【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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100 Memento mori

 

 

『退屈だわ』

 

 郷土心があった訳じゃなかった。そもそも、そんなものが芽吹くほどに育っていなかった。ジオーサの街は、早熟な少女ロゼにとっては退屈極まりなかった。

 

『大人になったら女優になるの。指先から踵まで、全てで観客を魅力できるような女優になるわ!』

 

 それこそジオーサにふと訪れた小さな劇団の、小さな舞台に夢を抱くほど。

 しかし。それでも幼き日のロゼは、渓谷から流れてくる清涼な風が好きだった。

 母譲りの"黒髪"を掬い取ってくれる、ジオーサの柔らかい風が好きだった。

 退屈だとしても、決して嫌いな、忌むべき場所ではなかったのだ。

 それも五歳の時までだった。

 

 

 

 

 

 きっかけは、どうしようもない理不尽からだ。

 この世界を成り立たせる魔素。四原色の一つの『赤』が急速に減衰した事でアスガルダムの食糧農業に異変が起き、飢餓と、飢餓を引き金に大量発生した魔獣による被害が相次いだのだ。

 原因不明の未曾有の事態。しかし永きに続いた王権を、表立って非難出来る者は少なかった。

 結果、民衆は別の叩き所を求めて──次第に、ある噂が蔓延した。

 これは、かつて王を裏切りアスガルダムに攻め寄せた魔女の呪いなのだと。

 そしてその業は、今を生きる誰かに受け継がれられているのだと。

 呪いを解きたくば、新たな魔女を探し出せ。

 そして殺せ。

 魔女を狩れ。

 

 この淀みは、ロゼの好きだったジオーサの風をも濁らせた。

 

 隣人を疑い、監視し、密告し、審問する。

 誰と誰が密会をしていた。旅商から怪しげな物を買っていた。あいつは元々よそ者だった。

 正しさを測るための天秤は無いのに、ただ裁きだけが小さな街で横行する。

 そんな異質な風潮に呑み込まれていく様を、幼いロゼですら肌で感じていた。他人の眼の色が怖かった。

 ロゼが比較的まともであれたのは、ひとえにロゼの母『カーネ・スタラチュア』が正しき人だったからだろう。

 出産後に夫を亡くしたにも関わらず、気丈にロゼを育てた母は強かった。

 魔女の呪いなどどこにもないのだと。懸命に異を唱え続けたのである。

 カーネは正しかった。

 しかし正義とは多数決であった。

 

『ロゼ!あなただけでも逃げなさいっ!』

 

 母が囚われる寸前の言葉を思い出しながら、五歳の少女はジオーサから走り去った。振り向くことさえ出来なかった。

 なにもかもが怖かったのだ。

 

 災いを呼んだ魔女と揶揄され、広場に(はりつけ)にされた母親。

 周りを囲み、裁きを望む大人達。

 知ってる顔はいくつもあったのに、まるで知らない怪物にしか見えなかった。

 

 ロゼは走った。

 ただの女を焼き殺し、魔女は死んだと快哉を上げる狂人たちの声から、少しでも逃れるように。

 

『ママ⋯⋯』

 

 

 それから十八年。真相を知ったロゼは、再び故郷へと戻って来たのである。

 母を理不尽に奪ったこの街を呪う、復讐の魔女として。

 

 

 

 

「あの魔女の娘が生きていた、ですと⋯⋯そんな。そんな馬鹿な話がありますかっ」

「あり得ないとでも言いたげね、ハボック町長。所詮五歳の小娘一人。放っておいても、どうせ野垂れ死ぬとでも思ったんでしょう」

 

 湿った風が吹いた。

 頬に張り付いた濡れ髪を、ローズは払う。故郷への回顧など、その所作には微塵も含まれなかった。

 

「でも私は生きたわ。地獄のような日々だったけれどね」

 

 変わってしまったのだ。なにもかも。

 十八年の歳月は幼女を女に仕立てた。母譲りの黒い髪も、血色に染めた。ロゼからローズへと名前も変えた。

 それでも面影はあったはずなのだ。しかしハボックが、審問会が、この街の住民が気付く事はなかった。

 己の罪を自覚していないかのように。

 

「え、えと。これって、どういうこと?」

「恐らく彼女の母親が、魔女狩りの被害者だったって事なんだろう、けど」

「⋯⋯業の果ての報復か」

 

 ローズは騎士達の戸惑いと憶測に、答える事はない。

 故に全貌は掴めないが、彼女の言葉の端々から凄絶な裏切りを痕を思わせた。

 

「騎士団の皆様方! 魔女の言葉に耳を貸してはなりませぬ!」

「必死な顔ね。いつもの胡散臭い笑みはどうしたのかしら」

「ええい魔女め。魔獣をけしかけるだけでなく、騎士様方さえもたぶらかそうとするか!」

「天使にでも見えて? 嘘と(はかりごと)は悪い魔女の専売特許でしょう。ああでも、だからこそいただけないわ。魔女を差し置いて、いくつもの偽りで騎士達を塗り潰そうとするだなんて」

「な、なにを言うか。偽りだと。我らはなにも隠し事など⋯⋯」

 

 かねてから含ませた魔女の物言い。嘘偽りは確かに、悪しき者の得意とするものだ。

 しかし忘れてはいけない。愚者の嘘ほど、より狡猾な舌先に容易く捕えられ、白日に晒されるのが常であるのだと。

 

「あは。ならば問いましょうか、ハボック町長殿。審問会(おまえたち)の結束の証であるダイヤモンドの宝飾。誰の胸に輝くダイヤが⋯⋯⋯⋯『私のママの骨』なのかしら?」

「な────」

 

 冷酷にせせらう魔女の問いに、愚者の表情は見るも無惨に凍り付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 加速した雨音が、耳の奥を刺していた。

 

「ダイヤモンドがママの骨、って⋯⋯」

 

 魔女の言葉をぼうっとなぞる。ただそれだけで、得も知れない寒気があった。ずぶ濡れたせいではないのだろう。

 その証に、護るべき相手から痛烈に漂った罪の匂いは、強まる雨でさえ消してくれやしなかった。

 

「は。し、知りませぬ⋯⋯あやつめなにを。戯言。そう、戯言です。ははは」

 

 覚えなどないとハボックは言う。しかしクオリオ達の疑心から少しでも身を庇うかの様に、背を縮める。

 その姿が一層、彼の持つ後ろ暗さを際立てていた。

 

「惚けなくて結構よ。遺骨を収めればダイヤモンドに代えてくれる罪深い壺──白い魔獣『メメント・モリ』。お前の腕の中のそれが、そうなんでしょう?」

「ひっ」

「白い魔獣、だと⋯⋯?」

 

 魔女の発した言葉に、空が光らずとも稲妻が走ったようだった。

 

「死者の骨をダイヤにする奇跡の壺。それも収める遺骨が死の際に負った苦痛や苦痛を吸って、より大粒に実らせる、とんだ呪物。死を想え(メメント・モリ)だなんて、よく言ったものよね」

「死に際に負った苦痛でダイヤを育てる白魔獣⋯⋯ま、待ってくれ。じゃあまさか、審問会は魔女狩りを利用したって言うのか?!」

「ええ。さぞ審問会にとって、都合の良い風潮だったのでしょうね。疑心暗鬼に囚われて、やがて死という宝を産む。街の重鎮でありながら、審問会の誰一人として、魔女狩りに異を唱えなかった。いいえ、それどころか嬉々として処刑を執り行っていたもの」

「⋯⋯う。そんな、酷い⋯⋯」

 

 常に快活なシャムの顔色は、今やすこぶる悪かった。

 無理もない。ローズの言葉が正しいのならば、当時の審問会はダイヤモンドを生む為に、狂気に染まり行く街並みを良しとしたのだ。

 シャムでなくとも、寒気を感じるおぞましさであった。

 

「な、な。なぜ、なぜだっ!何故お主がそこまで知って⋯⋯まさか、カーネが? いや、馬鹿な。あやつが知っておったはずは」

「⋯⋯ええ。ママはきっと知らなかった。そう。何も知らないで、それでも悪意に染まろうとするこの街に抗い、殺された。そして──」

 

 区切って、ローズは怯える老人の胸元を睨む。

 飾られているのは大粒のダイヤモンド。あるいは、母の骨だったもの。

 ざあと鳴り打つ雨音が、さながら利用尽くされた者共の怨嗟の様にのた打ち回った。

 

「骨を灰にして、風に還す。古くから続いたこの墓無き街の風習を、私腹を肥やす為のビジネスに利用する。死者の骨は財に。そして遺族には、"動物の骨を磨り潰した灰"でも渡していたのでしょう? 本当に悪巧みに知恵が回りますこと。私が魔女だというなら、お前達審問会は悪魔そのものよ」

「⋯⋯ち、違うっ。出鱈目だ! 騎士のみなさま、騙されてなりませんぞ! これこそ魔女の虚言です!」

 

 老人と魔女、どちらが虚言を用いているのか。判別に聡さは必要なかった。

 土の下に何も遺せぬこの街の様に、ハボックの言葉は空言だった。

 

 死を想い弔うことをこうまで悪辣に利用する。そのあまりに倫理に背く行いに、クオリオは騎士という立場すら忘れるほどであった。

 悪人を庇い、魔女と対峙する今の、どこが正しいというのだろうか。

 

「なんということでしょう。悪しきも正しき、見渡す限り罪ばかり。磔の数がまるで足りません。困ったことですわねえ、騎士様方?」

 

 故に、ローズの言葉は立場を苛むばかりの呪言であった。

 

(僕は、彼らの為に⋯⋯この人と戦うのか。

 良いのか。それで、本当に?)

 

 身に纏う騎士の鎧が、酷く重かった。

 しかし魔女は同情など求めない。優しさなど今更だ。目的を阻む敵なのだ。

 年若き騎士が等身大の正義感を前に立ち尽くす事など、ただ隙を晒すだけと変わらない。

 

「⋯⋯」

 

 だから当然、魔女はその隙を刈るべく、静かに銀色のベルを鳴らした。

 感情の一切を濡髪に隠して。

 

「いかんッ。ベイティガン、避けよ!」

【rheeeeee!!!!】

 

 そして、シドウの叫びも虚しく。

 呼応した白馬魔獣の放つ光線は、立ち尽くしていたクオリオに迫り。

 

「ぐあああっ!!」

 

 クオリオの華奢な身体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呻き声を堪えれば、口の中で血の味がした。

 

「⋯⋯へえ、驚いたわ。そんな状態でもまだ結界を解かないなんてね」

「ぐっ⋯⋯」

 

 クオリオの右肩に、小さな孔が空いていた。

 食いしばる度に歯茎から滲む。こんな怪我、生まれてこの方したことない。燃えるような痛みに意識が奪われそうだった。

 

「くっ、ベイティガン⋯⋯!」

「クオっち! ああもうこのヌメ馬っ、どいてよ!クオっち助けなきゃ⋯⋯!」

 

 遠くから聞こえる必死な声が、やけに小さい。

 

「分からないわね。命を喜々として天秤皿に置いてきたような連中を、そうまでして護る意味なんて無いでしょうに」

 

 だがクオリオは、深緑色の仮面を手放しはしなかった。

 痛みで立つことも出来ない。熱光線に腰を抜かしたハボックみたく、血濡れた両腕の中に抱え込んでいる。

 それぐらい必死だった。結界の維持に、無我夢中だった。

 

(分からない、か。僕だってそう思うよ)

 

 魔女には理解出来まい。

 クオリオ自身でさえ理解出来ていないのだから。

 

(こんな風に、必死になる理由なんてないだろうに)

 

 魔女の言葉は恐らく真実だろう。ならば騎士が護らんとしているのは悪党だ。生涯初めての重傷を負ってまで、護る理由がどこにある。

 まして自分は騎士でありたいなんて想いは持っちゃいない。自分の身を差し出してまで危機に立ち向かう勇壮を、むしろ愚行と断じるような性格だったはずだ。

 

 現に今だって。

 馬鹿な真似は止めろ、だとか。

 町民を差し出して見逃して貰え、だとか。

 内側から臆病な声も聞こえている。

 

(ああ、くそ)

 

 なのに、どうしてか。

 

(ぜったい、あの馬鹿の影響だ)

 

 魔女の言葉にも、自分の声にも、耳を傾ける気にはなれなかった。

 

「⋯⋯もういいわ。だったら、お望み通り名誉をあげる」

 

 重傷を負い、それでも尚逃げ出すことも結界の解除も行わない若き騎士を無表情のまま見つめて。

 

「さようなら、愚かな騎士様」

 

 魔女は再びベルを鳴らし、魔獣達を差し向けた。

 

「クオっち逃げて!」

「ベイティガン!」

 

 鳴り響く魔女のベルと、騎士たちの叫び。

 

「ぐ、っ⋯⋯『戯け、遊べ、バラバラに』」

 

 雨音さえ掻き消すように、殺到する黒い影の群れ。

 

「『シルフの──』」

 

 

 せめてもの抗いに唱えようと開きかけた口は。

 

 

 

「おおォォォォォ!!」

 

 

 

 突如去来した、赤い嵐に閉ざされる。

 

 

 

「⋯⋯ぁ」

 

 

 

 霞みそうな視界の先。

 

 たとえ豪雨の中でも見紛うことなき赫緋色。

 

 魔獣を薙ぎ払うくろがねの一蹴。

 

 そして。

 

 

「悪ィ、待たせたな」

 

「⋯⋯全くだ。遅いぞ、馬鹿め」

 

 

 ヒイロ・メリファーの背中が、そこにあった。

 

 

 

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