【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~ 作:歌うたい
灯りの無い夜道は、一歩先も見えないぐらいの暗闇かと思えばそうでもなかった。
特に今夜は月が大きいからってのもあるだろう。現代のネオンと比べちゃ頼りないが、それでも意外と困らないのは、俺自身がこっちに慣れて来てるからなのかね。
「⋯⋯」
王国。魔獣。魔術。騎士。現代日本じゃどれも遠い御伽噺。それが今や身近に感じて当たり前だ。来たばっかの時はどれにも目を輝かせちゃいた。今でも浪漫な事に変わりない。でもこういう時間ではそれがなんだかくすぐったい感傷にもなる。それが不思議で、少し面白い。
俺らしくもない考えに浸っているのは、あの夢を見たからだろう。懐かしい現代の風景は、突き進もうとする駆け足をそっと緩めさせてくれた。
(月が大きい夜だな)
《うーわ、ちょっとロマンチックっぽい事を。なんかさっきから妙に落ち着いてるし、そんなマスター気持ち悪いよ?》
(失礼過ぎない? 俺だって物思いに耽ることくらいあるっての)
《そーいう大人びた一面ありますアピールするんなら、せめて女の子を隣に歩かせてからやりなよ》
(急に俗っぽいなこの鉄パイプ)
流石は凶悪。センチメンタルな空気もお構いなしである。
(やっぱあれか、女の子ってこういうアンニュイな感じが高得点な訳か)
《ずっと子供っぽいよりはねえ。あ、でもボクは単細胞直球型なマスターの方が好きだよん。扱いやすいし?》
(最後の一言がなけりゃなぁ)
《単細胞直球型なのは良いんだ。ま、ボクをちゃんと女の子として扱ってるとこは高得点だよマスター》
だって魔獣って感じしないし。こないだの夢ではゴスロリチックな女の子だったからなぁ、そこに引っ張られてるかも。
凶悪か。相棒役が板についてきたけど、色々と謎だよなコイツも。港町じゃアメラって呼ばれてたみたいだし。
(つーかさ、凶悪には聞きたい事もあんだよな。魔術のブーストだけじゃなく、心臓フル回転とかいつの間に出来るようになったんだ?)
《ん? あぁ、そういやマスターには色々言ってなかったもんね。実は魔術ブーストって、ボクの能力の
(は? じゃあメインはなんだって言うんだよ)
《血を操ることだよん》
(いやあっさり明かすんかい!)
魔術ブーストと全っ然違うじゃん。血を操るってすんごい物騒じゃん。英雄らしさゼロっていうか、むしろ悪役的な感じする能力なんだけど。
つまり血流を操って俺の心臓を無理矢理動かしたって事なのか。種が分かったけど、ちょっとゾッとする。
《ただその為にはボクの血を混ぜなきゃいけないからね。滅茶苦茶面倒くさいんだよ。ブーストの方は混ぜなくたって出来るけど》
(凶悪の血? え、ちょっと待て、ってことは今の俺の血って⋯⋯)
《うん。ボクの血が混ざって溶け合ってるよん。あはは、なんだかエッチな響きだねえマスター?》
(うっそおおおお!?!?)
聞いてないんだけど。ほんと聞いてないんだけど!?
とんでもなく衝撃的な事実までサラッと告げられて、俺はめでたく大混乱。エッチな響きとかほんとどうでも良いわっ。
(いつ?! いつの間にそんなことになった!?)
《ほら。こないだ魔女さんを助ける時、お腹にぽっかり穴あいてたでしょ? あの時にさぁ、ちょちょいっと。混ぜてもいーい?って確認は一応取ったげたし?》
(いや俺意識朦朧としてた時じゃん! それ確認取れたって言わないぞ!)
《えー。でもそうしなきゃマスター死んでたから仕方ないよね。ボク悪くないもん》
(ぐっ⋯⋯)
あの時、穴が塞がってたのは凶悪がやった事だったのか。詐欺師染みたやり口だけど、あのままなら大量出血で死んでたのも事実。文句を言える立場じゃなかった。
《あんまりごねないの。血を操れるって結構色々出来るんだよ? 例えば、マスターの身体を血流越しにちょちょいっと操れたり?》
(ゲッ⋯⋯ま、マジで?)
《さあ?────試してみるぅ?》
(勘弁してください)
《あははは、可愛いなぁマスターは》
俺から主導権を握りっぱなしだからか、凶悪は上機嫌である。ほんと性格悪いよなコイツ。シュラのネーミングセンスは正しかった。
凶悪が俺の身体を操れたとしたら、絶対ろくな事しなさそうだ。どうかこれが凶悪の冗談であってくれ。そんな願いを込めながら冷や汗を拭って、ふと我に返った。
「あァ?」
考え事しながら歩いていたせいか、ヘルメルから結構離れた道まで来てしまっていた。
(うわやっべ。ぼーっと歩き過ぎたか。どこだ此処)
《えー。迷子とか勘弁してよマスター⋯⋯あ、でもこの道の感じ、結構しっかり整備されてる。アスガルダムに続いてるルートじゃない?》
(お、ほんとだ。いつの間にかこんなとこまで来ちゃってたんだな)
《悪人面男の深夜徘徊かぁ。不審人物としてしょっぴかれたら、今度はどれくらい檻の中かな?》
(流石に三度目は御免だって)
しれっと縁起でもない事を。でも通り魔事件やらライブラリ事件が起きた今のアスガルダムじゃあ、あながち冗談で済まなさそう。RPGの主人公は牢獄に縁があるって定説はあるけど、仏の顔も三度までだ。今度こそサラに泣かれかねない。
(んじゃ、ぼちぼち帰るか⋯⋯、⋯⋯え?)
眠気はまだ来ちゃいないが、切り上げ時だろう。このまま歩いて迷子になっても洒落にならんし、と。
後ろ手で頭を掻いて、踵を返そうとした時だった。
正面。つまりアスガルダム方面から『真っ白な人影』が此方へと向かっていた。
「⋯⋯女?」
目にした時、呆然と呟いてしまった。月明かりに浮かび上がるシルエットは明らかに女性のものだった。
真っ白な着物とこれまた真っ白な布を被った女の人が、なんかこっちに歩いて来てる訳だけど。
(え? ゆ、幽霊とかじゃないよな?)
《あははっ、マスターったら怖がっちゃってまあ》
(いやいやだって普通、女一人でこんな真夜中に出歩くもんか?)
《そんなの分かんないよ? 夜逃げとか駆け落ちとかかも知れないじゃん》
凶悪が並べ立てる理由がドロドロしてるものばかりだが、確かに訳アリっていうならあり得なくもないのか。なんて風にまごまごしてる内にも、白い女は歩みを止めない。おかげで風貌も徐々にはっきりしてきて、少しビビった。
ゾッとするくらいの美人だったからだ。純白の装いがいかにも似合う黒髪の美女。月明かりに映える姿は、いっそ浮世離れした存在感を放っている。
そんなのが、こんな真夜中で立ち尽くしてる悪人相の方へと歩み寄って来てるんだ。これが心霊体験なのかそうじゃないのか。もう直ぐそこに来ても、俺には未だに判別がつかなかった。
「こんばんわぁ」
「あァ?! お、おう⋯⋯」
だから声をかけられて、ついドモっちゃったよね。ちょっと訛りのあるイントネーションだけど、お淑やかな声色。
慌てて返事をすれば、しゃんなりと会釈をされて、そのままあっさりすれ違った。
「⋯⋯」
少し拍子抜けだった。
どうやらただの通りすがりだったっぽい。身構えてただけに、これは恥ずかしい。なんて風に羞恥でうぐぐと漏れそうな呻き声を押し殺していると、凶悪が咄嗟に気付いた。
《ん? マスター、あの人なんか落としてるよ》
(え? あ、ほんとだ。簪か?)
すれ違い際に落としたのか、菫色の簪が地面に転がっていた。間違いなく和服美女のものだろう。拾い上げたそれを渡すべく、まだ直ぐ目先にある背中に声をかけた。
「おい」
「うん? どうかしたんですえ?」
「これテメェのだろう。落としてんぞ」
「あら、ほんまやね。優しいなぁ、お兄さん」
掌を頬に当てて、和服美女はニコリと笑った。
仕草もお淑やかというか、奥ゆかしいというか。和の風香る京美人な塩梅だけど、まさか異世界に来てまでこういう感じの人と出会えるとは。
簪を差し出し、渡し際に指が触れる。低いけれども、そこにはちゃんと体温があった。良かった、生きてる人間だ。幽霊説破れたり。掲げたのは俺だったけど。
ほっと一安心。
束の間。
目の前と思考が真っ白に染まった。
「⋯⋯えふぅ」
「⋯⋯は?」
《⋯⋯あ?》
和服美女に、ギュッと抱き締められた。
ええ、はい。ギュッと。
いや、なにごと。どゆこと。あれか、躓いたのか。で咄嗟に俺に掴まったと。大胆な感じで。
うんきっとそうだそうに違いない。
だからなんか胸元でくんくんって匂い嗅がれてるのも気のせいだよ気のせい。
「嗚呼。お兄さん。あかんよ。かなわんえ、そないに唆る匂いをさせたらなぁ。ああっ。ゼツ、我慢できひんよ」
「なっ、て、テメェ、なに、してやがる⋯⋯?」
全然気のせいじゃなかった。めっちゃうっとりしながら舌舐めずりしてる和服美女。しかも嫌に艶めかしく、官能的な仕草。おかげで俺の脳内は大パニックだった。
一体何がどうしてこうなったんだ。なんでこんな求愛染みた行為されてんだ俺は。
まさか、簪拾っただけで惚れられたとか?これが主人公補正の成せる技か!?
いやいや、ないないない。落ち着け俺。流石に違うだろ。仮にそうだとしたらチョロイン過ぎて心配なるわ。
「すぅ。はぁ。ああ、ええわあ。このハメツの匂い。あかんよ。こんなん嗅がされたら、ゼツ、抑えられへんなぁ。堪忍やえ、お兄さぁん」
「は、ハメツ? な、なに言ってやがんだ。ちょっと良いから離れろっ」
「いやん」
アカンはこっちの台詞だろ。遂には荒い息を吐きながら胸板スリスリしだした和服美女さんは、一向に落ち着く気配を見せない。
言ってる事も支離滅裂過ぎるし、柔らかいしいい匂いもするし、これじゃあ俺も落ち着けない。だからなんとか必死に引き剥がした。
「いけずやわぁお兄さん。けど、つれへんとこもかあいらしいわぁ。面倒くさいお仕事やぁ思ってたけど、こないな素敵な出逢いがあるなんて⋯⋯はるばるから来て良かったわぁ。きっとゼツの運命の人やえ」
「運命だと⋯⋯さっきからなに言ってんだテメェ?」
「やん。てめえやなくって、ゼツって呼んでなぁ」
「ぜ、ゼツ?」
「うんっ。もっと愛を込めて呼んでくれええんやえ?」
「う、お⋯⋯」
いかん。圧されちまった。
けど和服美女ことゼツさんの、トロリとした菫色の瞳。明らかに情欲に似た火がついちゃってて、若干据わっているのがもう恐い。頬は桜色に染まって、そこだけ見れば乙女で可憐なお姉さんなのに。運命の人って言い草は、いかにも一目惚れされた感じだけども。
ま、まさか。
遅らせばながらにヒロイン登場とかなのか?
俺の青春こんな夏の真夜中から始まっちゃうのか!?
青春どころか大人の階段全力で駆け上がりそうな空気ですけど!?
あまりにも急展開過ぎて、考えを整理すればするほど袋小路でグルグルと。そんな俺をニコニコと見つめていたゼツさんは、艶かしくチロリと下唇を舐めずった。
「──はぁ。もう辛抱出来ひんわぁ」
「⋯⋯っ」
その仕草が何故か蛇が捕食する際の舌の動きに見えて、思わず鳥肌が立つ。
おい。なんだよこの感じ。背筋に冷や汗がダラッと流れるこの感じ。第六感が。本能が、全身全霊で警鐘を鳴らしている。
「なあ、お兄さん。月がとぉっても綺麗やねえ?
やからなぁ⋯⋯今からゼツと、愛し合お?」
人生初めてのアイラブユーをくださった和服美女は、被っていた白い布をシュルリと掌に収めて。
瞬きしたほんの僅かの間に、白絹を『一本の真っ黒な刀』に変え、切っ先を此方に向けていた。
(⋯⋯あー。ほーん。なるほどぉ。愛は愛でも殺し愛タイプかぁ⋯⋯)
えーっとぉ。
拝啓、女神様へ。どうも主人公です。
あの。念の為にお聴きしますが、こちらの激ヤバサイコな和服美女さん──俺のヒロインだったりしませんよね?
いやぁ。
ホントにさぁ。
ホンットにさぁ⋯⋯
愛が重いってレベルじゃねえぞおおおおおおおおおお!!!!!!!
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