【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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102 ロキの片鱗

 

「気に入らないことでもあったかと来やがるか。ハッ、言ってくれるじゃねえか」

「ええ。だって、その曇り眼。私の悪事を暴いた時の、瞳の光は何処へ行ったの? 心にまで雨が降り出したのかしら」

「なら逆に聞くが、この状況のどこを気に入れって言うんだよ。あァ?」

「あら、これは異な事を。縋られるべきに縋られて、悪しき魔女に鉄槌を下す。英雄騎士の本懐、まさにその時が来たのではなくって?」

 

 恐らく俺がさっきの話を聞いていた事にも気付いている。 

 気付いた上で、揺さぶって来てる。突き付けて来てる。

 壇上で振る舞うように、いかにも型にはまった言い回しで。

 お前はもっと、正しく奮い立つべきなのだって。

 

「私の起こそうとした悲劇を、殺し切ってみせたと。さっき貴方は言ったわね。けれどやはり曇り目ね。大事なモノを見落としてる」

「⋯⋯何が」

「決まっているでしょう。この復讐を始めた、魔女の命。それを殺せてもいないのに、どうしてカーテンコールを求めたの?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 禍根を絶たないで、終わらせることなんて出来ないだろうにと。浮かべた嘲笑に添うように、俺とローズの間を立ち塞がる黒馬が鳴いた。

 

「いい加減お分かりになって欲しいものだわ。悪しき魔女は復讐の焔を焚べ続け、騎士は銀剣で以て火を払う。行き着く先は、めでたしめでたしか⋯⋯全部燃えて灰、左様倣(はい、さようなら)のどちらかだけ。

 憎まれない魔女が、憎まない騎士とささやかな絆を紡ぎ合う⋯⋯そんな目を曇らせるような夢物語なんて、どこにもない」

 

 

 あの夜をちらつかせて、ローズは言う。

 互いの立ち位置を、在るべき現実を理解させようと。

 私は魔女で、お前は英雄騎士なのだと。

 突き付けて、突き立てる。 

 

(夢物語、か)

 

 まあ、そうなんだろうな。

 ローズのジオーサへの憎しみは本物だ。当然だし正当だ。

 だからそんなローズに立ち塞がり、騎士として幕を引くならもう、方法は一つしかないんだろう。

 だから魔女と騎士は殺し合う。

 それが互いの現実でしかない、と。

 

 

「さあ、英雄騎士様。私が燃やすか、貴方が斬るか。行き着く先を決めましょう」

 

 だってのに。

 ああ、なんでだろうな。

 雨音を遮って鼓膜に届く、紅い女の小さな喉鳴りが、まるで。

 まだ火を投じられていない磔台へと昇る、一足の靴音にも聞こえたから。

 

 

 

「──、⋯⋯⋯⋯は」

 

 

 零したくもない冷えた笑みが落ちた。

 ばきりと鏡のひびが広がっていく。

 

 

 

『今日から此処が、貴方の住む所よ。遠慮なんてしないで良いからねえ、憧ちゃん』

 

 

 そのどこまでも悪を飾りつけた姿に。

 ひびだらけの鏡に映る「だれか」がちらついた。

 

『そうかい、美味しいかい。嬉しいねえ。本当に。あの子も、そのお魚の煮付けが大好物でねえ⋯⋯おばあちゃん嬉しいよ』

 

 そのどこまでも虚飾を握り締める姿に。

 ひびだらけの鏡に映る「いつか」が横切った。 

 

『将来の夢が、ヒーロー⋯⋯そうかい、そうかい⋯⋯⋯⋯あれ、でもおかしいね⋯⋯憧ちゃんの夢は、そうじゃなかった気がするんだけどねぇ』

 

 

 そして。

 また一つ裂ける鏡のひびの()に。 

 閉じ込めていた「なにか」が顔を出した。

 

『はい、誕生日プレゼント。

 ははは、びっくりしたかい。ほおら、開けてごらん。

 どうだい?欲しかったゲームだろう?

 おばあちゃん、ちゃあんと覚えていたんだから。

 ねえ、それで合ってるだろう?

 合ってるよねえ。

 

 

 【(ケイ)】ちゃん?』

 

 

 

 

 

「────クハハハッ」

 

 

 

 不愉快だった。

 

 魔女気取りの性悪の姿は「いつか」の「だれか」の「なにか」に、重なるようで重なりきらず。

 

 だから余計に鬱陶しくて。

 

 だから全部壊したくなった。

 

 

 

「零れたワインが戻らないなら、吐いた唾だって戻らねえのが道理だよなァ。ローズ・カーマインさんよ?」

「⋯⋯え?」

 

 

 何か、気に入らない事でもあったのかって? 

 

 ああそうだよ。気にいらない。

 ジオーサの事情も。ローズが魔女になるしかなかった事情も。どっかでこの悲劇を嬉々として眺めているだろう黒幕の存在も。

 まだ分からない事も多いし、どれもこれも決して愉快な気分になれるもんじゃない。

 だけど。

 

「『英雄騎士様』と、何度も何度も呼び腐りやがって。初対面の時にゃ、やれ悪人顔だの取り巻き役だの散々吐き捨てときながらよ。性悪女が、ずいぶんメインどころに繰り上げてくれんじゃねえか」

「⋯⋯貴方、この期に及んでなにをふざけてるの?」

「ふざける? こちとらいつだって大真面目だ」

 

 

 気にいらない。

 コイツは俺を"英雄騎士"と呼んだ。呼び続けた。

 でもそれは救いを求めてなんかじゃない。

 自分を魔女と装う為の、舞台装置として、魔女の敵役としての肩書きを望んでいるだけだ。 

 ああ、本当に。心底気に入らない。

 

「テメェこそふざけてんのか。いうに事欠いて『魔女』と来た。魔女だぜ魔女。人っ子ひとりも殺せちゃいねえ女が、とんだ悪党を名乗りやがる。舞い上がってんじゃねえぞ端役が」

「なっ⋯⋯!!」

 

 だから決心した。

 ローズの望む英雄騎士。

 そんな舞台装置になってたまるかと。  

 

「魔女なんざどこにも居ねえ。テメェは、ただの思い上がった性悪女。魔女なんかであってたまるか」

 

 

 だから決断した。

 この思い上がった女を、舞台から叩き落としてやる。

 いや、いっそこの拵えられた舞台ごと、叩き潰してやろうって。

 

 

「残念だったなァ、ローズ・カーマイン。

 自惚れた性悪女の相手に、英雄なんざ勿体ねえ。

 箔足らずの"三行野郎"が、お前の舞台をぶっ潰してやる」

 

 

 ヒーローらしくもない。主人公らしくもない。

 復讐の連鎖を、魔女の悲しみを止める。そんな英雄的な御題目とは決して重ならない理由で。

 極めて利己的に、この復讐劇を台無しにしてやる。

 自分の都合だけの為に、全霊を尽くしてやる。

 そう決めたのだ。

 

「⋯⋯どこまで、虚仮にするつもりよ」

 

 震える声が、マグマの様に煮立っていた。

 

「ふざけるんじゃないわよ。私は。私は⋯⋯魔女よ。復讐の魔女、ロゼ! 魔女は人間なんかに討たれない! この愚かな街を、紅に染めて⋯⋯それを証明してあげるっ!」

 

 さっきまでの魔女役としての振る舞いじゃない。

 剥き出しの怒り。生の殺意を、まるで熱風の様に俺へと叩きつける。

 それが少し心地よくって、つい目を細めた。

 

 

「⋯⋯フン。言ったろ、ぶっ壊すってな」

 

 

 だけども、もう遅い。

 障害は全部壊す。

 鏡も舞台も、躊躇なく全部。

 コイツの抱える想いごと、容赦なく踏み潰すと決めた。

 

 例え、その行いを非人道と呼ぶとしても。

 ヒーロー失格の烙印を押されるとしても。

 今だけは、それでも構わない。

 

 だから。

 

「⋯⋯怨むなら、俺じゃなくてあっちにしろよ、リキィムファクシ」

 

 お前に恨みはあんまりないけど、と。

 俺は破壊衝動の矛先を定めるように、黒馬へ凶悪を向ける。

 そしてありったけの魔力を編み込んで、奴に放った。

 

 

 冷厳なる、神の楯を。

 

 

 

 

「【スヴァリン】」

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 目を見開いたのは、誰よりもシドウが早かった。

 

「なにが起こった」

 

 割れるくらいに空気が変わった。

 悍ましいほどの悪寒。多く修羅場を潜ったシドウでさえ、肝を潰しかねない気配。無論、発生源が誰なのかは問うまでも無い。

 ましてシドウは、このヒイロの変質を一度知っている。

 血みどろの執念。あの入団試験の折に、ヒイロを修羅とさえ感じた時と同じもの。

 雨とは違う冷たい雫が、頬を伝った。

 

「なにが、起きているのだ」

 

 しかしヒイロは、変質に次いで不理解を招いた。

 何故か彼は、補助効果のある白魔術スヴァリンを、対峙しているヒキィムリキシにかけていたのだ。

 

「ちょっ、ヒイロン! なんで敵を強化してんの?! ふざけてるとかじゃないよね!?」

 

 そのあまりに理解不能な行動に、シャムは怯えつつ狼狽した。

 シドウは口を挟まなかったが疑問は同じだった。いや、彼のみならずクオリオもリャムも、更に激昂していたローズでさえ同じ疑問に囚われた。

 

「だから、言ったろ。俺はいつでも⋯⋯大真面目だってよォ!!」

 

 味方の困惑を掻き消すヒイロの咆哮。

 雨霧を切り裂く声色に同調し、スヴァリンの光鎧は更に強靭さを増し、輝き、そして。

 

【Hikiiieeee──!?!?!!】

「!?」

 

 ヒイロの行動が決して無意味ではないと物語るように、加護を受けた筈の黒馬が悲鳴を上げてのたうち回り始めた。  

 

(⋯⋯どういうことなのだ)

 

 ヒイロの白魔術が通常の白魔術よりも効力が高い事は知っていた。それを齎すのが凶悪という名の彼の白魔獣である事も。

 事実、他の任務中にシドウ自身もその恩恵を受ける機会はあった。

 スヴァリンとは使用者の魔素をアーマー状に包む魔術。

 しかしヒイロはその光鎧を実体化するほどに効果を高め、使用対象であるヒキィムリキシの動きを抑制しているのだ。まるで本末転倒な使い方。どれだけの魔素を注げばそんな芸当が出来るのか。

 否、白魔術は基本的に誰が用いても同じ効果、同じ魔素しか消費しない。ならばこんな芸当を起こしてみせているのは、凶悪の力なのだろう。

 

(だが、例え実体化するほどに高めても、動きを抑制するぐらいが関の山ではないのか。何故、ヒキィムリキシはあのように悲鳴をあげる?)

 

 身に鎖を巻かれれば振りほどこうとするのが道理。

 では悲鳴をあげるほどに苦しむ理由とは何か。

 

「まさかっ」

「──そうか。そういう狙いか、ヒイロ」

 

 そして、シドウの導き出した答えと同じ結論に、クオリオもまた辿り着いた。

 

「⋯⋯全く、なんて滅茶苦茶な発想をしてるんだアイツは」

「く、クオリオさん。えっと、どういう事なんですか? ヒイロくんの狙いって」

「利用、しているんだ。ヒキィムリキシの特性を」

「⋯⋯特性?」

 

 青魔術による治癒で傷は塞がったものの、まだクオリオの顔色の悪い。だが青褪める唇で紡ぐ言葉には、確かな根拠と力強さが宿っていた。

 

「ヒキィムリキシの特徴っていえば、あの泥汗だ。常にアレを無尽蔵に精製し続けている。そういう構造の魔獣だ。でも逆に言えば⋯⋯魔獣自身にも、コントロールできない仕組みなんだ。僕達が、体内の血の流れを止められないようにね」

「そ、そうなんですか。でもそれを利用するって⋯⋯?」

「あの魔獣は無限に精製される汗泥を、鱗の裏に備わってる排出孔から出してる。例えるなら、沢山の穴が空いた袋に、水を注ぎ続けているようなものなんだ。なら⋯⋯それを塞げばどうなる?」

「⋯⋯!」

 

 排出する為の孔が塞がれてしまえば、水は行き場を無くして膨れあがる。

 注がれ続ける水と違って、袋の膨張は無限ではない。

 その結果がどうなるか。

 子供でも分かる理屈である。

 

 

【Hiki!?!? Hikiiieeee!!!!!】

「く、お、オ、ォォォ⋯⋯!!」

 

 辿る己が運命を察知してか、懸命に藻掻く黒馬。

 (かざ)した掌を握り締めようとしながら、ヒイロは加護の光鎧を、抵抗により亀裂が走る度にまとわせ続けた。

 何度も。何度でも。

 障害の息の根を止めるために。

 さながら両手で、首を締めるかの様に。

 

 

【Hi,,ki,kie,iieiikie,,,e,A──AaAaAaAaAAAAAA──】

 

「オオオオオオオォォォ!!!!」

 

 

 そして。

 英雄(ヒーロー)とはとても呼べない凶悪な面構えに、孔は塞がれ続けて。

 

 

【iHei,Aa,a】

 

 

 注ぎ続けられる水(精製され続ける汗泥)に、(黒馬)は耐えきれず。

 

 

 圧壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内側からの破壊に黒馬はたまらず崩れ落ちた。

 

 

「⋯⋯」

 

 凄惨な末路に、誰も言葉を発せない。

 重い沈黙の中、死を迎えた魔獣の身体は黒灰となり。

 雨に引き裂かれながら、ぐずぐずの大地に溶けていく。

 

「⋯⋯」

 

 死を想え(メメントモリ)というのなら。

 果たしてその死に何を想えば良いのか。  

 この結末を結んだ死神に何かを思ってしまったのか。

 

 

「ひっ」

 

 

 誰かの悲鳴が小さく響き。

 拾われることなく雨音に掻き消された。

 

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