「──報告は以上です。」
「……そうか。」
あのオークションから2日後。
シャグランは玉座に腰掛けるオースティンに、今回の事件の顛末を報告していた。
任務の成果は、オークションに持ち出された違法な品物の取引に関わっていた人間たちの一斉捕縛。
ミラの働きもあって品物の7割は回収された。
そして全てではないものの、既に取引された物品も参加者の自宅から押収されている。
リバイバーたちも無事カルコッツ諸島に返還され、芸術品等も一部を除いて無事に保護された。
厳重な警備に保管されたそれらは、もう2度と裏社会の競売などに掛けられることはないだろう。
一見、あのオークション事件は円満無事に解決した。
──しかし、まだ問題は残っている。
主催者であったギベリスとリリー。
そしてミューとラムダと名乗っていた少女兵士たち。
彼らを捕縛することは叶わなかった。
あれだけの技術とバトルセンス、そして何よりも危険思想を持った人間を逃してしまったことだけが、シャグランの心には後悔として突き刺さっていた。
彼らが自由でいる限り、同じ悲劇は何度でも繰り返される。
「申し訳ありません我が王よ…。このような不甲斐ない結果となってしまって…。何なりとご裁決を……。」
シャグランは片膝を付いて、誠心誠意主君に頭を下げる。
自分たちが果たすべきだった責務の大きさに比べれば、あまりにも零細な結果。
加えて、ブルーノ、ディナダン両騎士に協力を仰いだにも関わらず、だ。
彼らの持つ実力を、『コルタナ』は発揮しきれなかった。
組織の長としては、あまりにもやり切れない。
何かしらのペナルティを受けるのも当然だ。
シャグランの言葉を受けると、オースティンとの間にしばらく静寂が居座る。
返答を待ちながら、シャグランは生唾を飲み込む。
部屋に響くは、時計の秒針の音だけ。
あまりにも重々しい空気だ。
「…………顔を上げよトリスタン卿。貴卿が気に病む必要はない。敵がそれだけ強大かつ狡猾だったと言うことだ。それを相手に一人の欠員も出さずに任務を達成したことは大義であった。」
ようやく口を開いたオースティンの言葉に、シャグランは顔を上げる。
見上げる王座は、いつもの変わらない。
だが叱責でも、賞賛とも違う本心からの労いの言葉に、再び深く頭を下げる。
その目頭に、安堵と忠誠の涙を薄く浮かべながら。
「ありがたき、お言葉です…っ!」
「此の任務の後は『コルタナ』には休息を与えよう。イゾルデ殿との時間も大切にするといい。温泉旅行もいいだろう、良い宿を知っている。」
温泉旅行。
その言葉に、こんな場面でも笑顔を溢す自分がいる。
確かに、『コルタナ』の仲間たちには休養が必要だ。
全身全霊で戦ってくれた彼らに与えられるものは、それ以外にない。
シャグラン自身も、今回の件で色々とくたびれているのも事実だ。
「私からは以上だ。下がるがいい。」
「は、失礼致します。」
オースティンに促されるままに、シャグランは部屋を後にした。
「どーだった?怒られたかぁ?」
部屋の外には、にやけ顔を貼り付けたヴェナが胡座を描いて待っていた。
相も変わらず指先は携帯型ゲームに興じていたが、視線だけはこちらに向いている。
最早画面など見るまでもなくプレイ出来るのだろう。
割とどうでもいいことに感心しつつ、シャグランは立ち上がったヴェナと共に通路を歩く。
夕暮れに彩られた煉瓦造りの通路は、鮮やかすぎる光に照らされていた。
「いえ。ただ大義だったと。それに、今回の任務の報酬として我々に休暇を与えて下さるそうですよ。」
「さっすが王様器が広いね〜。ってかこのタイミングの休暇は神がかってるなぁ…リリイベ行けるじゃんか。」
リリイベ、というのが何なのかはまるで分からなかったが、喜んでくれている分にはこちらとしても喜ばしい。
シャグランも、退室間際にオースティンに言われたイゾルデとの温泉旅行も心躍るものがある。
愛する妻の浴衣姿など、卒倒するくらい美しいに決まっている。
それに彼の言っていた『良い宿』についても今度教えてもらうつもりだ。
そして何よりも、任務のために身を粉にして戦ってくれた他のメンバーも、ゆっくりと休んでもらいたい。
特にバリトンは普段から酷いストレス性の胃潰瘍に苦しめられている。
これを機にゆっくり休んで欲しいものである。
無論、ミラとヴェナにもだ。
「……。」
ふと隣を歩くヴェナの横顔に目線を移す。
そこには塞がりつつあるものの、幾つもの擦りむいた痕。
よく見てみると手のひらには複数の絆創膏を貼り付けている。
これは、ミラを助けに地下に奔走した際に出来た負傷だ。
本来、彼女は後方支援が主な仕事だ。
前線に出ることなど普通はあり得ない。
自分の想定が甘かったばかりに、彼女にいらぬ負担を与えてしまった。
傷つくことに慣れていない彼女が、ミラを助けるために身体を張ってくれたのだ。
「……ありがとうございます、ヴェナさん。」
心からの感謝を、言葉にする。
ミラの件だけではない。
今の『コルタナ』に残ってくれていることも、感謝だけでは足りない。
リオネスがいなくなってから、シャグランや、その方針を変えた『コルタナ』を見限ったメンバーたちもいた。
『お前には付いて行けない。』、『自分が付いて行きたいのはリオネスであってお前ではない。』
かなり古参のメンバーたちが口々にそう言った。
そんな中、ヴェナはバリトンと共に残るメンバーたちを説得して回ってくれた。
それでも、何人かは円卓を離れてしまったのだが。
本当に、本当に今の環境があるのは彼女のおかげだ。
「……ん?何が?」
しかしヴェナにはまるで伝わっていなかった。
いや、彼女の場合はあえて知らないふりをしている可能性もある。
それはともかくとして、ポカンとした顔で知らぬ存ぜぬを貫いているが、ヴェナとしてもあのオークションのことはかなり堪えていた。
任務の翌日、菓子折りを持って彼女に礼を言いに行った時のことを思い出す。
『うるせ〜よいいんだよそんなん!!アタシがやりたいようにやっただけ!!あと敵の頭がおかしかったの!以上ッ!解散ッッ!!これ以上なんか言うなら今月の課金代お前に払って貰うからな!!この実家太変態弓野郎!!』
プレイ中の対人ゲームを邪魔してしまったということもあるが、あの日のヴェナなかなり気が立っていた。
彼女が心から覚悟して決めたことに対して、水を刺してしまったことに加えて、あまりにも高額な茶菓子を持って行ったこともあるのだろう。
ヴェナは烈火の如く怒り狂ってシャグランを部屋から追い払った。
今でも割と、心にダメージが残っている。
「いえ……色々と、ですよ。」
「…………?」
また彼女に怒られることは流石に嫌なので、言葉を濁したが、そのお陰もあってか、ヴェナには本当に何も伝わっていない様子だった。
「よく分からんけどアタシは貸し作って奢らせるタイプの人間だからな〜?そこんとこ忘れんなよ!」
くしゃりと少女のように表情を崩した彼女は、ふりふりと手を振ってシャグランとは別の通路に消えて行った。
『こっちにディアブロス亜種がいる』とか何とか語っていたが、結局シャグランは最後まで何を言っているかさっぱり分からなかったのだった。
「…さて。」
任務を達成したとはいえ、やるべきことはまだ残っている。
今回の騒動の最中に現れたミューとラムダが身体への負担を代償に発動したという特殊状態、通称『シンクロ』に、彼らが逃走の際に使用したというカルコッツパークで使用されている転送技術。
加えて、改造リバイバー及び、それらを模した兵器の軍事運用。
これらを円卓全体に共有するための報告書に加えて、今後の休暇や任務などのスケジュール調整。
他にも些細な仕事が山積みだ。
憂いなく休暇に入るために、すぐにでも全てを終わらせておきたい。
気が重くなる責務を思うと、ついつい焦りで隊室に向かう足が早くなってしまう。
「…ん?」
その最中、突然ポケットの携帯端末が振動した。
いきなりのバイブレーションに驚きながらもシャグランは画面を起動する。
何の連絡かと思って見てみれば、メールの差出人は『 ドブカス メロンパン』と記されている。
これはヴェナの愛用しているハンドルネーム。
本人曰く、特に意味はないということだが絶対に何か元ネタがあるとシャグランは確信していた。
閑話休題。
それはそうと、メールを開封してみるとそこに記されていた内容は
『あ、そうだ。さっき言い忘れたことあったんだけどさ。
応接室にエルち来てるよ。
p.s 部屋にあるSwitch充電しといて。』
「ッッッッ!!?」
その文面に、シャグランの顔は一気に青ざめる。
突然寝顔に冷や水を掛けられたような心地だ。
今回の任務のクライアントが態々この島に来訪したと言うことは、こちらに何かしらの用事があったということ。
そしてそれは恐らく、今回の成果に関するもの。
依頼主が待っているというのに、こちらが油を売っていていいわけがない。
「そういうことは早く言ってください本当にッッ!!」
進行方向を変えると、ヴェナに返信するよりも早く、疾く、シャグランは廊下を駆け抜けて行った。
大急ぎで応接間に向かうと、そこではすでにエルザが湯気の立ち上るティーカップを傾けていた。
切り取ればそれなりの値打ちのある芸術品になりそうなほど優雅な空間の空気を、勢いよく扉を開け放つ音がぶち壊す。
「はぁ…っ!!はぁ…っ!!……すみませんエルザさん…!お待たせ…致しました……」
「え……どうしたのよお義兄様…。別にいいわよついさっき来たとこだし…。」
膝に手をついて肩で息をするシャグランの姿に、エルザは困惑しながら紅茶を啜っている。
遅参を責めてもいいところなのだが、それをしないところに彼女の人の良さが漏れ出ている。
流石は、イゾルデの妹といったところだ。
だが、その嗜好や性格は正反対だ。
彼女にこれ以上無駄な時間を割かせないように、ソファに腰を下ろす。
義兄の着席を確認すると、エルザはソーサーの上のカップを置き、脚を組み直す。
シャグランは対面に座ると、ピン、と背筋を正して彼女と向き合う。
どこからどう見ても、お説教の前の雰囲気だ。
何を言われるのか分からないが、恐らくはギベリスを取り逃した件についての叱責だろう。
生唾を飲んで、深く息を吸って、覚悟を決める。
「……まず今回の件、助かったわ。ありがとう、お義兄様。」
しかしエルザの口から出た言葉は、シャグランの想像とは180度違うものだった。
先のオースティンと同じ、ただの労いの言葉。
言葉のナイフに耐えるために固めていた心の防壁がガラガラと崩壊する。
「いえ…ご期待に添えずに申し訳ありません…。」
彼女の言葉に一抹の驚きを感じつつも、シャグランは目を伏せ頭を下げる。
「…何か勘違いしてるみたいね。」
この行動が気に食わなかったのか、エルザは靴先でタン、タンと床をタップして腕を組む。
イラつきのボルテージが上昇しているのは明らかだった。
「最初に言ったでしょ?私が望んでいたのは目障りな競合どもの排除よ。それは達成できたじゃないの。」
「いえしかし…。」
「チッ!!」
尚も謝罪を口にしようとするシャグランの言葉を、彼女の特大の舌打ちが遮った。
だが流石にはしたないと思ったのだろうか、エルザは慌てて口元を塞いで咳払いをする。
「………ま、お義兄様の言いたいことも分かるわよ。主催者を取り逃がしたんじゃ結局イタチごっこになるものね。」
「……。」
語るまでもなくエルザはこちらの意図を理解しいた。
簡単な相槌すら、喉からは出てこない。
これから先に起こるであろう被害を考えると、忸怩たる思いだ。
「ま、私は構わないけどね。こういう催しが増えれば増えるほど、競合を潰せるわけだし。
そうしていく内に私が頂点よ!アイツら全員顎で使ってやるんだから!」
こちらの心中を気遣ってくれたのだろうか。
エルザは立ち上がって底抜けに明るく高笑いを始める。
さらには眼前に拳を振り上げてシャドーをしながら、エルザは不敵に口角を歪ませた。
その様子はとても貴族家のお嬢様とは思えない。
独裁好きの女王のようだ。
──だが、彼女ならきっと、本当にそうするだろう。
そして、望むがままに世界を動かして生きてくれる。
彼女の言葉には、眼差しには、それを確信させるだけの力があった。
「……私の話はとにかく、今日はただお礼を言いに来たの。他意はないわ。」
ひとしきり笑い終わると、クールダウンしたエルザは席に着きすっかり湯気が消えた紅茶を一気に飲み干す。
紅茶を飲み干した彼女は、膝に手を当て立ち上がり、いかにも高級品なコートを羽織る。
彼女の立席に合わせて、シャグランもまた腰を上げる。
「一先ずお疲れ様。今後とも宜しくね?」
「ええ、いずれまた。」
今後は、一体どんな難題が降り掛かけられるのだろうか。
胸に確かな不安を感じながらも、シャグランはエルザを笑顔で見送った。
───────────────────
思わぬ寄り道になってしまったが、シャグランは応接室から再び隊室を目指す。
少しの間に、空色はすっかり変わっていた。
茜色の夕暮れから、夕闇の迫る淡い青色に変わっていた。
最近は任務のおかげで一週間近く我が家に帰れていない。
イゾルデには寂しい思いをさせてしまっている。
今日は、出来れば家に帰りたい。
周りの迷惑にならない程度の速度で廊下を走る。
ふと中庭に視線を送ると、
「…あれは……。」
「………ってなわけで依頼でウチにハムスターが舞い込んできたんだよ。しかもめっちゃ名前渋いの。どしたらいいかな?」
「ハハ、実にユニークだねキミたちらしい。
そうだね……次の会議で引取り手を探してみるというのは如何かな?我らが王であれば或いは…と私は思うよ?」
中庭で談笑している対照的なカラーの二人。
今回の任務における最大の立役者であるカレンとラグルだ。
あの2人への礼を欠くのは騎士道以前に、人としての問題だ。
煉瓦造りの通路を外れて、薄らと草木の生い茂った土を踏み締め歩く。
「カレンさん、ラグルさん。」
「お、よっすシャリスタン卿。」
「おや、シャグランさん。あと色々混ざっているよ、ブルーノ卿?」
声を掛けると同時に、2人は笑顔を浮かべてシャグランを迎え入れてくれた。
元よりこの2人とは仲が良いと思っているが、今回の件でさらに繋がりが強まったと思っている。
「今回の件…ありがとうございました。お二人には何とお礼を言ったらいいか…。」
カレンにはバリトンを、ラグルにはミラとヴェナを助けられた。
自らの危険も顧みずに彼らは自分の大切な仲間たちを救ってくれた。
頭を下げるだけではまるで足りない。
「いーんすよシャグランさん!困った時はお互い様でしょーよ。」
「その通りですよ、シャグランさん。それに私は元々お呼ばれした立場ですので、お役に立てたなら何よりです。
…………しかしどうしてもと言うのであればイゾルデ様の使っている包丁に私の銘を刻んで欲しいものですねいえ特に下心とか欲とか深い意味はないのですけれどねでもやはり擬似的におふたりの傍で」
「ビアンもイゾルデさんとお茶したいって言ってましたよ。伝言よろしくです!」
長尺のセリフをバッサリ遮られたカレンはふくれっ面だったが、ラグルの誘いは嬉しいものだ。
出来ることならば、ラグルとシャグランも参加してのお茶会も悪くない。
「ありがとうございます。それでは、また。」
笑顔で手を振る2人を背に、元来た道を戻る。
空にはもう、美しく半月が浮かんでいた。
───────────────────
ようやく辿り着いた隊室前。
日差しは、すっかり傾いて夕闇が迫りつつあった。
この調子では完全に徹夜コースだ。
早急に仕事に取り掛からなければならないと、焦燥を感じながらドアノブに手をかけたその時だった。
「トリスタン卿。」
不意に、背後からの声に呼び止められる。
今日は本当によく人と話す日だ、と心底思いつつ聞き慣れた声の主の方向に振り返る。
振り返るとそこには案の定と言うべきか、予定調和と言うべきか、
「ミラさん…どうかされましたか?」
松葉杖で身体を支えているミラが立っていた。
右脚に巻かれた包帯が痛々しいが、顔色はすっかり元に戻っている。
歩くことさえままならなかった数日前に比べれば、随分と快復した。
ただ、ミラは今現在病室で絶対安静を命じられているはずだ。
特に彼女はオークション当日に医務担当のミリーを気絶させて抜け出している。
そのため、監視体制は厳重極まりないものだった。
本当であればここにいるはずがない。
何の理由もなく、ミリーが外出を許可することは考えにくい上、ミラが言いつけを破るとも思えない。
何かしら、自分に用があってのことなのだろう。
「………申し訳…ありませんでした。」
突然、ミラは深々と頭を下げた。
あまりにも意外過ぎたそのアクションに、シャグランは狼狽する。
それにそもそも、何に対して謝っているのかすらシャグランには見当が付かなかった。
「なっ…!待ってください、今回の任務はミラさんのおかげで…」
今回のオークション。
シャグランたちはギベリスとリリーを取り逃している。
唯一捕らえたオークショニアの男も結局は雇われただけの人間で何一つ重要な情報を知らなかった以上、収穫はないに等しかった。
だが、ミラが独断ではあったもののオークションの品物を運び出してくれたおかげで何人もの人が救われた。
彼女無くして、此度の結果は得られなかっただろう。
「違います。」
しかしミラは、眉間に深く深く皺ん刻みながら顔を上げる。
「これまでのことを全部、謝りたいんです。」
「!」
『これまでのこと』、と言われてシャグランにはいくつもの出来事が頭にフラッシュバックする。
─指示を完全に無視されたこと。
─喋り掛けたらシカトされたこと。
─何故か四六時中睨まれていたこと。
─何度かCNを渡すように脅迫されたこと。
だがそれらは、リオネスの失踪に伴ったゴタゴタによるものだ。
シャグランとミラの関係が拗れてしまった原因は、自分とリオネスにある。
彼女が責任を感じる必要も、謝罪する必要だって本来はない。
そんなシャグランの心中を他所に、ミラは言葉を続ける。
「私は……自惚れてました。自分の方が上手くやれる、トリスタンの座に相応しいって。
───でも、違ったんです。私一人じゃ、何もできない。何も変えられないんです。それを今回の任務で思い知らされました…。1人でできることには限界があるって…。
そんな当たり前のことに、私は…気付けなかった…。ヴェナさんに…ディナダン卿に、ブルーノ卿に、バリトンさんに、貴方に、助けられるまで。」
「………。」
シャグランは口を閉じ瞳を閉じる。
彼女の言わんとしていることは分かる。
だがそもそも、シャグランは自分を『真のトリスタン』などとは毛ほども思っていない。
自分は、突然代わりを任されただけの代打バッターに過ぎない。
CNを継承する資格、という点であれば先代の養子であるミラの方が相応しい。
来るべき時が来たのなら、彼女がトリスタンに相応しい実力と精神性を身に付けたのであれば、すぐにでもCNを譲るつもりでいた。
「でも、諦めたわけではありません。」
先程までとは明らかに違う明るい語調に、シャグランはハッと目を見開く。
「今は力不足でも…未熟でも、いつか貴方に追いついて見せます、超えてみせます。そして、いつの日か誰にも文句を言わせずにトリスタンの座に就いてみせます。
──だから…それまでは、どうかよろしくお願いします。」
真っ直ぐ決意に満ちた隻眼でミラは口元に笑顔を浮かべ、手を差し出す。
あまりにも眩しくて、頼りになる宣言。
自分の立場が危ぶまれていることなど、どうでもいい。
かつての幼かった彼女を、功績だけを見ていた彼女を知っている身からすれば、妹のように思っていた彼女の成長が嬉しくて仕方がない。
これが兄や親の心境なのか、とまじまじと感じ入る。
「………ええ、こちらこそよろしくお願いします。」
差し出された手を、シャグランは強く強く握り返す。
着実に自分の後を任せられる人間が育っていることに、シャグランの頬に嬉し涙が流れる。
「…では、私はこれで。」
「…ミラさん、この後のご予定は?」
ひょこひょこと松葉杖で歩く背中に、シャグランはつい声を掛ける。
リオネスがいなくなってから、ようやく『コルタナ』が一つに纏まったのだ。
祝いの席も兼ねて祝勝会でもどうか。
そんな言葉が喉元まで出掛かったが、振り返ったミラの表情にそれを飲み込む。
「………いえ、私は遠慮させてもらいます…。」
その顔は、冷や汗まみれの苦笑い。
何処からどう見ても乗り気ではない。
流石にいきなり過ぎたか、と自省したのをミラは見逃さなかった。
「いやあの!別にみんなとの食事が嫌というわけではなくてですね…。」
慌てて否定をしてくれているようだが、その気遣いが逆にシャグランには突き刺さる。
だが、次に紡がれた言葉でその真相を知ることになる。
「……………その……………この後………バリトンさんとヴェレーノさんに………呼び出されてまして…………。」
「─────あぁ。」
その言葉に、シャグランは頭を抱える。
そのメンツの呼び出し、となると結果は見えている。
数時間に渡って全力のお叱りが繰り広げられることだろう。
今回の不調を押しての参戦や、ヴェレーノを気絶させて抜け出したことだけでもお釣りが来るほどミラはやらかしてしまっている。
シャグランも『コルタナ』に入りたての頃は2人によく叱られたものだが、正直あの2人が揃ってのお説教など、想像するだけでも寒気がする。
掛ける言葉も見当たらず、トボトボと死人のような足取りで去って行くミラを見送ることしか出来なかった。
誰いない部屋の中、レポートの草案を作りながらシャグランは思想に耽る。
室内はすっかり薄暗くなっており、室内はデスクライトの小さい光だけで照らされていた。
(……ギベリス…。彼は何故あんなオークションを立ち上げた…?確かに資金繰りは順調だったようだがあんな無軌道なイベント…すぐに嗅ぎつけられるはず…。)
あっさりと会場を爆破し放棄したことや、参加者ごと『コルタナ』を壊滅させようとした点から鑑みるに、あの場所はギベリスにとってさほど重要なものではない。
ただの資金源と考えるのが妥当だろう。
エルザに比肩できる程の貴族を集めていたのだから、さぞ潤沢な収入を得ていたのだろう。
……だが、それはあまりにも危険すぎる。
あれだけの規模で品物やリバイバーを売り出していれば、必ず国家や、最低でも『円卓』のような傭兵に感知され、潰される。
というか、実際にそうなった。
何故、そこまでして早急に資金を集めていたのだろうか。
リバイバーの精巧なレプリカを作るほどの技術力を有していたのだ。
表に出ずとも、マフィアや暴力団体に売りつければ金銭程度着実に集められたはずだ。
しかし、彼はそれを避けた。
それは、何故か。
ここで、一つの可能性に思い当たった。
(…まさか…我々以外に、彼を追っている者がいた…?)
それも、相当な執念を持ってギベリスを追っている追跡者だ。
であれば、危険を冒してでも時間を取ったことも頷ける。
リリーに関しては、全くの不明だ。
彼女はギベリスほど表舞台に立っていない。
唯一の情報は改造されたリバイバーを従えていたことだが、出所も分からなければ、真相は分からない。
気掛かりなのは、ほとんど同じ顔をしていた2人の兵士ミューとラムダについてだ。
双子、と言われればそれで終わりなのかもしれないが、何せギベリスやリリーと共に現れたのだ。
何かしらの裏があってもおかしくない。
だがまあ、そちらに関しては、今後の調査にかかっているだろう。
「………ふぅ。」
レポートは、大方書き上げた。
スケジュールもすでに組んだ。
それなりの仕事だったが、やはり任務上がりには辛い労働だ。
気分転換にコーヒーでも飲もう。
ちょうど部屋にバリトンが普段使っている湯沸器とインスタントコーヒーがあったはずだ。
すっかりデスクライト以外の光源が消えた室内を歩いていると、
「…?」
キィ、と扉が静かに開く音がした。
ヴェナ、もしくはシーナ辺りだろうか。
一緒にどうか、と声を出して振り返ろうとしたその時だった。
鼓膜に伝わる風切り音。
急速に接近してくる気配。
──何かが、背後から飛んで来る。
「ッ!」
咄嗟に頭を屈めて避けると、それは壁に当たりカコン、と軽快な音を鳴らして床に転がる。
発砲音がなかったことから銃の類ではない。
サプレッサーが付いていたとしても、あそこまで無音なことなどあり得ない。
即座に地面に落ちた凶器らしき物を確認するが、
「……飴、ですか?」
落ちていたのは、パイン味の棒付き飴。
あまりにも可愛らしい凶器に、思わず思考が止まってしまう。
こんなものを愛用している人間は、今の『円卓』にはいなかったはずだ。
無論、シャグランの交友関係にも。
お茶目な襲撃者がいるであろう入口に、シャグランは全力で注意を向ける。
だが、
「────勘は鈍ってないみたいだな、シャグラン。私の教え方が良かったのかな?」
そこから聞こえてきた声に、シャグランの思考が声が、時間が止まる。
懐かしい声。
もう2度と聞けないと思っていた声色。
勇ましくも、人を安心させる音色。
だが混乱を招いていたのは、その声の主が、ここにいるはずがなかったからだ。
「貴方、はッ……!!?」
月にかかっていた雲が晴れて、闇に紛れたその姿が露わになる。
癖のある灰色のポニーテール。
目を合わせるだけで射抜かれそうになる真紅の双眸。
威風堂々、英姿颯爽。
そんな言葉の似合う、凛とした立ち姿。
「トリ、スタン…卿…!?何故…ここに…!!?」
そこには濃緑のガンケースを背負い、昔のように朗らかに笑うリオネスの姿があった。
「オイオイ、今のトリスタンはお前だろ?仰々しい呼び方はよせよせ。」
リオネスは嬉しそうに笑ってタバコに火を付けているが、シャグランの心中はそれどころではない。
ヴェナやバリトン、そして何より娘であるミラに彼女の帰還を報告しなければ、という責任感と、今までなんとも反芻してきたいくつもの疑問が頭の中でミキサーのように混ぜ合わされていた。
──何故、突然姿を消したのか。
──何故、自分の後継に指名したのか。
──何故、ミラを置いて行ったのか。
──今まで、何処で何をしていたのか。
──どうして、今になって現れたのか。
疑問を挙げればキリがない。
だがシャグランは、真っ先に頭に浮かんだ疑問を絞り出した。
「………なぜ、ここに…?」
白煙を吐き出すと、壁に背を預けて視線を夜闇へと向ける。
「ただの暇つぶし……とは少し違うな。ふとお前の顔が見たくなった…とでも言っておこう。」
吸殻を携帯灰皿に押し込むと、新たなタバコに火を付け肺まで循環させる。
そのペースはかつてよりも上がっており、身体の調子が心配になってしまう。
リオネスは質問にシャグランの質問に答えたようで答えていなかった。
しかし、彼女はこう対応したということは、理由については深く触れられたくないのだろう。
「……それはそうと、ミラは元気か?上手くやっていけてるか?」
その問い掛けに、シャグランは答えに詰まる。
確かに彼女は優秀な上、『コルタナ』全員が大切にしているため関係は良好だ。
それに、先程ようやく『コルタナ』に足並みを揃えてくれた。
上手くやっていけてるか、という問いであれば、それは間違いなくYESだ。
だが、普段の冷たい言葉と目線が脳裏に焼き付いて……
「……………………はい。」
「なんだその溜めはおいコラ!」
頭の上に怒りマークを浮かべながらも、リオネスは笑う。
「でもまあ、やっぱり私は退いて正解だったよ。お前の方が、あの子の……ミラの居場所を作ってやれる。」
「それが………貴方が円卓を去った理由なのですか…?」
「………そこはノーコメントだ。」
悪戯っぽく笑って、リオネスは人差し指を口の前に立てる。
まるでかつての日々に戻ったような会話に、シャグランの心は弾むと同時に、心の空白に痛みが走る。
「………トリスタン卿。」
「おいだからその呼び方…」
「──戻っては、来てくれないのですか?」
シャグランはかつての見習い時代のように、泣き出しそうな顔をしながら問い掛ける。
ずっと、シャグランは考えていた。
自分は彼女の代わりになれているか。
『コルタナ』の名を汚していないか。
リオネスなら、どうするのか。
彼女がいれば、どんなに良かったかと。
いつだって、不安でいっぱいだったのだ。
そんな顔を見て、リオネスは目を見開き、視線を伏せる。
「…………………………そう、だな。今はまだダメだ。やることがある。」
「そう、ですか……。」
彼女にも事情があるのだ。
そんな当たり前の答えではあったが、シャグランは引き攣った笑顔を浮かべる。
「…………大丈夫だよ、シャグラン。」
表情を曇らせるシャグランを見て思うところがあったのか、リオネスは彼も前に立ちポン、と拳をシャグランの胸に当てる。
「──お前は、自分が思ってる以上に役目を果たしてるよ。」
「──。」
彼女の拳の感覚が、言葉が、胸を満たす。
先代からの、偉大な先達からの、心からの賛辞。
これ以上のエールはない。
「私が作れたのは、『人殺しのコルタナ』だ。正義なんて大層な大義で殺しまくりだ。
………でもお前は違うだろ?『不殺のコルタナ』は、お前の理想の結果だ。お前が掲げた騎士道が、間違ってるわけない。胸を張れ。前を向け。お前の生き方が、間違いなく人を救ってるよ。」
「………っ…!!」
彼女の言葉に、優しい眼差しに、大粒の涙が零れる。
静かに啜り泣くシャグランを見て『昔と変わんないな』、と笑ってリオネスは踵を返す。
その背中に、自分は追いつけているのだという自信を持って涙を拭う。
「…じゃあ、またな。みんなによろしく伝えておいてくれ。近い内にまた会うことになりそうだしな。」
「…ええ、いつか、また。」
引き攣った笑顔ではなく、自信のない顔でもなく、確かなプライドを持った笑顔でシャグランは彼女と向き合う。
今の、トリスタンとして。
「ああそうだった、一個ミラに伝言があるんだったよ。」
「………何ですか?」
去り際、リオネスはドアノブに手をかけたまま立ち止まる。
愛娘への言伝。
一言一句、聞き逃すわけにはいかない。
全神経を両耳に集中させる。
「──最高の誕生日プレゼントだった、って伝えておいてくれ。」
「──はい、必ずや。」
それだけを言い残すと、リオネスは行ってしまった。
シャグランは、彼女を見送らなかった。
何処に行ったのか、どうしてこのタイミングで訪れたのかは、分からなかった。
(本当に、嵐のような人だ。)
最後に残した言葉の意味、それも判然としない。
確かだったことは、『コルタナ』は彼女に胸を張っていていいということだ。
シャグランは部屋から出ると、静かに空を見上げる。
そこにはもう、リオネスの姿はない。
だが、いなくなった気はしない。
あの言葉だけで、シャグランは戦って行ける。
「……私も、帰りますか。」
愛する妻の待つ家へ。
自分の、帰るべき場所へ。
相棒の背に跨って、シャグランは空を駆る。
遥か先に浮かぶ弦月が、彼の行く末を照らしていた。
これにてシャグランさん編完結です!!
次回からはミラちゃん編&新キャラもお迎えする予定です!ご愛読(?)ありがとうございました!キャラを出演させてくれた方もありがとうございます!!