鳴ってたんじゃないかな」

「いや違う。音はこのホールから。お前が腕を振ったときに鳴ったのを、俺はたしかに見てた。何隠してるんだよ」

「うーん」

 真締はただ唸るだけだった。

 真締は嘘をついたり、隠しごとができるタイプの人間ではない。

 それは重々、聖也は承知していた。

 だとすれば、アレは何だったんだ。

 幻聴じゃない。確かに聞いた。真締から響く音を。

 ここまで問いただしても何も分からないとなると、本人は自覚していない可能性がある。

「じゃあ、そうだな。俺がいないと思って、いつも通り正拳突きをしてみてくれよ」

「ああ、うん」

 刹那。

 気を抜いていたわけじゃない。

 瞬きだってしていない。

 まるで最初からそうしていたかのように、いつの間にか真締は目を閉じて、手を合わせていた。

「お前……それ、祈り?」

「うん」

 真締は目閉じながら答える。精神を集中させている様子だ。「いつもやる前に祈るんだ」

「何に? 豪にか」

「うん、そうだね。豪もだし、聖也にも」

「俺ぇ?」

「そう。みんなに。仲間に。両親に。空に、太陽に、地球に……自分自身に」

 荒唐無稽に聞こえる、でも、適当を言ってる訳ではない。

 ゆっくりと開いた目は、悟りの境地を見ているかのように澄んでいた。

「そしたら、空気が澄んで、力が……流れて……」

 良薬といえど、量を過ぎれば毒と化すように。

 死への香りが、他にない快楽と転ずるように。

 イキすぎた愛が、人を昏睡レイプへと誘うように。

 混じり気ない、純粋な、研ぎ澄まされた真面目は、人を狂いと導く。

 聖也はその日、狂いの極地を見た。

 

 

 大佐組事務所より少しだけ離れた雑居ビル。

 ここは大佐組が購入し、中にいざという時にすぐに戦闘に参加できるよう数名が準備をしている、いわば監視塔のようなものだ。

 そこに瑠璃魔がいる。

 監視カメラがいくつも取り付けられたビルに近づき、ドア横にあるインターフォンを押す。

 返事はない。ただ、カメラとマイクでこちらを見ている様子があった。

「僕は豪組の真締だ。こちらに大佐組の瑠璃魔さんがいると聞いている。話がしたい。合わせてくれ」

 数秒の間の後、ドアが開かれる音がした。

 中に入ると、いかにも、といった感じのヤクザたちが数名。

 スキンヘッドの者。顔に墨を入れている者。指が欠損している者。

 もちろん、敵意むき出しだ

「お邪魔します。僕はあなた方の邪魔をするつもりは全くない。ただ瑠璃魔さんと合わせてほしい。少しだけ話しがしたいだけだ」

 はっきりと、部屋全体に響く用に真締は語った。

 戦争中の、ましてや敵地。

 素直に頷く者はない。

 ただ反論するものもいなかった。

 それは暴力の世界に生きる生物の本能。

 敵わない。

 彼ら一般のヤクザたちに、オーラを知覚することは難しい。

 念能力者であるかどうかも分からず、何も感じない。

 それでも、本能として圧倒的な生物としての差を感じ取らずにはいられなかった。

「上かな?」

 右の方にいるヤクザに視線を合わせたが、視線をそらして何も答えない。

 分かってはいたが、歓迎されていない。

「話をしたらすぐに帰る。失礼するよ」

 そういって1階のど真ん中を突っ切り、奥の階段を上っていった。

 二階は彼らの休憩所なのか、様々なものが散乱していた。

 思わず足を止めたのは3階。

 暗い部屋の真ん中に西洋風丸テーブルに椅子が3つ。

 ワンボトルとグラスが2つ置かれてあり、そこに二人の影が見えた。

「ようこそ。ちょうどいいところに来たわね」

「お姉様。アレはカチコミよ。歓迎してもいいのかしら」

「あなたと二人で王様ゲームも飽きたところ。ちょうどいいわ」

 見慣れない女二人。

 大佐組は傭兵が多く、入れ替わりが激しい。

 構成員か傭兵なのかもわからない。

「私は桜。こっちは優乃っていうの。どうぞ、おすわりになって、紳士さん」

 お姉様と呼ばれている方が桜。その妹が優乃。

 双方ともまるでドールに着せるようなドレス姿で、桜がピンク色、優乃が赤色だ。

「僕は真締といいます。悪いが時間がないんだ。遠慮させてもらう」

「あら、人の事務所にズケズケ上がり込んで、遠慮もするつもり? ちょっとお行儀がなってないんじゃないかしら」

 桜にそう諭されると、確かに一理あると思い、椅子まで向かうと「失礼」といって真締は座った。

「連絡もなく押しかけて申し訳ない。ただ、僕は瑠璃魔さんと話がしたい」

「そう」

 桜はあまり興味のなさそうにワンボトルを取ると、目の前のグラスに注ぎ、一口だけ口に含んだ。

「あなた紳士だし、教えてあげてもいいけど」

 そう言って、桜はグラスについた自分の口紅を親指で拭き取り、真締の前にグラスを滑らせた。「仲間の場所を知らない人間に話すのもね。もう少しお話いただけないかしら」

 一度口をつけたのは毒味か。

 そこまでして出された物を、断る訳にはいかない。

 素直に真締はグラスを手にとって、一口飲む。

 酒はあまり強くないので、少しだけ。

「美味しいです」

 普通のワインだったが、一応そういった。

「そう、気に入ってもらえて良かった」

 桜はニッコリと笑ってみせた。「で、あなたは何の件で瑠璃魔と話したいのかしら」 

「君たちがどういう立場かはしらないが、少なくとも大佐組の人間でしょう。だったら、わからないことはないんじゃないかな」

「ちょっと前のいざこざの話?」

 そう言ったのは優乃。声が甲高い。「アレはそっちから仕掛けたんでしょ。殺されて当然じゃない!」

「優乃。あなたのそうやって、すぐに思ったことを口にするところは、良いところでもあり、悪いところでもあるわ。お客様の前よ」

 桜に諭されると、優乃は手を口に当てて慌てた表情を見せる。

「あら、ごめんなさい」

「こちらからも、ごめんなさいね」

 桜は改めて、真締の顔を見て謝罪した。「ただ、私も優乃と意見はそこまで変わらないわ。シマに入ってきたのはそちらですもの」

「れもろれは」

 言葉を発そうとしたとき、それに気がついた。

 舌の奥がピリついてうまく動かない。

 それは舌だけではない。

 全身の関節の動きが鈍く、息もしずらい。

 しまった。これはーー

 額からじっとりとした汗をかき、椅子から床に落ちると、こちらを見下ろす2人の悪魔じみた笑顔が見えた。

「バカよねぇ、お姉様。敵地で出された飲み物を飲むなんて」

「私が毒味したしね。まあ、毎日飲んでるから効かないけど。もうちょっと遠慮なく飲んどけば、苦しまずに死ねたのに」

 真締はテーブルを蹴り上げ、ぎこちない動きで距離を取る。

 2人はするりとそれを避けた。

「ここからは小細工は一切なしだから」

 桜がそういって構えると、優乃も笑って続いた。

「さあ、始めましょう」

 2人からオーラがほとばしる。

 と、同時に確信する。

 大丈夫だ。自分のほうが間違いなく強ーー

「っヌグ!」

 突然、息を吐くことも吸うこともできなくなった。

 相対する2人の赤くなった瞳。

 瞬間、これが能力であることを確信する。

 呼吸が完全に止まるとほぼ同時、背中にあった階段への道を優乃が飛び出して立ちふさがる。

 2人に挟まれ、呼吸はできず、毒も回っている。

 正しく絶体絶命の状況だった

 桜の能力 『香死期鼻(カグワシキハナ)

 優乃の能力 『刺激的な接吻(ディープキス)

 視界内の対象に、桜は鼻呼吸を、優乃は口呼吸を封じる。

 同時に能力を発動し、呼吸を封じて挟み撃ちにする。

 2人はこの戦術に高い信頼を持っていた。

 毒が回っていないとしても、呼吸ができなければいずれ死に至るのだから、攻撃する必要もない。

 呼吸を封じる能力というのは、強化系といった単純な能力に対して効力を発揮しにくいが、どの人間も焦りからオーラの流れが鈍くなり、動きの予測が安易になる。

 肉体で攻撃しなければならない者に対しては、圧倒的なアドバンテージになる。

 勝ちは揺るがない。

 そう思い、桜は自然と口角を上げたが、それはすぐに下り、口はまっすぐ結ばれた。

 通常、息ができなくなった人間は慌てふためく。

 毒が話待っているのならばなおさら。

 しかし、真締はその場にしゃがみ、目を閉じていた。

 精神統一。

 まるで流れる川のせせらぎを聞いているようだった。

 真締は高度な訓練を受けていた。

 才能ない自分を甘やかさぬよう、他よりもより厳しく。

 その脳裏によぎっていたのは、谷岡の特別訓練、水中(テン)

 睾丸に114Kgの重りをくくりつけ、水中に潜り込み、纏を行う。

 息ができず、なおかつ去勢されるのではないかという恐怖の中、纏を行う。

 たとえ死の縁にいても、冷静さを保つ訓練。

 それが活きていた。

 呼吸ができずとも、不安や恐怖はまったくなかった。

 人間はある程度なら無呼吸で動けるのは、訓練で学んでいる。

 ただ考えるのは体がどれだけ動くか。

 そして、どうすれば最短で倒せるのか。

 解がでた。

 瞬時に桜との距離を詰める。

 通常であれば焦ったオーラの流れを見れば、動きを予測できたが、真締にはそれがなかった。

 それでも、毒はまわっている。アドバンテージは自分にある。

 そう思った桜の目に入ったのは、

 ……祈り?

 真締は手を合わせ祈っていた。

 同時に体を包むオーラが水の用に澄み、高い密度を持った気がした。そしてーー

 

 

 パァン!

 優乃は体を硬直させ、目を見開く。

 正直、状況はよく分からなった。

 真締が跳躍し、桜の前へ行ったかと思うと、次の瞬間には破裂音とともに、桜は壁まで吹き飛び、叩きつけられ、気を失っているようだった。

「あなた……い、いったい何を」

 真締の背中にそう問いかけると、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 毒が聞いているのか、体が震えている。 

 それでも勝てる気がしなかった。

 気がつけば優乃は能力を解除していた。

「別に、殺してない」

 真締は怒りも、悲しみも何もない、極めて平坦な表情と声でそういう。「解毒剤、あるかな。戦う気は……もうないだろ」

 こんな舐めたことを言われたなら、いつもなら悔しがるところだが、その力の差を見せつけられて、そんな感情も全く出ることはない。

 懐から解毒剤の瓶を投げつけると、さっさと桜を担いで、窓から逃げた。

 これ以上ない、圧倒的な敗北だった。

 

 

 優乃が逃げたのを見て、足元の瓶を真締は拾い上げた。

 少しだけしか飲んでいないので死ぬことはないだろうが、動きがどんどんとぎこちなくなっていくのを感じる。

 蓋を開け、口をつけようとしたとき、

「お待ちになって」

 不意にした声の方を向くと、屋上へ続く階段から瑠璃魔が降りてくるのが見えた。

 屋上で警備でもしていたのだろうか、左手には日本刀が握られている。

 真締の空気がひりつく。

「その薬、経口ではなく静脈注射用ですわよ」

 へっと思い、すかさず瓶を見るも特に記載は見当たらない。

「市販の薬ではないですから、特に記載もありませんわ。注射器ならすみの棚の中に、新品のものが。彼女たち、お薬がお好きでしたから」

 敵組の、ましてや仲間の(かたき)の言葉だったので信用しようか迷ったが、敵意を感じない。

 今はすがる他ない。

 隅にあった西洋風タンスを開けると、たしかに使用した痕跡のない注射器があった。

 それに薬を入れて、肘の内側に刺そうとするも、目がかすみ、手も震えてなかなかできない。

「失礼」

 瑠璃魔が隣でかがみ、日本刀をそばに置くと、真締の腕を掴んだ。

 ぐっと腕を掴む手に力を入れると、左の指先で肘裏を触り、血管を探す。

「注射器を」

 瑠璃魔に言われるがまま、注射器を渡すとあっという間に薬は打たれた。

「即効性があります。5分ほどで全快しますわ」

 言われた通り、何度か呼吸をすると一気に楽になってきた。

「ありがとうございます。お上手ですね」

 思わずそう声かけていた。

「まあ、年を重ねると色々と経験もできています」

 そこまで言ったところで、ハッと瑠璃魔は口に手を当てる。「いえ、決して私は薬をしていたわけではありませんよ。刀に誓って、私は薬をしていません」

「ああ、そうですか」

 少し戸惑いながらも、真締はそう返す。

 なんとも言えない空気になると、瑠璃魔は喉を鳴らし、真剣な表情を作る。

「豪組、真締さんですね」

 当然、向こうもこちらのことを知っていた。

 開戦時に顔を合わせているし、両方とも組の中ではビッグネームだ。

「ええ、そうですよ」

「改めて挨拶させていただきますわ。私は大佐組と雇用関係にあります。瑠璃魔、と申します」

 雇用関係、という部分を強く主張して瑠璃魔はそういった。

 どことなく、大佐組として一括りにされるのを嫌がっている用に見える。

「ぼ、僕は豪組の真締といいます」

 知っているだろうが、向こうがやってきたのでとりあえず自己紹介をする。「……あなたと話があってきました」

「ええ、そうでしょうね。完結にお答えさせていただきます」

 瑠璃魔は感情なく、淡々と述べる。「私は立ち去るように警告しましたが、彼らは私のことを弱いと見て、殺しに来ました。なので、その罪を命で償っていただきました。ただそれだけの話ですわ」

「殺すことは、なかったのでは」

 真締はずっと疑念に思っていたことを問いかける。

「そうかも知れません。ただ、彼らは卑劣でした。私が殺さなければ、他の誰かが被害に合うかも知れません。邪悪は許せません」

 正直、疑っていた。

 仲間は突然、無惨に殺されたのではないかと。

 しかし、実際に瑠璃魔に合い、その言葉を聞くと決してその内容が嘘とは思えない。

 助けられたから、ではない。

 その言葉と目に、真実を感じるるなにかがあった。

 自業自得だったのだろう。彼らは死ぬべくしてしんだのかも知れないーーだが。

「彼らは……それでも彼らは僕の仲間でした。同じ志の下で戦う……やはり、あなたを許せません」

「ええ、そうでしょうね」

 瑠璃魔は日本刀を手に取り立ち上がると、半身になってゆっくりと距離を取った。「そういう世界です。こうなることは、分かっていました」

 真締は立ち上がると、鼻から息を思いっきり吸った。

 解毒はだいぶ進んでいるようだった。

 息を吐きながら、真締は聞いた。

「一つ聞きます。どうして僕を助けたのでしょう。こうなることが分かっていたのなら、さっさと殺すべきでは」

「そうですね」

 瑠璃魔は眉一つ動かさなかった。「私の行動原理は単純です。困っている人がいたら、助けます。受けた仕事は完遂します。立ちふさがるというのならーー」

 瑠璃魔は顔の横に刀を持ってくると、その輝く刀身と、ヌルリと、炎のような妖艶さを持ったオーラがむき出しになる。

「恨み辛みはございません。ただ、私の邪魔をするなら……斬ります」

 カッと見開かれた瞳は、刀身と同じ色に染まった。

「お覚悟を。」

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