『おおーっ! 外も綺麗だったけど中も豪華だねー! 四糸乃もそう思うっしょ?』
「う、うん……キラキラしてる」
最初に訪れたのは、よしのんが行くことを希望していたお城の中だった。中世ヨーロッパの雰囲気を再現した真っ白な建物の内部は、これまたきらびやかに彩られている。
「この城は最近できたやつでさ、美術館にもなってるんだ」
きょろきょろと周囲を眺めている四糸乃の隣に立ち、士道は軽く解説を加える。
「ひゃっ……!」
声をかけられたことに驚いたのか、肩を震わせ距離をとられてしまった。
「ご、ごめん。びっくりさせちゃったか」
「い、いえ……その……」
やはりと言うべきか、彼女は他人という存在が苦手らしい。今も士道とまともに視線を合わせられず、せわしなく視線をあちこちに動かしている。
そんな少女が心を開いているのは、現状たったひとり。
『大丈夫? 四糸乃』
「う、うん……」
『士道くんは四糸乃をいじめたりしないから、もっと肩の力抜いておっけーなんだけどなー。悪い人じゃなさそうっていうのはわかるでしょ?』
「……それは、なんとなくだけど」
四糸乃の大事な友達、パペットのよしのん。普段は四糸乃にくっついている彼女は、折紙の左手に操られて躍動していた。
精霊と敵対しているASTの隊員が、その精霊相手にノリノリで腹話術を披露している姿は、よーく考えてみるとなかなか奇妙だと士道には感じられた。
折紙は見事なまでによしのんを演じきっている。普段の彼女を知る者なら、もれなく驚愕に口をぽかんとさせることだろう。それでいて本人は完璧な無表情を貫いているのがすごい。
『だったら、士道くんの話も聞いてあげたら?』
「わ、わかった……よしのんが、そう言うなら」
小さくうなずいた四糸乃は、とてとてと士道のもとに戻ってくる。その背後では、折紙が彼に視線を送っていた。
「あ、あのっ……!」
「うん。どうかしたの?」
「ご、ごめんなさい。も、もう一度、お話ししてもらえませんか……?」
上目遣いで、おびえるような目つき。
けれど、なんとか士道と視線を合わせようと頑張っている。
その姿は、どうしようもなく健気だと彼には思えた。
「ああ、任せてくれ」
折紙達ASTの意見も、その立場も理解できる。
それでも士道は、こんな女の子が容赦なく銃を向けられるのは嫌だと感じた。
正しいとか間違っているとかではなく、ただ嫌だった。
「ここは美術館っていって、いろんな絵が飾られているんだ」
「………」
「四糸乃は、絵は好きかな?」
「えっと……あんまり、見たことないから……」
「はは、そうか。それなら、今からたっぷり見て行こう。よしのんと、あそこの綺麗なお姉さんと一緒に」
「は、はい……」
彼女を怖がらせないように、ゆっくりと、優しく語りかける。しどろもどろになりながらも、四糸乃はちゃんと返事をしてくれた。
『決まりだねー。じゃあ行こうか、四糸乃』
「うん」
よしのんがやって来て、四糸乃とともに歩き出す。
少しずつでいい。最後には、この少女と楽しく笑いあいたい。そう思いながら、士道もあとに続こうとした。
「綺麗?」
「ん?」
くるりと振り返った折紙に、平坦な調子で尋ねられる。なんのことかと士道が困惑していると、彼女はそれを察して言葉を補った。
「綺麗なお姉さん?」
「お、おう……俺に言われるの、嫌だったか」
「そんなことはない。うれしい」
再び前方に視線を戻し、よしのんをはめた左手で四糸乃と手をつなぐ折紙。先ほどよりも足取りが軽やかなのは、士道の気のせいだろうか。
「ああしてるの見ると、姉妹みたいだな」
でも、それは外見だけの話にすぎない。
四糸乃と仲良くしているのは、あくまで折紙が演じるよしのんであって、折紙本人ではない。そこは、履き違えてはならないところだろう。
それが現実。四糸乃という精霊と、鳶一折紙の間に存在する、明確な壁。
『士道くーん? どうかした? 早くおいでよー』
「ごめんごめん、今行く」
だが、それはあくまで今の段階での話だ。
いつか、2人の間を遮るものを取り去りたい。そう願うだけなら、何も間違ってはいないのだ。
*
『わーお、ここもすごそうだねー!』
脳内で架空の人格を作り上げ、それを忠実に演じる。折紙がこの作業を始めてから、1時間半が経とうとしていた。
「こ、ここはちょっと……怖そうだから、いや」
『よしのんは怖いの苦手だからねー。お化け屋敷は無理っぽいか』
事前に観察していた『よしのん』と呼ばれる人格を再現できるか気になるところだったが、〈ハーミット〉の反応を見る限りは問題ないようだ。
「………」
彼女は、折紙がいつも自分の命を狙っている集団のひとりだと、気づいているのだろうか。別人格の方は覚えていたようだが、普段心を閉ざしていた〈ハーミット〉本体は、事実を認識していないのかもしれない。
……まあ、それは折紙が気にすることではない。どの道、〈ハーミット〉が見ているのは折紙ではなくパペットなのだから。
「お化け屋敷が駄目なら、あっちに行ってみるか? 可愛いキャラクターが住んでいる家、みたいなやつがあるんだけど。どうかな、四糸乃」
「あ……は、はい。行きたい、です」
士道の方は、少しずつではあるが〈ハーミット〉との距離を確実に縮めていた。最初は声をかけるだけで怯えられていたのに、今はきちんと会話を成立させている。教師として、普段から子供の相手は慣れているのだろうか。
精霊を救いたいという宣言に見合うだけの行動はできていると、折紙はそう感じた。
だからといって、彼女自身の考えが変わるわけではないが。
「よし。決まりだな」
ふと、士道が折紙に微笑みかけた。パペットではなく、しっかり折紙本人の顔に視線を合わせている。
その笑みが何を意味しているのか、彼女にはわからない。
……まさか、彼女と折紙が打ち解けていることを喜んでいるわけではないだろう。
彼だって理解しているに違いない。折紙はただ、精霊の暴走を未然に防ぐために『よしのん』を演じているにすぎず、心を開いたわけではないのだと。
士道が自分の身を案じてくれているのは、素直にうれしいと思う。でも、こればかりは譲るわけにはいかない。
精霊と戦うことは、彼女の存在意義そのものと言えるからだ。
いくら見た目が小さな子供だといっても、〈ハーミット〉が攻撃対象であることに変わりは――
「よしのん……行こう?」
くいっと、パペットの手に当たる部分を引っ張られる。
〈ハーミット〉が、控えめな笑顔を浮かべていた。
「………!」
ただそれだけの行為が、どういうわけか折紙の思考を乱した。
過去の記憶を、刺激されたからだ。
――初めて両親と一緒に遊園地を訪れた日。今の〈ハーミット〉と同じように、折紙も人ごみを怖がりながらもいろいろなものに興味が尽きなかった。
ウサギのパペットも、彼女が以前買ってもらったものによく似ていた。大火災の際に、家と一緒に燃えてしまったが。
「……よしのん?」
二度と戻らない過去。とめどなくあふれ出す思い出。
母の手を引き、次のアトラクションへ走っていって――
『……おっと、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしちゃってたよ』
首を横に振って、なんとか冷静さを取り戻す。精霊の前で、これ以上取り乱すのは危険だと自らに言い聞かせた。
『よしのんはちゃーんと、そばにいるからね』
「……ありがとう、よしのん」
パペットの口をパクパク動かしつつ、折紙は〈ハーミット〉に語りかけた。
彼女に対する敵意、悪意、害意、それらすべてを隠しながら。
「おーい、何してるんだ?」
「少し考え事をしていただけ。気にしなくていい」
隠した感情の、さらに奥の奥。
何か異質な思いがうごめいていることに、折紙はあえて気づかないふりをした。
*
「四糸乃。おいしいか?」
「はい……おいしい、です」
「そっか。ならよかった」
午後3時をまわったところで、士道達は休憩がてらフードコートに足を運んだ。ついでに言うと、まだ昼食をとっていないことに気がついたという事情もある。
「鳶一も、うまいか」
「テーマパーク内の飲食店としては及第点」
「はは、結構辛口だな」
きつねそばをすすっている折紙に尋ねたところ、そんな回答が返ってきた。四糸乃の方は、お子様ランチとバニラシェイクをおいしそうにいただいている。
「あなたはどう?」
「うまいぞ。やっぱり遊園地に来たらハンバーグ定食に限る」
「ハンバーグ、好き?」
「好きなのは確かなんだが、こういう場所で食うと5割増しでおいしく感じるんだよな。俺もまだまだ童心を忘れてないってことかね」
そう、とうなずく折紙。相変わらず自分から聞いたわりには反応が薄い。
しかし、今日はそんな彼女の新たな一面を見ることができた。
「ありがとうな。ここまで付き合ってくれて、めちゃくちゃ助かってる」
まさか、彼女がここまで陽気なキャラを演じられるとは。演じられるにしても、四糸乃のためにそれを行ってくれたことに、士道は素直に感謝していた。
「さっきも言った通り、私は私のために行動しているだけ」
「わかってるって。でも、お礼くらい言わせてくれてもいいだろ?」
折紙がフォローしてくれなければ、今こうして士道と四糸乃が言葉を重ねている光景はなかった可能性が高い。
『彼女がいなければ早々によしのんを返却する羽目になってたでしょうね。芸達者みたいだし、なんとかうちに引き抜けないかしら』
歯に衣着せぬ言動が売りの士道の妹君も、こんな感想を抱くくらいだ。
「なあ、鳶一」
「なに」
「たまには、こうやって遊ぶのもいいだろ?」
軽い調子を装って、士道は折紙に言葉を投げかける。本当は、真剣な質問である。
「別に、今日と同じ面子じゃなくてもいい。クラスの連中とか、なんならASTの同僚もありだ」
オーシャンパークをまわっている間も、折紙自身は無表情のまま。はしゃいでいるのはよしのんだけだった。
それでも、時折わずかに眉とか口元あたりの顔のパーツが動いていたのを見る限り、少しは楽しんでくれていたと士道は推測する。伊達に1年、彼女を見てきてはいない。
「もうちょっと、他人と仲良くするのもいいと俺は思う。肩肘張りすぎるのも考えものだしな」
「……そう」
彼女には、戦い以外に何かを見つけてほしい。ずっと前から抱いている、士道の切なる願いだ。
「機会があれば、考えておく」
返ってきたのは、なんとも気のない言葉だった。『機会があれば』と『考えておく』は、どちらも断る時の常套句である。女性にアプローチをかけた時によく言われる内容なので、士道はそれを痛いほどわかっていた。
「おう」
それでも、士道は折紙に笑いかけた。
はっきりと否定されなかったということは、少しでも自分の思いが伝わっている証拠だと考えたためだ。希望的観測にすぎないものの、前向きになるのは大事なことである。
「あ、あの……」
ちゅーちゅーと可愛らしくシェイクを吸っていた四糸乃が、ためらいがちに士道に話しかけてきた。彼女から声をかけてくるのは、非常に珍しい。
「なんだ?」
「その……もう、時間みたいです。体が、向こうに引っ張られるような……」
消え入るような声だったが、内容は非常に重大なものだった。思わず士道は折紙と顔を見合わせてしまう。
『まだ好感度は足りてないわね……残念だけど、次の機会を待ちましょう』
琴里の言葉により、今すぐ急いでキスをするという選択肢も消えた。たった数時間では、やはり四糸乃の心を完全に開くことはできなかったようだ。
「じゃあ、よしのんを返さないとな」
士道がそう言った時には、折紙はすでにパペットを四糸乃の左手にはめてあげていた。
『やっほー! ただいま四糸乃!』
「おかえり、よしのん」
はにかむ四糸乃を見て、今日の出来事は確実に事態の進展につながったと士道は感じる。よしのんをはめている時に彼女がしゃべったのは、これが初めてだからだ。
『士道くんも折紙ちゃんも、今日はありがとうねー。よしのんも四糸乃も大感謝だよ』
「どういたしまして」
しかし、消えるとなるとその瞬間を周りの客に見られるのはまずい。
人目のつかない場所に行くべきなのだが……
「鳶一。悪いんだが」
「わかった。来て、〈ハーミット〉」
『もー、だからよしのんにはよしのんっていうきゃわいい名前があるんだってばー』
皆まで言わずとも、士道の意図を理解してくれたらしい。立ち上がった折紙は、四糸乃とよしのんを連れて女子トイレの方に向かっていった。
「個室が空いてればいいけど……」
ドキドキしながら待つこと数分。
きびきびとした足取りで、折紙だけが席に戻ってきた。
「どうだった?」
「個室に入った後、〈ハーミット〉の消失を確認した。誰にも見られていないはず」
「なら安心だな」
どうやら、無事に向こうの世界に帰れたようだ。
『士道、あなた何気に危ないことするわね。こっちで監視していたとはいえ、ASTの人間に精霊を任せるなんて』
少々不満げな声がインカムから聞こえてくるが、士道としては今日の折紙は何もしないという確信があったのだ。
……というのは後付けで、うっかり普通に預けてしまったというのが実情だが。
言い訳させてもらうなら、うっかり預けてしまうほど、今の折紙からは精霊に対する敵意が感じられなかった。少なくとも士道には、そう思えた。
「まだ3時半か。途中で帰るのも入場料がもったいないし、もうちょっと遊んでいくか?」
「かまわない」
少し遅めの昼食を終えた後、士道は折紙と一緒にオーシャンパークをあちこちまわった。
その途中、時折彼女は、雨粒の落ちてこなくなった曇り空に視線を送っていた。
彼女がどんな思いを抱いていたのか――この時の士道には、知る由もなかった。
前回に引き続き、今回も四糸乃、よしのん、そして折紙がメインでした。
折紙が両親に連れられて遊園地に来たのは、おそらく彼女が四糸乃の外見よりもずっと幼かった時でしょう。それでも、彼女の態度を見て記憶がフラッシュバックしてしまったわけです。
第2章も終わりが近づいています。というかあと2話で終わります。
感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
では、次回もよろしくお願いします。