念能力者図鑑
紅海月
特質系念能力「
自らの体を猫の形状に変体させ、その身体力を向上する。
念で耳や尻尾を作るがそれによって、能力のイメージ自分の中で作り上げることで、実際に身体能力や念の威力があがる。
咲蘭は駆けていた。
いつもは隠している本当の姿。
身長2メートルの筋骨隆々の体はそのまま、建物の屋根伝いに進む。
向かう先はどこでも良かった。とにかく、下北沢から。この戦争から逃げ出したかった。
その体からは左肩から先がなくなっていた。
焼かれたかのような傷口が痛み、左肩を掴む。
と同時に震える。
あの時、豪と相対したときのことを思い出し。
もう嫌だ、あんなやつと戦うのは。
勝てるわけがない。アイツは……狂ってる。
「どこにいこうとしてるんだ?」
突然、背後から声が聞こえ、止まって振り返る。
闇の中、3メートル先の民家の屋根に乗る男。
「条約をきいていなかったか。戦争参加者は下北からは出られない」
その男は多田野会。多田野直属兵、大坊。
右手にはリボルバーのピストルが握られていた。
「私はもう参加しないわ。この腕をみてよ。これで戦えるわけないでしょ」
「戦えるかどうかは問題じゃない。一度戦闘したやつは、戦争が終わるまでここからは出られない。その先からは下北じゃない」
「出るなら殺すってわけ?」
大坊の持つリボルバーが、月明かりでギラリと光ったような気がした。
「従わなきゃ撃つぞゴルァ」
数秒の間、大坊を見つめた後、ふっと笑って咲蘭は踵を返した。
「はいはい。直属兵の方の命令だもん。従うーー」
咲蘭は一瞬、ぐっと踏み込んだかと思うと、大坊へと突撃した。「わけないだろ、死ね!」
「死ぬのはおめーだ」
冷静に大坊は、リボルバーで自分のこめかみを狙った。
『
「は?」
パンっという快音。
弾丸は放たれた。
グラリと大坊は態勢を崩したが、コケる前に踏みとどまる。
「あんた……なに、して」
疑問の声とともに気がついた。
頭の中に鈍い痛み。広がる血液の感覚。
「うそ……これ……わた」
バタンと落ちる巨体。
その頭部には大坊が自分へ打ち込んだ場所に弾痕があり、血が吹き出していた。
『
ガコっと重い天ドアを開けると、そこは監視事務所の地下室だった。
いつもは瑠璃魔がここで円を貼っている。真締がカチコミにきた場所だ。
いざというときは麻薬工場から隠し地下通路で、ここに逃げられるようになっていた。
この戦いは負けだ。
栗金団が逃げたことや、翡翠が先に死んでしまったこともあるが、向こうの戦力が想定以上に高かった。
だが、問題ない。
組員たちや念能力者も、また金で雇えばいいだけの話。
トップである大佐がいれば、存続は容易い。
すでに構成員候補や能力者の傭兵に、話もつけてある。
とりあえず今は逃げて、さっさと車で隠れ家に逃げよう。
そう思っていた時、ある異変に気がつく。
物音がしない。
上の建物では構成員たちがいるはずだが、人の気配を感じなかった。
変だなと思い、ドアを開けて上の階にいったとき、大佐の目に入ってきたのは異様な光景。
事務所の1階。
そこは来客用にソファーやガラス張りの机。
組事務所らしく仕事用の机もある。
基本的にはヤクザらしく、ぶっきらぼうに座っていたり、取り立てなども行っているが、今は違う。
部屋の隅から一列に並び、正座。
全員が豪教の経典を必死に読み込んでいる。
そして、それを行わせたのであろう、豪本人が、来客用のガラス机の上に座り足を組んでいた。
豪の周りには信徒らしき、白フードの者が4人いる。
「あ、おじゃましてまーす」
足を組んだまま、軽い調子で豪がそういった。
大佐はちらりと出口を見る。豪の奥だ。邪魔される、走ってはでられない。
「ここはウチらの管轄の事務所やねんけど、何やってんねやろ」
「ん? あー、ちょっとここであんたを待ってたんだけど、そしたらソッチの構成員たちが、俺の教えに感動したみたいで、経典よませてあげてんだよね」
読ませて上げているという割には、構成員たちは自発的に読んでいるというより、殺されたくないから読まされてる様にみえる。
「ソッチの兵隊はどうも使えないみたいだし、これで一騎打ちだな」
豪はいった。「どうする。
「そうやなー。どうしようかなぁ」
大佐は返事をしながら、チラチラと後ろの自分が出てきたドアをみる。
まだか。
「なに? なんか待ってるーー」
「チェリアー!」
豪が何かを言いかけた時、独特な掛け声と共に大佐の後ろのドアが衝撃で金具は壊れ、豪へと飛んできた。
豪はそれをサラリと横に避ける。
入ってきたのは神奈。
緊急収集を行ったので、秘密路を駆けて来たようだった。
神奈の体からは淡い赤色の、鳥の跳ねのようなオーラを纏っている。
『
神奈が短時間で10回以上、死亡から復活した時になる強化状態だ。
この状態なら、体術だけなら真締を上回る。
「神奈! アイツを
「お、いいオーラしてんねぇ」
ニヤリと笑った豪は、隣りにいる白フードの信徒の肩に手を乗せる。「そんじゃあ、俺達もパワーを見せちゃおうかな」
ブツブツと、いくつか豪は信徒と言葉を交わすと、信徒はブルッと体を震わせたかと思うと、その場に力なく倒れた。そしてーー
「あんた……なに?」
驚いた様子で聞いたのは神奈。
神々しい。思わず跪きたくなってしまうようなオーラ。
それを豪が纏っていた。
凄まじい濃度だった。まるで倒れている信徒のオーラを奪ってしまったかのように。
「これが俺の念能力『GO is GOD』 仲間の分だけ強くなれる。そういう能力さ」
豪がそういった刹那。
瞬間移動かと思うほどの速さで、神奈へ簡単に触れられる距離に近づく。
とっさに神奈が攻撃しようとしたが、先に豪の拳が神奈の腹を貫いた。
血肉と内臓が弾け飛び、大佐の頬に当たる。
「ヒッ……ヒィ!」
大佐は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
『
「おいおい、ビビってる場合じゃないだろ。反撃のチャンスーー」
ドカっと、話している豪の顎に復活した神奈の蹴りが当たる。
拳は依然、腹を貫通しているがその状態で復活した。
不意打ち。それも念を集中させた蹴りがあたったので、それなりにダメージがあったのか、拳を引き抜いてグラリとして後ろに下がったが、まだまだ余裕のある表情だった。
圧倒的な差。
それを感じた神奈の頬に、恐怖の汗が伝う。
「あんた……なんなの。なんでそんなに強く」
「いってんだろ、俺は仲間の分だけ強くなれるって。お前、面白い能力してんねぇ。普通じゃ殺せなさそうだ。なら、これならどうだろう」
豪はバックステップすると、また一人の信徒の隣に立つ。
ボソボソと、何かをつぶやくと、語りかけられた信徒はブルブルと体を震わせた。
「よ、よろしいのですか」
信徒が震えた声でそういうと「ああ、頼む」と豪は返した。
「ハアアァ! 素晴らしい!」
狂乱し、フードを外して顔を掻きむしる信徒。
知らない男だった。どこにでもいそうな顔。
少なくとも豪組の幹部ではない。
「ついに、ついに! 私もあなたの一部に!」
男は数歩、神奈へと近づく。
まだ攻撃が当たる距離ではない。神奈と大佐は身構える。
「ああ、この上ない幸福です! どうか、我が身をその後光へとお収めください!」
男からオーラが発せられている。
それは不安定で、荒々しく、そしてどこか神々しい。
マズい。
直感し、大佐は横に飛んだ。
「神奈、避けーー」
「神の御本へぇ!!」
叫んだ男の体が内側からまばゆく発光したかと思うと、一本の閃光となって神奈へと襲いかかった。
たとえ超人といえど、身体能力で避けれるものではなかった。
ジュっという音とともに、神奈は光に包まれる。
光が消えると、神奈の姿もそこにはなくなっていた。
臭いがした。
何度も嗅いだことがある、人体が焼け焦げた時に漂う、脂肪の焦げ付いた臭い。
ふと、視界の隅に映る、黒いカゲ。
恐る恐る、大佐が振り向くと、そこは壁。
黒く、神奈の体の形をした影があった。
男の放った閃光が、神奈を焼きつくし、壁にその後を残したのだ。
復活。
その言葉が大佐の脳裏によぎったが、神奈の『
全身を焼き付くされてはどこから復活するというのか。
想定外……こんなことは、ありえない。
そして、この光を放った張本人。
あの男の姿もなかった。
「あんた……何なんや。何の能力なんや、これは」
「んあ? だからいってんじゃん、俺の能力は仲間の分だけ強くなるって」
「だから、それが意味わからんっていってんねん。さっきの消えた男も、ソッチの倒れてから起きひん男も、あんたのパワーもーー」
ハッとして、とっさに大佐は手を口に当て言葉を止める。
まさか……嘘だ。そんなのことはありえない。
とある想定。それが脳裏をよぎると、頭の中がサっと冷たくなった。
それは人がやることじゃない。
恐怖で頭の中が真っ青になると、ニヤケながら豪が近づいてくる。
「ちょ、ちょっとまちや」
後退り、神奈の影の隣に背をつける大佐。「降参。降参や。無理や、あんたにはかなわん。もう二度と顔出せへんから。私の工場も金も全部やる。頼む、殺さんで」
「あーん、ここで降参かよぉ。どうすっかなぁ、今いいとこなのになぁ」
何かを考えるように顎に手を置き、その場をウロウロとした後、残った信徒の一人の元へ向かい、肩に手をおいた。
「大佐組長さぁ、わかるかな。ゲームで新しい超必殺技を覚えたらさ、昔の苦戦してたザコに撃ちに行きたくなる気持ち」
さっと、頭から冷や汗が吹き出る。
「ちょ、ちょっとーー」
「コイツらにとっても、これはチャンスなんだよ。それと、今は必殺技かましたい気分なんだ」
白い歯を見せて、豪はニコっと笑った。「んじゃな」
発光する信徒。
「ちょっとま、私はーー」
次の瞬間、大佐は光に包まれた。
ピピピピ……ピピピピ……。
瑠璃魔のポケットの中で通信端末が震えた。
それは瑠璃家の連絡ツール。
それがなったのは、尻もちを付き、両手を床について倒れている真締の首元に、刀を添えた時だった。
「どうやら……終わったようです」
「なに?」
「私の雇用主が死にました。私の仕事も、これでおしまいです」
瑠璃魔は刀を引き、柄の中にしまった。「命拾いしましたね」
「命拾いだって?」
真締は膝に手をついて立ち上がる。「何度も殺せるタイミングはあったはずだ。手を抜いていたな」
その問いに瑠璃魔は背を向けた。
「さあ、戦いに夢中で忘れておりました」
すっとぼけたかのようにそういった後「一つ……よろしいでしょうか」と付け加える。
「なにか?」
「あの、豪組長という方。どのようなお人ですか」
質問の意図がわからず、真締は眉を寄せる。
「それは、どういうことだ。彼は僕らの組長。僕の親友だ」
「信頼、されているのですね」
「当たり前だ!」
探るような問いに、真締は声を大きく答えた。
その後、なにか思案するような深い間を持って、瑠璃魔は答えた。
「彼に……なにか感じたことはありませんか。例えば、邪悪ななにかを」
「それはっーー」
反論しようと思った。
豪はそんな男ではないと。
だが、あの時の光景。無邪気に、何の邪念もなく人を消した時のことを思い出す。
「お気をつけて。私は数多の人間の汚れた部分を見てきました。そのうえでいいます……彼は少なくとも、人ではありません」