真締
強化系能力『
手を合わせ、祈りを込めたあと、平時の何倍ものパワーで3連正拳突きを放てる能力。
通常、手を合わせるという動作に隙が生まれるはずだが、その狂気とも取れる鍛錬により、刹那の祈りと化した。
蓮は緊張していた。
卯月組へのカチコミが失敗に終わり、空気は最悪。
後部座席に座る平野も、眉間に深いシワを刻んだまま、一言も発することはない。
平野組は賭けていた、この卯月組吸収作戦に。
結果、作戦は失敗し、数人の念能力者を失っている。
この一連の出来事で確実にパワーバランスは崩れた。
トップだった平野組は、おそらく3番手ほどに落ち込んだだろう。
あのとき、卯月組長を殺せていたなら。
そう思うと、ハンドルを握る手に自然と力が入った。
どうすれば良かったのか。自分に何か、もっとできることはなかったのか。
そんなことを考え、街頭に照らされた道路を睨みつけていると、携帯が震えた。
監視からの連絡だった。
「組長。豪組が動いたみたいです」
携帯を取り出し、内容を確認する。「豪組の……真締が、単騎で大佐組の事務所にカチこんだみたいっす」
蓮の声は動揺でかすかに震えていた。
単騎でカチこむなど、やってることは鉄砲玉。
それを幹部が行うことなどありえない。
異質。何か不可解なことが起きている。
「蓮、この状況、どう見る」
不意の平野からの質問。
蓮は姿勢を崩さずに答えた。
「おかしいです。豪組のナンバーツーである人間が、単身で乗り込むなんて。何よりもまずいのは、この件で真締のやつが戦争からリタイヤするかもしれないこと」
「そうなると、どうなる」
「現状、大佐組と豪組は一触即発。それでも動かないのかは、戦力的にイーブンで、他の組からの漁夫の利があるかもしれないから。ただ、現状
「いま、優先するべきは真締君の命だ。今いる念能力者を集め、大佐組のシマに向かうぞ」
車の中は、やけに静かだった。
隣に座るのは、現在は敵組の平野組長。
運転手は若頭の蓮。
平野組ツートップといた。
それだけではない。
前や後ろには、念能力者を詰め込んだ車が数台。
状況が状況なら、これは拉致に近いことをされていると考えていい。
だが真締はどこか落ち着いていた。
今日は、色々なことが起きすぎた。
もう疲れている。慌てふためく余裕もない。
ただ、目の前で起きることに、身を任せるしかなかった。
「随分と信用してくれるみたいだね」
平野はこちらに目もくれず、まっすぐ前をみてそういった。「素直には乗ってはくれないと思ったんだが」
「見ていただければ分かる通り、僕にはもう抵抗する力もない……乗れと言われれば、乗るしかないです」
「おいテメェ」
真締の言葉に引っかかったのか、蓮がフロントミラー越しに睨みつけた。「組長が送ってくれてるってのに、何だテメェは。喧嘩うってんのか」
「蓮、お前は運転に集中しろ」
叱りつけるように平野がそう言うと、うす、といって蓮は黙った。
「悪いな、真締くん。蓮も気が立っているんだ、許してくれ」
「いや……僕こそ、ちょっと礼儀がなかったです。すいません。疲れてて、ちょっと、変な言い方しちゃいました」
そう言うと、蓮は納得したように軽くうなずく。
また、数秒の沈黙の後、真締は平野に聞いた。
「変な意味じゃないんですが。僕を助けたのは、どういった意図でしょうか。あなた方にとって、僕は目障りな存在です……あの場で殺されていれば、平野組として、利点が多いんじゃないですか。見返りを求めてくれたほうが、まだ自然だ」
平野は以前、前を向いたまま、顎に手をおいてまじまじと考える仕草を見せる。
「確かに。君さえいなければ、と何度か思った。何故助けたのかは……それは自分で考えてくれ。現状の敵である僕から、わざわざ言うことではない」
やはりだが、はぐらかされてしまった。
今日は不可解なことが多すぎる。
カチコミに行ったというのに、そこの組長からもてなしを受け、そこからとんでもない殺人者と戦い、別の組長に助けられている。
理解ができないが、何か大きなうねり。
誰かの画策か陰謀に、自分が利用されている気がしてならない。
それがしこりのように胸につっかえ、不愉快だ。
蓮の運転する車と、周りを付いてくる護衛車は、法定速度など守らず、豪殿まですぐさま到着した。
「次に合うときは、敵かもしれませんよ」
降り際に真締がそう言うと、
「そうならないことを願う」
平野の返事の後、ドアは閉じられ、車はすぐにその場をさっていった。
夜は随分と流れ、ぼんやりとした白い光がかすかに世界を照らしていた。
大佐の背中はわなわなと震えていた、そして、
「このボケタレが!」
右拳を机に振り下ろし、バアンっと壊れんばかりの音が組長室に響く。「あの白デカノッポ、いつから知っとったんや!」
「おお、お、落ち着いて、大佐」
オドオドと、弱々様子で静止しようとするのは、大佐組幹部のマーズ。
「落ち着いてられるか! なんであんたも黙ってそれ見て帰っとんねん、平野組の一人でも殺しとかんかい!」
感情のままに投げた葉巻が、マーズの額に当たる。
「ご、ごめん」
「それ、火つけろ!」
「あ、うん」
マーズは床に落ちた葉巻を拾い、先端を指でちぎると、大佐に咥えさせて火をつけた。
すぐに力強く吸い込み、白煙を吐き出す。
マーズに当たっても仕方ないことは分かっている。
分かってはいるが、苛立ちが溢れて仕方がない。
状況は最悪だった。
田所との関係は継続。あの脳みそがイカれている殺戮狂は、何をしでかすかわからない。
なおかつ、真締は生きている。
死んでくれたのならお釣りがあったはずだが、これでは面倒を抱え込んだだけだ。
頭をワシャワシャと掻き乱したあと、深く葉巻を吸って、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
もう考えても仕方がない。
いつ、どのように平野がこちらの動きを察知したのか、それが気になるが、それも今は隅においておく。
それよりも、気になることがあった。
「ほんで、卯月組の動向はどうやねん」
「あ、うん。その、組員の殆どは絶縁状が出されてった。まあ、首ってことだね。でも、卯月組は解散してないし、念能力者たちはまだ在籍中だった」
ギリっと、大佐は歯をくいしばらせた。
一難さって、また一難。
「つまり、最悪の状態ってかんじか」
「なるほど、それは面倒だ」
平野組組長室。
真締を送って返ったあと、蓮と共に、拓哉が状況を報告したあと、平野がつぶやくようにそう言った。
「下手に構成員を抱えれば、それらを守るために防衛をする必要がある。それがなくなった今、適当に隠れて、機を見てこちらを狩る。ゲリラ戦法が取れるというわけだ」
「いやでも、でもっすよ?」
戸惑った様子で、蓮が言った。「実質、解散すよね。能力者だけで組って存続できるんですか?」
「組として最低限の人数なんて、決まってはいない。上納金を収められれば、組は組だ。それと、卯月組は他の組とは根本的な違いがある」
「あいつらのシノギってさ、メインはクッキー作りじゃん」
豪が聖也に、考察を語る。「つまりはヤクザをキープする必要ないってわけ。もちろん、ヤクザじゃないとできないこともあるだろうけど、俺たちほど多くはない。クッキー売ってればメシ食えるんだから、それだけでいいから、いつでもヤクザやめてOKってわけ」
「なるほどなぁ」
聖也はその説明に、納得するように頷く。「ただよぉ、破門にされた奴らはどうなる。そのまま以降は手切れか? それで納得するかな」
「なーにいってんだよ。また組に戻せばいいじゃん」
「んあ? いや、そんな破門しといて、簡単には戻れないだろ。破門って普通一生もんだろ」
豪はニカっと笑って、白い歯を見せる。
「聖也、頭が硬ぇな」
「会長になればいい」
卯月組は現在の組員だけ乗せた、3台の車を連ならせて進んでいた。
その一つの中で、助手席に座る玲兎は、後部座席の木村と三浦に説明する。
「破門だの何だの言っても、会長の言うことは絶対。
「なるほど、そういうことか」
つぶやくようにそう返したのは木村。「突然、事務所を捨てると言って、驚いた」
「驚いたって言うなら、私達もだけど……あんたら、ほんとについてくるのね」
木村は、横目で三浦と見合った。
そう、木村たちはこの卯月組についていくと決めた。
確かに、ゲリラ戦法というのはこの状況において、非常に効率がいい。
それでも、これはかなり苦肉の策とも言える。
本来なら、組をどっしりと構えて戦えるに越したことはない。
それができなくなった現状がこれだ。
「まあ、あんたらが続けるって言うなら、それでもいいけど。ただ戦況を見ればウチはーー」
「なんで見る必要があるんですか」
玲兎の言葉を、木村はそう遮った。「僕らはレイパーです。受けたミッションは簡単には投げない。ですよね、三浦さん」
「お、そうだな」
三浦はニヤリと笑って、そう同調した。
トントントントン。
大佐は一人、組長室の机を指先で叩く。
それと同調するように、膝も上下に動いている。
この状況、どう転じるか、どう動くか。
いくら思案しても、どうあがいても身を切る思いで動く他、解決はない。
すべてがうまく運んでいれば、こんなことにならずに住んだものの。
どうする、あれをするか。嫌でもーー
その時、不意の携帯電話の音で大佐はビクっと体を浮かせた。
いつもならこんなことで驚きもしないが、今は田所の件で気が立っている。
「なんや! 今忙しいんや!」
そうぶっきらぼうに電話を出ると「あ、もしもし?」と軽い口調の、聞き覚えのある声が聞こえた。
こいつは、豪組長。
「大佐さんですか? どうもこんにちはーっす」
組長間の会話とは思えない軽さで、豪はそう続けた。
「おお、豪組長やん。ちょうどええ、あんたらに言いたいことがあってん。そっちのアホ幹部がカチコミしてくれてな。うちの幹部の一人がまだ寝込んでるわ。どう落とし前つけてくれんねん」
大佐はまくしたてるようにそういった。
それは、豪がこれから言おうとしているのを先に察知し、遮ろうとしたからだ。
今はまずい。やるとしても、今じゃない。
そんな必死な思いとは裏腹に、豪は薄ら笑みが浮かぶかのような声で返す。
「いやぁ、こっちは話にしにいっただけっすって。それに、先に手を出してきたのはそっちみたいじゃないっすか」
「はぁ!? あのさぁ、人のシマに入ってきて、それで事務所に来るなんて、そんなもんカチコミやろが」
「うん、じゃあそういうことでいいっすよ」
予想外の返答に、大佐は返事に詰まる。
「あ、あんた。本気で言ってんのか」
「本気も本気っすよ。もう戦争始まって5日ぐらい経つ。せっかくのこんなイベントなのに、みんな裏でコソコソしてて、動いてないのはウチらだけ。もう我慢汁タラタラっす」
「そっちの真締もだいぶ疲れてるやろ、ちょっと待ちぃーー」
「待たない」
豪は断じるようにそういった。「やりましょうや。豪組と大佐組の、全面戦争」