【英雄志望の悪役モブ転生者、無自覚に原作鬱シナリオをぶち壊す】~拝啓女神様、俺ってこの世界の主人公ですよね?~   作:歌うたい

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163 私と貴方のカルペ・ディエムに、

 

 正面切って叩きつけた要求は、事務室にシンとした静寂をもたらした。

 想像だにしなかった言葉をぶつけられたからだろうか。チャノンは口をぽっかりと開けたまま俺を見上げている。常に吊り目がちな表情ばかりだったからか、呆けた顔はやけに幼く見えた。

 

「あ、あの、今⋯⋯なんて言いました?」

「あァ? この距離で聞こえてねえのかよテメェ。今後この町でなんかムカついたら、一旦俺に全部ぶつけて来いっつってんだ。安心しろ、反撃は我慢しといてやる」

「い、いやいや聞こえてますけど! そういう意味じゃなくって⋯⋯は? バッテンはなに言ってるですか!? 文句を全部バッテンに言え?! い、意味分かりません、バッテンはマゾなんですか!?」

「それで落ち着けんならって話だ。ンな趣味ねえに決まってんだろ。第一、今後今みてえな真似されちゃ、いよいよフィジカから追い出されちまうだろうが。だったらテメェにキャンキャン噛み付かれた方がマシだっつってんだよ」

「そ、そんなこと言われたって⋯⋯」

 

 まあ困惑するよな。俺だって、逆の立場だったら似たようなリアクションを返すかも知れない。

 でも良い。これで構わない。別に俺が被虐趣味に目覚めたとかじゃないぞ。

 ただ──感情に振り回されて我を忘れてる相手には、同じく感情でぶつかるのが一番だって。理屈なんてものは後からついてくりゃいいんだって、俺は思うから。

 またクオリオ辺りに脳筋だの馬鹿だの言われるんだろうが、これが馬鹿な俺に出来る最短で最善だった。

 

「ハッ、放っといても男ってだけで好き勝手言ってきやがる癖に、なに今更ビビってやがる。まあ、この俺様の心はオリハルコンよりも頑丈なんでな。テメェみてえな小娘の罵詈雑言程度、これっぽっちも効かねえよ」

「⋯⋯い、意味分かりませんけど。なんですかその理屈。ただの頓珍漢な自己犠牲じゃありませんか。そ、そんなので私の気持ちがどうこうなるなんて⋯⋯第一そっちになんの得も⋯⋯」

 

 混乱が一周回って冷静さを取り戻せたんだろうか。小刻みな震えも止まり、真っ青だった顔にも色が戻ってきてる。

 けれど、もうあと一押し欲しい。なにを言うべきかと言葉を編んでいた一瞬。その一押しを紡いだのは、俺じゃあなかった。

 

「⋯⋯いいや、自分もだ! 今の辛そうなチャノンがいつもの口うるさいチャノンに戻って来るなら、好きなだけ言っていいぞ! な、何言われたって泣いたりしないのだ!」

「⋯⋯⋯⋯誰がいつも口煩いですか、誰が」

「全然へっちゃらだぞ! むしろ喜んじゃうのだ! だから遠慮するんじゃなーい! さあ、さあ!」

「ちょ、にじり寄って来ないで欲しいんですけど! 鼻息荒げるのやめるです! ホントにマゾみたいなのもやめるですポンスカァ!!」 

(へえ⋯⋯やるな、フリーゼ)

 

 あの慟哭は、本心ではあっても本意じゃない。フリーゼもそう感じていたんだろう。チャノンが『辛そう』に見えたのがその証だ。

 どうにかしたいって想いはより強く、二の矢はよりチャノンの深くへと刺さってくれたらしい。抱き着くフリーゼをポコスカと叩くチャノンは、すっかりいつもの調子を取り戻してくれていた。

 

 

 

 

「⋯⋯すみませんでした。変態が二人も居る状況で私が取り乱したら、お話になりませんでしたね。本当に申し訳ありませんでした。お二方、心から謝罪致します」

 

 靴の踵も手の指先もぴったり揃えて、頭のつむじがくっきり見えるくらいに、チャノンは深々と頭を下げた。

 さり気なく変態扱いされてる部分は複雑だけども、今までにない謝意を示してるとこに口は挟めない。なんでも受け止めてやるって言ったばっかりだし。

 となれば俺が気にするべきは、このチャノンの謝罪を受ける相手方の反応だったけれども。

 

「⋯⋯いえ、お気になさらず。僕も、僕達の立場ばかりで物を語り過ぎましたから。頭を下げるべきはこちらの方ですよ」

「私も、横から口を挟み過ぎました。あの、これだけは分かって欲しいんですが⋯⋯貴方達は私達を、フィジカを助けに来てくれたんだって、過去の憎しみをぶつけて良い相手なんかじゃないって、そう思ってる人は少なくないですから」

「⋯⋯はい」

 

 まだ多少のぎこちなさは残りはしていても、向こうが大人になってくれているおかげか、チャノンは胸を撫で下ろすように頷いた。

 ともあれ一段落ついた。肝心のフィジカの問題についてはなにも片付いちゃいないんだが、欲しかった情報もある程度入ったし、一歩前進出来たのは間違いない。

 ひとまずは帰って、ハイリ隊長達に情報の共有とこれからについての話し合いって感じかな、と。頭の中で後の予定を組み立てている時に、ふとピオムさんと目が合った。

 

「⋯⋯ところで、なのですが。そちらの赤髪の方⋯⋯その胸に飾られてるのはひょっとして、赤銅勲章というものでしょうか?」

「! おう、応ともよ。騎士就任からたった半年で勲章持ちになった、期待の超新星とはまさに俺のことだ!」

《マスターったらここぞとばかりにアピールしちゃって。ポンスカちゃんに見せ場の締め取られちゃったの気にしちゃってる?》

(余計なこと言わない)

 

 さらっと本当に言わなくていいことを言っちゃう凶悪さんマジ凶悪。いやまあ最後の一押しは確かに取られた形にはなったけども。

 会ってまだ数日そこらの俺よりかは、同隊のフリーゼがああやって言ってくれた方がチャノンも救われるんだから、あれでいいんだよ。なんて風に底意地の悪い相棒に若干の圧も込めた思念を送っていたら、ピオムさんがハッとしたように目を見開いていた。

 

「!!⋯⋯なるほど、そうか。やっぱり貴方が『ヒイロ殿』だったんですね」

「あァ?⋯⋯あ。そういやこっちは名乗ってなかったな。タイミング逃しちまってよ。だがどうして俺の名前を?」

「つい先日、手紙をいただいていたんですよ。レスクヴァン現当主のリゼモーネ様から。僕達の窮状を救うべく、本隊属(ブリュンヒルデ)の部隊が動いてくれたこと。そしてヒイロさん、貴方についても書かれていたんです」

「!」

 

 リゼモーネ。今回俺がレギンレイヴを離れて、このフィジカに来る理由となったご令嬢だ。俺のファンだとメイド長から伝え聞いていたけども、まさか現地人にまで触れてくれるほどだったとは。

 なんだかんだお嬢様の酔狂の延長かもって、心の何処かで思ってたからだろうか。驚きに目を見開いた俺に、ピオムさんは懐から一通の手紙を差し出した。

 読んでみろって事なんだろう。少し緊張しながらも、ゆっくりと封を開けて、便箋に記された顔も知らないファンの言葉を目で追った。

 そして。

 

──わたくしが推薦させていただきましたのは、夜闇を切り拓く緋色の光。

 幼くて、けれど勇往。愚直で、されど勇壮。

 きっと彼の者ならば、暗雲に染まるフィジカの海に、澄み渡る碧青を取り戻してくれる事でしょう。

 遠き昔に謳われし、黎明の英雄みたいに──

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 文を追いかける度に湧き上がる気持ちを、どう名付けていいか分からない。歓喜。高揚。疑問。使命感。全部正しいようで、間違っている気もする。

 ただ⋯⋯自分でもどうしてなのかは分からないけれど。

 記された文体の言葉回しに、とっくに過ぎた八月の残り香が、鼻先をくすぐった気がした。

 

 まるで悪戯好きな女が、指先で軽く弾くように。

 

 

 

 

 

「リゼモーネ様、ご要望通りのボトルをご用意致しましたが⋯⋯ジオーサ産のもので本当によろしかったんですね? もう少し上のグレードも、言っていただければお持ちしましたけど」

「いいえ。これで構いませんの。今日はなぜだか、そういう気分なんですのよ」

 

 言われた通りを忠実にこなす。しかし余る忠義がその忠実を疑う。その齟齬に眉を下げてる辺りが幼さの証なのだろう。

 年若きメイド長が、少しばかりの緊張と共に置いたワインボトルのラベルを見て、リゼモーネは目尻を細めて微笑んだ。

 

「はぁ。そ、そうですか。ええと、グラスも言われた通り二つご用意しましたけど⋯⋯ハッ、まさかこの後ショークのダメダメ執事に手ずから振る舞われるおつもりではありませんよね?! 功を労るその精神は大変ご立派に思いますけど、これ以上あの不良者をつけ上がらせては⋯⋯!」

「ノンネ、まだ幼いのに要らぬ老婆心を働かせなくとも結構ですわよ。これはちょっとした心の趣き、特に深い意味はありませんわ」

「う。で、出過ぎた真似でしたね。リゼモーネ様、申し訳ありませんでした⋯⋯それでは失礼致しますね」

「ええ。よしなに」

 

 口を挟み過ぎたとしょぼくれながら部屋を後にするノンネを、リゼモーネは静かに見送った。

 大貴族のメイド長。成長途上の少女には重過ぎる肩書きに、潰されまいとするので精一杯なのだろう。そんな少女からの献身にはそれこそ、労ってやりたくなる母性も湧くものだ。

 だが今、リゼモーネが想いを馳せたい相手は別に居た。

 ワインもグラスも、その為のものだった。

 

「⋯⋯ヒイロ」

 

 空のグラスにボトルの中身を注ぎながら、麗美な横顔は遠き地を思い描く。彼は今、暗雲渦巻くフィジカの地でなにをしているだろうかと。

 奔走しているのかもしれない。苦しんでいるのかもしれない。それともリゼモーネが期待した通り、『ユグ教』という闇に触れてくれている頃かもしれない。

 予測はいくつも弧を描いて、しかし彼女自らに丸めて千切られる。既に(さい)は投げられたのだ。投げた女に出来ることは、遠きこの地で待つだけだ。

 

「私と貴方のカルペ・ディエムに」

 

 それでもリゼモーネには確信があった。

 たとえフィジカを深き暗夜が包み込もうとも、あの憎いほどの緋色の光が、眩しいくらいの朝焼けをもたらしてくれるだろうと。

 無垢な少女の願い事の様に、今を想い生き続ける女は信じた。

 それこそが、緋色の火を灯された魔女の、途切れることなき恨み言なのだから。

 

「乾杯」

 

 グラスのワインは、今度は零れなかった。

 

 

 

 

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