【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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139 黒い足音

 

「ふうぅぅ⋯⋯」

「お疲れの様ですねノルン様。あの世界の外殻維持作業が堪えましたか?」

「いえまあそれもありますけど⋯⋯【灼炎のシュラ】を進めていくたび、なんだか心が真綿で締められてるような感じがするというか」

「そうですか? 今回、そう目立った鬱イベントはなかったかに思えましたが⋯⋯」

「でも、やっぱり前章のローズさんのダメージもありますし、シュラさんもなんだか荒れて来てますし⋯⋯それにほら、星冠獣だとか影舐めさんだとか、不安を煽る要素がちらほらとお出しされて、気が休まる感じがないといいますか」

「いや舐め影さんって⋯⋯」

「だ、だってあの人すっごい怖かったんですもん。いきなりシュラさんの事をハニーだなんて呼んだり、うっとりしながら斬りかかったり。しかも仲間のはずのイギーさんを邪魔だからって殺しちゃうなんて⋯⋯」

「露骨な狂人キャラでしたね。今章だけで少なくとも【五人】は手にかけていますし。例の通り魔事件の時にナンパしてきた貴族。十二座の一席も担う大貴族レスクヴァン当主」

「正面から戦ってもあんなに強いのに⋯⋯影に潜って暗殺まで出来ちゃうなんて。ズルですよズル!」

「ええ。彼女に目をつけられるのは不運としか言いようがない。イギーも、"たまたま遭遇してしまったあのカップル"も含めて」

「ああ⋯⋯確か、リゼモーネさんとカサンダさん。逃避行中だったんでしたっけ」

「ほぼ一瞬の出番だったのに、良く覚えてましたね。下手な魔獣よりも余程恐ろしい手合いと最悪なタイミングで出くわしてしまって⋯⋯その強さと怖さをノルン様も味わったのでしょう?」

「はい⋯⋯実際、初戦は負けイベントでしたもん。まあ、シュラさんの覚醒イベントでもあった訳ですけど」

「灼炎剣レーヴァテインですね。おかげでただでさえ強いシュラの火力が一気に上がりましたし、今後の攻略でも頼りになるでしょう。主人公の面目躍如というやつです」

「"髪の色がぶわーーって変わって"、とっても凄かったですねぇ。まあ、それは良いんですけど⋯⋯逆にシュラさんのメンタル面が少し不安になりますよね。ローズさんの事、引き摺ってるみたいですから。誰かが支えて上げないと。でもクオリオさんはアレですし、リャムさんも色々と抱えてそうですし⋯⋯今のところ、シャムさんが癒しですよほんと」

「まあ、彼女はパーティーのムードメーカーですからねえ」

「あ、でも。あの騎士団長さんが案外そういう立場になってくれるかもですね。ほら、図書館で天秤の星冠獣が大暴れのイベントですよ。精神攻撃みたいなのでシュラさんがピンチになった時、颯爽とやってきて天秤を一刀両断! あれはカッコよかったなぁ」

「ああ、確かに。彼が来なければエーギル・ライブラリがコルギ村の孤児院みたいな事になってたかも知れません」

「ああいう頼り甲斐のある人が仲間になってくれれば良いんですけどねー。いつかシュラさんとも肩を並べて共闘、なんて展開もあるんでしょうか⋯⋯クオリオさんのお姉さんには睨まれちゃいそうですけど」

「ははは、かも知れませんね。是非ともゲームを進めて、その眼でお確かめください」

「⋯⋯⋯⋯なんか意味深で恐いです」

 

 

 

「ところで副官。あの、リゼモーネさんのお顔なんですが⋯⋯いやあの、ほんとチラッとしか表示されなかったから気の所為かも知れないんですけど。あの、ローズさんとそっくりじゃありませんか?」

「おや、ノルン様。お気付きになられましたか」

「はい! ってことはもしかして、あの人とローズさんは生き別れの姉妹とかですか!?」

「残念ながら違います」

「うぐ。じゃ、じゃあなんであんなにそっくりに?」

「それはずばり⋯⋯【制作コスト】の問題です」

「へっ? 制作、コスト?」

「ええ。ぶっちゃけリゼモーネはモブキャラに等しいですからね。とはいえ十二座の家の娘って事ですから単なるモブと描くのもちょっと。しかし出番からしてデザインにコストをかけるほどでもない⋯⋯」

「つまり、使い回しって事ですかぁ?」

「何事にも世知辛い事情とはついて回るものですよ、ノルン様」

「うう。なんて夢のない。なにかの伏線かなぁって思ったのにぃ!」

「しかし、出番は一瞬とはいえ彼女らもなかなかに悲劇的な人物ですよね。つくづく、運が無い。レスクヴァン当主が暗殺されていなければ、彼女らの未来が閉ざされる事もなかったでしょうに」

「へ? どうしてですか?」

「当主が暗殺されたのです、レスクヴァンの屋敷は大混乱の真っ只中。そうなれば二人に差し向けられた捜索の手を広げるどころではなくなります。彼女らが本国の外にすんなり出られたのは、レスクヴァン当主が暗殺された混乱に乗じたからなのですよ。本人達にはそんなつもりは無かったでしょうが」

「⋯⋯そんな」

「二人の仲を裂こうとした障害が除かれたせいで、二人の未来さえも潰える事になった。なんとも皮肉の効いたお話ですね」

「⋯⋯はい」

「故にネットでは『ローズ顔は報われない』という迷言も生まれたそうです」

「いや台無しです! なんて範囲の狭い迷言ですか! 絶対言わなくて良かったですよねそれぇ!」

 

 

 

 

「あ、それと副官。最後のシーンなんですけど」

「最後とは?」

「ほら⋯⋯最後の【彼】のシーンですよ。あれ、絶対まっずい事になっちゃいますよね⋯⋯?」

「あー、まあ。ゼツよりもよっぽど恐ろしい者に目をつけられちゃいましたから」

「うぅ⋯⋯あの、彼が出るって事はもしかして⋯⋯」

「はい。いわば三人一組ですからね。原作における【あの人】も、勿論関係していますよ」

「うわぁぁぁ⋯⋯嫌な予感しかしないぃ⋯⋯」

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 滂沱の如く流れる汗の数よりも、沈みかけた夕陽の赤さが、彼の世界を滲ませてた。

 

「はぁっ⋯⋯はぁっ⋯⋯」

 

 へたり込んだまま洗い息を整える。傍らに転がった訓練刀が夕陽に染まって赤く、血が(にじ)んで紅い。

 ズキズキと痛みに騒ぐ両手に目を向ければ、出来たばかりの血豆が潰れて酷い有様だった。

 嗚呼、もったいない。高貴なる血が流れてる事に、惜しむ気持ちがじわりと浮く。人と根本は簡単には変われないのだ。尊大な価値観は最早条件反射の様で、切り離せないものなのだろう。

 しかし、それでも手応えはあった。

 血が流れる事を惜しむ気持ちよりも、ずっとずっと湧き立つ興奮が、今はあった。

 

「フーッ⋯⋯ふ、う⋯⋯やった。はは、やり、きったぞ⋯⋯」

 

 息は絶え絶え、身体はボロボロ。

 それでも締めの、素振り五百回まで。ヒイロ・メリファーにとっての『当たり前』に、ルズレー・セネガルはようやく手を届かせる事が出来たのだ。

 屋敷の敷地内で座り込みながら、ルズレーは溢れてくる達成感に溺れてしまいそうだった。

 

「はは、は⋯⋯」

 

 騎士称号の剥奪以降は父の逆鱗に触れ、醜聞を晒さぬ様に屋敷の中で軟禁を命じられた。そうなる直前に訓練生寮でまとめ役のラステルから聞き出した、ヒイロが一日と欠かさずこなしている鍛錬の内容。

 軌跡をなぞる様に、ルズレーもまたそのメニューを自らに強いたのだ。

 

 無論、初めのうちはまるで話にならなかった。

 学園時代も訓練生時代も鍛錬などをすっぽかしていた身体は、直ぐに限界を訴える。それを無視して強行しようにも、あまりの激痛に心が折れかけた。

 已む無く中断し次の日に託せども、今度は筋肉痛に苛まれ、前日よりもこなせた鍛錬の数量は減った。

 努力なんてする必要がある時点で負け犬だ。

 楽をする事ばかりを選んで生きてきたルズレー。やっぱり止めようかと折れた事もある。

 しかし汗を流すべく浴場に向かう途中に鏡を見て、折れかけている自分の姿こそ、雨に濡れた負け犬に映ってしまって。

 

「やれるんだよ。当たり前、だろ。僕、だって⋯⋯」

 

 ルズレーは歯を食いしばり、立ち上がった。

 来る日も来る日も、掲げた目標に追い付こうと必死になった。使用人達の冷めた目に晒されていようが、もうどうだって良い。激痛を食いしばりながら耐え、少しずつ出来上がる身体が負担を減らして、遂に。

 遂に、やっと、ルズレーは入り口に立てたのだった。

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 熱を上げていた頭がスッと冷たさを取り戻していく。

 そう、まだ入り口。死に物狂いでやっと届いた現時点は、ヒイロにとっての当たり前に過ぎない。

 彼岸との距離を思えば、浮かれている暇もないのだろう。乱れていた息も頭も、夜へと沈む様に冷えていく。

 

『一足先を走ってやる。付いて来てェなら、好きにしな』

「⋯⋯フン」

 

 とんでもなく先を走っておいて、よくも。

 耳にこびり付いて離れない彼の呪詛は、やはり気に食わない。忸怩たる想いを吹き飛ばす様に、ルズレーは鼻を鳴らした。

 

「もっとだ。明日からは、アイツよりもっと⋯⋯やってやる⋯⋯!」

 

 身体中は軋み、少しでも動かそうとするたびに走る痛みが行動を鈍らせる。だがクタクタの肉体とは裏腹に、矜持は爛々と燃えていた。

 いいだろう。今度は僕が置き去りにしてやる。アイツに出来て僕に出来ないはずはない。

 仄暗く、されど堅い決意は音にせず、心の中で転がして。

 鈍重な動きながらも、ルズレーは訓練刀を手に立ち上がる。

 貴族としてではない。一人のルズレーとしての矜持が、車輪の様に彼を突き動かし続けていた。

  

 

 

 

 

 

 

 だが。

 努力が必ず結果を結ぶ決まりはないように。

 残酷な運命が、呆気なく未来を奪ってしまうように。 

 魔は忍び寄り、往くべき道を遮って。一息に、明日への光を覆い隠す事もあるのだと。

 

 ルズレー・セネガルは、これより知る事になる。

 

 

「────残念ながら、『羽虫』に明日は無いのだよ」

「え?」

 

 

 太陽はまだ沈んでもいないのに。

 世界に闇が、訪れた。

 

 

 

 

 

 

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