ここは、治安維持の傭兵組織──通称『円卓』の拠点であるキャメロッ島のとある一室。
賓客用のテーブルには、芳醇な香りと湯気を上げる紅茶と、いかにも高級そうな茶菓子が嫌味なくらい皿に並べられていた。
そんな豪華絢爛なテーブルを挟んで相対しているのは翡翠色の青年と、煌びやかな金髪が印象的な少女。
「闇オークション…ですか?」
「ええ。」
突拍子のない単語に、青年──シャグランは一瞬だけ言葉に詰まる。
無論、言葉の意味自体は理解できる。
これでも『円卓』でCNを授かっている身だ。
恐らくは、表沙汰に出来ないような品物が取引されるオークションを指しているのだろうと察することが出来る。
人道的にも倫理的にも、何より人間として問題があるのは確かだが、似たような催しは世界各地の裏社会で行われている以上、根絶は不可能。
だがそんなことは目の前の少女──エルザも重々承知のはずだ。
では、何故彼女はこんな案件で『円卓』に助力を求めたのか。
シャグランの目の前の義妹は、悠々とティーカップを片手に話を続ける。
「最近、こういう下衆な催しが貴族連中の間で流行してるのよ。安全性が高いだの商品の質が良いだのバカみたいにね。勿論私の近辺でも関わってる連中が多いわ。」
「…ええ。それはまあ、哀しいことですが仕方ないことですね。」
名門貴族であるモルオート家の当主である彼女と交流がある人間など、貴族階級や上流の限られた人間ばかりだ。
溢れるほどの財ある人間に、そういった趣味があるのは世の常だ。
こればかりは、どうしようもない人の性。
「というわけでまあ、我が家に敵対してる奴らとか、取り込もうとしてる奴らの関係者とかも参加してるみたいだから、早めにオークションごと消して欲しいの。こう、ペシャンって。」
両掌を合わせて、エルザはさも当然のようにえげつないことを口にする。
流石はこれから一つの家系を率いる人間だと感心しながらも、シャグランは二つ返事で了承というわけにはいかなかった。
「……エルザさん、我々円卓が貴族家のゴタゴタに介入するのは…あまり良いこととは言えませんよ。」
『円卓』はあくまでも公正公平な治安維持の組織。
そんな組織が貴族家の依頼で、他のお家を潰す片棒を担いだとなれば、それは世間から見れば、癒着や腐敗に捉えられかねない。
『円卓』のイメージや信用のためにも、このような依頼は即刻断るべきだ。
例えそれが義妹の頼みであっても。
しかし、そんな当たり前ことをモルオート家の次期当主である彼女が考えていないはずがない。
ならば、自分たちを動かすために一体どんなカードを持ち込んだのだろうか。
そんなシャグランの考えを読むように、エルザはティーカップを皿に置く。
「ハッ!バカ真面目で潔癖で誠実でイケメンな義兄様は、そう言うと思ったわよ。」
「…………ん?」
なんとなくどっち付かずな評価を聞き流しつつ、シャグランはエルザが差し出した何かに視線を向ける。
「だから、
「…これは?」
「いいから開けてみて。」
彼女が差し出したのは、ごく普通のサイズの封筒。
重さからして、それほど内容は入っていない様子だが。
促されるまま、シャグランは封を切る。
「ッ!!!これは…!!」
「そ。オークションで取引されたものがどうなっているのか。その証拠資料よ。」
手渡された資料の内容は、凄惨という言葉がよく似合うものだった。
法で厳重に禁止されている薬物の流通や、人身売買、絶滅危惧種生物の出品。
いや、問題はそれだけではない。
角竜を使った見世物ショー、何かの実験に利用されている竜脚類。
挙句の果てには大型の肉食恐竜同士の殺し合い。
「ちなみに、これはウチの諜報部が独自調査して判明したほんの一部。それ以外にもリバイバーの軍事運用の話なんかも出てるそうよ。」
軍事運用。
その言葉に寒気がする。
人間を超えた太古の生物を利用して戦争など、許されていいわけがない。
彼らの安らかな眠りを妨げてまで行われるそんな蛮行を、決して許してはならない。
「……この依頼引き受けましょう…!このような蛮行は、決して…!!」
「ふふ、お義兄様らしいわ。」
エルザはシャグランの顔を見て、安心したように笑みを浮かべる。
そういえば、シャグランは大事なことを聞き忘れてたことを思い出す。
「…ちなみにですが、今回の目的のオークションはいつ開催するのか目星は付いているのですか?」
この情報がなければ、何も始まらない。
だがやはり、エルザはそんなことに抜かりはない。
「ええ、当然でしょ?あまり舐めないでくれるかしら。」
彼女は小さな紙片をシャグランのコーヒーカップの前に投げる。
そこに書かれていたのは、次回の裏オークションの開催日時と会場。
事細かに記載された情報には、彼女の生来の生真面目さがよく伝わってくる。
「…感謝を。」
シャグランは万感の笑顔で彼女の行動に感謝を示す。
例え依頼をする理由が不純であったとしても、これをキッカケに救われる人は大勢いる。
「べっ、別にいいわよこんなこと。自分のためにやってるんだし…。」
照れ隠しなのか、頬を赤くしたエルザは残りの紅茶を一気飲みすると、ティーカップを勢いよく皿に叩き付ける。
そんな可愛らしい義妹が微笑ましくて、シャグランは思わず笑みを深める。
「それじゃ、私はダンディな王様に話を通してくるけど、精々私の期待に応えて頂戴ね、お義兄様?あ、あと任務が終わったら今渡した紙は全部燃やすように。」
恐らく、外見的特徴からオースティンのことを言っているのだろう。
悪役令嬢のような言葉を残すとエルザはソファから立ち上がり、脱ぎ捨てていたコートを羽織る。
「ああ、それと。お姉ちゃ………ンン、頭の緩い姉様にもよろしく伝えておいてくれるかしら?」
「…ええ。変わりなかったと伝えておきますよ。」
シャグラン目線では、彼女のイゾルデへの愛情は疑うまでもないことなのだが、エルザはどうしてかそれを取り繕って隠したがる。
今度2人きりで食事の席でも用意してみようかと思案するシャグランであった。
所変わって、トリスタン率いる部隊『コルタナ』のブリーフィングルーム。
数十人程度であれば簡単に許容できるほどの大きさの室内には、シャグランを含めて4人の騎士だけが席に着いていた。
「ほ〜、まぁた面倒な案件持ち込んだな〜、シャグラン。お、天鱗ゲッツ。」
一人は、会議中だというのにマイペースにお菓子を頬張りながらハンティングゲームに興じている赤髪とヘッドホンがトレードマークの女性騎士ーヴェナリスティア・ブランジア。
「ヴェナ。呼び捨てにするな、不敬だぞ。それに会議中に菓子を食うな。ゲーム機を持ち込むな。」
そんな彼女にまるで母親のように口酸っぱく小言を漏らす、オールバック姿で眼鏡の男性騎士ーバリトン・ユーグラム。
「バリトン〜、いちいち堅いぞ〜お前。」
「全くお前は……。」
ヴェナは彼の小言を軽く流すと、新しいアイスの袋を開け放ち、大型のイヤホンを装着し始める。
「……それで、何故我々だけを?」
3人目は、自由奔放なヴェナと、頭を抱える堅物のバリトンを他所に、涼しい顔をしている眼帯の少女騎士ーミラ・エンフォーサ。
彼女の鋭い目線に応えるように、シャグランは作戦要綱を彼らの手元に配る。
「今回の任務は、闇オークション会場への潜入及び捜査、そして場合によっては重要人物の確保です。潜入という任務の性質上、大人数での行動は不向きです。やるならば、少数精鋭で臨むべき任務。」
『コルタナ』には、本来他にもメンバーが所属している。
しかし、この場に集められたのは少数のメンバーのみ。
先代トリスタンの頃から円卓に席を置いている古株のメンバーであるヴェナとバリトン、そして『コルタナ』で最も成果を上げている若き逸材のミラ。
彼らだけに声をかけて理由はただ一つ。
「──ここにいるメンバーだけに声を掛けたのは、皆さんとなら、今回の任務を必ず円滑にこなせると信じられるからです。」
「おお、責任重大だなぁ。お、ダゴダ氏ログインしてるじゃん。精気琥珀集め手伝ってもらお。」
「…謹んで受けましょう。」
「……。」
ヴェナは聞いているのか聞いていないのかポテトチップスを頬張りながらの気の抜けた返事を、バリトンは姿勢を正し胸の前に手を添える。
そしてミラは、先程までと同じく無表情のままだ。
三者三様の反応を取る中、入り口の自動扉が開く。
「そして今回は、ディナダン卿に協力して頂けることになりました。」
「よろしくね〜。」
入室してきたのは、そばかすが特徴的な赤毛の少女ーカレン。
円卓でのコードネームは『ディナダン』。
シャグランと肩を並べる円卓の騎士の一角だ。
妖しい雰囲気と時折見せる子どもっぽさから、イゾルデも彼女にとても好感を抱いている。
今それはシャグランも同様で、円卓におけるシャグランが全幅の信頼を置ける仲間であり、気が置けない友人でもある。
変装、潜入であれば円卓随一とも言える彼女には今回の任務が決まった時点で声を掛けていたのだ。
彼女が席に着いたのを確認すると、軽く咳払いをして整声してシャグランは書類を手に着席する。
「では、今回の潜入任務の概要を説明します───。」
今回の任務は、本来の目的を達成するためにまずは情報を集めることが肝要だ。
向かう先は途方もない富を持つ人間たちの集う催し。
どんな仕掛けがあるのか、どんな警備体制が敷かれているのか。
それを確認しないことには、何も始まらない。
そのため、電脳戦に精通したヴェナや、この手の任務には慣れているカレンからの意見を交えて綿密なマニュアルを作成していた。
「…シャグランさん。概要は、これで全てですか?」
静寂に包まれた室内を、冷え切った声が打ち破る。
声の主であるミラは、相も変わらず鉄仮面でこちらを見据えている。
「…ええ。」
「そうですか、では私はトレーニングを向かいますので、失礼します。」
ミラは自身の手元の資料と要項をファイルにまとめると、さっさと席を立ち、出口へと足を向ける。
誰もが突然のミラの行動に呆気に取られる中、
「──待てミラ。会議はまだ終わっていないぞ。」
「そーだそーだ。誰が何するかとか決めてねーだろがい。」
バリトンとヴェナだけが、彼女を制止する声を上げていた。
「……終わっているでしょう。これ以上言葉を交わしたところで意味はありません。結論は結局、ここにいる面々で潜入しての情報収集でしょう?何か間違っていたらご指摘を。」
厳しいバリトンの声色に怯むことなく、ミラは声のトーンを崩さずに真正面から言い返す。
確かに、彼女の主張には一理ある上に、続く内容は反論のしようもない。
既に任務の内容と行動のマニュアルは決定している。
これから話すことは、緊急時の行動や復習代わりの擦り合わせ。
重要性がないとは言わないが、前者に比べれば確かに優先度は低い。
だが、問題はそこではない。
「…ミラさん、席に戻ってください。この任務を成功させるにはチームワークと綿密な連携が必須です。失敗する可能性は少しでも減らさければいけません。」
論点はあくまでも彼女が足並みを乱すことで、作戦そのものが瓦解するかも知れない。
コルタナだけで行う作戦ならまだしも、今回は別部隊からカレンが任務に参加している。
諜報、戦闘何でも万全にこなす彼女は他の部隊からも引くて数多だ。
そこに加えて本来の任務を兼業している。
そんなカレンの時間を無為にするわけにはいかない。
だからこそ、今回ばかりは勝手な行動は控えてもらいたいというのがバリトンとシャグラン、そしてヴェナの総意だった。
「………チームワーク?連携?」
こちらに背を向けたままのミラは、シャグランの言葉を鼻で笑うと大きく息を吐く。
「───それをすれば、貴方は私にトリスタンの座を譲ってくれますか?」
「……!!」
そう言って振り返った彼女の隻眼には、抑え切れない程の激情が渦巻いていた。
思わず、その場にいた面々が気圧されるほどの。
「…言葉が過ぎました。失礼します。」
ミラは短く言い残すと、会議を最後まで参加することなく足速に退室してしまった。
『コルタナ』ではいつも通りのことだが、カレンだけはこの急展開に呆気に取られていた。
「…あの……シャグランさん、あの人は…?」
「…ええ、色々ありまして…。」
シャグランは言葉を濁し、表情を僅かながら曇らせる。
最早恒例行事にありつつあるミラの早期退室だが、シャグランはいつになっても慣れることはなかった。
だがしかし。
「ふっふ…。知りたいのじゃなディナダン卿?あの子とシャグランの確執について………語らなければなるまい。ミラについて。」
過去を語りたがらないシャグランの気持ちをぶっちぎって、カレンとシャグランの間に挟まる影一つ。
いつの間にゲームを中断したのだろうか。
ヴェナが得意げな顔をして佇んでいた。
それもロールプレイングゲームの長老のような面持ちのヴェナはフォッフォッフォ、と籠った音の笑い声のおまけ付きだ。
「え?あ、うん、よろしく。」
さっきから唐突すぎる展開の連続で、どこかカレンも投げやりな様子になってきている。
「…ミラはな、先代のトリスタンの養子なんだよ。昔任務中に死にかけているところを偶然見つけて、引き取ったんだ。………本当の我が子のように可愛がってたし、ミラも本当の親みたいに慕ってた。」
「……。」
先程までの砕けた様子とは打って変わってヴェナが悲しげに語ったのは、在りし日の思い出。
シャグランが円卓に加入した頃には、もう既にミラは見習い騎士として活動していた。
シャグランの目から見ても、あの2人の様子は本当の親子のようだった。
いつもミラは無邪気に先代の後ろを付いて回って、ヴェナやバリトン、シャグランが危険がないよう立ち回る。
本当に、本当に素晴らしい日々だった。
あの日々は、シャグランにとってかけがえの無いないものだったと断言できる。
だがそんな日々は、長くは続かないのが世の常だ。
「てもな、先代……リオっちは突然失踪しやがった。『シャグランを次期トリスタンに推薦する』とかいう勝手な書き置きだけを残してな。」
シャグランは、今でもあの日を鮮明に覚えている。
突然自分たちを率いるリーダーが消えたあの日を。
何の前触れもなく、何の言伝もなくリオネスは消えた。
当然ながら、在籍していたメンバーは大いに混乱した。
中には『リオネスへの義理は返した』と脱退してしまったメンバー達もいる。
そして、ミラは誰よりも傷付いていた。
自分に何も遺さずにいなくなった母を見て彼女が何を思ったのかはミラしか知らない。
それに先代が何故消えたのかは、未だに分からない。
少なくとも、怪我や精神面での摩耗が原因ではないということ以外は全く分からない。
だが動かぬ事実として、先代は姿を消した。
そして、何故か自分よりも古株のバリトンやヴェナを差し置いて、シャグランを次期トリスタンとして推薦した。
理解できないことではあったが、先代の判断である以上は従わざるを得なかった。
だが、そんなものをミラが納得できるはずもなかった。
「と〜ぜん、昔から跡を継ぐのは自分だと思ってたミラは全力で反対したんよ。それで、シャグランとトリスタンの座を賭けた決闘をして、結果負けた。」
トリスタンの座を巡って、シャグランとミラは全力で勝負をした。
カセキバトルも、射撃の腕の勝負も、あらゆる技を競い合った。
結果的にシャグランの勝利に収まったが、ミラにとってはこの上ない屈辱だっただろう。
母から受け継ぐものと思っていたCNを、何処の馬の骨ともしれない人間が奪い去ったのだから。
あの日のミラの怒りと恨みの渦巻いた瞳は、恐らく一生忘れることはない。
きっとあれが、今のミラの本心なのだろう。
心底から、シャグランを、不殺を誓う今のコルタナを嫌悪している。
本当に、後悔ばかりだ。
先代を失ったあの日、一番傷付いていたのはミラだったことに、どうして気が付けなかったのだろうか。
「まあ真剣勝負の末の結果だからな、ミラも一応は納得した。だがまあ、割り切れない部分もあるんだろうな。ああやって未だに功を焦ってトリスタンの座を狙ってるのさ。」
「そう言うことか…。分かりやすい解説ありがとう、紅色の賢者。」
「なあに、礼はその可愛いRIPでいいぜbaby?」
妙にテンションの高いヴェナは、シャグランを押し退けるとカレンの隣に腰掛け彼女と肩を組む。
「……気にしないでくださいディナダン卿。ヴェナさんはいつもこんな調子なので…。」
「おいおい〜その言い草はないだろシャグラン〜。」
ヴェナはぼやきながらもそそくさと席に戻り、何事もなかったかのように再びイヤホンを着けてゲームを始める。
「…要するに、ミラはトリスタン卿に反感を持っています。自分こそがトリスタンにふさわしいと。」
バリトンはヴェナの解説をたった2行にまとめると、一緒にこの場の空気もまとめてくれた。
流石は、先代からの補佐だ。
面構えが違う。
「ただ、あの子には経験が、精神面での成熟がまるで足りていない。まだまだ荒削りです。境遇には同情し得ますが、私は先代の判断は正当なものだったと評価しています。」
眼鏡を正位置へ掛け直すと、バリトンは目を伏せる。
バリトンは直弟子であるミラを母親以上に気に掛けていた。
彼の言葉は真実を捉えていたのかも知れないが、それでもそれを敢えて口に出すことは彼にとってもあまり気持ちの良くないことだ。
室内に沈黙の帷が降りるよりも少し早く、シャグランは固く結んでいた口を開く。
「………本当は、もっと仲良くしたいのですけどね。
──ですが、ミラさん気持ちを受け入れるべきだと私は思っています。だって私は、彼女の一番大切なものを奪ってしまったんですから。」
今の立場上、シャグランは無責任にミラへとトリスタンの席を明け渡すことなどできない。
少なくともシャグランは、ミラが一人前の騎士となるまではコードネームを保有しているつもりでいる。
そうすることが、ここまで自分を強くしてくれた恩師──先代への恩返しであると信じている。
だがミラの気持ちもシャグランは痛いほど理解出来ている。
最愛の母が唯一残してくれたかつての相棒と、その座。
それを家族でもない赤の他人に簒奪されれば良い思いをしないのは当然のことだ。
故に、シャグランとミラはきっと相容れることは出来ない。
もしも彼女と和解する日があるとすれば、それは自分が退く日。
だから、もうシャグランには諦めて小さく笑うことしかできなかった。
そしてそれを、ヴェナとバリトンは黙って見守る以外に出来ないのだった。
ヴェナさん(25)、バリトンさん(27)、ミラちゃん(17)な感じです。