五河士道(23)によるデート・ア・ライブ   作:キラ

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人を殺す精霊

「に、兄様……っ!」

 

 トラブルは、精霊絡み以外からもやってくる。

 学校からの帰り道。道端で見知らぬ少女にいきなり抱きつかれたその瞬間、士道はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

「ここが兄様の家でいやがりますか。きれいに片付いててポイントたけーですっ」

 

 ポニーテールを元気に揺らしながら五河家の内装を眺めているのは、突如現れ士道の妹を名乗った少女・祟宮真那。

 普通、そんな子が現れたら疑うのが当然なのだが、小さい頃の記憶が曖昧なうえに実の親に捨てられている士道は、真那の言葉をすっぱり切り捨てることができなかったのである。

 

「顔つきもどことなく俺に似てるしな……」

「そりゃそーです。血をわけあった兄妹なんですから」

「……時に妹よ」

「なんでしょう? 答えられることならなんでも答えやがりますよ」

 

 にこにこ笑顔の実妹らしき女の子に、士道は気になっていることを素直に口にする。

 

「そのおかしな敬語と呼べないしゃべり方はなんなんだ」

「え? あー、これはですね。なんか癖で変な感じに」

「一応俺は現国の教師だ。矯正してやろう」

「兄様は教師なんですか? さすが真那の兄様、立派でいやがります!」

「さすが俺の妹、ヨイショが上手いな!」

 

 互いに笑いあった後、彼は妹に敬語のなんたるかを教え始めた。

 そのやりとりを間近で見ていた琴里は、早くも意気投合しつつある二人を見てため息をひとつ。

 

「敬語うんぬん以前に、今までどこにいたのかとかいろいろ聞くべきことがあると思うんだけど……」

「シドー、私も言葉の勉強をしたいぞ!」

「わ、私も……」

『よしのんはオトナの言葉をお勉強したいなー』

 

 一方、十香と四糸乃(とよしのん)は特に疑問を持つこともなくその場の空気に適応していた。

 

 

 

 

 

 

「ま、また時間がある時に来ますっ!」

 

 仲良く会話を重ねていた士道達だったが、真那の住んでいるところや現在の生活についての話になった途端、彼女は焦った様子で家を出ていってしまった。

 

「……どう思う? 士道」

「どうって、明らかに何か隠してるように見えたけど」

 

 確か、真那は折紙といろいろあって知り合ったと言っていた。

 加えて、住処や学校に関して口を濁すような態度。……つなげていくにつれ、士道の頭の中ではよくない想像が広がっていく。

 

「鳶一に聞くのが一番早いか」

「時崎狂三のこともあるのに、頭が痛いわね。どうせあの子のことも放っておけないんでしょ、シスコンだから」

 

 士道に確認するように尋ねる琴里の口ぶりには、ほんの少しだけ不機嫌な成分が含まれていた。

 

「勘違いしているのかもしれないけど、俺は別に妹だったら誰にでも優しくするわけじゃないぞ」

「………」

「琴里がいい子で可愛いから優しくしたくなるんだ」

「……ふん。別にそんなこと聞いてないわよ」

「照れちゃってかわいいなあ」

 

ゲシッ。

 

「痛い!」

「照れてない! 馬鹿なこと言ってないで、さっさとスーツ脱いできなさいよ」

「ああ、わかったよ」

 

 ぷんすか怒る琴里に笑いかけながら、士道はスーツのボタンを外し始める。

 

『見てごらんよしのん。あれがツンデレだよ』

「ツンデレ……」

「ツンデレとはなんだ? うまいのか?」

 

 そしてそんな兄妹の様子を眺めながら、和気あいあいと語らう精霊たちの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 士道が家を出ると、玄関の前でにらみ合う十香と折紙の姿があった。

 

「朝っぱらからにらめっこか?」

 

 なんて軽口を叩いたら、二人の厳しい視線が同時に士道に向けられる。

 大方、『なぜお前(あなた)がここに』という感じで互いが互いの存在を疎ましく思っているのだろう。最近少しずつ距離が縮まっているとはいえ、基本的に十香と折紙はそりが合わないのだ。

 

「シドー。学校にいくぞ」

「監視役の仕事をしにきた」

「わかったわかった。3人で仲良く行こう」

 

 美人の女学生ふたりをはべらせて通勤する男性教師。傍から見ればかなり羨ましいのではないだろうか。

 もっとも、この少女達はその気になればビルを半壊させるくらいはできてしまうので、あまり機嫌を損ねると大変なことになるのかもしれないが――というとりとめのない思考を中断し、士道は隣を歩く折紙に声をかける。

 

「鳶一。祟宮真那って子と知り合いなのか?」

 

 無言でうなずく折紙。

 

「いつどんな風に知り合ったんだ」

「………」

 

 今度は頭を動かさず、ただ無言のまま。

 その反応を見て、士道は十香に聞こえないくらいの声で次の質問を口にする。

 

「あの子も、ASTか」

「………」

 

 折紙は足を止めることなく歩き続け、ただ一言、

 

「私からは答えられない。本人に聞くべき」

 

 とだけ返ってきた。

 

「……それもそうだな」

 

 そう答える士道だったが、今の彼女の返答までに空いた間でだいたいの事情は察していた。

 おそらく真那もAST、あるいはそれに近い立場の組織に属している。

 そうなれば、彼女も折紙と同じく、精霊との危険な戦いに身を投じている可能性がぐんと高まる。

 

「ぬ? どうしたシドー、怖い顔をして」

「え? ああいや、なんでもないよ。今日の授業ではどんな宿題だそうかなと考えていただけだ」

「宿題か。あまりたくさん出されると困ってしまうぞ」

「はは、そうだな。そこはちゃんと考えておく」

 

 狂三のこと。そして真那のこと。

 一度にふたつも厄介事が舞い込んでくると、さすがに士道の精神も参ってしまう。

 

「五河先生」

 

 あまり悩んでいることを外に出さないような表情を心がけていると、折紙が彼にそっと耳打ちをしてきた。

 

「夜刀神十香と別れた後、少し時間を作ってほしい。話したいことがある」

 

 

 

 

 

 

 階段で十香と別れた後、3階の空き教室付近で折紙と再合流した士道。

 

「時崎狂三は死んだ」

「え……?」

 

 一瞬、頭が真っ白になる。彼女の言葉の意味を理解するのに、少々の間が必要だった。

 

「な、なんで」

「識別名〈ナイトメア〉。彼女は空間震ではなく、自らの意思で1万人以上の人間を殺害してきた。まさに最悪の精霊」

「1万人、だと……?」

 

 しかも『自らの意思で』と折紙は言った。それが本当なら、狂三は大量殺人犯なんて範疇に収まらないほどのことをしていることになる。

 

「だから早急に処理する必要があった。昨日の夕方、時崎――〈ナイトメア〉は殺された」

 

 淡々と語る折紙の口調は、事後報告を行うどこかの企業の職員のようだった。

 あえて〈ナイトメア〉と言い直したところに、彼女の感情が混ざっているようにも思えた。

 

「……そうか」

 

 とりあえず口を開いてみた士道だが、出てきたのはどうしようもない生返事だけ。起きた出来事に、理解が追いついていない状況だ。

 士道はこれまで、精霊を救うために彼女達と仲良くなってきた。だが、それは彼女らが純粋で、さして罪のない少女達だったからだ。

 だが狂三は――

 

 

「あら。お二人でなにを話していますの?」

 

 突然背後から聞こえてきた声に、士道は思わず息をのんだ。

 彼と向かい合っている折紙には士道に声をかけた人物の姿が見えているはずだが、彼女もわずかであるが目を見開いている。

 なぜなら、今の声の主は。

 

「と、時崎?」

 

 死んだと聞かされたはずの、精霊の少女だったからだ。

 

「こんな人気のない場所でふたりきり……もしかして逢瀬? まあ、まあ。教師と生徒、禁断の関係ですわね」

「………」

 

 からかうような口調でにこりと微笑む狂三と対照的に、折紙は厳しい視線を彼女に送る。

 一方の士道は……正直、もうわけがわからなかった。

 折紙がこんな嘘をつくとは考えられない。そうすると彼女の勘違いということになるが……果たして、そんな単純なことで片づけていいのか。

 

「逢瀬なんかじゃないって。それより、もうすぐ朝のホームルームの時間だ。みんなで教室に行こう」

「ええ、わかりましたわ。今日も楽しいことがあるといいですわね」

「………」

 

 無言で狂三を睨む折紙と、その様子に気づいているのかいないのか、ニコニコ笑顔を崩さない狂三。

 二人と一緒に教室へ向かいながら、士道は休み時間に琴里と連絡をとることを決意していた。

 

 

 

 

 

昼休み。

 令音が占拠している物理準備室に向かった士道は、そこで待っていた琴里にある映像を見せられた。

 それは昨日の夕暮れ時、住宅街の一角で、時崎狂三がASTに殺された際の一部始終。

 直接手を下したのは――昨日出会った、士道の実妹を名乗る少女だった。

 

「やっぱり、真那は……それに、鳶一の言ったことも正しかったのか」

「最初は士道の言葉に耳を疑ったわ。死んだはずの精霊が、何食わぬ顔で登校してきたって言うんだもの」

 

 好物のチュッパチャプスを口の中でコロコロさせながら、琴里は肩をすくめて苦笑を浮かべる。

 

「……シン。鳶一折紙は、狂三が1万人以上の人間を殺していると、そう言ったのかね」

「ええ。嘘をついている様子でもなかったし、そもそもあいつがそんな嘘をつく理由もないと思います」

 

 ふむ、と思案にふける令音。

 琴里はそんな彼女を視線の端に留めつつ、士道に向けて口を開く。

 

「彼女の言ったことが事実なら、時崎狂三はまさしく最悪の精霊ってことになるわね。十香や四糸乃と違って、悪意をもって力を振るっている」

「悪意……」

「高校に転入して特にボロを出すことなく生活できる時点で、彼女は人間の常識を知っている。知っているうえで殺人を犯す。厄介極まりないわ」

 

 士道の考えも、琴里の分析とほぼ同じだった。狂三をデレさせて霊力を封印するなんて、本当にできるのかと不安が頭をもたげる。

 加えて、真那が前線に立ち精霊と戦っていることも確定してしまった。これに関しても、どう動くべきか考えなければならない。

 

「琴里」

「なに」

「とりあえず、俺は時崎と話してみる。精霊の話とか、抜きにして」

「……それは、彼女をデレさせるためってことでいいのね」

「わからない。ただ、俺がこれからどう動くか決めるためにも、あの子と触れ合う必要がある。俺はまだ、時崎狂三のことを知らなさすぎる」

 

 このまま放っておけば、また狂三とASTの戦いが行われる。そうなれば、真那や……折紙が、武器を持って命を賭けることになる。

 黙って見過ごすという選択肢は、とれない。

 

「ひとつ聞かせて。もし次に真那と会ったら、士道はどうする? 鳶一折紙の時のように、自分の置かれている環境を正直に話すつもり?」

 

 部屋を出ようとした士道の背中に、琴里の問いかける声がぶつけられる。

 振り返ると、彼女は目を細めて鋭い視線を彼に送っていた。

 

「……いや。今は、話せない」

「それはなぜ?」

「俺が、真那を信用することができないからだ」

 

 折紙とは1年の付き合いがあった。だから彼女を信じて真実を打ち明けた。

 だが真那とは、記憶に残っていない過去のふれあいを除けば、たった一度の出会いしかない。

 本当に血を分けた兄妹であったとしても、やはりすべてを話すのは無理だと士道は思う。

 

「ま、それが賢明ね。こっちであの子については調べておくから、今は狂三を優先しなさい」

「……わかった」

 

 何をするべきか。何をしてはいけないのか。

 ひとつ間違えば、取り返しのつかない未来が待っているかもしれない。

 そういった危険性への不安が、プレッシャーとして重くのしかかっていることを、彼は今までとは比較できないほど強く感じていた。

 




今回はつなぎ回なので、話が動くのは次回以降です。

感想や評価等あれば、気軽に送ってもらえるとうれしいです。
次回もよろしくお願いします。

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