「そう……鳶一折紙がそんなことをね」
兄妹2人で晩御飯の食卓を囲んでいる最中、士道は朝方折紙に言われたことを話した。
すなわち、彼女がこちらに協力する姿勢を見せてくれたという内容についてだ。
「彼女にも、いろんな事情があるんだろう。ただ、俺は信じたいと思うし、信じられるとも思う」
「ま、それは今後確かめさせてもらうわ。誰かさんが秘密をペラペラしゃべってくれたおかげで、マークせざるを得ないわけだし?」
「う……重ね重ね、申し訳ないです」
カレーを食べる動作を止め、士道は小さく頭を下げる。
彼は折紙に、自らの持つ能力、そして精霊を救うという目的を明かしている。琴里達としては伏せておきたかった秘密を、教え子を説得したいがために露わにしてしまったのである。
そのことを琴里に伝えたのは、10日ほど前。折紙と四糸乃と一緒に遊園地に行った日の夜のことだった。
折紙が四糸乃に対して手を出さなかったこと、妙に協力的だったこと。そのあたりを問い詰められ、白状するしかなかった。
「いいわよ、もう。すでにこってり説教済みだし、現状士道にASTの干渉がないってことは、彼女が秘密を守っているであろう証拠だろうし」
「そこは心配いらないと思う。あいつはきっと、約束を守る子だ」
「……信用してるのね」
「大事な生徒だからな。嘘をつくようなタイプじゃないのは、この1年でよくわかってる」
そうでなければ、リスクを冒すような真似はしない。〈ラタトスク〉という組織の名前や、その内情に関する話は避けているにしても、だ。
「士道がそう言うんなら、私もある程度は信じるわ。彼女優秀だから、うまく利用……もとい、協力できれば効率よさそうだし」
「黒い、黒いよ琴里ちゃん!」
ニタァ、と唇の端をつり上げる妹の姿に怯える士道。やはり黒リボンモードの彼女はいろいろと容赦がない。
……真面目な話も終わったことだし、少しお願いをしてみるべきか。
「時に琴里よ。リボン取り替えてもいいか?」
「あん? なんでよ」
「最近司令官モードばっかりだろ? まあ神無月さんに諭されて以降、高圧的な妹というキャラにもいいところがたくさんあると気づかされたから不満はないんだが」
「神無月に制裁、と。それで?」
言葉の調子こそ静かなものの、その内容はなんとも過激である。
「たまには無邪気な琴里の姿を見たいなーと思いまして。久しぶりに兄妹水入らずでイチャコラしないか?」
「変態。カレーに七味ぶちまけるわよ」
馬鹿じゃないの、と呆れたようにため息をつかれてしまう。
「と、冷たいことを言いつつも、実際はお兄ちゃんに甘えたいんだよな」
「違うから。めちゃくちゃはっきり拒否してるでしょう」
「と、冷たいことを言いつつも、実際はお兄ちゃんに甘えたいんだよな」
「……え、なに? もしかして無限ループなの。イエスって言わないとイベント進まないの」
「と、冷たいことを言いつつも、実際はお兄ちゃんに甘えたいんだよな」
「………」
「と、冷たいことを言いつつも」
「あーもうわかったわよ! ご飯終わったらリボン替える!」
ついに根負けした琴里が、ぐぬぬと唸りながらそう答える。
対して士道は、勝利の味を噛みしめるガッツポーズ。
「やったぜ」
「ムカつくくらい爽やかな笑顔ね……」
「お兄ちゃんが妹のことを想って笑ってるだけだぞ」
「……シスコン」
士道にとっては、罵倒ではなく褒め言葉である。
ぷいっとそっぽを向く琴里だが、その頬は若干朱に染まっていた。間違いなく照れている。
きっと彼女も、まんざらではないのだろう。そもそも琴里は元来甘えたがりであり、だからこそ士道も少々強引に話を通したのだ。妹が本気で嫌がることを強要したりはしない。
「マリカーでもやるか」
「いいわ。けちょんけちょんにしてあげる」
こうして、2人きりの夜が過ぎていく。
士道が不思議な力を持っていようが、琴里が〈ラタトスク〉の司令で、ちょっぴり過激な一面を秘めていようが。
……この時間だけは、決して変わらない。
*
翌朝。
「シドー、おはようだ!」
「おはよう、十香」
自宅の前で待つこと数分。隣の建物から出てきた十香が、元気に駆け寄ってきた。
経過観察の結果、無事彼女は地上で暮らすことを認められた。そこで五河家の隣に精霊用のマンションが建てられ、昨日からそこで生活することになったのである。
ものの数日でこれだけ大きな住宅が建設されたことについては、そろそろ慣れてきたので士道も突っ込まない。
「ちゃんと起きられたみたいだな」
「うむ。令音がいろいろしてくれたからな」
「そうか。して、令音さんは?」
「もう少ししてから出るそうだ。先に行ってくれと言っていた」
制服をばっちり着こなした十香の姿は、どこからどうみても普通の人間そのものだ。この1ヶ月弱で、クラスにもしっかり溶け込むことができている。
「よし、じゃあ行こうか。校門くぐったら、ちゃんと五河先生って呼ぶんだぞ」
「わかっている」
ならばよし、と歩き出そうとする士道。
ところが、十香の方はなかなか一歩を踏み出さない。
「シドー」
「どうかしたか?」
「ありがとう。私の願いを、叶えてくれたのだな」
願い? と、少しの間逡巡した後、士道は彼女の言わんとすることに思い至った。
四糸乃と初めて出会ったあの日。シェルターに避難する途中、確かに士道は彼女にお願いをされていた。
「私のような精霊を、助けてやってほしい。士道はちゃんと、それを果たしてくれた。だから、ありがとうだ」
そう言って、輝くばかりの笑顔を向ける十香。
「十香……」
思わず見惚れてしまいそうになる士道。
だが、それは長くは続かなかった。
「………」
笑っていた十香が、一転して険しい表情を見せる。視線は士道ではなく、彼の背後へ向けられていた。
つられて彼が振り向くと、そこにいたのは。
「と、鳶一?」
「おはようございます」
まったく気配を感じなかったが、いつの間にか折紙がすぐそばに立っていた。
ぺこりと礼をする彼女に、士道は頭に浮かんだ疑問を投げかける。
「家、こっちじゃないだろ。なんでここに」
「監視役だから」
「え……でも、今まではそんなこと」
「監視役だから」
「あ、はい」
無限ループ、流行っているのだろうか。
自分が仕掛けるのは楽しいが、逆の立場になるとなんだか怖い。
なんて士道が思っているうちに、折紙はゆっくりと十香のもとへ歩み寄る。
「鳶一折紙。なんの用だ」
無表情の折紙に対し、十香は不機嫌そうな顔を見せる。それも仕方のないことで、学校でもこの2人は常にお互いを警戒し合っているのだ。
命のやり取りをした関係である以上、なかなか仲良くなれないのは当然なのかもしれない。
「あなたに、言わなければならないことがある」
「言わなければならないこと? なんだそれは――」
……その瞬間、士道も十香も息をのんだ。
眼前の光景に、ただ驚くしかなかったのだ。
「ごめんなさい」
あの鳶一折紙が、夜刀神十香に頭を下げている。
これが意味することの重大さは、おそらくこの場にいる全員が理解しているはずだ。
「な、なんだいきなり!?」
「4月22日。あなたが、精霊の力を失った日」
顔を上げた折紙は、いつもの通りのポーカーフェイス。
だが、彼女の口から出てくる言葉には、なんとも言えない緊張感が漂っていた。
「……お前が、私を撃ったことか」
折紙の説明を受けて、十香も意図を理解したらしい。
「今さら謝られる筋合いはない。あれは」
「そうじゃない」
「ぬ?」
否定の言葉が飛んできたことに目を丸くする十香。士道も完全にそのことに関する謝罪だと思っていたので、面食らってしまった。
「私が謝りたいのは、別のこと」
淡々と、けれど不思議に響いてくる声。
「あなたと士道のデートを邪魔して、ごめんなさい」
「………!」
毒気を抜かれたかのように、十香はぽかんと口を開けた。
士道の方は、ここでようやく折紙が本当に意図するところを察していた。
ASTは、人類を強大な力から守るために精霊と戦っている。彼女が十香を撃ったのは、ASTの隊員としてその責務を果たそうとしただけにすぎない。
そのことを、今の十香は十分理解している。おそらく折紙は、素直に謝っても受け入れてはもらえないかもしれないと予測したのだろう。
お前は自分のなすべきことをしようとしただけだ――そんな感じのことを言われてしまうと、そう考えたのだ。
だから、理由を用意した。謝罪を受け取ってもらえるような形を作り出し、背後に本当の感情を忍ばせた。
「……は、ははっ」
士道の推測が正しいかはわからない。十香が折紙の言葉をどう解釈したのかもわからない。
それでも、今現在十香が笑っているのは確かな事実だった。
「ふふっ、そういうことか……うむ。謝るのなら、許してやるぞ」
「ありがとう」
この瞬間が、彼女達にとって大きな一歩になる。
そう確信した士道は、穏やかな表情で2人を見守っていた。
『やっはー、士道くん』
「うおっ」
不意に背後から声をかけられ、びっくりしながら振り向く。
すると士道の鼻の先に、ででん、とウサギのパペットが突きつけられた。
「四糸乃! と、それによしのんも」
『検査の合間に、ちょっとだけ外に出してもらえたんだー』
「お、おはよう……ございます」
可愛らしい白のワンピースを身に纏った四糸乃が、士道の目の前に立っている。
今の話を聞く限り、検査の経過は良好らしい。
「おお、四糸乃とよしのんではないか!」
『十香ちゃんもおはよー』
彼女の存在に、十香達も気づいたらしい。
「なんだ。もう仲良くなったのか?」
「何度か話す機会があってな」
うれしそうに語る十香。似たような境遇の子がそばにいることが、彼女の心にはプラスになるのかもしれない。
「………」
そしてもうひとり、四糸乃を見つめる少女がいる。
彼女の視線に気づいた四糸乃は、ゆっくりと足を進めて近づいて行った。
「あ、あの……折紙さん」
折紙の前で立ち止まった四糸乃は、自らの言葉をたどたどしく紡いでいく。よしのんではなく、彼女自身の思いを形にする。
「また、会えて……うれしい、です」
四糸乃の顔が、ほころんだ。
それはまるで、姉に向けるかのような安心しきった表情。士道にはそう感じられた。
「……四糸乃」
折紙が、少女の名を呼ぶ。初めて面と向かって、彼女の本当の名前を口にする。
そして、彼女の頭の上に優しく手を置いた。
「私も、うれしい」
その時。
士道は初めて、鳶一折紙の『顔がほころぶ』光景を目の当たりにした。
というわけで、これで第2章は終わりです。前半シスコン野郎、後半はきれいな友情愛情諸々でお送りしました。
折紙の本質は、あまり原作と変わっていません。士道が早い段階で秘密をさらけ出してアプローチをかけたこと、そして四糸乃と触れ合ったことが、今の彼女の立ち位置の要因です。
折紙お姉ちゃんというシチュエーションはかなり僕の好みなのですが、どうでしょうか。
次回からは第3章に入ります。折紙と四糸乃が本格登場したことにより、ようやく日常シーンにも力を入れることができそうです。そしていよいよタグにもあるあのお方が……
では、次回もよろしくお願いします。