【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~ 作:歌うたい
雨の中、光が走った。
そうと聞き思い浮かべるのは雷だろう。だが雷ではない。雨露を焼き、宙を穿ったのは熱線だった。
ローズが従える白馬の魔獣。その首にある孔雀の羽根模様をした襟巻きのような器官が白光を帯び、光線となりて放たれているのである。
【rehnnnnn,,,】
筆舌に尽くし難い威力だった。触媒も詠唱も完全に遂げた風結界に、容易く風孔を開けたのだ。まともに食らえば一溜りもない。
一対の白と黒。見るからに並の魔獣達とは一線を画したその二頭馬の片割れに、クオリオは心当たりがあった。
「⋯⋯光線を放つ襟巻き『白馬』⋯⋯間違いない。魔獣『リキンファクシ』か!」
備忘録をめくるまでもない。
魔獣リキンファクシ。傘のような襟巻きに蓄えた魔素を光線として放つ、強力な魔獣である。アレ一匹と対峙するのならば、先の魔獣の群れの方がよっぽど楽だと断言出来るほどに。
「たァァぁぁぁぁぁあ!!!」
視界の隅で、シャムが鉄棍を振りかぶり、黒馬へと飛び掛かっている。
気炎相まり勢いづいた黒鉄をそのまま振り落とせば、ただの馬など容易く粉砕出来ただろう。
【Hikiiieeeee!!!】
しかし、白馬のみならずこちらもただの馬ではない。
鋭い嘶きをあげた黒馬。その体躯から溢れるどろりとした水が雨を掻き集め、黒い水の盾を作り出したのだ。
鉄棍の衝突により水の盾はバシャンと弾けはしたものの、衝撃は黒馬にまで届かない。
【Hikkkiiee,,】
「うわわっ」
手応えのなさにたたらを踏むシャム。その隙を穿つように、今度は黒く染まった水の弾丸が迫り、シャムは慌てて飛び退くしかなかった。
「うーっ、なにあの黒いドロドロ⋯⋯ウチの攻撃を防ぐなんて!」
「気を付けろよシャム。あの【黒馬】の魔獣──【ヒキィムファクシ】は体外に放出した黒汗を自在に操れる! 迂闊に飛び込んだら危険だぞ!」
「ちょ、なにそれ反則!もっと早く教えてよー!」
「いま教えた!」
「ぶー!」
幼気に不満を垂れ流すシャムだったが、視線はぴっちりと黒馬に固定されている。鉄棍両手に、毛を逆立てる猫の如き低い姿勢。彼女なりにヒキィムファクシの脅威を察しているようだ。
【reheeeeen,,!!】
(リキンファクシがまた来るかっ)
奪われた注目を取り戻すかのように、今度は白馬が再び
「やらせるものか!」
【!!】
みすみす危険な光線を放たせる訳もない。
雨霧に潜みながら殺到したシドウが、白馬の首を落とさんと刃を振るった。
この奇襲にはたまらず白馬が身を翻し、刃から逃れようと後退る。奇襲は外したが、後退の隙は生まれた。すかさず追撃すべく、シドウは正面から突きを繰り出した。だが。
【Hikiii,,,】
「ぬうっ、横槍か」
側面から飛来した黒汗の水弾に遮られ、追撃は失敗。
舌打ち混じりに態勢を立て直し、戦線は膠着。騎士二人と騎馬二頭が睨み合う不可思議な状況が出来上がった。
「黒馬め。砲撃の隙を覆うべく白馬に侍らうか。さしずめ白光の矛と黒汗の盾⋯⋯面倒な組み合わせだ」
経験を富んでいる分、シドウは少ない接近戦の中で魔獣側の戦術を理解していた。
相対するあの二頭馬は、単なるモノクロの見栄えで揃えられた訳ではない。強力な分、光線を放つ隙が多い白馬の短所。体表からドロリと流れる分、比較的にリーチが狭い黒馬の短所。
それぞれの短所を、それぞれの長所でもって補い合っているのだ。この相互戦術を崩すには、シドウとシャムの二人では明らかに手が足りていない。
(僕の魔術で均衡を崩そうにも⋯⋯他の魔獣もまだ多く残ってる。『神殿』を解除するのはやっぱり危険だ)
エエカトルの神殿を展開しながらでは、魔術も本来の出力を出せない。まして雨が降り、青属性に傾いてるカラーバランスの場では緑魔術の効果は薄まってしまっている。
そう、クオリオに出来る事は限られていた。
さながらこの復讐劇の隅へと追いやられているみたいに。
ならば。
主演となるのは誰なのか。
「知らない間に、蛙の心にでも芽生えたのかしら。雨に唄えばだなんて、貴方らしくない風流だこと。それとも単なる逃げ遅れかしら。フフフ。どちらにせよ、好都合だけれど」
問うまでもなかった。
凶馬二頭を引き連れて躍り出るローズ・カーマイン。
そんな彼女に睨めつけられ、身を
この物語のスポットライトを浴びるべきは、彼女らをおいて他に居ない。
「どうしてなのですか、ローズ殿! どうして貴女がこんな真似を!」
「フフフ。どうして。どうしてなの。何故こんな目に。ええ。ええ、全く。この世はとんと分からない事ばかり。理不尽ばかりで疑問は尽きず、けれど余地もなく大事なもの奪われていく」
ローズは両腕を広げ、泥水を踵で蹴り散らす。
美貌には、息を呑むほどの狂気があった。業炎みたくドロリとした執念がある。
だが確執は一方的であった。ローズと違い、ハボックは何故自分に言葉が差し向けられているのか、到底理解が及ばない。
「でも⋯⋯どうしてかしらね。その悲鳴はいつも奪われる側のもので、奪う側は至極当たり前だって顔をしているの。今の私も、きっとそんな顔。いつかのおまえと同じ顔。鏡を見ずとも分かることだわ」
「な、なにを世迷言を。このような蛮行、即刻おやめなさい!」
「あらどうして? 魔獣をけしかけ災いをもたらす、それが『魔女』なのでしょう? このジオーサの街が望んだ通り、ローズ・カーマインも魔女ですもの、なにもおかしくはないわ」
「我々が望んだと?! なにを馬鹿な!それは演劇の上での話⋯⋯気でも触れたのですか!」
「──あは。あははは! ええ、そうよ。狂ったのよ。狂いもするわよ! そうしたのは他ならぬおまえ達じゃない! お前が。審問会が。虚飾に満ちたこの街がっ! 私達に望んだ事よ!」
「ろ、ローズ殿。貴女は一体なにを言って⋯⋯」
「事実と歴史を言ってるのよ。これは"十八年前"にお前達が望んだこと。白々しさで必死に隠そうとしている、真っ黒い罪。忘れたなんて言わせないわ」
「⋯⋯十八年前⋯⋯⋯⋯、────!?」
そんなハボックの表情が、ハッと強張った。
動揺を隠せないとばかりに町長たる男の眼球がぐらつく。
見過ごすには大き過ぎる狼狽具合は、まるで秘密を暴かれたかの様にしか映らない。
「葬送の儀、だったかしら。灰を風に流して死を想う、なんて。あは。あははは! 本当に蓋をして、厚かましく善を気取る。なんて面の皮の厚さ。
けど残念。お前達がいくら風に全てを押し付けようとも⋯⋯あの日の火炙りの罪は消せやしない。消えやしないのよ!」
雨が止んでもいないのに、音が死んだ気がした。
魔女が、殴り書きのような悲鳴で真相を釘刺す。
消えない憎悪が、両眼で焼けていた。
「十八年前。火炙り。魔女⋯⋯よもや、そうか。彼女は⋯⋯『魔女狩り』の被害者か」
「⋯⋯魔女狩り?」
シドウの呟きを、クオリオが拾う。
「貴様らがまだ産まれてもいない昔だが、聞いたことはあろう。二十年前にアスガルダムに起きた飢饉と、それに伴い大発生した魔獣による被害を」
「⋯⋯赤の魔素が極端に削れたがために、飢饉が起きたという事例ですよね。原因は不明とされてますが。しかし、魔女狩りとは⋯⋯」
「この飢饉が、裏切りの魔女ユリンによる呪い⋯⋯そして、彼女の力を持って産まれた者達が引き起こしたものだという噂が蔓延したのだ。結果──"魔女狩り"という名の私刑がアスガルダムの至る所で起きた」
「!」
紡がれたのは遠くもない昔に起きた災害と、二次的に生まれてしまった深い爪痕だった。
飢饉がもたらした飢餓と貧窮。これを乗り越える為に、人々に必要なのは団結である。団結し、そして理不尽から来る怒りをぶつけられる生贄を求めた。
それがいかに凄惨であり、飢饉よりも恐ろしい惨劇であったか。当時を知るシドウの表情を見れば、事細かに語られるまでもなかった。
「前王が早急に禁じたが為に、欧都ないし欧都付近での被害は少なかった。だが⋯⋯」
(付近での被害、ってことは)
都市から南西五十里に位置するジオーサでもまた、魔女狩りはあったのだろう。
脳裏に蘇ったのは、先の舞台での異様な光景。
ユリン扮するローズに火炙りが為されると同時に、ジオーサの人々は豹変した。
あの熱狂は、裁きに狂った陪審員だった証であり。
そして。
「まさか、ローズ・カーマイン。あなたはあの魔女、カーネ・スタラチュアの⋯⋯!」
「────、⋯⋯⋯⋯嗚呼、ご機嫌よう。やっと思い出せたみたいね。だったら、改めて名乗らせて貰いましょうか」
ぞっとするほどに美しい微笑を浮かべるあの魔女は。
「私はロゼ・スタラチュア。
"審問"の末、魔女と貶められ殺された⋯⋯カーネ・スタラチュアの一人娘よ」
欺瞞に満ちたこの街を呪う、ただ一人の復讐者である。