「わたくし、精霊ですのよ」
それが、今日初めて顔を合わせた転校生の、士道に向けた第一声だった。
「……精霊?」
「ええ。それより五河先生? そろそろ朝のホームルームに行かなければならない時間ではありませんの? わたくし、早くクラスのみんなにご挨拶がしたいですわ」
「あ、ああ……そうだな。案内するから、ついてきてくれ」
「はい」
時崎狂三。今日から士道のクラスに新たに加わることになった転校生。
白くきめ細やかな素肌に、美しい顔立ち。黒い髪を2つに結わえていて、長い前髪が左目を覆い隠している。
その口調と言い、どこか深窓の令嬢を思い起こさせる少女だと士道は思った。
ただ、そういったファーストコンタクトのイメージは、今しがたの彼女の言葉でほとんど吹き飛んでしまった。
「楽しみですわ。どんな方達と会えるのでしょう」
「うちのクラスは曲者揃いだけど、みんな根はいいやつだから安心してくれ」
「あら、あら。それは期待できそう」
廊下を歩きながら、彼女が口にした『精霊』という単語の意味を考える。
士道が何も知らない一般人であったなら、狂三が自らの美しさを精霊に例えただけなのではないかと結論付けて、それで終わりだったに違いない。
だが、彼は少し前から本物の精霊とかかわりを持っている。もし彼女も同類なのであれば……
「っと、もう教室か」
考え事をしながら会話しているうちに、気がつけば士道は教室の前に立っていた。
「どうしましたの、先生。中に入りませんの」
士道が扉を見つめていると、狂三が怪訝そうな顔つきでこちらを覗きこんでくる。
近くで彼女の瞳を見ると、まるで吸いこまれてしまいそうな錯覚を覚える。同時に、それは十香や四糸乃のそれと同じなのではないかと思考する。
「なあ、時崎」
「なんですの?」
「さっきの、精霊ってさ……その」
「ふふっ。その話は……そうですわね。放課後にまたしてくださいまし」
「……わかった」
とりあえず、今は来禅高校の教師としての役割を果たそう。そう考えた士道は、気を取り直して元気よく教室へと足を踏み入れるのだった。
「静かにー。今日はみんなに転校生を紹介するぞ」
*
ホームルームから続けて1時限目の現代文の授業を終えた士道は、教室を出てから琴里に携帯で連絡をとった。用件はもちろん、時崎狂三という少女に関してである。
『わかった。とりあえずこっちで調べておくから、士道はできるだけその子から目を離さないように』
「と言われても、俺はこれから他のクラスで授業なんだが」
『あー、そっか。なら令音にも頼んでおくわ』
必要なだけの会話を終え、通話を切る。おそらく琴里はこれから学校を抜け出し、〈フラクシナス〉へと向かうのだろう。
「さて、俺も次の授業に――」
「五河先生」
「ぬおっ!? な、なんだ、鳶一か」
携帯をしまい歩き出そうとしたところで、すぐそばに折紙が立っていることに気づく士道。
「もうすぐ休み時間も終わるぞ。早く教室に」
「朝からあなたの表情筋が平常時より5パーセント強張っている。何かあったの」
「……5パーって数字はどこから来たんだ」
「綿密なデータ処理によって算出された」
前々から感じていたことだが、彼女の言動は時々ぶっ飛んでいる。鳶一流ジョークなのか、はたまたすべて大真面目なのか、それは今の士道には判別のつかないことだった。
「何かあったの」
「それは……」
「精霊のこと?」
歯切れの悪い士道に対し、折紙は真っ直ぐに彼の瞳を見つめてくる。
そして彼女の言葉自体も、確信に近いところを突いていた。
「……鳶一。君は俺のことを信用してくれている……って、考えてもいいよな」
「当然。私はあなたを信頼している」
「そうか。だったら俺も、その信頼には応えておきたい」
狂三に注意しておくなら、同じ教室の中に事情を知っている人間がひとりはいたほうがいいのも事実。そう結論付けた士道は、折紙に今朝の狂三との会話の内容を伝えた。
「時崎狂三が、精霊……」
「まだ確定したわけじゃない。今、こっちで調べてるところだ。結果が出たら鳶一にもすぐ教える」
「それまでは、動かないでほしいということ?」
「理解が早くて助かるよ。さすが優等生だな」
「そう」
「お、今表情筋が2パーセントくらい緩んだか?」
「二番煎じはあまり感心しない」
手厳しい意見をもらってしまった。
「時崎狂三の様子は私が観察しておく」
「頼む」
「ちなみに、夜刀神十香はこのことを知っているの」
「いや、夜刀神には話してない」
「そう」
「なんでガッツポーズしてるんだ」
「秘密の共有は愛を育むというのが相場」
折紙のセリフとともに、2時限目開始を告げるチャイムが鳴り響く。彼女の発言の意図が気になる士道であったが、これ以上話を続けることはできない。
「じゃあ、何かわかったら伝えるから」
「わかった。私もそうする」
折紙と別れ、士道は次の授業が行われるクラスの教室へ急ぎ足で向かうのだった。
「やっぱり、鳶一って俺のこと……いや、今は時崎だ」
*
折紙が教室に現れたのは、チャイムが鳴り終わって数分後だった。
「ぬ、ようやく戻って来たか折紙。チャイムが鳴った時には教室にいるのが人間のルールではないのか?」
「………」
「な、なんだじーっと見つめて」
「フッ」
「ああっ! 貴様いま私を鼻で笑ったな! なんだその勝ち誇ったような態度はー!」
*
その日の授業は、特に問題もなく消化され。
「じゃ、先生さよならー」
「気をつけて帰るんだぞ。あとあんまり寄り道するなよ」
「はーい」
「ほどほどに遊んで帰りまーす」
迎えた放課後。亜衣麻衣美衣のかしましトリオにあいさつした後、士道は席に座ったままの狂三のもとへ歩み寄る。
「あら。真っ先にわたくしを見つめて来てくださるなんて、情熱的なアプローチの前触れですの?」
「そうかもしれないな」
「かまいませんの? 教師と教え子の間での恋愛はご法度……それが人間の世界での決まり事では?」
「ばれなきゃセーフだ」
「ええ、ええ。なるほど……五河先生はワルですのね」
上品な笑みを浮かべる狂三の表情から、その奥に潜む感情を読み取ることはできなかった。それも当然であり、そもそも女心が簡単に見抜けるのなら士道は恋人作りに苦労していないのだ。
「少し場所を変えてもいいか。ゆっくり話がしたいんだ」
「いいですわよ。わたくしも、同じ気持ちですから」
琴里からの連絡で、彼女が本物の精霊であるという情報はすでに士道の耳に入っている。折紙にも伝達済みだ。
今しがたの発言もそうだが、狂三は自らが精霊であることを隠そうとしない……どころか、むしろ積極的にばらそうとしているようにさえ感じられる。
いったい、彼女の真意はどこにあるのか。今まで接してきた精霊が、言ってみれば純粋な少女ばかりだったので、士道は狂三との距離感を測りかねていた。
「この辺でいいか」
人気のない廊下まで移動してから、士道は耳にはめたインカムからの指示を待つ。インカムは〈フラクシナス〉で様子をうかがっている琴里の通信とつながっており、これにより彼女やクルー達と意思疎通を行うことができる。
『精霊関連のことを突っ込む前に、まずは軽いジャブで場を和ませたほうがいいかもしれないわね』
士道の役目は、精霊である狂三をデレさせて、キスをすること。それによって彼女の霊力を封印し、人間社会に溶け込ませることができる。
人間関係の構築において、最初のやりとりで抱くイメージというものは非常に大事だ。ゆえに琴里は慎重な判断をしているのだろう。
「どうしましたの、五河先生」
「あ、ああ、うん。すまない。何を話したもんかと考えてさ」
「ふふ、なんでもいいんですのよ。わたくし、先生とお話しできるだけでうれしいですから。知りたいこと、なーんでも聞いてかまいませんわ」
「な、なんでも、か」
「ええ。な・ん・で・も、ですわ」
ずい、と士道に一歩近づく狂三。不必要に腰をくねらせているように見えるのは、彼の気のせいなのかそうでないのか。
『士道。少し待ちなさい。選択肢よ』
その時、インカムから琴里の声が聞こえてきた。
*
〈フラクシナス〉には、精霊とのコミュニケーションを補佐するための機能として、AIによる選択肢提示システムが用意されている。
士道が精霊と会話している間、適宜次の行動の選択肢が表示されるのだ。
「令音。確か昨日から、AIに士道の思考データを混ぜたのよね」
「ああ。これまでシンは彼なりの話術で十香と四糸乃をデレさせることに成功している。その思考を取り入れて損はない……という君の判断で導入した」
「ぶっちゃけここまでほとんど選択肢役に立ってないし、テコ入れも必要よ」
さて、生まれ変わったAIによる選択肢はいかほどのものか。
モニターに大きく表示された文章は――
①おっぱいのサイズを教えてくれ
②おっぱいを触らせてくれ
③おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい
「あんのアホ兄ー!!」
「どうやらシンのデータを色濃く受け継ぎ過ぎたようだ」
*
『おっぱい以外の話題にしなさいこのミドリムシ!』
「お、おう」
なぜかおかんむりの様子の妹に困惑しつつ、士道は今一度狂三に向き合う。
……ちなみに彼女の胸は、十香ほどではないが十分に豊満だった。
「お胸を触りたいんですの?」
「HAHAHA。教師がそんな欲望抱くわけないだろ」
「先ほどから手つきがせわしないですが」
「これはわきわき体操だ。こうすることで手の血行がよくなりなんやかんやで健康長寿につながるんだ」
「そうですの。でしたらわたくしも今度試してみますわ」
士道の苦しい言い訳を信じているのかは不明だが、狂三は小さく笑うとそれ以上の追及はしてこなかった。
「五河先生は面白い方ですわね」
「そうか?」
「ええ。とてもユーモアがおありになりますわ。わたくし、仲良くするなら先生のような方が好みですの」
「それは光栄だなあ」
狂三のような美少女に真正面から褒められると、恋愛に関して残念な男・五河士道はどうしてもドギマギしてしまう。それをごまかすために首に手をやって笑うと、彼女もそれに合わせるように柔和な笑顔を見せた。
「親愛の意をこめて、士道先生とお呼びしても?」
「士道先生、か。あんまり名前呼びは推奨していないんだが……」
「いいじゃありませんの。しっかり敬意をこめてお呼びしますわ」
「うーん、わかった。許可しよう」
にこり、と微笑む狂三。
美人に強く出られると、断れなくなるのが士道の性質だったりする。
『へえ、いい感じじゃない。これだけフレンドリーな精霊っていうのも珍しいわね』
「……どうだろうな」
『なによ。気になることでもあるの?』
しかし、年甲斐もなくドキドキしながらも、士道の心の一部は別の角度から目の前の生徒を分析していた。
「俺の経験が告げている。こういう初対面からあからさまに好意をぶつけてくる女は、たいがい信用できないと」
『なに? 昔、ぶりっ子に痛い目遭わされたことでもあったわけ』
「………」
『あったのね』
やかましい。人は失敗を糧にして前に進むのだ!
そう心の中で琴里に反論して、士道はこほん、と咳払いをひとつ。
「時崎」
「狂三、でかまいませんわよ」
「……時崎。よかったら、この学校を案内しようか」
「あら。士道先生はなかなかデレてくれませんのね」
『デレる』という単語を口にした狂三。
……いったい、彼女はどこまで知っているのか。ただの偶然とは考えづらい。
悩んでいるのは士道だけではないらしく、インカムの向こうからも琴里のため息が聞こえてきた。
*
「ぬう……五河先生と転校生はいったい何を話しているのだ」
「………」
士道と狂三のいる場所からいくらか距離をとった物陰から、十香と折紙は彼らの様子を観察していた。
とその時、折紙の携帯に着信があった。
「はい」
短く相槌を打ちながら、彼女は十香と狂三に視線を送る。
「ぬ?」
首をかしげる十香だが、人が電話している時は静かにしろと士道や令音から教えられているので黙ったままでいる。
「了解」
やがて通話を切った折紙は、くるりと踵を返すとその場を立ち去ろうとする。
「おい、どこへ行くのだ」
「用事ができたから、帰る」
「そ、そうか。用事か」
短い返答の後、再び歩き出す折紙。
その背中に向けて、十香はもう一度声をかける。
「鳶一折紙!」
「なに」
「今度、また私の家に来い。ゲームのリベンジをしてやる」
「……考えておく」
「うむ! しっかり考えおけ!」
一度十香の顔に視線を向けた後、今度こそ折紙は去って行った。
タグにいるだけで出番のなかったきょうぞうちゃんをようやく登場させることができました。
タグにあることから予想のつく方も多いとは思いますが、彼女の出番は多めです。
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では、次回もよろしくお願いします。