今回は全編人物同士の会話なので悪しからず…。
「………………。」
「…………………。」
──気まずい。
本当に気まずい。
あの後、結局イゾルデが食材を虐めて生み出した劇物は、彼女に同伴して来たサングラスの執事が片付けてくれた(無論、持ち帰るという名目で)のだが、それからが問題だった。
今現在、ミラは医務室でイゾルデと二人っきりの状況だ。
気まずいことこの上なかった。
ただでさえイゾルデは『上司の妻』という何とも反応に困る立場の御方な上、自分は彼女の夫からその立場を簒奪しようとしてる身だ。
場合によっては、蛇蝎の如く嫌われていたとしても文句は言えない。
それに毒の影響なのか、身体は鉛のように重く、頭には霞が掛かったままだ。
正直、なぜ自分が病室で眠っていたのかがよく思い出せない。
だがまあ、今はそれでも良かった。
取り敢えずこの場を凌ぐことを優先したいが、何気ない世間話すら上手くできる気がしない。
そんなミラの真横で、イゾルデはニコニコしながら椅子に座っている。
きっと、こちらから話を切り出すのを待っていてくれているのだろう。
何でもいいから話題を作らねば、と室内を見回したその時、
「ミラッッ!!」
病室の扉が吹き飛びそうな勢いでこじ開けられると、赤髪を揺らしたヴェナが躓きそうになりながら部屋に飛び込んでくる。
肩で息をしているヴェナは脇目も振らずに、ミラに飛び付いて抱きしめる。
「!」
突進のそれを受けて、甘くも少しだけどこか押し入れのような香りの空気が流れる。
普段なら訳なく受け切れたが身体に上手く力が入らなくて、バランスを崩して二人揃ってベッドに倒れ込む。
「ヴェナさ…」
「心配かけさせんなこのバカタレッ!!アホンダラッ!!不良娘ッ!!」
ヴェナはミラを言葉を遮って、さらに力一杯抱き締め、小学生のような語彙力の罵倒を浴びせてくる。
彼女に抱擁されたことも、怒鳴られたことも今まで一度だってなかったため、ミラの頭は一瞬停止する。
だがその直後、耳元で聞こえる啜り泣く音に正気に戻る。
「泣いてるん…ですか?」
ミラの反応に、ヴェナの一瞬ビクっと動くとすぐに耳元の音が消えてなくなる。
すると、ヴェナはミラから離れて背を向けゴシゴシと袖で顔をなぞって誤魔化しているが、彼女が泣いているのは明白だった。
だがその事実が、ミラには嬉しくあった。
自分を心配してくれている、ということが心底嬉しかった。
「………泣いてねーよ。アタシ今年で25だぞ…。」
「うふふ、ヴェナさんってばお目目真っ赤ですよ?」
「イゾっちは余計なこと言わないの!!!」
イゾルデがわかりきった事実を指摘して、ヴェナが顔まで真っ赤にして吠える。
彼女が照れ隠しに叫んだ瞬間に、再び扉がものすごい勢いで開いた。
「ミラさん!」
「ミラ!!」
次に入ってきたのは、バリトンとシャグラン。
両者共額に汗を浮かべている。
きっと、走って来てくれたのだろう。
シャグランもヴェナと同じく走ってベットのそばに駆け寄ると、ミラの両肩に手を添える。
「お身体は大丈夫ですか!?どこか痛いところは…!!?」
「ぁ……いえ、身体が怠いくらいで…。」
顔面蒼白のシャグランの顔を見てしまうと、こちらの毒気まで抜かれてしまう。
むしろ、こんな上司に普段から心配を掛けていることに図らずも心が重くなる。
「………ふぅ…とりあえず無事で良かったよ…。」
二人の様子を見ていたバリトンは額に滲んだ汗をハンカチで拭い、壁に背を預ける。
「───あ。」
彼らの姿を見て、ようやく自分が何故ここにいるのかをミラは思い出す。
あのオークションでの、拭いきれない失態を。
──蜘蛛の面、蛇の面、オークション、毒
動けなくなった感覚、迫る死の気配
そして──────独断専行
「……作、戦……どう…なりました…?」
絞り出したその言葉に、シャグランは苦虫を噛み潰したような顔をしながら告げる。
「あの後…我々はあの会場から撤退しました。貴方のおかげで必要だった情報は手に入りました。………しかし…」
「敵には気が付かれただろうな。再潜入は厳しい状況だ。」
淡々と語られた事実に、ミラは両手で顔を覆う。
呼吸が苦しい。
腹の中を不快感が這い回る。
足元が不確かなものに変わっていく。
全身から脂汗が滲む。
「………私の、せいで…」
自分が、命令を遵守していれば。
「……私が…もっと…!」
もっと力があれば、あの時ギベリスとリリーを仕留められていたら。
自分の無力が呪わしい。
自分のせいで、皆の顔に泥を塗った。
「─そうね、貴方のせいだと私も思うわ。」
「…ッ!」
ミラの心に追い打ちを放つ言葉が、出入り口から響いた。
いつの間にいたのだろうか。
入り口にはイゾルデと同じ髪色の少女が佇んでいた。
「エルザさん!?」
「まあ、エルザ!久しぶり!」
「お久しぶりね姉様。相変わらずやかましそうでうんざりだわ。」
エルザと呼ばれた少女はため息を吐くと、腕を組んだままミラのベットに近づくと彼女を見下ろす。
その目に宿る感情は言うまでもない。
「……今回の話、お義兄様のところは優秀だから任せたのだけど、期待外れね。貴方みたいな子がいるなんて。」
失望、呆れ。
眉間に皺を寄せたまま、エルザはミラを睨み付ける。
当然の結果だ。
『コルタナ』は、クライアントであるエルザの依頼に望む結果を出せなかった。
傭兵という観点から見れば、自分たちは役立たずの凡骨。
自分のせいで何一つ落ち度のなかったバリトンやヴェナ、シャグランまで同じ評価を受ける事実に、ミラは硬く拳を握りしめる。
「エルザさん、訂正を。これは私の責任です。」
シャグランは珍しく眉間に皺を寄せながら抗議するが、正直ミラもエルザと同意見だった。
悪いのは全てミラ。
その事実には一点の曇りもない。
エルザも不快そうな顔をしながら、言葉を続ける。
「はぁ?違うでしょ、お義兄様のせいじゃなくてその子が突っ走ったせいでしょ。傭兵やってる癖に功績目当てに突っ走ったから。自覚もないならいっそ…」
「───エルザ。」
ミラを責め立てる言葉を、温かくも、刃物のように遮る声が一つ。
正に鶴の一声。
エルザの言葉を遮ったその声の主に、この部屋の全員の視線が集まる。
そこには、そうするだけの言葉の力があった。
これまでこの場の全てを静観していたイゾルデは、いつものにこやかで抜けた表情とは全く違う凛とした顔で続ける。
「ミラさんに謝りなさい。それは過ぎた失言ですよ。」
「〜〜っ。…何よ……姉様ったら本気になっちゃって…。」
イゾルデの毅然とした態度に、エルザはたじろぎ、驚愕している。
そしてそれはこの場にいる全員が同じ感想を抱いたようで、ヴェナやバリトン、果ては彼女の配偶者であるシャグランですら目を見開いている。
穏やかな人ほど、怒ると怖いと言うのは定説だがまさかそれがこんな身近にあるとは。
エルザ優勢であった雰囲気はすっかりなくなってしまい、イニシアチブを取り戻すために彼女はコホン、と一つ咳払いをする。
「でも失敗は失敗。どう取り返すつもりなの?」
「………ないわけじゃないんだよなぁ。
会場さえわかってれば、向こうにバレずにハッキングくらいできる。まあでも、中に入る人間がいないとタイミングやら状況やら掴めないから厳しいんだけどなぁ…。」
ヴェナは一応の答えを出すが、それは現実的ではない。
敵方は当然円卓の存在に最大限の警戒を払っている。
そんな中で内部に侵入して作戦の開始を告げることなんて不可能に近い。
打開策が何も出てこない中、疑問の言い出しっぺであるエルザがやれやれ、と言った様子で口を開く。
だがその内容は、
「はぁ………ったく、しょうがないわね。私が直接行くわよ。」
「ッ!?本気ですか!?」
「私ならまず間違いなく怪しまれないわ。それに、私が参加するって言えば向こうも無下には出来ないでしょ。我が家の力を舐めないで下さるかしら。」
クライアントという範囲を逸脱した提案だった。
シャグランが動揺するのも栓なきことだ。
依頼人自ら戦場に赴くのは正気の沙汰ではない。
そういうものは自分の手足となる人間に任せておくべだ。
だがコレしかないというのも皆の共通認識だった。
「ただし、ボディーガードは付けてもらうわ。」
「──その役、私が引き受けよう。」
ごく当たり前のエルザの言葉に、合いの手を入れるように本日3度目となる入り口からの声が響く。
そこに立っていたのは先日ミラを助けた紅い人影。
耳元のピアスを妖しく光らせたカレンは戯曲のリズムのような足取りでエルザの前に足を運ぶ。
「お嬢様。イゾルデ様によく似たその白い御手を引いてエスコートすることを、お赦しいただけますか?」
カレンはエルザの前に膝を付いて跪くと、彼女の指先に口付けをする。
その姿は、まるで本物の騎士と姫君。
カレンの言葉で、立ち振る舞いで、その場はまるで御伽噺のワンシーンのようだった。
「へえ、貴方いいわね。気に入ったわ。」
いきなりのことに面食らっていたエルザだったが、カレンの立ち居振る舞いにいたく関心した様子で彼女の手を取る。
「んじゃ、話はまとまったな。」
パン、とヴェナが両手を鳴らすと、シャグランへアイコンタクトを送る。
それを合図に、彼がこの場の話をまとめ上げる。
「エルザさんは開催場所が判明し次第ヴェナさんに連絡をお願いします。我々はそれまで待機です。ミラさんはお医者様の許可が出るまで絶対安静を。」
「はッ!こんな交渉今日中に終わらせてやるわよ。」
その言葉通り、その日の夜にはヴェナの元に情報の仔細が送られて来たそうだ。
「えっと………お仕事のお話はよくわからないですけど!!皆さんファイトです!むん!」
エルザを一喝した時からポカンとしていたイゾルデの可愛らしい激励の言葉とガッツポーズで、病室の臨時会議室は解散となったのだった。
だがミラは一人きりの病室で、何の役にも立てない自分が許せないままでいた。
───────────────────
「…これは…どうしたものですかね…。」
とある島のとある研究所の一室。
白装束を纏ったギベリスは、応接室にて端末の画面を眺めていた。
そこに映し出されているのは、エルザ・モルオートからのメッセージ。
曰く、『以前から気になっていたので、ぜひ参加させてほしい』とのことだ。
「………裏があるんじゃないかしら?」
向かい側のソファに腰掛けているリリーはプライベートであるというのにオークションの時と同じ服装と格好をしている。
そんな彼女の意見を、ギベリスは静かに首肯する。
モルオートの当主がエルザに変わってからというもの、穏健派だった頃とは違いかなりの求心力を持つようになっていた。
結果として、モルオート家は以前にも増して権威を強め、一言言葉を発するだけでも界隈が揺れるほどだ。
そのため、彼女の提案とあればこちらは呑まざるを得ない。
それに、彼女の家と関係を深めたいという人間はごまんといる。
本来であれば歓迎すべき事案。
だが些かタイミングが悪すぎる。
否、円卓にとっては良すぎるタイミングでの参加表明。
「………裏は、間違いなくあるでしょうね。」
目的を考える。
以前捕え損ねた眼帯の少女が発していた殺気から考えるに、主催者である自分たちの抹殺、あるいは確保。
そしてオークションに参加した者たちは、表社会の法に照らせば悪人たちだ。
それらを排除することが目的だと考えられる。
そしてモルオート家はその恩恵に預かり、競合の邪魔者を取り除き、さらに権威を強める。
そう考えると全ての辻褄が合う。
「ですがまあ…………それはこちらにとっても好都合です。」
それならば、敵の思惑の上を行けばいい話。
敵の行動が突入からの制圧なのであれば、それに講ずる策も自ずと見えてくる。
「あら、また悪巧み?」
前髪の毛先を弄りながら妖しい笑顔を浮かべるリリーに、ギベリスも口元を歪めながら応える。
「ええ。用意してもらいたいものがあります。あと、ミューさんとラムダさんにも連絡をお願いします。」
「………それで?手を貸す代わりに私は何を頂けるのかしら?」
悪魔のような笑みを浮かべながら、リリーはギベリスに問い掛ける。
どうやら巣の糸に絡みつかれたようだ。
これは、あくまでも取引。
一方的な頼みでもなければ、従属関係でもない。
互いの最終目的のための踏み台。
見返りがなければ、二人が手を組むことはあり得ないのだ。
「今回のオークションの商品、その全てを差し上げましょう。」
「悪くないわね。」
「商談成立、と言うことで。」
ギベリスとソファから立ち上がったリリーは軽く握手を交わす。
──蛇と蜘蛛が、再び手を組み待ち構える。
決して油断してはならない。
敵もまた、こちらに銃口を定めているのだから。
次回、オークションに再潜入してバトルが始まる予定です!更新予定はいつも通り不明です!!