優作
操作系念能力『
蜂を操作する能力であり、対象に対して注意喚起と能力の説明を行うことで、8回刺された対象はアナルフェラスキーファック(アナフィラシキーショックみたいなもの)を起こして死亡する。
「意識あるとこ悪いんだけど、私のこの姿見たやつを生かして置くわけにはいかないんですよねぇ」
咲蘭のその言葉に、優作は返答をする力も残っていなかった。
戦争だ。分かった上で参加をしている。
覚悟はできていた。
「まあ、一瞬で殺してあげますよ」
咲蘭がその丸太のような腕を振りかぶり、拳を落とそうとした瞬間。
「あーストップストップ」
と軽薄な男の声が後ろから聞こえていた。
そこにいたのは豪組組長。豪。
「急に現れて、幽霊かなんか?」
咲蘭は苦笑いをしてそう答えた。
動揺していた。突然、組長が目の前に現れたこともあるが、気配を感じなかった。
絶も気配を消す能力も、完璧だ。
確か数週間前まで、非能力者だったはず。
それがここまでになるものか。
「こんちゃーっす、組長の豪ってもんです」
組長とは思えない、軽い挨拶を語った。「戦い終わりました?」
「見てわかんない」
咲蘭はちらっと優作をみてそういった。
「あ、もしかして優作ぶっ飛ばしちゃった? いい体してんねぇ、どおりでねぇ。それでぇ、もう勝負は付いたし、そいつ見逃してもらっていいっすか?」
「それは無理ね。私のこの姿を見た奴、全員殺すって決めてるから」
「あーっそっか、それは残念……てさ、こうやって俺も見てるけど、それって俺も含まれるってこと?」
そんな戸惑ったようなセリフを語っているが、豪の顔はほのかに笑っている。
「そうっていったら、どうする」
「最高だね」
そのセリフとともに、豪の背後から白のパーカーを来て、フードを深く被った者たちが5名、暗闇から出てきた。
「ちょーど、俺の能力試したかったんだ」
20人、21人。
冷静に、淡々と、西岡は目の前の標的を殺していった。
その両手に握られているのは長さ1.9メートルほどの棒。
西岡は基本、これを念で強化して戦っていた。
敵の構成員たちは全くと行っていいほど戦争に準備がなく、戦闘は一方的。
西岡はそれに対して何の疑念も抱くことなく、ただ粛々と敵を殺す。
場所は覚醒剤蒸留所。
大量に生産を行っていたのか、鉄製のタンクがずらりと並んでいる。
西岡は棒に着いた血を振って振り落とすと、ふーっと息を吐いて棒を肩に置いた。
「これで終わりかな、次のエリア行こうか」
十数名の連れてきた構成員たちにそう問いかけると、とりあえず工場内の中心部へと歩を進める。
10歩ほど歩いたとき、ふと後ろを向いて構成員たちを眺めた。
「今、何人だ?」
突然の質問に、皆とまどいながらも先頭の味方から「19人です」と返答が来る。
「そうか」
淡白な返答の後、西岡は思案するように眉を寄せた。
突入時にはもう少しいたはず。
戦闘中にはぐれたか、知らないうちに死亡したか。
理由を探そうと思えばいくつかある。だが、何故か西岡に不可思議な感覚があった。
何かがおかしい気がする。
喉に精液が引っかかったような、違和感。
まあ、今それを論じても仕方がない。
「あんまり俺からはぐれないように。次いくぞ」
トントンと肩に棒を当てながら、ゆっくりと進んでいく。
各所で戦いの喧騒が聞こえるが、自分たちの周りだけやけに静かな用に感じる。
さっと、不意に左の方、タンクの裏に影を感じた。
じっと、そのタンクの裏を見る。
気のせい……いや、それはない。
何かがいる。そして、それは念能力者。これは確信に近い。
また、なんとなしに、チラリを後ろを向く。
仲間の構成員たちが、怪訝そうな表情を向けてくる。
そして思う。
少ない。3……いや4人はいなくなっている。
見ていないうちに拐われている。
どうする。敵は念能力者。ここで散り散りになっても全員殺されるのがオチか。
こんな隠れてチマチマやってくることを考えるに、敵は快楽殺人者か物好きか。まあ、まともなやつじゃない。
冷静に考える。こういうやつは、どんな風に誘い出すのが正解か。
ふうと一つ息を落とした後、
「こっから先はお前らだけでいけ」
棒で進行方向を指した。「俺はちょっと残る」
仲間たちが困惑したかのようにざわつく。
「あの……どうして」
仲間が疑問を投げると、西岡は周りを見渡した。
「どうやら、お前らといるとビビって出てこれないやつがいるみたいだ。シャイなのか、ビビリなのか。まあ、何にせよそいつの相手してからいく」
仲間たちは話が分かっていないようで、皆同じ様に首をかしげた。
「いいから早くいけ。戦争中だそ。仲間の加勢に言ってこい」
急くようにそう言うと、小走りぜ全員がその場を離れた。
10秒。20秒。静寂の中を待つ。
「そろそろいいぜ。他のやつはいない。顔見せろよ」
「あんたさぁ」
とっさに声の方を向く。
タンクの上。光があまり当たらない薄暗い場所に、そいつは座っていた。
「誰にビビってるとか言ってるわけ?」
その女はまるで猫のようだった。
体つきは細いが、太ももは太く、俊敏さをうかがえる。
最も特徴的なのは目。大きく瞳孔が開き、鈍く光っているようにも見えた。
目の脇には、怒りか血管が薄っすらと見える。
リストにあった女だ。
名は確か紅海月。
「コソコソしてるから、ビビってると思ったんだが」
予想は当たった。
こういう変なことするやつは、謎のプライドがある。
挑発すれば出てくると思った。
これで心置きなく戦える。
「おっけ、決めた。あんた慕われてるっぽいからさ。殺したあと、生首にするわ。そしてさっきの奴ら一人ずつさらって、生首みせて殺す。最後にキスさせてあげる。ファーストキスならず、ラストキスって感じかな」
「妄想に付き合ってる暇はない」
西岡がそう語った時、突如として紅海月の後ろに現れる白い影。
とっさに察知した紅海月は猫の様に飛び、体を拗らせて床に着地した。
「それがあんたの能力ってわけ」
白い影は西岡の左隣に立った。
それは人の形ではあるが、全身が真っ白で、顔にも凹凸はなく、マネキンのような見た目をしていた。
その後、右隣に同じ様な全身真っ黒の人形を作り出す。
『
『
その2体を見て、紅海月はクックっと笑ってみせた。
「念体だす感じの奴なんだ。あんたさ、どっちかって言うと
紅海月の言う通りだった。
具現化、操作、放出をバランスよく使うことになる念体や念獣は、基本的にそちらにメモリを割かれて、戦闘力は下がる。
戦闘において手数を増やして戦いたいなら、物体を操作して強化したほうが効率がいい。
故に、念体使いは後方支援が基本となる。
もちろん、念体使いである西岡は、それを十分に承知している。そのうえで、
「勝てると思ったから、アイツらをいかせたんだが」
西岡は棒を構え、そういった。
「ふーん」
弾丸。
思わずそれを連想する速さで、紅海月は西岡と間合いを詰めた。
首元めがけ振られた右手。
それをとっさに棒でガードする。
2体の念体が攻撃をするが、またも俊敏な動きで攻撃を避けられた。
「ほらやっぱり」
ニヤリと紅海月は笑う。「この程度も避けられない」
その手には念を変化させて取り付けた爪があり、それに着いた血を舐めた。
頬に熱い感覚があり、西岡は視線を外さずに手を添えると、指先が濡れた感覚があった。
拳は防いだが爪は当たった。
なるほど、そういうタイプか。
紅海月の様子がさらに変わっていた。
念の爪だけではない。目は更に大きく、口先は尖り、頬からは長いヒゲ。骨格も猫の様に丸みを帯びている。
さらに頭には猫耳。尻には尾が、念によって形作られている。
元々猫に近かった見た目が、更に近づいている。これは
ある一つの動物や物体をモチーフとし、それに準じて形を作ったり、能力を変化させたりする。
一件、無駄に見えるその耳や尾も、自分の猫になる、というイメージを強くし、それによって能力が底上げされるのだ。
外見を見るに、目や骨といった内蔵機関にも変化が見える。
人体構造が変化している。これほどになると、特質系の分類になるだろう。
やろうと思ってやれるものではない。
ただならぬ思想や天性のものを持ってこそ、実現可能。
何にせよ、強敵であるということだ。
「なにぼーっとしてんの~?」
思案する西岡を、小馬鹿にするように紅海月が笑ってみせた。「次の瞬間には首から上、なくなってるかもよ」
くだらない問答に付き合う気はない。
2体の念体と共に、距離を詰める西岡。
「バカじゃないアンタ!」
紅海月はぐっとしゃがみこむと、一気に西岡へ飛んでみせた。
タメがある分、先程よりも速い。
速すぎる。避けることはおろか、ガードも間に合わない。
だが、問題ない。
紅海月の爪が西岡の眼球に触れようとした刹那、紅海月の前から西岡が消えた。
ただでさえ猫の様に大きい目が、更に強く見開かれた。
瞬間、紅海月の後頭部へと西岡の棒が強く打ちあてられる。
紅海月はいつの間にか、西岡の隣りにいた。そこは『
『
変身や爪の変化などは補助効果。紅海月の能力ベースは強化系。
肉弾戦において適正差はあれど、不意打ちは効いたのか紅海月はほんのコンマ数秒、意識が飛ぶ。
その瞬間を、西岡は見逃さない。
紅海月を3人で囲み、念体は拳で、西岡は棒で乱打した。
顔、みぞおち、膝と、人間の弱点箇所を何度も叩く。
10以上の打撃を受けた後、
「なっめんなよチンカス野郎!!」
怒号と共に長くなった爪を振り回す紅海月に、西岡は距離を取った。
全力で叩いたが、致命には至っていない。それでも十分なダメージだろう。
紅海月は震えていた。
それは痛みによるものか、それとも怒りか。
「ふざけやがってボケが、後悔させてやるよ」
再度、しゃがみ跳躍の姿勢を取る。
対応しようと西岡が身構えるも、前ではなく、上へ飛ぶ紅海月。
視線を上げるとすでに姿はなかった。
タンクの上を縦横無尽に飛びまくると、パリンという音とともに、蛍光灯の破片が落ちる。
次々に聞こえる音と、落ちるガラス片。
まずい。
そう思い、明るい方へと駆ける。
今、紅海月の内臓器官も猫へと近づいているのだとすれば、夜目が効くということ。
暗闇は向こうのアドバンテージにしかならない。
「おっそ」
あざ笑うかのような猫の声。
同時に背中に斬りかかられた感触があった。
「がっ」
背に火をつけられているような痛みと共に、その場に倒れると、その背に紅海月が乗り、床に押し付ける。
「もっと本気で走ったら? 暗くて走れなかったのかな~、ならほら」
紅海月が手元で何かを燃やし、西岡の顔の横に置いた。「ほら、これで明るいでしょ」
「お前、この本は」
それは豪教の経典。
熱心な信徒は常に持ち歩いている。
「その本、殺したあんたの仲間が持ってたの。そんなの持ってたって、弱いやつから死んでくのにね。馬鹿みたいでしょ?」
西岡はギリっと歯を食いしばる。
「くだらない挑発だな。お前の程度が知れる」
「効いてんじゃん。クソみたいな棒読みなってるよ。自分で分かってる? じゃあ、首いただくね~」
紅海月が上げた左手には、鋭く長い爪があった。
それを、躊躇なく西岡の首元に落とす。
ザク。
その音と共に爪は突き立てられた。
いつの間にか西岡と入れ替わっていた『
『
「まあ、そうするわよね」
そう呟いた後、紅海月は西岡の棒による攻撃を跳躍して躱した。「一回見てるんだから、バレバレだっての」
「クソが!」
何度も棒を振るうが、あざ笑いながら軽々と避けられる。
「当たらない当たらなーい。ハエが止まっちゃうわよ」
カンっと、思い切り突いた棒がタンクの壁を貫くと、首筋から腹に掛けて、斜めに紅海月の爪が降ろされた。
後ずさる西岡の服は避け、大量の血が滴る。
かなり深く斬られた。出血がヤバイ。
「大丈夫? かなり血出てるけど。てかさ、あんたなんで黒い方の能力使わないの。もーしかして、時間制限があったりするのかなぁ?」
「う、うるせぇ」
痛みと出血で視界が歪む。
「大見栄きった割にはザコ過ぎない? 立ってられるのそれ~。私の靴をしゃぶったら、命だけは助けて上げるけどどうする」
「な、なにがしゃぶれだ……お前ぇがしゃぶれ」
グラリとバランスを崩しながら棒を構える西岡に、紅海月は飛びかかった。
姿勢を崩し倒れ、上に乗られるも両手の爪は棒で何とか止める。
「ホラホラ~もっと本気出して抵抗しないと、このまま死んじゃうよ~」
力を込めた両手がプルプルと震える。
強化系との力押しに勝てるはずがなかった。
ゆっくりと長い爪が、体に突き刺さり、食い込もうとする。
「ウグッ」
食いしばる歯の脇から、血の混じった泡が立つ。
間に……あえ。
「ウフフフ。蟹みたいでキッショーー」
瞬間、映画のシーンチェンジの様に変わる視界。
闇が紅海月を包むと、西岡がいた場所に爪が突き立てられる。
移動させられた。しかし、一体どこに。
爪を抜き、周りを見渡す。
よく見ればほのかに光が入り込んでいるのか、部屋の輪郭が見える。
くぐもった騒音。息苦しさを感じる、狭い。小さい穴。そこから光が差し込んでいる。
「まさかっ」
すべてを理解し、紅海月は絶句した。「タンクの中か!」
紅海月の声がタンクの中を反響した。
『
それは等に過ぎていた。ただ準備に、『
入れ替えられるのは『
タンクの中に入り込ませ、西岡の突いた穴から視認させたのだ。
「間に合ったみたいだな」
タンク横の操作パネルを『
「バカか! こんなタンク、私ならーーヌギッ」
タンクを内側から斬りかかろうとしたとき、西岡の棒がタンクを貫通し、紅海月のみぞおちを突いた。
タンクは狭い。避けながら脱出はできない。
「させるわけないだろ。もう詰みだ諦めろ」
「ハア、あんた、なにいって」
徐々に上がっていくタンク内の温度。それに紅海月は冷や汗を流す。「ちょ、ちょっとタンマ。降参。もう無理でしょ、あんたの勝ちだからさ。私、もう逃げるわ、だからさ見逃してよ。わ、私さ得意よ、しゃぶるの。ケツの穴だって舐めるからさ、お願いよ」
西岡はすぐには答えない。
数秒の静寂。上がる温度。跳ねる心拍。
「お前は、情けを駆けるに値しない」
西岡は、棒読みながらもそう断じた。「あの世に行っ……祈れ」
「う……ウオオオオッ」
暴れようとする紅海月の首元に棒が突き刺さり、タンクと挟み込まれ身動きを阻まれる。「ガッ、この、人でなし! 呪ってやるぞてめぇ!」
「好きにしろ」
死んでいった仲間を思い、西岡はタンクを睨みつけた。「地獄にいって報いを受けろ」
114514℃となったタンク内では、声にならない金切り声が響き続け、それはゆっくりと消えていった。
それを見届けた西岡は、ふーっと重い溜息を落とした。 出血は酷い。正直いって、さっさと帰りたいぐらいだ。だが、
「今はそのときじゃない」
額に汗をにじませた西岡は、棒を担ぎながら戦線へと戻っていった。