【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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105 一番最初の人助け

 

 炎は多くを奪うものだと、熱海憧は知っていた。

 近年稀に見る程の犠牲者を出した火災事件。その唯一の生き残りだった憧は両親を喪ったのだから。

 

 だがそれにより、天涯孤独の身となった訳では無かった。母方の両親は既に他界していたが、父方の両親である熱海平助(へいすけ)と熱海善子(よしこ)は存命であり、憧は退院後、彼らの元へと引き取られた。

 

『今日から此処が、貴方の住む所よ。遠慮なんてしないで良いからねえ、憧ちゃん』

 

 都会というほど都会ではなく、田舎というほど田舎でもない。近郊に港がある海産物が自慢の小さな町。

 古びた日本家屋は都内在住時の借家とは大きく違ったが、そこでの暮らしに憧が不便することはなかった。憧に対し、平助と善子が確かな親愛をもって接してくれたからである。

 

『そうかい、美味しいかい。嬉しいねえ。本当に。あの子も、そのお魚の煮付けが大好物でねえ⋯⋯おばあちゃん嬉しいよ』

 

 両親の喪失に環境の劇的な変化。しかし大きく塞ぎ込んだ様子を憧は見せなかった。勉強は出来ずとも良く食べ、良く運動し、家事などの手伝いも積極的にしてくれる。彼らからすればとても良く出来た孫だったのである。

 元々息子に深く愛情を注いでいたという善子は特に孫を可愛いがった。平助が欠かさずに観ていた毎週日曜日のゴルフ番組は戦隊ヒーロー番組に変わったし、夢の為に強くなりたいからと空手道場のチラシを片手に交渉されれば、怪我の心配をしつつも折れた。憧が父親──熱海(ケイ)の母校である小学校に通う事が決まれば、彼が熱中していたヒーロー番組のグッズを記念として買い揃え与えるほどであった。

 周囲の友人にもしかと認知されるほど、熱海善子は憧を溺愛していた。

 だが。

 

『将来の夢が、ヒーロー⋯⋯そうかい、そうかい⋯⋯⋯⋯あれ、でもおかしいね⋯⋯憧ちゃんの夢は、そうじゃなかった気がするんだけどねぇ』

 

 彼女の周囲の友人がその溺愛を、息子を喪った悲しみの転換であると見抜いていた。故に土台は脆く、永くは続かない。

 彼らを結んだモノの綻びは、鏡に入ったヒビのように、徐々に明らかとなっていく。

 

 

──最初は、名前を間違えた。

 

 

『おや、おはよう憬ちゃ⋯⋯⋯⋯ぁ、あぁ、違う。私ったらボケたのかい。ごめんね憧ちゃん』

 

 

──次は、趣向を間違えた。

 

 

『うん? ヒーローの方を応援してるのかい? 変だねえ、正義ばっかりが勝つなんてつまらないって、憬ちゃんはいっつも悪役を応援していたのに⋯⋯』

 

 

──更には間違いを、間違えて。

 

 

『どうしたんだい、そんなムッとした顔をして。今のコマーシャル?ふうん、まおうがゆうしゃを倒すゲームなのかい⋯⋯分かった。欲しいんだろう? え、全然違う? いらない? あら、そうなのかい⋯⋯遠慮しなくていいのにねえ』

 

 

──最後にはもう手遅れだった。

 

 

『はい、誕生日プレゼント。

 ははは、びっくりしたかい。ほおら、開けてごらん。どうだい?欲しかったゲームだろう?おばあちゃん、ちゃあんと覚えていたんだから。

 ねえ、それで合ってるだろう?

 合ってるよねえ。 

 

 (ケイ)ちゃん?』

 

 

 善子は、認知症と診断された。

 それも心因的要素を含んだモノであり、息子の憬を痛ましい事件に奪われた事が原因だった。故に憧を、善子は憬だと誤認していたのだ。 

 平助からはすぐ気付いてやれなくてすまないと何度も謝られた。また善子は治療の為にしばらく入院する事になると告げられ、表情を曇らせた。例え誤認されたとしても、優しい祖母と離れるのは悲しかったからだ。

 だから、憧は願ってしまった。

 

『おばあちゃんの顔を見たい』

 

 そんな孫の優しい願いを、元助も断れなかった。

 どこにも悪意なんてなかった。

 倒すべき悪党なんて居なかった。

 だが、それでも間違いは起きてしまうものである。

 

『憬ちゃんは死んだ? 冗談はよしとくれよ。居るじゃないか、ほら。そこに。違う? 違わない。違わないだろう⋯⋯?』

 

 悲劇は連なる。ドミノの様に。

 

『そんなはずない。憬ちゃんは帰ってきてくれた。私の元に、もういちど帰ってきてくれたんだ。

 そうだと、言っておくれ⋯⋯ねえ、お願いだよ。

 

  たすけておくれ、憬ちゃん』

 

 

 ヒーローになりたい。

 自分を救ってくれたあの人のように。

 そんな願いが、背を押した。

 ドミノは倒れ、止まらない。

 

 

『うん。そうだよ、ばあちゃん。おれ、死んでなんかないよ』

『しょ、憧?なにをいうんじゃ!』

『やだなぁじいちゃん。憧って誰さ』

 

 

 焦がれ続けた憧憬の熱が、自分を映す鏡さえ壊した。

 

 

『俺は、熱海憬。憬って⋯⋯呼んでよ』

 

 

 自分を偽り、代わりを演じること。

 

 それが熱海憧にとっての、一番最初の人助け。

 

 

 

 

 

 誰しもがその人生に於いての主人公。そんな謳い文句は耳に優しく、しかし真理であったのだろう。

 ならば熱海憧という少年は、一番最初の人助けの為に自分自身を殺した。主人公を、殺したのだ。

 

 熱海憧ではなく、熱海憬を名乗った。

 それだけでなく、以前は手をつけなかった焼き魚の頭部を真っ先にかじるようにした。

 得意だった自転車から、わざとこけるようにした。外より室内で遊ぶ機会を増やした。台所に立たなくなった。読む漫画を変えた。度の入ってない眼鏡を掛けた。

 眠りが浅くなった。

 学校のテストで、名前を書き忘れだした。

 毎週日曜日には、ヒーローではなく悪役を応援するようになった。大事にしていたグッズも、部屋の奥に仕舞い込んで。

 

 

「憬ちゃんはこういう子だったね」と善子から聞くたびに、次からはそうする様に務めた。憧は、父親の過去に成り変わる事で善子を救おうとしていたのだ。

 本気だったのだろう。善子の前だけでなく、どこに居ても憬である様に振る舞う。例え学校の中でも憧は憬を名乗るほどの徹底ぶりだった。

 幸い小学校は名字呼びが多く、不思議に思う生徒は少なかった。中には「どうして」と疑問をぶつけた生徒も居たが「人助け」としか答えない憧に、気味の悪さを覚えてそれ以上尋ねようとはしなかった。

 

 幾度も「そんな事しなくていいんだ」と遮る平助の静止にも、大丈夫だからと笑って誤魔化し続ける。そんな憧に、次第に平助も何も言えなくなってしまって。

 

 優しさで出来た地獄が、二年続いた春の頃。

 終わりは唐突に訪れた。心筋梗塞によって善子が倒れたのだ。

 

『憬ちゃん⋯⋯どこだい⋯⋯どこにいるんだい⋯⋯声を、聞かせておくれ⋯⋯』

『ばあちゃん!ここだよ!此処に居るよ!』

 

 命の火が消えかかっている。一目でそう分かるくらいに儚い老婆の手を、憧は握り叫ぶ。

 

『⋯⋯⋯⋯憧ちゃん。背が、伸びたかい?』

『ば、ばあちゃん? こ、こんなときに間違えないでよ。お、俺は。俺は⋯⋯』

 

 今際の際に起きた奇跡なのか。永い夢から醒めたのか。

 もう目は見えない。それでももう片方の掌で撫でた頭は、遠い昔とは違った。

 

『⋯⋯ああ⋯⋯そう、なのかい。わたしったら、情けない。可愛い孫に、寂しい想い、させちゃうなんてね⋯⋯』

『ばあ、ちゃん』

 

 電子音は短くなり、病室の窓からひとひらの桜が舞い落ちる。春ははじまりの季節だが、その対となるおわりを迎えようとしていた。優しさの為に正しさを見失っていた物語には、幕引きが必要だったのだろう。

 

 

『憧ちゃん⋯⋯ごめんね⋯⋯』

 

 

 静かに閉じて、もう開かない瞼。

 一番最初の人助けは、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 彼はヒーローになりたかった。

 誰かを助けられる存在でいたかった。

 炎の中で自らを救ってくれた、あの背中のように。

 しかし、彼の最初の人助けは悲劇を招いただけだった。

 

 善子の最期の言葉は『ごめんね』だった。

 それから数年後。胃癌で後を追うように亡くなった平助からの、最期の言葉は『すまない』だった。

 彼らから貰えたのは、救われた者が言うべき『ありがとう(台詞)』ではなかった。

 ヒーローになる為に主人公を殺したって、結局何も救えやしなかったのだ。

 

 

 熱海憧は自分の人生を取り戻さなくてはならなかった。 

 切り捨てた主人公を拾い集め、名を取り戻し、生き方に傾倒する。ねじ曲がったものを無理矢理正しても、歪さは残ってしまうもの。だから彼は、主人公に『ならなくてはならない』と、今もその観念に囚われ続けている。

 

 そして、それでも焦がれ続けている。

 ヒーローに。憧れを追いかけ続ける。

 

 

 だから熱海 憧は。

 助けを求める手を、掴まずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのに⋯⋯どうして、貴方は私を助けたのよ⋯⋯」

 

 

 閉じた闇の中で、泣き言が響いた。

 涙が落ちて、顔を濡らす。

 

 熱を持った雫を頬に感じて、憧は想う。

 ああ、やっぱり魔女なんて居なかった。

 弱い女がひとり、無理をしていただけだったと。

 

 

「どうして、ってなァ。理由なんて一つしかねえよ」

 

 

 だから彼は手を伸ばす。

 

 

「たすけて、って。お前が言ったからだろうが」

 

 

 鏡の破片を拾うために。

 憧れを追い続ける為に。 

 

 

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