【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~ 作:歌うたい
「気に入らないことでもあったかと来やがるか。ハッ、言ってくれるじゃねえか」
「ええ。だって、その曇り眼。私の悪事を暴いた時の、瞳の光は何処へ行ったの? 心にまで雨が降り出したのかしら」
「なら逆に聞くが、この状況のどこを気に入れって言うんだよ。あァ?」
「あら、これは異な事を。縋られるべきに縋られて、悪しき魔女に鉄槌を下す。英雄騎士の本懐、まさにその時が来たのではなくって?」
恐らく俺がさっきの話を聞いていた事にも気付いている。
気付いた上で、揺さぶって来てる。突き付けて来てる。
壇上で振る舞うように、いかにも型にはまった言い回しで。
お前はもっと、正しく奮い立つべきなのだって。
「私の起こそうとした悲劇を、殺し切ってみせたと。さっき貴方は言ったわね。けれどやはり曇り目ね。大事なモノを見落としてる」
「⋯⋯何が」
「決まっているでしょう。この復讐を始めた、魔女の命。それを殺せてもいないのに、どうしてカーテンコールを求めたの?」
「⋯⋯⋯⋯」
禍根を絶たないで、終わらせることなんて出来ないだろうにと。浮かべた嘲笑に添うように、俺とローズの間を立ち塞がる黒馬が鳴いた。
「いい加減お分かりになって欲しいものだわ。悪しき魔女は復讐の焔を焚べ続け、騎士は銀剣で以て火を払う。行き着く先は、めでたしめでたしか⋯⋯全部燃えて
憎まれない魔女が、憎まない騎士とささやかな絆を紡ぎ合う⋯⋯そんな目を曇らせるような夢物語なんて、どこにもない」
あの夜をちらつかせて、ローズは言う。
互いの立ち位置を、在るべき現実を理解させようと。
私は魔女で、お前は英雄騎士なのだと。
突き付けて、突き立てる。
(夢物語、か)
まあ、そうなんだろうな。
ローズのジオーサへの憎しみは本物だ。当然だし正当だ。
だからそんなローズに立ち塞がり、騎士として幕を引くならもう、方法は一つしかないんだろう。
だから魔女と騎士は殺し合う。
それが互いの現実でしかない、と。
「さあ、英雄騎士様。私が燃やすか、貴方が斬るか。行き着く先を決めましょう」
だってのに。
ああ、なんでだろうな。
雨音を遮って鼓膜に届く、紅い女の小さな喉鳴りが、まるで。
まだ火を投じられていない磔台へと昇る、一足の靴音にも聞こえたから。
「──、⋯⋯⋯⋯は」
零したくもない冷えた笑みが落ちた。
ばきりと鏡のひびが広がっていく。
『今日から此処が、貴方の住む所よ。遠慮なんてしないで良いからねえ、憧ちゃん』
そのどこまでも悪を飾りつけた姿に。
ひびだらけの鏡に映る「だれか」がちらついた。
『そうかい、美味しいかい。嬉しいねえ。本当に。あの子も、そのお魚の煮付けが大好物でねえ⋯⋯おばあちゃん嬉しいよ』
そのどこまでも虚飾を握り締める姿に。
ひびだらけの鏡に映る「いつか」が横切った。
『将来の夢が、ヒーロー⋯⋯そうかい、そうかい⋯⋯⋯⋯あれ、でもおかしいね⋯⋯憧ちゃんの夢は、そうじゃなかった気がするんだけどねぇ』
そして。
また一つ裂ける鏡のひびの
閉じ込めていた「なにか」が顔を出した。
『はい、誕生日プレゼント。
ははは、びっくりしたかい。ほおら、開けてごらん。
どうだい?欲しかったゲームだろう?
おばあちゃん、ちゃあんと覚えていたんだから。
ねえ、それで合ってるだろう?
合ってるよねえ。
【
「────クハハハッ」
不愉快だった。
魔女気取りの性悪の姿は「いつか」の「だれか」の「なにか」に、重なるようで重なりきらず。
だから余計に鬱陶しくて。
だから全部壊したくなった。
「零れたワインが戻らないなら、吐いた唾だって戻らねえのが道理だよなァ。ローズ・カーマインさんよ?」
「⋯⋯え?」
何か、気に入らない事でもあったのかって?
ああそうだよ。気にいらない。
ジオーサの事情も。ローズが魔女になるしかなかった事情も。どっかでこの悲劇を嬉々として眺めているだろう黒幕の存在も。
まだ分からない事も多いし、どれもこれも決して愉快な気分になれるもんじゃない。
だけど。
「『英雄騎士様』と、何度も何度も呼び腐りやがって。初対面の時にゃ、やれ悪人顔だの取り巻き役だの散々吐き捨てときながらよ。性悪女が、ずいぶんメインどころに繰り上げてくれんじゃねえか」
「⋯⋯貴方、この期に及んでなにをふざけてるの?」
「ふざける? こちとらいつだって大真面目だ」
気にいらない。
コイツは俺を"英雄騎士"と呼んだ。呼び続けた。
でもそれは救いを求めてなんかじゃない。
自分を魔女と装う為の、舞台装置として、魔女の敵役としての肩書きを望んでいるだけだ。
ああ、本当に。心底気に入らない。
「テメェこそふざけてんのか。いうに事欠いて『魔女』と来た。魔女だぜ魔女。人っ子ひとりも殺せちゃいねえ女が、とんだ悪党を名乗りやがる。舞い上がってんじゃねえぞ端役が」
「なっ⋯⋯!!」
だから決心した。
ローズの望む英雄騎士。
そんな舞台装置になってたまるかと。
「魔女なんざどこにも居ねえ。テメェは、ただの思い上がった性悪女。魔女なんかであってたまるか」
だから決断した。
この思い上がった女を、舞台から叩き落としてやる。
いや、いっそこの拵えられた舞台ごと、叩き潰してやろうって。
「残念だったなァ、ローズ・カーマイン。
自惚れた性悪女の相手に、英雄なんざ勿体ねえ。
箔足らずの"三行野郎"が、お前の舞台をぶっ潰してやる」
ヒーローらしくもない。主人公らしくもない。
復讐の連鎖を、魔女の悲しみを止める。そんな英雄的な御題目とは決して重ならない理由で。
極めて利己的に、この復讐劇を台無しにしてやる。
自分の都合だけの為に、全霊を尽くしてやる。
そう決めたのだ。
「⋯⋯どこまで、虚仮にするつもりよ」
震える声が、マグマの様に煮立っていた。
「ふざけるんじゃないわよ。私は。私は⋯⋯魔女よ。復讐の魔女、ロゼ! 魔女は人間なんかに討たれない! この愚かな街を、紅に染めて⋯⋯それを証明してあげるっ!」
さっきまでの魔女役としての振る舞いじゃない。
剥き出しの怒り。生の殺意を、まるで熱風の様に俺へと叩きつける。
それが少し心地よくって、つい目を細めた。
「⋯⋯フン。言ったろ、ぶっ壊すってな」
だけども、もう遅い。
障害は全部壊す。
鏡も舞台も、躊躇なく全部。
コイツの抱える想いごと、容赦なく踏み潰すと決めた。
例え、その行いを非人道と呼ぶとしても。
ヒーロー失格の烙印を押されるとしても。
今だけは、それでも構わない。
だから。
「⋯⋯怨むなら、俺じゃなくてあっちにしろよ、リキィムファクシ」
お前に恨みはあんまりないけど、と。
俺は破壊衝動の矛先を定めるように、黒馬へ凶悪を向ける。
そしてありったけの魔力を編み込んで、奴に放った。
冷厳なる、神の楯を。
「【スヴァリン】」
◆ ◆ ◆
目を見開いたのは、誰よりもシドウが早かった。
「なにが起こった」
割れるくらいに空気が変わった。
悍ましいほどの悪寒。多く修羅場を潜ったシドウでさえ、肝を潰しかねない気配。無論、発生源が誰なのかは問うまでも無い。
ましてシドウは、このヒイロの変質を一度知っている。
血みどろの執念。あの入団試験の折に、ヒイロを修羅とさえ感じた時と同じもの。
雨とは違う冷たい雫が、頬を伝った。
「なにが、起きているのだ」
しかしヒイロは、変質に次いで不理解を招いた。
何故か彼は、補助効果のある白魔術スヴァリンを、対峙しているヒキィムリキシにかけていたのだ。
「ちょっ、ヒイロン! なんで敵を強化してんの?! ふざけてるとかじゃないよね!?」
そのあまりに理解不能な行動に、シャムは怯えつつ狼狽した。
シドウは口を挟まなかったが疑問は同じだった。いや、彼のみならずクオリオもリャムも、更に激昂していたローズでさえ同じ疑問に囚われた。
「だから、言ったろ。俺はいつでも⋯⋯大真面目だってよォ!!」
味方の困惑を掻き消すヒイロの咆哮。
雨霧を切り裂く声色に同調し、スヴァリンの光鎧は更に強靭さを増し、輝き、そして。
【Hikiiieeee──!?!?!!】
「!?」
ヒイロの行動が決して無意味ではないと物語るように、加護を受けた筈の黒馬が悲鳴を上げてのたうち回り始めた。
(⋯⋯どういうことなのだ)
ヒイロの白魔術が通常の白魔術よりも効力が高い事は知っていた。それを齎すのが凶悪という名の彼の白魔獣である事も。
事実、他の任務中にシドウ自身もその恩恵を受ける機会はあった。
スヴァリンとは使用者の魔素をアーマー状に包む魔術。
しかしヒイロはその光鎧を実体化するほどに効果を高め、使用対象であるヒキィムリキシの動きを抑制しているのだ。まるで本末転倒な使い方。どれだけの魔素を注げばそんな芸当が出来るのか。
否、白魔術は基本的に誰が用いても同じ効果、同じ魔素しか消費しない。ならばこんな芸当を起こしてみせているのは、凶悪の力なのだろう。
(だが、例え実体化するほどに高めても、動きを抑制するぐらいが関の山ではないのか。何故、ヒキィムリキシはあのように悲鳴をあげる?)
身に鎖を巻かれれば振りほどこうとするのが道理。
では悲鳴をあげるほどに苦しむ理由とは何か。
「まさかっ」
「──そうか。そういう狙いか、ヒイロ」
そして、シドウの導き出した答えと同じ結論に、クオリオもまた辿り着いた。
「⋯⋯全く、なんて滅茶苦茶な発想をしてるんだアイツは」
「く、クオリオさん。えっと、どういう事なんですか? ヒイロくんの狙いって」
「利用、しているんだ。ヒキィムリキシの特性を」
「⋯⋯特性?」
青魔術による治癒で傷は塞がったものの、まだクオリオの顔色の悪い。だが青褪める唇で紡ぐ言葉には、確かな根拠と力強さが宿っていた。
「ヒキィムリキシの特徴っていえば、あの泥汗だ。常にアレを無尽蔵に精製し続けている。そういう構造の魔獣だ。でも逆に言えば⋯⋯魔獣自身にも、コントロールできない仕組みなんだ。僕達が、体内の血の流れを止められないようにね」
「そ、そうなんですか。でもそれを利用するって⋯⋯?」
「あの魔獣は無限に精製される汗泥を、鱗の裏に備わってる排出孔から出してる。例えるなら、沢山の穴が空いた袋に、水を注ぎ続けているようなものなんだ。なら⋯⋯それを塞げばどうなる?」
「⋯⋯!」
排出する為の孔が塞がれてしまえば、水は行き場を無くして膨れあがる。
注がれ続ける水と違って、袋の膨張は無限ではない。
その結果がどうなるか。
子供でも分かる理屈である。
【Hiki!?!? Hikiiieeee!!!!!】
「く、お、オ、ォォォ⋯⋯!!」
辿る己が運命を察知してか、懸命に藻掻く黒馬。
何度も。何度でも。
障害の息の根を止めるために。
さながら両手で、首を締めるかの様に。
【Hi,,ki,kie,iieiikie,,,e,A──AaAaAaAaAAAAAA──】
「オオオオオオオォォォ!!!!」
そして。
【iHei,Aa,a】
圧壊した。
◆
内側からの破壊に黒馬はたまらず崩れ落ちた。
「⋯⋯」
凄惨な末路に、誰も言葉を発せない。
重い沈黙の中、死を迎えた魔獣の身体は黒灰となり。
雨に引き裂かれながら、ぐずぐずの大地に溶けていく。
「⋯⋯」
果たしてその死に何を想えば良いのか。
この結末を結んだ死神に何かを思ってしまったのか。
「ひっ」
誰かの悲鳴が小さく響き。
拾われることなく雨音に掻き消された。
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