【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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162 チャノンの慟哭

 

 

 一年前の異変。一人の漁師の失踪が発端だった。

 行方不明となった漁師はサングドさんすら一目置くほどの腕であり、嵐の海ですら乗りこなすほどの船乗りだった。

 そんな漁師が漁に出たっきり帰って来ない。海難事故の線も追いはしたが、漁船も見当たらない。漁師には妻子がおり、妻子を船以上に大事にしていた男であることから蒸発の線も無いとされた。

 ならば何処へと首を傾げる間もなく、失踪者が相次いだ。いずれも漁に出ていたか、最初の失踪者を捜索していた漁師達だった。

 

 これはおかしい。明らかに何かが起きている。

 そう判断したサングドさん達やピオムさん達は、かつての禍根を一時置いてでも駐屯騎士に願い出た。

 アスガルダムの本隊に協力を要請してくれと。今フィジカの海に起きている問題を解決して欲しいと。

 駐屯騎士の長は「ならばクエストの成果を用意しろ」と言い渡した。

 騎士団も慈善事業ではない。だからクエストの代金を用意しろという主張は、彼らとて正当な主張だと分かっている。

 だがその値段は明らかに相場を越えたものだった。数字に強いピオムでなくとも法外と感じる額だった。

 当然その理由を問うが、駐屯騎士は「手数料」と宣うだけ。当然、サングドさん達は憤慨した。駐屯先の危機において、非協力的な態度と足元を見たやり口。下衆の一言に尽きた。

 駐屯騎士との関係がもはや修復不可能なほどに悪化した頃、更なる混沌が訪れる。

 

 行方不明になった漁師を見たという者が続出したのだ。

 まさか帰って来たのかと、歓喜の声があがった。失踪から既に一週間以上も経っているのだ。生還は絶望的かと思っていただけに、吉報にも思えた。

 

 だが真実は残酷で、彼らは再び絶望に叩き落された。

 何故なら漁師達を見た者によれば、漁師達の肌は青白く、とても生気を感じられない風貌だったと聞かされたのだ。

 中には声をかけてみたが、うめき声と共に襲われたという者さえ居た。

 意思疎通は叶わず、対面すれば襲われる。それはもはや、人ではないのではないか。そんな憶測をより強めたのは、フィジカを訪れていた行商人だった。

 

 少し前に、フィジカより西の村町にて、亡者が住民達を襲う事態が発生したのだ。亡者は幸い居合わせた騎士や傭兵によって討たれたが、その亡者達を生み出したのがなんだったのかは終始分からぬままだと。

 

 ならばその元凶が今、このフィジカに暗雲をもたらしているのではないか。

 未曾有の恐怖に襲われる住民達。しかし肝心の騎士は頼れない。もはや自分達の手で、この異変を解決するしかないのではないか。

 そう悲観めいた覚悟を固める者さえ居た頃に──アイツがやって来たらしい。

 

 

 

 

「そこで【灰銀髪の戦乙女(アッシュ・ヴァルキュリア)】のご登場って訳か」

「ええ。亡者達が町を襲って来ましたが、彼女の活躍のおかげで核となる魔獣は討伐され、フィジカはなんとか救われました」

「むむぅ、フィジカを既に救ってたとは⋯⋯やはりあいつも自分がいつか越えるべきライバルなのだ」

 

 うん、知ってた。改めて聞くとマジでフィジカのヒーローだったんだなアイツ。

 しっかし、フィジカの英雄とフィジカを襲った魔獣。その両方共に深い縁がある奴が今此処に居るとは。なんというか、これぞ因縁の地ってやつなのかな。

 

「ん。だが待って欲しい。話を聞いてる感じ、闘ったのは【灰銀髪の戦乙女(アッシュ・ヴァルキュリア)】だけなのか? 駐屯していた騎士達はどうしたのだ?」

「ああ、それは⋯⋯」

「町が亡者達に襲われたって言ったでしょう? その時にこぞって逃げ出しましたよ、我先にね!」

「んなっ!? な、な、なんなのだそれ! 騎士たる者、そういう時こそ率先して民を護らねばならぬはずなのだ!」

「⋯⋯チッ、腰抜けが」

 

 怒りがぶり返したのか、ピオムさんの言葉に割って入った事務員の言葉に、たまらず頭を抱えた。

 なんて連中だよ。いや、でもそうか。どおりで。

 駐屯騎士ってワードが出て来た時点でおかしいって思ってたんだよな。だってそんなのが居るなら、ハイリ隊長は先ずそいつらからクエストの情報について聞いてるはずなのだ。

 だが俺達が真っ先に向かったのは、顔役のサングドさんの元。当然っちゃ当然だろう。なんせ確保しやすい情報源は、一年前にこの町に居なくなってしまったんだから。

 

《そういえば格好だけは立派だったのに、悲鳴上げて逃げ回っていたのが居たよーな。あはは、あれって騎士だったんだ。そりゃこの町が騎士を信用出来ないって言う訳だねえ》

(お前が言うかよ襲撃犯⋯⋯つかちょっと待て。思い出したぞ。駐屯騎士のハウツ。ハウツって確か、入団試験の時の八百長野郎の名前じゃんか!)

《八百長? なにそれ?》

(俺とお前が出会う前の話だよ⋯⋯ったく。フィジカから逃げ出して、ちゃっかり王都まで戻ってたとか。此処の人達にはとても聞かせられないな⋯⋯)

《ふーん。なんだか針の筵みたいで大変そーだね、マスター?》

(だからお前が言うなって)

 

 はからずも胃痛ポジになった俺を、凶悪がせせら笑う。

 そんな性悪さに腹が立たない訳でもないが、それ以上にフィジカが騎士を憎む理由が真っ当過ぎて、頭が痛い。

 聞いてる俺ですらサングドさんの反応が当然で、ピオムさんはむしろ優し過ぎるって思うくらいだ。

 こんなんじゃ、今起きてる異変に対して漁師達との協力姿勢はとても望めないだろう。

 どうしたもんか、と頭を抱えながらも何か良い方法が無いかと、思いを巡らせている時だった。

 ガタンと音を立てて、チャノンが席から立ち上がった。

 

「⋯⋯とんだ貧乏クジじゃありませんか」

「チャノすけ、テメェ」

「だって⋯⋯そんなの私達にどうしろっていうんですか。そんな騎士どころか人間にも足らない下衆共に代わって謝罪でもすれば満足ですか! やってもいない相手に、過去の遺恨を押し付けて好き放題言って! 私達は、私はっ⋯⋯!」」

「お、落ち着くのだチャノン! ピオムさんはそんなこと一言も言ってないのだ!」

「離しなさいポンスカ!」

 

 一体なにがどうしたっていうのか。チャノンは唐突に吠えた。激情に身を任せて、怒りのままに吠えている。

 明らかに取り乱していた。どう見ても正常じゃないし、顔色なんて真っ青だ。

 咄嗟にフリーゼが冷静になるよう促すが、それでもチャノンは止まらない。

 

「だって、こんな仕打ちってないです! どうして、どうして⋯⋯どうして"また、私たちが、そんな風に責められなくっちゃいけないんですか"⋯⋯!」

「──っ。フリーゼ。離れろ」

「え?」

「その馬鹿から離れろ。直ぐにだ」

「うっ、わ、分かったのだ⋯⋯」

 

 チャノンの慟哭に、込められたもの。その中身までは分からないし、知りようもない。

 けれど決して知らないものじゃあないって、感じ取れた。言葉を尽くせない事じゃないって思えた。

 だから、正面切って俺はチャノンと対峙する。

 静かに見下ろす俺を、チャノンは鋭く見上げている。

 けれどよく見れば手の指先までもが、小刻みに震えていた。まるで自分の心を自分自身が引き裂く痛みを、必死に堪えているかのように。

 

「いいかチャノすけ。落ち着いてよく考えやがれ。確かに同じ騎士だからって、過去の遺恨ひっくるめて言われんのは不条理だってのは分かる。だがピオム達が俺達を責めたか? 逃げた腰抜けの代わりに詫びろなんて言ったか?」

「ぐっ⋯⋯い、言ってはいませんけど⋯⋯どうせそう思ってるに決まってるんです」

「ハッ。そりゃな。騎士ってクソだな、くらい思ってても不思議じゃねえよ。だが口に出してねえ。秘めてるだけかも知れねえ。なのにテメェがそいつを決め付けて、暴く様な真似してどうすんだ」

「っ、っ⋯⋯!」

「忘れた訳じゃねえだろ。ピオムから話を聞いて、俺達の状況は一歩進んだ。小さな一歩でも前に進んだ。テメェ自身もそう言ったな。だったらテメェの文句は筋違いだ。テメェには言えるだけの過去か何かがあんのかも知れねえが、一番ぶつけちゃいけねえ相手だろうがよ」

「分かって、ます⋯⋯分かってますよ、そんなこと⋯⋯!」

 

 自分が間違っている。筋を違えている、って。

 コイツは口が悪いが馬鹿じゃない。腐っちゃいない。

 だからフィジカの持つ痛みと悲しみと憎しみを、理解出来ていない訳じゃないんだろう。

 それでも抑えきれない何かがあるのだと。軋む歯の音が、俺を睨む瞳の火が、そう訴えてる。

 

「⋯⋯ふう」

 

 理屈じゃない何かに今、こいつは支配されてる。

 まるで、かつてこの町を救った英雄がしていた目と似た色に、思考を染め上げられてしまっている。

 きっとこの町が騎士に怒りを抱いた過去がそうしたように⋯⋯チャノンの過去にあった何かが今、コイツをこうまでさせるんだって。

 俺はそう感じたから。

 今俺がコイツにしてやれる事は──

 

「まあ、それでもひん曲がりのテメェのことだ。まだ納得出来ねえ、我慢出来ねえって言うなら、いいか。よく聞けチャノすけ⋯その怒りは今後、全部俺にぶつけて来い!」

「⋯⋯え?」

 

 コイツの煮え滾るものをぶつけられる、案山子になってやるって所だろうなと。

 きっと後々クオリオ辺りに呆れられるであろう選択肢を、けれど俺は提示した。

 

 

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