揉め事請負人・比企谷八幡   作:キャラメルマキアート

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2話完結予定。


前編

「久しぶりだね、比企谷君」

 

 千葉駅徒歩数分の喫茶店。ブラウンウッドを基調とした店内にはお昼時なのか満席ではないもののそれに近いくらいには埋まっており、俺たちもその一部であった。

 目の前に座っている軽薄そうな男はメニュー表を差し出すと、ほらとそう言った。

 

「あー……じゃあ、ホットカフェオレとミックスサンドで。……そっちは?」

 

「僕はブラックコーヒーかな」

 

 じゃあ遠慮なくと、手を挙げて店員を呼び、注文を済ませる。ミックスサンドはこの店の定番メニューであり、一番人気でもある。卵とレタスのサンドウィッチでシンプルではあるもののとても美味い。

 

「しっかし、君ももう少しで高校三年生か。時間の流れは早いね」

 

「……あんたも歳を取ったってことじゃないの? まあ、時間の流れに関しては同意できるけど」

 

 まだ28なんだけどねぇと、男はにこやかに笑う。時間の流れは歳を重ねれば重ねるほどに早くなる。小学生の時は6年は長い、最早一生分の長さとさえ思ったこともあった(それは言い過ぎかもしれないが)。しかし、それも中学高校と年齢が上がるにつれ、時間経過の速度は跳ね上がっていき、気づいたら高校三年生になっていた。もしじいさんの年齢になれば気付いたら死んでいたということになるのもありえなくはないんじゃなかろうか。

 

「で、いきなり呼び出してどうしたんだよ。何かあったのか?」

 

 本題と俺は話を切り出そうとする。嫌な予感しかしないのではあるが。

 

「まあまあ、焦らずにね。飲み物とサンドウィッチが来てからで良いじゃないか」

 

「俺が嫌なんだよ」

 

 嫌なことから目は背けたいが、後回しにするのもそれはそれで嫌なのだ。二律背反ではあるが、夏休みの宿題と同じである。遊びたいが宿題はある。遊んでも良いが、最終日に宿題を片すのは中々にハードであり、俺みたいな友達がいないやつからしたら誰も答えは見せてはくれないのである。故に何やかんや夏休み初日に宿題は終わらせているのが俺である。

 まあ、だからと言って予定があるかと言えばないのではあるが。

 

「あははは、信頼されてないねぇ。まあ良いや。というかね、普通に話がしたかっただけだよ」

 

「そう言って揉め事に巻き込んだのはどこのどいつだよ」

 

 そんなこともあったねぇと、他人事のように語る男。

 この男には前科がある。少なくとも前科三犯はあるが、恐らくもっとあるはずだ。あまり思い出したくもないがな。

 故に信頼などあるはずがなかった。

 

「そうだそうだ。気になってたことがあったんだよ。折本さん、折本かおりさん。彼女はどうなんだい? 海浜総合に行ったと風の噂では聞いたけど」

 

「……折本? あぁ、特に何にも変わってなかったぞ。年末に色々あって2年ぶりくらいに会ったけど。ただ昔俺に告られたんだーって、周りに吹聴されたから流石にえぇとは思ったが。いや俺が悪いんだけどさ」

 

 今思えば、彼女が言い触らしたのか周りが広めたかどうかなんて分かりもしないことだったが、当時は中々に大変だったという記憶がある。学校中の噂になり、ヒソヒソ言われそれ以外にもまあ色々あったが、あまり思い出して気持ちの良いものではない。

 普通の男子高校生なら不登校になってもおかしくはなかったかもしれないな。

 

「ははははは、なるほどね。まぁ、彼女の性格なら仕方ないさ。それにさ、君が悪いのは間違いないからさ」

 

 この男は分かっていることを一々指摘しないと気が済まないのか。ドヤ顔でそんなことを言われたところで気持ち悪いだけなのだが。

 殴りたい衝動を抑え、うるせぇなぁとボヤく。早く頼んだの来ないかと思っているとウェイトレスがやってくる。

 

「お待たせ致しました」

 

 にこやかに営業スマイルを利かせた彼女はとても好感度が高いように思われた。

 お盆の上にはサンドウィッチとホットカフェオレ、ホットのブラックコーヒーが鎮座しており、カチャリとも音を立てずにテーブルへ置いていく。

 軽くを会釈をして、彼女は去っていった。

 

「うん、美味しいね」

 

「美味い……」

 

 各々コーヒーとカフェオレに口をつける。味に関しては文句の付けようがない。サンドウィッチも大変美味だ。俺が今まで食べてきたサンドウィッチはもしかしてサンドウィッチではなかったのではないか、それほどまでにだ。

 

「ああ、そうそう。さっきの話(・・・・・)に戻るんだけど、彼は今マレーシアにいるらしいよ」

 

「……カンボジアでボランティアさせられてるんじゃなかっけか」

 

「叩き直すとのことだから、各国回されるんじゃないかな。あのご両親の言葉通りなら少なくとも成人まで戻ってこれないんじゃない?」

 

「いや戻って来られても困るんだがな……」

 

「まぁ、そこはあの鋼鉄のご両親のことだからタダじゃ戻って来れないとは思うけどね」

 

 そうだろうなと言い、カフェオレに口をつける。これに関してもあまり思い出したくもないものではあるのだが、俺も色々奮闘したのだ。超頑張ったのだ。珍しく。他人に評価してもらえるようなことではなくそれをやる意味も俺にはなかったのではあるが、胸くそが悪いのは嫌だろう。そういうことである。

 

「……で、さっさと用件を言えよ」

 

「本当に信じてないんだなぁ」

 

 苦笑をしながらコーヒーを傾ける男は容姿はかなり整っているので様になってはいたが、なんかムカついた。

 てか。

 

「その頭なんだよ」

 

 男の頭はなんと言えば言いか、染めたであろう白髪に紫のメッシュが入り、軽くパーマもかかっている。

 なんというか、大学に入学してはっちゃけた学生のような頭だ。

 

「今頃気づいんだね。良いでしょ、これ。"夢幻"をイメージしたんだ」

 

「なんだそれ」

 

 意味分からんと吐き捨て、興味を失う。

 本当にどうでも良かった。路傍の石ころと同じ、いやそれ以上にどうでも良かった。

 

「で、なんだよ」

 

「はははは。自分で聞いておいて酷いな君は。……うん、まあ。ちょっと厄介なことがあってね」

 

 自分で聞いておいてこれ以上先を聞きたくはないと思ってしまうのは仕方のないことだと思う。

 いつも悪い予感というのは当たるものなのだ。

 

「揉め事請負人の君にお願いしたいことがあるんだよ」

 

 

 

 

 

 約一ヶ後。

 4月に入り、桜が咲くと同時に私立総武高等学校は学校生活において新たな出会いの象徴とも言うべき行事、入学式は行われた。

 勿論既に卒業式も終わっており、めぐりっしゅなあの先輩も既にこの学校から姿を消している。

 めぐりっしゅと言えば、城廻めぐりという人物をおいて該当する人物はいない。この総武高校の前生徒会長にあたる彼女はそのほんわかとも言える独特な雰囲気、通称めぐりっしゅオーラを見に纏い柔らかな口調や性格も相まって、ある種癒しの権化とも言える存在であった。俺以外にも彼女を見て癒されていた人物はは恐らく居たと思われる。

 少し寂しいと思ったが、よく思えばあの先輩とは体育祭と文化祭、生徒会選挙くらいしか関わりはなかった。

 それならこの寂しい気持ちはなんなのか。あの人は可愛さとマスコット的な要素を兼ね備えていたからかもしれない。千葉を代表する某テーマパークのネズミのキャラクターがもし引退となってしまえば興味のない人達も何かしらの反応はしてしまうのではないか。いやなんか違うような気がする。

 

「せんぱぁい。私の前で何別の女の子のこと考えてるんですか? ちゃんと働いてくださいよぉ」

 

「いや、俺の分終わってるからね。あと喋り方があざとい」

 

「もぅ! あざとくないですよ! ていうか終わってるなら手伝ってくださいよ。何のために先輩を呼んだと思ってるんですか」

 

 頬を膨らませてあざとい表情をしている彼女は現生徒会長の一色いろはである。

 学年は二年生であり、生徒会長になったのは一年生の時なので割りと快挙なことをやっているはず。見た目は如何にもな最近の女子高生で、真面目さと対極にあるような彼女ではあるが意外にも真面目なところがあり、生徒会長もなんやかんや板についてきている。

 なぜ入学式の日にこんなことをしているのかと言えば、生徒会としての仕事であった。他の一般生徒は今日は休みであり、新入生を除き登校しているのは生徒会の人間のみになっている。生徒会というのは学校側にとってみれば程のいい雑用係りである。生徒会という響きに憧れるものも少なくはないだろうが現実はこんなものである。まあ、内申点はかなり貰えそうではあるが。

 

「てか、生徒会が入学式にやることなんてそんな無くないか? 実際生徒会で用があったのなんて在校生挨拶のお前くらいだろ」

 

 しかも既にそれも終えており、入学式は滞りなく終了しているのだ。生徒会長として仕事も終わっており、いつもならまだしも今日は書類仕事等無いと思うのだが。

 てか本来だったら小町が帰ってくるのを家で待つ予定だったのに。

 

「色々あるんですよー! 体育祭の季節も近づいていて、それに関するものとか諸々、やれるのならやっとかないと後々大変じゃないですかー!」

 

 一色は両の手をグーにして、俺の肩を叩く。

 なるほどだから書類の中にテントのレンタルに関する決裁書類があったのね。一色に言われるがままポンポン判子押しちゃってたわ。うん、良い子は真似しないようにな。きちんと内容確認をするように。

 

「じゃないですかーじゃねぇよ。はぁ……ほら。それ寄越せよ。早く終わらせて帰るぞ」

 

 面倒だと思いながら、一色へ手のひらを差し出しそう言う。

 こういう仕事はまあまあ得意ではあるのだが、別に好きではない。やりたい仕事と得意な仕事は別であるのだ。まあ、俺にやりたい仕事は特にないんですけどね。

 

「ありがとうございます! 先輩! そういうとこ大好きです!」

 

 一色は破顔させ、満面の笑みを浮かべて書類半分、より多めを俺へ差し出す。こういうとこですよね。全くこの子ったら。多分社会人になって上手く生きていけるタイプ。本人にはつけ上がるのであまり言いたくはないが、一色は可愛いのだ。美少女と言って遜色ないのだ。普通の男子ならこの笑顔見せられた時点で好きになってしまうだろう。昔の俺なら即告白して振られているのは考えるまでもない。

 

「はいはい、あざといあざとい。そういうのは葉山にでも言っときなさい」

 

「……あざとくないですし、嘘じゃないのに」

 

「さっさと仕事しなさいね」

 

「分かってますよ! 馬鹿! ボケナス! 八幡!」

 

「待て待て、何故それをお前が知っている?」

 

 そんなやり取りをしつつ、仕事を進めていく。量が多少多いだけなので、あと30分もしない内に終わるだろう。時間も入学式が午前中で終わったこともあり、現在13時30分を少し過ぎたところ。俺は黙々と処理をし始める。

 

「あ、そうだ」

 

 隣にいるやけに椅子をこちらに詰めているあざと女子は、書類処理を一時停止し、ポンと手を叩いて何か思い出したようだ。

 うん、こういう所作だよね、流石いろはす。

 

「先輩、今日のお米ちゃんの入学パーティー忘れてないですよね?」

 

「ああ、忘れてねぇよ。18時からだっけ」

 

 と言ったものの、言われるまですっかり忘れていた。時間に関しては今思い出したのだ。

 ちなみにお米ちゃんとは我が最愛の妹、比企谷小町のことである。俺と正反対の性格で対人関係において俺が知る限り最強クラスの人物であり、見た目も俺とは似ず愛らしい。本当に可愛い。その小町をなぜか一色はお米ちゃんと呼んでおり、小町もそれに関して特に何も言っていないので特に俺も何も言っていない。

 思い返せば、初めて会わせた時はあざといとあざといが化学反応を起こして大変だったな。主に俺の心的負担が重く大変だ。

 

「ちなみに確認ですが、場所はどこですか?」

 

「雪ノ下の家だろ? 確か由比ヶ浜と先に準備して貰ってるんだよな」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜とはこの場において、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣という名の少女達を指す。

 二人は俺が所属している奉仕部という部活動のメンバーである。

 一色いろはを美少女と形容したが雪ノ下も由比ヶ浜も美少女と断言できる程に容姿は整っている。容姿だけで言えばだが。

 前者は文武両道で出来ないことはほとんどないとまで言えるが超がつく程の毒舌家であり、何度俺の心を砕いてきたか。猫好きでもある。あと友達もあまりいない。あとめちゃくちゃ貧乳さんである。

 後者は誰とでも仲良く話せるコミュ力があるのだが、どうして総武高校に入れたのか分からない残念なお馬鹿さんである。犬好きでもある。あと友達は多い。あとめちゃくちゃ巨乳さんでもある。

 

「先輩、あんまり失礼なこと考えると雪乃先輩に殺されますよ?」

 

「変な言い掛かりはよしてくれ」

 

 すべて事実である。

 

「プレゼントはちゃんと用意してますか?」

 

「日曜日に買ってきた」

 

 そう言って、足元のスクールバッグを軽く叩く。一応バッグの中に入れていた。昨日までは自室の机の引き出しに入れていたのだが、なんとなくバッグへ突っ込んでいた。

 先週、一人ららぽーとへ行って見繕ってきたのだのだが、そこまで悩まずに買えたのは妹だからなのか。

 

「先輩って意外にプレゼントとかちゃんと買うんですね。てっきり、後で欲しいもの買いに行こうとかプレゼントは俺だとかきもいことするかと思ってました」

 

「普通にというかめちゃくちゃに失礼だなお前」

 

 最後のプレゼントは俺だは流石にやらんぞ。てか、後で欲しいものを買いに行こうはダメなの? きもいのそれ? だって要らないもの貰うより良くないか? 俺なら嬉しいんだけど。

 まあ、この意見を一色へ言ったところでボロカスに貶されるだけだろう。雪ノ下と由比ヶ浜、小町も恐らく同じだろう。

 

「私も先週、結衣先輩と雪乃先輩と三人で買いに行ったんですよ。あ、先輩も一緒に行きたかったですか?」

 

「いや、別に。全く。ちっとも」

 

「なんですか、それー!」

 

 あざとく頬を膨らませてぽこぽこ殴ってくる。痛みは全く感じないが何故か脳内でセロトニンが分泌されている気がする。

 三人女子の中に一人男が入るのは普通にキツい。美少女が三人寄れば周囲の視線を集めてしまうのは火を見るより明らかである。そこに対してイケメンでもない男がいれば次に集めるのは殺意という名の嫉妬の視線だ。態々そのような環境に自分を追い込むのはドMか何かだろう。

 

「あ、これ見てくださいよー。先輩方と行ってきたところなんですけどー。ここのパンケーキ超美味しかったんですよぉ」

 

 一色はそういえばと自身のスマホを取り出すと三人で行ってきたと言うお洒落なカフェの写真と三人の写真、インスタに載せられてそうなパンケーキの写真を見せてきた。写真加工は入っておらず、素の三人であるが素材が最高級ということもあり、最高の逸品に仕上がっている。世の写真加工してSNSに掲載している女子達に殺されるんじゃないかねこれ。この角度完璧ですよねぇとか映えとか色々言ってくる。あとパンケーキは普通に美味そうだ。

 

「あーうん。美味そうだなー……って一色さん、仕事に集中しなさい。世の流行に流されては自我のないその場の勢いだけの人間になるわよ」

 

「それ雪乃先輩の真似ですか? ちょっと似てますね」

 

「そうだろう、凄いだろう。もうガハマさん絶賛」

 

 最近は由比ヶ浜も雪ノ下の物真似クオリティが上がって来ており、不定期で二人でY-1グランプリを開催している。前回優勝者は俺である。

 てか、このままだと本当終わるのに時間かかるな。

 

「……あのなぁ、一色。やる気がないなら帰るぞ」

 

 溜め息を吐いてそう言った。

 実際問題既に俺の分の仕事は終わっている。所謂サービス残業のようなものだ。いやそもそも給料などないのだが。

 

「ち、違うんです! やる気が無いとかほら、そういうことじゃなくて……! えっと……」

 

 一色はやる気が無いことを否定するが、予想以上に反応しており、少し不穏だった。

 お菓子が欲しいと駄々を捏ねて怒られた子供が親にそこでずっと駄々捏ねてなさいと置いていき、本当に歩き出していくのを見て物欲よりも置いていかれる恐怖を感じたときのような。なんというか少し目も潤んでいる。

 

「てか、それくらいならもう一人で出来んだろ? こっちは終わったからあとは頑張れな」

 

 終わった書類を指してから、スクールバッグを持とうとすると、右の二の腕を掴まれる。正確には制服を、だが。

 

「いっ、しき……?」

 

 かの生徒会長様に視線を向ければ、目からは涙が溢れそうになっており、頬をリスのように膨らませ、こちらを睨みつけてくる。あざと泣きの究極系みたいな感じである。

 

「むぅぅぅぅぅ……!」

 

 あれ、これガチ泣きですか?

 おいおい待ってくれよいろはす。いろはすのペットボトルを絞ったみたいにくちゃくちゃになってるじゃん。

 べぇよ、どうするよ、俺。

 一色検定3級程度の知識ではあるが、小町検定1級と合わせることにより、ガチ泣きだということを確定させる。小町を泣かせると親父が吹っ飛んできてぶん殴られるからな。

 

「ああ、うん。ごめんな、一色。ちょっと疲れたんだもんな。少し休憩しような。飲み物買ってくるけど何が良い?」

 

「……私も行きます」

 

「そんな泣き顔で校内歩けないだろ。ここで待ってなさい。ほらハンカチーフ」

 

 泣いてる女子を連れながら校内を歩くのは余りにリスキーである。ポケットからタオルハンカチ(チーバくんがプリントされた)を取り出し一色へ渡す。勿論今日はまだ使っていない。

 一色はハンカチを受け取るとそのまま鼻を噛みやがった。

 うん、まあ、いいでしょう!

 

「飲み物何が良い?」

 

「……先輩と同じのが良いです」

 

「あいよ」

 

 そう言って立ち上がり、一色の頭に手をポンと置いてお兄ちゃんスキルを発動させると生徒会室から出て行き、自動販売機へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、比企谷。仕事か?」

 

「ん? あぁ、葉山か」

 

 自販機前で愛飲しているマックスコーヒーを買おうとしていると、見知ったイケメンが姿を現した。

 

「君が今日学校にいるだなんて、槍の雨でも降るんじゃ無いか」

 

 目の前のイケメン、葉山隼人は珍しいものを見るかのような表情をしている。大分失礼だろうその反応。

 

「安心しろ、槍なんて降らない。怪我人は出さん」

 

「それは助かるよ。明日は遊びに行くんだ」

 

 葉山は総武高校で一番人気の男子生徒である。見た目は言わずもがなでスポーツ万能、成績優秀、性格は誰にでも優しく、サッカー部の現部長である。モテない要素がない。一色から聞いたがファンクラブもあるらしい。興味はないが。

 

「はいはい、要らん情報だな」

 

「悪いね、実はこれでも友達は多いんだ」

 

 葉山はそうイケメンスマイルで言うが、俺からしたらウザいだけであった。大方三浦や戸部達だろう。

 

「それで比企谷はどうして学校に? 休みの日に態々登校する程真面目じゃないだろ?」

 

「興味津々だな……一色に頼まれてな。生徒会の仕事が溜まってるんだと」

 

「それはお疲れ様だな。今は休憩かい?」

 

「まあ、そんな感じだ」

 

 流石に一色を泣かせたのでとは言えなかった。よくよく考えれば俺が悪いのだろうか。悪いんだろうなきっと。

 

「いろはは最近どうだい?」

 

 最近とは生徒会活動のことを言っているのだろう。自分で聞きに行けば良いとは思うのだが、こいつもこいつで一色に一度告白されているので気まずいのがあるのかもしれないな。

 

「ん、あいつなりに頑張ってると思うぞ。まぁ、最近俺を頼り過ぎだとは思っているがな」

 

 一年で生徒会長になって色々な輩からのやっかみや苦難を乗り越えて、あの小さい背中に色々なものを背負っているのだ。偉い奴だと思う。生徒会長になったのは俺の責任でもあるのでなるべくサポートはしてやるつもりなのだが、少し頻度が多いなとは感じ始めている。

 雪ノ下や由比ヶ浜も慣れたとは言ってはいたものの実際のところはあまり良くは思っていないだろう。どうにかしようとは思っているが、具体的な策はあまり思いついていない。

 まあ、これからの八幡先生の活躍に期待ということで。

 

「あぁ、そうなんだね。まぁ、いろはのあれは頼っているというよりかは……」

 

 葉山はそこまで言いかけて何でもないよと続けた。

 そこまで言っておいて何でもないとは何なのだろうか。  

 まあ、さして興味は無いので別に良いのではあるが。

 

「てか、お前はどうして学校にいるんだよ」

 

「来週サッカー部の練習試合でね。その件で先生とちょっとね」

 

 部長となれば色々連絡事項とか打ち合わせとかもあるのだろう。

 葉山も葉山なりに大変なのだと思うと、少し同情した。

 

「そうだ、比企谷。一つ気になっていることがあるんだ」

 

 葉山の表情は先程と打って変わり、真面目な表情になった。というよりかは何か考えているような顔だ。

 

「最近、嫌な噂を聞くんだよ」

 

「嫌な噂?」

 

 葉山は続けた。

 

 

「……雪ノ下さんに関することでね」

 

 

 

 

 

「小町ちゃん、総武高校入学〜……せーの」

 

 

『おめでとう!(おめでとう)(おめでとさん)』

 

 

 掛け声の後、四人のおめでとうコールと四つのクラッカーが鳴り響く。

 機嫌を戻し、仕事を終わらせ帰ろうとすると、一色はそのまま雪ノ下のところへ行くとのことだった。時間になったら小町と一緒に来いと言われ、自宅を目指しているとスマホのメッセージアプリに由比ヶ浜から『18時に小町ちゃんと来てね』との通達があった。俺ってそんなに信用がないのかと思ったが、まあ前例を鑑みても俺が原因なのは確かだろう。

 そして、時間通りに小町と此処へやってきた。

 ここは3LDKの広い高層マンションの15階の一室で勿論雪ノ下の部屋である。

 流石、雪ノ下と改めて感心する。一般サラリーマンでも暮らすの厳しそうな立地と広さだ。家賃いくらなんだろう。というか高校生の時点でこんなところに暮らせるって。

 

「ありがとうございます〜! すっごく嬉しいです!」

 

 そんなことを考えていると我が妹である小町の感謝の声が。

 うんうん、喜んでいるようで良かったよ。

 お兄ちゃん準備とか何にもしてないけどね!

 

「小町ちゃん、何飲む? コーラ? オレンジジュース? 色々あるよー?」

 

 そう言って由比ヶ浜は机の横にある1リットルサイズコーラのペットボトルを持ち上げる。

 流石気遣いの由比ヶ浜というべきか、誕生日会で取り分けをしていたらいつの間にか終わっていた逸話を持っているだけあるな。とっても悲しいお。

 

「すみません、ありがとうございます! コーラでお願いします!」

 

「はいはーい!」

 

「小町さん、パエリアを作ったの。どうぞ」

 

 そして、パエリアを小皿に取り分けて雪ノ下は小町へ差し出す。雪ノ下は相変わらず料理が上手い。というかパエリア鍋がある家も凄いな。パエリアなんて頻繁に作らないだろうに。

 ちなみにパエリア以外にもサラダやフライドポテト、ピザ等様々な料理が並んでいた。

 

「あー! パエリア! あの時も作ってましたよね! ほんとに美味しかったんですよねー! 雪乃さんの料理!」

 

 ブライダル特集だかの依頼が来た時に作ってたなと思い出した。確かに美味かった。美味すぎてコメントし辛かったのも思い出したが。

 

「なら良かったわ……」

 

 雪ノ下は顔を逸らして赤くなっている。

 ゆきのん、嬉しいのね。よかったのねん。

 

「お米ちゃん、そのパエリア私も手伝ったんだよ〜。……ちなみに結衣先輩は触れてないから安心して」

 

 いろはすのその一言を聞いて謎の安心感が全身を襲う。

 いやまあうん。最近は多少まともになったとは言え、何故かクッキーを炭化させた実績を持つ由比ヶ浜が料理に関わっていないという事実は申し訳ないが、なぁ……

 

「……そ、それは、まあ、安心ですね!」

 

「えぇ、味は保証するわ。由比ヶ浜さんは食材の購入以外手を出させていないわ」

 

「ちょっと! みんな酷いよぉ!」

 

 小町も安心し、雪ノ下の言葉で更に安堵の息を漏らす。由比ヶ浜は抗議しているが仕方のないことだ。誰でも死人は出したくないだろう。

 

「ヒッキーも! なんか言ってよ!」

 

 するとなぜか由比ヶ浜は俺へ助けを求めてきた。少し涙目になっていたのは可愛いそうだったので、助け舟を出すことにするか。

 

「あー由比ヶ浜、お母さんと料理練習してるんだもんな。和風ハンバーグ、作れるようになったんだもんな。味も悪くなかったし」

 

 料理の腕前に関しては確かに由比ヶ浜は嘘だろ……というものではあったが、最近は謎のチョイスではあるもののクッキーと和風ハンバーグのみではあるが多少は作れるようになったとのことだ。デミグラスハンバーグは無理だが和風ハンバーグは作れるという謎特化型料理人である。どんなバトル作品でもそうだが、万能方よりも特化型の方が強いよな。主人公も特化型のが多い気がする。

 ちなみに和風ハンバーグに関しては由比ヶ浜宅に呼び出されご馳走になったことがあり、味はまあ普通というレベルにまで進化していて驚いたというエピソードがあるが、それはまた別の話である。

 

「お、お義母さん……そ、そうなんだよ! 私も料理出来るようになってきてるんだよ! ふふん!」

 

 なんというか表情が大分忙しいことになっていて、側から見ると面白い。顔を赤くして最終的にはなんかドヤ顔だ。ドヤガハマさんだわ。尚且つその大きなπが凄く主張している。

 ただひとつ気になるのは何か誤解されているような気がすることだが。まあ、分からないから別にいいか。

 

「……ふぅん。どうして貴方が由比ヶ浜さんの料理事情を知っているのかしらね。ねぇ、味見ヶ谷君」

 

「そうですねそれ私もすっごい気になりますお義母さん呼び含めてというかもしかしてそうやって嫉妬させて私の気を引こうとかそういうことですかそんな周りくどいことするのは私的にかなりポイント低いので後日両親が居る時に家に来て挨拶も兼ねて私が作ったご飯食べてってくださいだから今回はごめんなさい」

 

 そして雪ノ下と一色は何故か吹雪さながらの如く冷たいもので、濁った目で此方を見てくる。人のこと言ってるけど、貴方たちも目が死んでるわよ。

 あと、雪ノ下。その渾名は最早悪口ですらないからね。

 一色も早口過ぎて言ってることがよく分からないし、取り敢えずごめんなさいは聞き取れたので俺は振られたのだろう。

 

「いやぁ、お兄ちゃんも春が来たというか三周回って冬になってるというか……まあ! 小町的には冬が来ようが嵐が来ようがお義姉ちゃんが出来れば無問題というか! 今後のお兄ちゃんの幸せを願う妹って、小町的にポイント高いっていうか!」

 

 小町は小町でなんか一人で盛り上がっていた。楽しそうで良かったわね小町ちゃん。でもね、お兄ちゃんとっても寒いのよ心が。

 

「あーうん。取り敢えず俺もパエリア食べて良い? 腹減ったんだよね。お前の作った料理って毎日食べても飽きないくらい美味いしな」

 

 そう言って俺のところに置かれていた取り皿にパエリアをよそおうとする。極々一般的なシーフードのパエリアであるが雪ノ下が作ると大概がプロ並みに美味いから凄い。ときたま雪ノ下がお弁当を作ってくれるようになってからその腕前の高さを改めて認識した。ちなみに一番美味かったのは卵焼きであった。雪ノ下も甘い卵焼き派だったのか甘い味つけでとても良かった。何故か食べて美味いと言った後にホッとしていたのは謎であったが。

 まあ、俺のマイフェイバリットレストランはサイゼリヤなので舌が肥えているかと言えばそうではないので何かの指標には出来ないのであるが、自分にとって美味いものを食べるのが一番である。

 

「ま、待ちなさい、私がよそってあげるわ。ほら貸しなさい」

 

 何かにビクリと反応していた雪ノ下は顔を赤くしながら、そう言って俺から取り皿を奪うとパエリアを山盛りで持ってくれた。どうやら解凍されたらしい。

 

「……先輩? 話を逸らそうとしてますよね」

 

「一色、冷めちゃうから早く食べようぜ。熱々が美味しいだろパエリアって。お前も手伝ったんだろ? 早く食べたいんだよこのパエリア」

 

 まだ解凍されていない一色の頭をわしゃわしゃする。あうあうと一色は声を上げているがなんだこのあざと生物。小町でもここまでじゃないぞ。

 一色はむぅとした顔で此方を睨んでくるが、目の曇りは無くなり、顔もほんのり赤い。解凍完了したらしい。

 

「お前らも食べようぜ。折角の入学パーティーなんだから。な、小町」

 

「うん、ありがたく頂きま何これ凄く美味しいです!!」

 

 小町が口に入れた瞬間大絶賛のパエリアは確かに美味かった。

 雪ノ下達も続いてよそって食べ始めた。

 各々美味しいと言いながら食べている。平和が一番だね。まあ作ったのは雪ノ下と一色なんだけどね。

 

「あ、そうだ! 小町ちゃんにプレゼントあるんだよ!」

 

 食べつつ談笑していた中、由比ヶ浜がそうだとプレゼントを出した。

 この後、各々買ってきたプレゼントを小町へ渡し、開封した。

 ちなみに由比ヶ浜と雪ノ下、一色は三人で一つのプレゼントとしてブランドの財布であった。女子人気の高いブランドの可愛らしい財布で小町も芽を輝かせて喜んでいた。

 俺からは名前入りのボールペンをプレゼントした。そこそこ高級なボールペンで、店に行った際に少し驚いたのを覚えている。小町も財布に比較するとあれであるが、喜んでいたのでまあ良かった良かった。

 その後はダラダラと食べたり飲んだり駄弁ったりテレビを見たりの時間を過ごしていた。

 まあ、小町や由比ヶ浜、一色はお喋りが止まらなく楽しそうにしている。雪ノ下はそれを和かに見ながら時折会話に参加していた。そして俺はそんな彼女達を眺めながらBGM代わり流されていたつまらないバラエティ番組を見ていた。テレビは兎も角として中々に居心地が良い空間であった。

 毒されたというかなんというか某吸血鬼になった少年の言葉を借りれば人間強度が下がったのだろうか。悪い気はしないのであるが、まあ小町が楽しそうにしているので俺としては嬉しいものであった。  

 そんなとき、俺はふとある事に気がついた。

 

「なぁ、楽しそうにしてるところ悪いんだが、時間大丈夫なのか?」

 

 時計を見れば22時30分を過ぎており、帰らないといけない時間帯である。

 いくら明日が土曜日とは言え、遅い時間になれば補導されかねない上、入学していきなり問題を起こすのは小町は当然として今年受験の俺や由比ヶ浜は不味い。一色も生徒会長という立場があり、皆問題を起こすのは不味い背景があった。

 故に補導されずに急いで帰らないといけなかった。

 

「ふっふっふっ。実はこのまま泊まるから夜更かししても大丈夫なんだよ!」

 

「私もでーす!」

 

「……そういうわけなのよ」

 

 あらそうだったのね。仲が良くて大変宜しい!

 由比ヶ浜と一色に押し切られたのだろうが、雪ノ下は実はあれで嬉しそうにしているので問題はないのだろう。少し笑みが溢れていた。

 

「楽しそうで良いですね! 小町もご一緒したいです!」

 

 すると小町も由比ヶ浜と一色に触発されたのか、はいはいはーいと挙手をした。

 小町ちゃん、夜も遅いからもう少しトーンダウンしてね。自分のお家じゃないのよ。

 

「うんうん! 小町ちゃんも居たら絶対楽しいよ! ゆきのん、ダメ?」

 

 由比ヶ浜の上目遣い+おねだりが炸裂する。

 雪ノ下にとってみたら必殺級の一撃である。無敵貫通、防御無視というとんでもなそれを喰らえば雪ノ下に抗うことは不可能であった。

 

「……良いわよ」

 

 やはりよわよわな雪ノ下であった。

 それを見てやったーと喜ぶ小町と由比ヶ浜、一色。この子達いつの間にそんな仲良くなったのだろうか。

 

「おい、雪ノ下。本当に良いのか? 多分小町テンション上がっててうるさいと思うぞ。それに着替えとか持ってきてないぞ」

 

「そうね、騒音問題に関しては由比ヶ浜さんで慣れてるもの。着替えは私のを貸すから問題無いわ」

 

「いやまあそれなら良いんだがな」

 

 心配しているのは隣の部屋や下の部屋の住人のことなのだが。

 まら何やかんやあの雪ノ下なら受け入れ態勢は万全なのだろう。

 なんか将来雪ノ下の家に女4人で生活していても違和感ないかもしれないな。いや小町が居なくなるのは辛いな。主に俺と親父が。

 

「じゃあ、小町。後で母ちゃん達に連絡しとけな。俺も一応帰ったら話しとくからさ。あと雪ノ下に迷惑掛けんなよ」

 

 小町へそう言うと、よっこらせと立ち上がりポケットにスマホと財布があることを確認する。

 

「悪いけど、小町のことよろしくな。お前らもあんまり夜更か______」

 

 言いかけて、俺は気付いた。

 何故なのだろうか。ここに居る俺以外の面々は不思議そうな顔して此方を見ていた。まるで貴方馬鹿なのというようなそんな表情だ。雪ノ下に関しては間違いない。

 いや不思議なのは此方なのだけれどねぇ!

 

「え、何。どうした?」

 

「貴方は泊まっていかないのかしら?」

 

 まさかの雪ノ下の発言により、軽く脳内が混乱する。

 この子は何を言っているのかしら。

 

「そうだよ、ヒッキー。こんな時間に歩いてたら補導されちゃうよ」

 

「ですです。先輩目付き悪いから職質されちゃいますよ」

 

 いやいやそれは間違いなく正論なんだが、それは間違えてるだろう。今の状況からして倫理的に。

 

「お母さんにはお兄ちゃんと一緒に友達ん家に泊まってくるってもう連絡しといたよ」

 

 あら小町ちゃん。連絡が早いのは良いことだわ。でもね今それは違うと思うのお兄ちゃん。

 あと親父にも連絡してあげて!

 

「……あのなぁ、お前ら自分で何を言ってるのか分かってるのか? 常識的に考えて俺は泊まっちゃダメでしょこれ」

 

 今の女4男1という状況は色々駄目だと思われる。一人は妹だとしても不味いのは言わずもがなであろう。

 この子達将来が心配だわ。変なやつに騙されそうで。

 

「あら、そんな常識私には通用しないわ。それに私達に手を出すつもりでもあるのかしら?」

 

 ドヤ顔でそう言い放つ雪ノ下。ドヤの下さんじゃねえか。え、雪ノ下ってこんなこと言うやつだったっけ。

 いや常識が通用しないのは誇れることではないからね。

 なんか由比ヶ浜達もうんうんって頷いてるし。俺が非常識だったのか?

 

「あのなぁ、男っいうのは狼なんだって聞いたことないのかよ。少なくとも自分から招いておいて警察に通報するとか卑怯なんだぞ」

 

「……ヒッキー。ほんとに襲っちゃうの?」

 

 何だろうな。雪ノ下や一色より由比ヶ浜にこういう事言われると何ていうかこう罪悪感というかムラムラくるというか。その不安そうに頬を赤らめられたらな。

 というか雪ノ下は自分で言って自爆しない。

 

「先輩、あの、せめてお風呂入ってからでも良いですか……?」

 

 一色は一色で何か覚悟を決めたような顔しないでね。まだ腹を括るの早いから。貴方の人生これからよ。

 

「いやいやいや。もし俺が手を出すって言ったら逆にお前らどうするんだよって話だから。てかお願いだから小町の前でこんな話しさせないでくれ」

 

 肉親のいる側で生々しい下の話しはぶっちゃけキツいものがある。親よりは幾分マシなものの妹という異性であるので中々に気まずいのだ。お茶の間で見ていた映画のワンシーンで少しエロいシーンが流れたら気まずいだろう。あれのようなものである。

 

「小町としては構わないんですよ? ただ小町の前でしちゃうのはちょっとポイント低いというか高いというか。でもちゃんと避妊してくれればポイントは高いというか……」

 

「はいはい小町ちゃん。そういうこと言うの止めてね。話に現実味が出てきてヤバいから。あとお前らいい加減冗談は良しなさい。教育に悪いわ」

 

 妹の口から避妊とかしちゃうとか聞きたくなかったわ。少なくとも小町にはまだ早い。お兄ちゃん許しませんからね!

 

「ひ、避妊具に関しては……」

 

「雪ノ下、お黙りなさい」

 

 おい、まさかこの家にあるというのか。いやそもそも何故あるのだろうか。雪ノ下(姉)の入知恵かはたまた勝手に置かれたのか。深くは考えるのは良そう。同級生の生々しい現場は想像するだけで何かこう心が苦しい。アイドルの見てはいけない裏側を見てしまったような感じだ。

 意外に雪ノ下みたいな子ほどそういうことに興味があったりするのだろうか。ムッツリってやつだね。

 

「とにかくだ。状況的に倫理的に風紀的によろしくないから、俺は帰るぞ」

 

 早くこの場から退散をしたかったので、俺は踵を返し玄関へと向かう。今日は予想外の労働で疲れたし早く寝よう。

 そう思った時だった。

 

「……?」

 

 ある違和感に気付いた。

 

「駄目だよ、ヒッキー! 往生だよ!」

 

「そうだよお兄ちゃん! 据え膳食わぬはなんとやらだよ!」

 

 その隙を突いて、由比ヶ浜と小町が通せんぼする。

 

「由比ヶ浜、それを言うなら往生際が悪い、な。俺を殺すんじゃない。あと小町、この状況でそういうこと言うのは止めてね」

 

 この子達は俺をどうしたいのだろうか。

 なんか俺が悪いみたいじゃん。

 

「先輩、大人しくした方が良いですよ」

 

「……そうね、引き際君。一色さんの言う通りよ」

 

「引き際君って……」

 

 4人の計8つの視線を感じつつ、俺は敗北を悟った。

 そもそも俺は何故戦っていたのか、いや戦ってなぞいないのに敗北を突きつけられているのは何なのだろうか。負け慣れているとは言え理不尽な敗北に過ぎるとそう思いながら、両手を挙げ降参する。

 

「分かったよ、泊まれば良いんだろ。てか俺着替えないんだけど」

 

「安心しなさい、防犯用に男性用の着替えを置いてあるわ」

 

 いつの間に用意していたのか、着替えワンセットを差し出してくる雪ノ下。上下ブランドのジャージと黒シャツにトランクス。サイズは問題ない。

 女性の一人暮らしになれば防犯用に男性ものの服をベランダに乾かしたり、玄関に靴を置いたりのような手法を取ることがある。

 まあ、雪ノ下のマンションは地上15階にあるので泥棒が入るにしてもかなり厳しいものがあり、コンシェルジュもロビーに常駐しているようで防犯は万全と言える。念には念を、ということだろう。

 

「そいつはどうも、ありがとうな」

 

 俺はその着替えを受け取るとリビングへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、雪ノ下、由比ヶ浜、一色、小町の4人で風呂に入っている。どんだけデカい風呂なんだよと思ったが、雪ノ下が住んでいるのだから違和感はない。

 風呂に向かう際に小町に『お兄ちゃん、美少女4人がお風呂入ってるからって覗かないでよ』と言われたがうぜぇとだけ言って受け流した。

 針の筵と言えるこの状況、はっきり言って居心地は悪くなった。

 

「さて、と」

 

 4人が居ない状況を作り出せたので、行動しやくすなった。上がってくる前に事を済ませないとな。

 

「……ここか?」

 

 壁ギリギリに設置している60インチのテレビの裏側、そこの更に下側を覗いてみれば、本来あるはずのないものが見つかった。

 

「これは……」 

 

 盗聴器。

 世間一般的にそう呼称される装置だ。

 

「となると……」

 

 今度はエアコンのファンの中をスマホのライトを使用して覗く。キッチンへ行き、壁際に設置してある冷蔵庫の横を同じくライトで照らす。寝室に入り、雪ノ下の使用しているベッドの下を覗く。

 リビングへ戻り、軽く頭を抱える。

 

「……確認しただけで4つ」

 

 確実にまだあるだろう。

 ベッドの下にあったのは既に電源は落ちていた。冷蔵庫の横のもそうだ。テレビ裏のもその可能性が高いが、エアコンのものに関しては不明だ。もしかしたら電源が通っている可能性が高い。

 この様子だと風呂場やトイレにも設置してある可能性もあるな。

 

「……はぁ、面倒だ」

 

 本当に本当に面倒だ。

 

 

「おっにいちゃーん。上がったよーん」

 

 

 風呂に入り、ホッカホカな小町が登場した。

 ライトグリーンのパジャマを着ており、勿論すっぴんである。

 

「マジでお風呂おっきかったですねー! 私あんなお風呂初めてです!」

 

「そ、そうかしら……」

 

「ヒッキー! 上がったから次お風呂良いよー!」

 

 そして、次々来る女子達。

 皆お風呂上がりということもあり、色香が出ている気がする。何故か風呂上がり鏡を見ると自分が少しかっこよく見えるあれかもしれないな。

 3人とも普段からそこまで化粧は濃くないもの、やはりすっぴん姿というものは特別感があるのではないか。この3人すっぴんだろうがなんだろうが普通に可愛いしな。

 小町達には上がってそうそうに悪いが、場所を移動しないと不味いな。

 スマホのメモアプリを開き文面を入力していった。

 

 

 

 

 

「コンビニ行かね?」

 

 お風呂から上がると、脈絡なくそう提案された。

 いきなりの彼らしからぬ発言にここにいる全員は耳を疑っていたと思う。

 普段の彼であれば団体行動を態々取ろうなんて言わないからである。

 由比ヶ浜さんや一色さん、小町さんも風呂上がりにそれを言われることに文句を言うよりも、彼の言動に驚いているようだった。

 

「ヒッキーがそんなこと言うなんて珍しい。剣でも降るかも」

 

「それを言うなら槍ね。てか俺がコンビニに一緒に行こうって言っただけでその反応は酷くないか?」

 

 そうは言われても普段の彼なら絶対に言わなそうことを言われれば戸惑うのも無理はないのではないか。

 すると比企谷君はスマホを弄り、何かを入力するとその画面を私達に見せた。

 

 

『緊急事態だ。話を合わせてくれ。事情は後で説明する。タクシーも既に外に呼んでいる』

 

 

 一体どういうことだろうか。

 私含め誰一人ついていけていなかった。

 

「ひ、比企谷君? それは______」

 

「いやさ、急にアイス食べたくなってさ。ついでにマッ缶も買おうかなって」

 

 彼はそう言いつつ、スマホに何かを入力し、再度見せてきた。

 

『普段どおりにしてくれ。怪しまれることはするな。取り敢えず俺にそのままついてきてくれ』

 

「湯冷めするかもしんないから、上着着ろよ。ほら早く行くぞ」

 

 スマホの画面と彼の言葉を同時に認識して、普段とは違う雰囲気に押され、私達は言うことただ聞くしかなかった。

 

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