【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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136 瑠璃色の静脈

 濃密な一日を経て出来た新たなる因縁。

蒔かれた種が芽を出すように、いずれ今宵の縁は新たな物語を編む糸の一つなのだろう。

 しかし一つの因縁が生まれたとて、かつての因縁が途切れる訳ではない。熱海憧が未だに囚われる言葉になぞらえるなら、誰しもがその人生に於いての主人公なのだ。生きている限り、物語は続く。

 そう。視点を少しずらせば、別の舞台は既に積み上がり、そこでもまた新たなる展開を迎えていた。

 

 

「⋯⋯昼は騒いで、夜は静か。まるで幼子みたいね」

「高貴な方々ってのは降り掛かる火の粉にゃ敏感だからな。例の通り魔の件が片付くまではなるべく出歩かねえようにしてんだろうよ」

「真昼にはちょっとした英雄譚が紡がれたのだから、少しは不安も晴れたでしょうに」

「ケッ」

 

 繁華街を抜けた先、静まり返った夜の小道。

 お気に入りの男の武勇伝を聞けたからか、ラズリは少し浮足立っていた。

 ショークからすれば面白くない。なにが英雄譚だと吐き捨てたかったのが本音である。

 だが、いざ口にすれば何をされるか分かったものではない。

 

『言うなれば私は、彼の観客(ファン)って所かしらね』

 

 どういう星の巡りか、この女はあのクソ野郎(ヒイロ・メリファー)に大層ご執心であるらしい。故に、あの晩うっかりとヒイロの名を滑らせた自分は、ラズリに目を付けられてしまったのだ。

 

(どこまで疫病神なんだ、ヒイロの野郎っ)

 

 今現在のショークの立場は、ラズリに雇われた便利屋である。便利屋といっても依頼主と対等な関係性ではない。

 その実態は、あの晩に告げられた通り『下僕』だった。便利屋とは、あくまで下僕では風聞が悪いからと、便宜上に用意された張りぼてである。無論、襲いかかって返り討ちにあった自分に拒否権などなかった。

 

 ショークが命じられたのは、情報の収集である。昨今世を騒がせる『通り魔事件』についてと、ヒイロの動向についてが中心だった。

 つまりこうしてラズリを浮足立たせたヒイロの雄飛も、自分が仕入れた情報なのである。噛み潰した苦虫も、両手の指数を越えそうだった。

 何より癪に障るのが、この国の暗がりで生きた経験のあるショークにとって、こういう情報収集は難事ではなかったのである。適材であり適所。妙に的を射た運用が、自分の半生を見透かされた様で気に入らなかったのだが。

 

 本来ならば、下僕扱いなど冗談ではなかった。

 ルズレーには付き従ったショークではあるが、見返りの薄い相手に媚びへつらう趣味はない。

 脅されて貶められた立場だとしても、所詮は口約束。情報を集める折に、そのまま逃げる事も出来ただろう。

 しかしショークは不平不満を吐きつつも、未だに彼女の元を離れてはいなかった。

 きっと離れたとてラズリは追わないだろう。彼女は自分を、都合良く手元に転がり込んだ駒としか見ていない。

 逃げたとて、大して気にも留めないであろう事は(うかが)える。所詮その程度の価値なのだろう。

 ならば遠慮なくと返す逃げ足を、見えない何かが縫い止めていた。

 

(⋯⋯畜生め、俺もヤキが回ったもんだ)

 

 気に入らなかったのだ。

 ああまでやり込まれて、このまま尻尾を巻いて逃げるのが。何故だか無性に気に入らなかったのだ。そういう生き方を心得て来たはずなのに。それでこそショーク・シャテイヤであろうに。

 なんでいまさら。そう自問自答を浮かべるたびに、尖った鼻の根元が鈍痛に疼いた。

 痛む古傷をくれたのは、果たしてどこぞの疫病神だったのか。名を浮かべる代わりに、また噛み潰した苦虫が一匹。

 

「それで? 他になにか掴めたことは?」

 

 ぼんやりと浮かぼうとする、逃げ足を縫い止める何かの正体。それを水面みたく散らしたのは、女の投じた小石だった。

 

「ああ⋯⋯そういや夕方で妙な騒ぎがあったな。どこぞの貴族の娘が失踪したとかなんとか」

「失踪?」

 

 きな臭い響きに、ラズリも面持ちに鋭さが増す。

 

「例の通り魔の仕業かしらね?」

「知らねー。今んとこ死体が出たって話は聞いてねえがな」

「ふうん。前回に続き、今回も貴族。昼に晴れども、すぐに忍び寄る暗雲を見つければ、ということ。まだ通り魔の仕業と判明した訳じゃないのに、お利口だこと」

 

 貴族とは降り注ぐ火の粉に、とかく敏感な生き物である。正面切って星冠獣を鎮めるというなかなかの偉業でさえ、彼らからすれば既に遠い白昼夢か。

 例の通り魔事件を思えば正しく利口な立ち回りなのだが、言葉には隠し切れない嘲りが薔薇の棘の様に突き出ていた。

 

「ケケッ、朗報よりも凶報のが早く広まるもんだ。どこぞの騎士様のご活躍も、明日にゃ忘れられてるかもなぁ?」

「さて、どうかしら。それよりも、その失踪事件については調査が必要でしょう。一旦アジト(隠れ家)に戻った後は、さっそく情報収集に行って貰おうかしら」

「んげっ!? こ、こんな時間からかよ! 別に明日っからでもいいだろお!?」

「凶報の方が早く広まるのなら、早く動いた分だけ新鮮で純度の高い情報も掴みやすいのが道理なのでしょう? 情報は生モノだなんて私に説いてくださったのは、誰だったかしら?」

「ぐっ、こ、このアマ⋯⋯」

 

 口では理を説いているが、この酷使の意図は意趣返しが多分に含まれているのだろう。溜飲下げに藪を突付いた真似をしたのはショークの自業自得だったが、やはり一筋縄ではいかない女である。

 

「チッ、失踪騒ぎなんざ黙ってりゃ良かったぜ。結局大した事ねえオチだったらどうすんだよ」

「それならそれで構わないわ。こんな事で尻尾を掴めるとも思っていないもの」

「⋯⋯んだそりゃ。何と戦ってるつもりなんだよ」

「何と、か。ええ。私が知りたいわ」

「⋯⋯」

 

 過分に含ませた言い回しに、ショークは思わず黙り込んだ。

 ラズリがこうも敵視しているものが何であるかを、ショークは当然知らない。

 だが通り魔事件の犯人よりも、背後関係に注視して情報を求めていた辺り、きな臭い事この上ない。まるで途方もない組織や大人物を相手取るかの様な立ち回りに、どうしても嫌な予感が拭えなかった。

 

(くそったれめ。ヤキが回っても、引き際だけは間違えんなよ⋯⋯ショーク・シャテイヤ)

 

 気の迷いが(たた)って、後で泣きを見るのだけはごめんだ。取り返しのつかなくなる前にと、ショークは自分に言い聞かせる。

 しかし、もう手遅れと言わんばかりに忙しない脚の運びはピタリと止まった。

 見やれば、ラズリがボロ長屋の扉に手を伸ばしていた。繁華街の奥、貧民層の吹き溜まりの一角。どうやらいつのまにか目的地に到着していたらしい。

 

「にしても、ボロいな。もっとせめて人が住めるような場所にしとけってんだ」

「ご忠告どうもありがとう。心配しなくても、此処はアジトとは名ばかりの活動拠点の一つ。ちゃんとした住処は別にあるの。といっても貴方みたいなケダモノに教える訳にはいかないけれど」

「ケッ。御主人様の警戒心が強くて何よりだっつうの!」

 

 出会い方を思い返せば反論の余地はない。そっぽを向いたショークを気にも留めず、ラズリは扉を引いて屋内に入る。

 不機嫌なままにその後を追おうとして──

 

「月が死んだわ」

「っ!」

 

 ラズリがぽそりと囁くと同時に、ショークは腰のナイフとアイテムポーチにそれぞれ手を添えた。身を屈め、真っ暗な室内を睨め上げる。

 月が死んだ。それはこの小屋を共有するに当たって決めたシグナルの一つ。意味する所は『侵入者の形跡有り』であった。

 この歌劇かぶれた合図を決めた女も、いつの間にかその手に鞭を握り締めている。どこに隠し持っていたのかと、気にはなっても問うべきではない。少なくとも今、そんな余裕などショークとラズリのどちらにもなかった。

 

「⋯⋯」

「⋯⋯」

 

 光はない暗闇の屋内。月さえも死んだような静謐が漂う。

 しかし耳を凝らせば、部屋の真ん中。古ぼけた木のテーブルと椅子の近くから、動揺を孕んだ僅かな吐息が漏れ聞こえた。

 やはり誰か居る。

 確信と共に膨れ上がる緊張感。ラズリの手の中で、鞭の握りがミシリと鈍く鳴ったその時だった。観念した様に、椅子の下から男の声が響いた。

 

「だ、誰だい⋯⋯?」

「⋯⋯それは此方の台詞なんだけれど」

 

 どんな第一声だと、侵入者にあるまじき問いかけ。律儀に答えるラズリであったが、気を緩める事はない。

 すると今度は、先程の男とは別の、女の声が響き渡る。 

 

「こ、この小屋の持ち主の方ですの?」

「ええ」

「れ、レスクヴァン家に雇われた者ではないのかい⋯⋯?」

「⋯⋯違うわ」

 

 侵入者にしては随分と脅えた声色に、ラズリは小さく溜息を吐いた。

 どうにも想定していた危機ではないらしい。

 鞭を手放しはしないものの、もう片方の手で玄関棚に置いていたランプを灯す。それをショークに手渡せば、微妙な顔付きの小男は雑にランプをテーブルに置き放った。

 自然と浮かび上がるのは、椅子の下に抱き合って身を潜めていた若い男女の姿だ。

 二回目の溜息の大きさは、抑えなかった。

 

「⋯⋯そういう事をするなら、是非他をあたって欲しいのだけど」

「えっ? え、あっ、いや違うっ」

「そ、そうですわっ、これには事情が⋯⋯」

「ケッ、どんな事情だっての⋯⋯傍迷惑な連中だぜ」

 

 とんだ侵入者達の正体に、ラズリもショークもうんざりとしていた。よもやこんな雰囲気もへったくれもない場所で。

 言外にそう含ませた彼らの態度に、今度は隠れていた男女が泡を食ったように立ち上がる。

 しかし、誤解だと訴える語気に勢いはない。勝手に押し入った事に間違いないのか、罰の悪さが隠し切れていなかった。

 

 だが。

 侵入者の女性の顔を見た途端、ラズリは驚愕に目を見開いた。

 

「えっ⋯⋯?」

「⋯⋯どういう、こと?」

 

 

 鏡写しの様に、困惑が行き交う。

 驚愕はラズリだけのものではなかった。ショークや侵入者の男女もまた、大いに驚きを顔に貼り付けていた。

 

 何故ならば。

 女性の顔は、誰がどう見ても。

 

 ラズリの顔にそっくりであったのだから。

 

 

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