拝啓女神様へ。どうも、貴女に悪役モブにされた者ですが。原作シナリオぶっ壊すついでにこちらの鬱ゲーの主人公、俺のヒロインにしますけど構いませんね?   作:歌うたい

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094 Raise A Curtains

 

 ワーグナー劇団の公演日は、雨が降っていた。

 さめざめと梅雨を歌う雨空を見上げる者は少ない。この日を待ち焦がれていたのだろう。興奮に頬を染め、町人はみな我先にと真っ黒いテント劇場へと潜っていく。

 観客達の背の群れを見送っていたヒイロの頬に、冷たい一滴が落ちた。

 

(りき)み過ぎておるな、メリファーよ」

「!」

 

 肩に手を置かれた訳でもないのに、スッと背筋が伸びる。

 普段にはない緊張のあらわれか。それとも訓練生時代から今に至るまで、厳しく目を付けられてるシドウへの条件反射か。

 どちらでもありそうだと、ヒイロは静かに苦笑した。

 

「いささか肩の力を抜け。まだ幕が上がった訳ではないのだ」

「へっ、らしくねえな。気を抜くな油断するな、が口癖の隊長にそう言われるとは。雨の代わりに槍でも降らす気かよ」

「雷なら落としてやれるが? 『昨日の件』⋯⋯よくよく聞けば、貴様は警邏を途中放棄していたみたいだしな」

「げっ、藪蛇かよ。つか、それを言うならシュラもだろうが」

「⋯⋯告げ口してる気? でも残念、アタシは一応町中には居たからね。叱られ役はアンタひとりよ」

「馬鹿者。私が見つけた際には物憂げで心此処にあらずといった有り様だったろうに。あれでは警邏をしてるとは言わん。ミズガルズも同罪だ」

「ぐっ」

 

 なんとも幼稚な喧嘩両成敗である。

 裁定役のシドウも、まだまだ未熟と隻眼を呆れたように伏せていた。

 しかし遠慮のない間柄でのやり取りのおかげか。不良然とした部下の、肩の力は抜けたらしい。ヒイロの強張っていた顔付きも、いつもの調子を取り戻しはじめていた。

 

「隊長」

「時間か」

「はい。劇団側も審問会も、僕らを待っているようです」

「⋯⋯『対象』に動きは?」

「いえ。まだそれらしい行動は見られません」

「そうか。ではベイティガンよ、ネシャーナ姉妹に引き続き会場での待機を指示せよ。我らもすぐに向かう」

「了解です」

 

 雨露に紛れ現れたクオリオが、シドウと言葉を交わす。

 端的な受け答えを済ます彼の表情に公演への喜色はない。あれだけ劇団に対する情熱を、隠しきれなかったのにも関わらず。

 しかしこの場に居る小隊員にも、一足先に会場内で警備をしているリャムとシャムにも、この違和感を今更指摘する者は居ない。

 クオリオはそっとヒイロを振り向くと、一度だけ小さく頷いて、そのまま会場へと取って返した。

 

「では、我らも行くとしようか」

「おう」

「ええ」

 

 

 雨がこぶりに降っている。

 さめざめと梅雨を歌う空を見上げる者は少ない。

 

「⋯⋯」

 

 しかし歩み出すシドウとシュラの、その後ろ。

 ヒイロは、立ち止まって暗い雨雲を見上げている。

 雨足が強くなる気がする。根拠もない動物的な勘に、彼の鼻がひくりとうずいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 さながら舞踏会のホールの様に、劇場テントの中は明るかった。小雨に打たれて濡れた騎士鎧をタオルケットで拭き取り、身嗜みを整えるシドウ達。

 滞在三日目ともなれば、ジオーサの町人は彼らの姿を見慣れたのだろう。劇場内のあちらこちらで「騎士の方々だ」と喜色の滲んだ声が響いていた。

 

「おお、これはこれは隊長殿に英雄騎士のお二人! お待ちしておりましたぞ!」

「ひひひ、雨の中ご苦労だったねえ。仕事熱心なことだよ」

「感心、感心」

「審問会の方々か。お気遣い、感謝する」

 

 現れた騎士達に労りの声をかけたのは、審問会の五老人達だった。やはり彼らもまた今日の公演を心待ちにしていたのだろうか。各々の笑顔にはいつも以上の独特な迫力があり、ダイヤモンドの装飾も心なしか輝きを増している。

 

「いやはや、いやはや。今日という日はまさに、このジオーサの歴史に太々と刻まれる一日でありましょうな」

「然り、然り」

「ハボックめ、年甲斐もなくはしゃぎおる。しかし儂もまた気持ちは同じよ」

「全くだ。幕が上がるその時を、今か今かと待ち焦がれてしまう」

「ひひひ。まるで子供さね。だが、開幕の前にちょっとした『お楽しみがある』って小耳に挟んだんだけどねえ⋯⋯?」

 

「──おっと。流石、マドモアゼルは耳が早いようだ」

「あら、残念。サプライズは失敗みたいね、マーカス」

「⋯⋯おお!これはこれは!劇団の二枚看板が揃い踏みとは!」

 

 咲きはじめた話の華にそっと踏み入ったのは、マーカスとローズであった。

 劇団ワーグナーの誇る二枚看板。その片割れたる美男の手には複数のワイングラス。挑発的なドレスを纏う美女の豊かな胸元には、一本のワインボトルが抱えられていた。

 貴公子然とした風貌のマーカスは、淀みない手付きで各々にワイングラスを手渡していく。

 

「マーカス殿。これは?」

「さっきマドモアゼルが言っていた『お楽しみ』さ。うちの劇団長はワインには目がなくてね。こういった巡業の時には、開演前に観客達にワインを振る舞うのが通例なのさ」

 

 見渡せば、他の劇団員たちがワインを振る舞っているのだろう。既にあちらこちらで喜びの声が踊っていた。

 

「いやはや、いやはや。なんとも素晴らしき催しでありますな」

「でしょう? さあさ、審問会の皆様方。グラスを傾けてくださる? 至上の酒精を注がせていただきますわ」

「おお、麗しのローズ殿手ずからとは。誠に粋な計らいであるな、わはは!」

 

 噎せ返るような色気を纏うローズが、グラスにワインを注いでいく。そこにヒイロたちとはじめて顔を合わせた際の、棘立った言動は影も形もない。彼女にとっても、慰撫相手のお偉方は特別なゲストということか。

 態度の違いに若干不服そうにしながらも、ヒイロは不満を口にすることはなかった。

 

「では、次は騎士団の皆様にも⋯⋯」

「いや、結構」

「⋯⋯え?」

 

 続けざまにシドウ達のグラスにもワインを注ごうとするローズ。だがシドウは空いている方の手でローズを制し、それどころかマーカスにグラスを突き返していた。

 

「おいおい、つれないな。ひょっとして、ナイトの諸君はワインは苦手だったかい?」

「いや、たまの休日にはよく嗜むが」

「ヘイ、だったら⋯⋯」

「しかし、現在は護衛任務真っ只中。大変勿体無い話だが、貴殿らのもてなしに甘んじる訳にはいかぬのだ」

 

 彼ら流の持て成しを袖にされては、少し具合が悪いのだろう。少しぐらい良いだろうとマーカスは諭すが、シドウは取り合わなかった。

 清職者のレッテルは伊達ではない。シドウからすれば任務中の飲酒など言語道断である。つい昨夜には、その禁を破った不良男(ヒイロ)に拳骨を食らわせたばかりなのだ。

 厳格なシドウは口説けない。肩をすくめるマーカスを見て、ローズは嘆息混じりにヒイロへと流し目を送った。

 

「せっかく貴方に、名誉挽回の機会をあげようと思ったのだけれど。残念だったわね?」

「ハッ、お優しいじゃねえか。だが機会は与えられるより、掴み取る方が(しょう)に合ってんだよ」

「⋯⋯ローズ。名誉挽回ってのは?」

「あら。マーカス・ミリオ。男と女の秘め事に割って入ろうとしないでくださる?」

「秘め事と来たか。妬けるねえ。なら俺は麗しい女性騎士に慰めてもらうとしようかな?」

「二枚看板が一枚看板になる覚悟があるなら、慰めてあげてもいいけど?」

「⋯⋯⋯⋯はは、は。まだ現役で居たいからね。遠慮しておくとしよう」

 

 さしもの貴公子といえど、アッシュ・ヴァルキュリアは口説けないらしい。剣の様な目付きで睨まれれば、彼とて青い顔して後ずさるのが関の山であった。

 

「いいわ。なら誇り高き騎士の皆様には⋯⋯別の形で持て成しをさせていただくとしましょうか。勿論、私達の本分でね?」

「ローズ、そいつは名案だな。ナイトの諸君も、今日の舞台は観ていってくれるんだろう? マーカス・ミリオの晴れ舞台、見逃したとあっちゃ一生もんの悔いになるぜ?」

「⋯⋯ふむ。本来ならば、劇場外にも隊員を配置する予定ではあったが。そうも言われれば、仕方あるまい」

「そうこなくっちゃな」

 

 飲酒はご法度だが、劇を観ながらの警備までを咎めるつもりはないらしい。本来ならば依頼者側が護衛騎士に気の緩むような提案をするものではないが、型破りな貴公子からすれば、晴れ姿を見逃される方が嫌なのだろう。

 期待に沿った返事を得て気を良くしたマーカスは、朗らかな笑みを浮かべてローズと共に去っていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして遂に。

 

 幕が上がった。

 

 

 

「親愛なるジオーサの皆様。お待たせ致しました」

 

「これより始まるは、偉大なる我らがアスガルダムの騎士王が刻んだ、表舞台での最後の叙事詩」 

 

「シグムンド・サーガの最終章」

 

 

「【裏切りの魔女】──はじまり、はじまり」

 

 

 

 

 

 復讐劇の、幕が上がった。

 

 

 

 

.


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