ドールズフロントライン ~Night Blade~ 作:弱音御前
どうも、弱音御前です。
数週間ぶりの最新作〝NightBlade〟本日よりの連載開始となります。
あらすじにも書いています通り、指揮官メインのこのお話。
どんな展開になるのか、楽しみにしてよんでいっていただければ幸いに思います。
それでは、今回もごゆっくりとどうぞ~
ドールズフロントライン ~Night Blade~
「くそっ! アイツら、調子に乗りやがって!」
「今は構ってる場合じゃないでしょ! 走れ走れ!」
背後から襲い掛かる弾丸の雨に追い立てられ、ただひたすらに走り続ける。
どこまでも長く、身を隠すものも無い一本道だが、敵との距離は離れている。いくら弾丸をバラ撒こうが、そう当たるものではない。
「そもそも、お前がヘマしたからこんな目に遭っているんだぞ! どう責任取るつもりだ、妹!」
「ごめんなさいごめんなさい! 帰ったらお酒おごるから許して~!」
「酒で済めば警察がいるかぁ!」
ドラグノフが、この事態の元凶とも言えるUMP9を責め立てる。
自分の責でないとはいえ、常に完璧を求める彼女にとってこれは許しがたい事態だ。そして、
重たいライフルを担いで全力疾走というのは、とにかく疲れるので更に腹立たしい事この上ないのである。
「落ち着いて下さい、ドラグノフ。9もわざとやったわけではないのです。幸いにも目的は達成したので良しと考えましょう」
「だからお前は甘いと言われるんだ、ステアー。結果とその過程、その両方が揃って
初めて完了といえるのだ。おい、姉! 貴様もなんとか言ってやったらどうなんだ!」
壁に立てかけられていた器具を通り過ぎ際に引き倒し、貴重な足止め材料とする。
廊下の角をスピードそのままに華麗に左折。先に視認できる非常口は、予測通りまだ敵が配置されていない。
「9には帰ってからゆっくりと言って聞かせるから、みんな、今は黙って走って
頂戴。お願いだから」
副官45率いるフォクストロット小隊はグリフィン支部の中で最も優秀とされる部隊だ。
ドラグノフほど完璧主義に偏った45ではないが、それでも、譲れない想いがある。
必ず全員無事に帰還を果たす事。その為ならば、隊員に対し少し下手に出るくらいどうということはない。
「・・・クリア。皆さま、お速く」
先行していたステアーが扉の先の安全を確認。それに後陣が続く。
「警戒は怠るな。敵が到着する前にさっさと渡るわよ」
外から資材を運び入れる為の搬入路が、脱出ルート最後のホームストレート。
敵影は見当たらず、セキュリティもまだアクティブされていない。ここまで来れば、およそ
200メートルのウイニングロードだ。
「うぉあ!? 警報が鳴りだしちゃったよ!」
「ったく・・・そう上手くはいかないか」
警報音がけたたましく反響し渡り、耳を劈く。あまりの激しさに平衡感覚を狂わされそうになるが、弱音を吐いてはいられない。
「防護壁が動き出しました! 閉じ込められたら終わりですよ」
「だというのに、お前は最後尾で何してるんだ45!」
「しんがりってヤツよ。ちゃんと続いてるから、気にしないで走り続けなさい!」
いつの間にか距離を詰めてきていた追っ手を引き留めるため、45は最後尾で背後をけん制。
鉄血兵は扉を境界にして足止めを余儀なくされる。
「みんな通過したぞ! 急げ45!」
9に急かされ背後を振り返れば防護壁は、すでに半分以上閉まっていた。
つい、けん制に夢中になってしまったことに気づいて、小さく舌打ち。すぐさま踵を返して駆け出す。
(大丈夫。滑り込めば間に合う)
助走を十分にとり、滑り込みの姿勢をとろうとした、その矢先だった。
(っ! マズイ!!?)
背後からばら撒かれた弾丸が45の足を掠める。
ダメージこそ大したことないが、45の姿勢を崩し転倒させるには十分すぎる一撃。
そして、この状況ではただそれだけのことが致命的となる。
「私達を心配しておいて何をやっている!」
「45姉! 手伸ばして!」
45を引っ張ろうと、下がり続ける防護壁の隙間から9とドラグノフが手を伸ばす。
身を案じてくれるのは嬉しい。無事に帰るという自分の信念に基づき、一瞬、手を
伸ばしかけるが・・・・・・もう、45自身、間に合わないと確実に言い切れる。
「もういいわ、2人とも手を引っ込めなさい」
「イヤだ!」
「なにを諦めている、馬鹿者が!」
2人は45の言う事にまったく耳を貸す様子が無い。
もう、数舜の後には防護壁が2人の腕を切り落とそうと迫る。
「いい加減にしなさい!」
寸でのところで、ステアーが2人の首根っこを掴んで引き起こす。
そうして、防護壁の向こうへと3人の姿が消える。自分の側に9とドラグノフの腕が残されなかったことに、45はひとまず安堵の息をつく。
「45姉! 45姉45姉45姉ぇ!」
「貴様、勝手な事を!」
「2人とも、間に合わないと分かっていた筈です。そんな事、隊長が望むことではありません」
壁の向こうで3人が言い合う声が聞こえる。
さっさと逃げてもらいたいのに、何をモタモタしているのか。
「無駄話してないで早く行きなさい! 目的のメモリーを基地に持ち帰るの!」
「イヤだイヤだイヤだ! 45姉を置いてなんか行けないよ!」
「ステアー、ドラグノフ、アンタ達はもう落ち着いたわね? 9を連れて3人でここから脱出するの。これは、隊長からの命令よ」
向こう側からの返答はない。
そうしている間にも、鉄血の部隊は45の背後から続々と押し寄せてくる。
追い詰めた45に対し、もう発砲もしてきていないのは下手に破壊してしまうリスクを考えての事か。
この後、ロクな目に合わないだろう、覚悟はしておいた方が良さそうだ。
「・・・了解。このステアー、命令通り無事に帰還を果たしてみせます」
「そんな・・・ウソでしょ、ステアー。45姉を見捨てるの? ドラグノフは、助けるのに協力してくれるよね? ね?」
「・・・・・・妹の事は任せろ。達者でな、UMP45」
「私は残って45姉を助けるの! 2人とも放して! 放せぇ!」
喚き散らす9の声が遠ざかる。本気で暴れ出した時の9は手が付けられないだろうに、強引に
連行してくれたステアーとドラグノフには感謝してもしきれない。
願わくば、次に目覚めるだろう自分があの2人に失礼な事をしないように。
(さて・・・ここからどうなるのかしらね)
振り返れば、すでに鉄血の一団が通路を塞ぐように展開されている。
無数の銃口は45に真っすぐ向けられているが、火を噴く気配は見られない。
壊すつもりが無いという事なら、45をこれからどうする気なのか考えるのは難しくは無いだろう。
「逃したネズミは三匹か。まぁ、いいだろう。一匹でも捕まえれば上等だ」
機嫌の良い口上と共に鉄血一団を割って背後から姿を現したのは、鉄血エリート兵ハンター。
この拠点を指揮している人形である
「初めに言っとくけど、口は割らないわ。そういう訓練を受けているから、無駄な
手間にしかならないわよ」
どう転んでも勝ち目は見えない状況。だからといって弱みは見せない。グリフィンの戦術人形として、指揮官の一番の戦術人形として、最後まで志は強く固く示し続ける。
「ああ、貴様のような下っ端から得られる情報なんざ大したものではないだろうさ。こちらとしても無駄な事は控えたい」
主武装である二丁銃を弄びながら、ハンターは話を続ける。
隙だらけに見えて、その眼は45の一挙手一投足を逃すまいと鈍く輝いている。
どうせやられるならせめてハンターだけでも、という小さな思惑も差し込む余地は無かった。
「だから、これから行うのは、只、私の趣味だ」
瞬間、ハンターの姿を見失う。
反応は間に合わなかった。反射すらも間に合わない。近中距離戦闘を得意とするハンターの運動性能はIOPの一戦術人形が真っ向勝負で対抗できるものではない。
「づっ!?」
背後から強烈な衝撃を受け、膝から崩れ落ちる。
倒れ込もうとする45の髪を鷲掴み、ハンターは勢いを付けて地面へと叩きつけた。
「ぁぐっ!!?」
頭部を激しく打ち付けた事で意識を手放しそうになる。しかし、それを繋ぎ止めたのはハンターの追い打ち。自分の頭を踏みつけられてノびているほど、45は呑気な性格の人形ではない。
「お前たちIOPの人形は痛みを感じるんだろう?」
銃声と共に発射された3発の弾丸が45の左肘を撃ち抜く。
大口径の弾丸をまともに受け、腕が飛沫を撒き散らし吹き飛ぶ。
「痛っう!」
軋み音をあげるほど歯を噛み締め痛みに耐える。
涙が流れそうなほど痛いが、そんな顔を見せればハンターを調子づかせるだけなので
必死に堪える。
「ふむ、グリフィンの猟犬は厄介だからな。先に動けないようにしておくべきだったか」
「っ! ぅうう・・・このぉ・・・!」
次いで、脚にも弾を撃ち込まれる。
痛みを堪えるのに精一杯で見てはいないが、これだけ痛いのだ、きっと左脚は膝下から綺麗に
無くなっていることだろう。
「良い表情だ。これくらいで壊れてもらっては、エサにならないからな」
「はぁ・・・はぁ・・・エサ? 仲間が、私を、助けに来るとでも? 冗談」
ついさっき3人には逃げてもらったばかりだ。目標のデータメモリもちゃんと持たせたので、この場に戻ってくる理由なんて微塵も存在しない筈である。
「そうか? 近いうちにお前の仲間がここへ戻ってくる。これは、私なりに確信がある予想なのだがな」
ハンターは45の頭から足を退ける。
地面に倒れ込み、動けないままの45のすぐ目の前にしゃがみ込み。
「これは、お前がグリフィンの指揮官にとって〝特別〟だという証だろう?」
ハンターの手が45へと伸び、首にかけていた紐を引きちぎった。
途端、45の表情が青ざめる。
腕脚を落とされても引き攣らなかったのに、だ。
「誓約といったか? 人間同士ならまだしも、人間と機械との下らないママゴトだな」
立ち上がるハンターの足首を掴む。
受けたダメージは活動を維持できるギリギリのレベルだというのに、45自身でも
異様に思うくらいの力が出ている。
「返しなさい。お前には・・・関係ないものだ」
ハンターが握る紐には、指揮官と誓いを交わした証である銀色の指輪が括られている。
誰も触らせたことのない自分だけのモノ。
今の自分が自分であることのなによりの証。
それを犯されたという事実が、45の意識を支配していた痛みを一気に塗りつぶしてみせた。
「ははは! 随分といい顔をするじゃないか! ・・・なるほどな。その様子ならば、お前の仲間どころか、指揮官が直々にここに来る可能性すらあるかもしれん。どちらにしろ楽しみだ」
ハンターの蹴りが45の身体を穿つ。
やはり、両者の力の差は歴然。吹き飛ばされた45の身体は地面を転がり、取り巻き
の鉄血兵数人がそれを受け止め拘束する。
「それを返せぇ! 返せって言ってんのよ、鉄血のクソ人形が!」
声帯が壊れんばかりに声を張り上げるが、身体は裏腹。たった数人の下級兵すらも
振りほどけない有様なのが、情けなくて仕方がない。
「そいつは営倉に放り込んでおけ。暴れるようなら壊さないように痛めつけても構わない」
「絶対に後悔させてやるんだから! 私の言葉、よく覚えておきなさい!」
「ああ、楽しみに待っているよ、お姫様」
奪った指輪を持ったまま、ハンターが去っていく。
敵をとり逃したことは今までに幾度とあれど、今、この時以上の悔しさを感じた事は一度たりとも無い。
「う・・・ぅう・・・・・・指揮官、ごめんなさい」
指揮官と交わした制約の証を守り切れなかった。その現実を前にして、涙がとめどなく溢れる。
もう、抵抗するだけのエネルギーも尽きた身体を担ぎ上げられ、45はどこへともなく運ばれる。
この後、自分がどうなろうが、悲壮感に完全に打ちのめされた45にはどうでもよい事だった。
グリフィン支部 執務室
「以上が本作戦の結果です。・・・改めまして、UMP45副官をロストしてしまったこと、申し訳もございません」
簡潔丁寧に作戦結果の報告を終えたステアーが、最後に再び頭を下げる。
横に並ぶドラグノフと9も無言のまま、ステアーに続く。
「3人共、お疲れ様。45をロストしてしまったのは残念だけど、目的のメモリーの入手に成功したというのは十分な結果だよ」
正面に立つ指揮官は普段通りを装い、3人に労いの言葉をかける。
本来、指揮官からのお褒めの言葉は戦術人形にとって最高峰のご褒美なものだが、今回ばかりはそうはいかなかった。
「十分な成果だと? この基地が稼働して以来、初めてのロストを出したのだぞ?それのどこが
十分な成果だというのだ」
「ドラグノフ、おやめなさい」
「第一、UMP45はまだロストしたと決まったわけではない。捕虜として捕らえられていたら、助け出す機会はある筈だろう」
ステアーが窘めるのも聞かず、ドラグノフは指揮官にくってかかる。
彼女の性格上、こうなるだろうと予想はついていた。
指揮官は、只、落ち着いて彼女への対処にあたる。
「戦場へと赴く以上、こうなる可能性があるのはみんな覚悟していた筈だ。それは、45だって
同じことだよ。下手に戻って、こちらの戦力を消耗するようなマネは、45の望んでいる事じゃない」
「ああ、そうだな。メンタルのコピーを取っている私達は所詮、消耗品だ。45とて、メンタルのバックアップは取っている。また、新しいUMP45を用意すればいいだけの話だ。しかし、貴様にとってはそれだけで済む話ではないのだろう?」
ドラグノフに核心を突かれ、言葉に詰まってしまう。
常に平静であれというのが指揮官の信条だったのだが、もうすでに揺らいでしまっている自分に、心の中で溜息。
「私達に折り返し出撃の許可をくれ。補給を済ませ次第、45を救出に行く」
「ドラグノフ、自棄を起こしてはいけません。少し落ち着いて、熟考してから行動をおこしましょう」
「悠長なことを言ってたら、助けられるものも助けられないだろう!」
「救出作戦の許可はできない」
「私達は、あの鉄血拠点の内部を把握している。他の奴らよりも手早く作戦を進められるはずだ」
「作戦中に見つかって追い立てられたのはキミたちだ。同じ失態を繰り返すリスクは避けたい」
指揮官の言葉に、ステアーもドラグノフも言葉を詰まらせる。
分からず屋のドラグノフを言いくるめる為に、つい強い言葉で諫めてしまった指揮官だったが。
「ぅ・・・うぅ・・・ぐすっ・・・・・・ゴメンなさい、指揮官」
涙交じりのその声を耳にして、それが失敗だったとすぐに気づかされる羽目になる。
「いや・・・すまない、9。決して、責め立てるつもりで言ったわけではなくて」
本任務は、接敵を避けながら進める隠密任務だった。それが、敵に追い立てられる事になったのは、9の些細なミスが原因だった。
今の指揮官の発言は、45のロストが9のせいだと暗に言ったも同然である。
「45姉ぇ・・・45姉ぇ・・・ゴメンなさい、ゴメンなさいゴメンなさい!」
「9、キミが謝る事ではないから。落ち着いて、ね?」
9の頭を抱き寄せ、優しく宥めてあげる。
指揮官の胸で泣きじゃくる9の様子は痛々しく、もう、ステアーとドラグノフは何も言うことはできず、ただ、そこに佇むしかない。
「この件は進展があり次第すぐに連絡する。みんな、まずは自室に戻って体を休める事。これは
指揮官としての命令だ。いいね?」
その言葉に頷き、2人は踵を返す。
「出しゃばった事を言ってすまない。少しばかり、頭を冷やすとするよ」
「こちらこそ、言い過ぎてゴメン。また明日、落ち着いたら話そう」
退室際、呟くように言ったドラグノフに返す。
「もし救出隊を派遣するようなら、志願いたしますわ。今度こそ、滞りなく任務を遂行すると
お約束しますので」
「難しいね。さっき言った通り、救出は考えていない」
「それは、本心での言葉ですか?」
ドラグノフの後ろに続いていたステアーが足を止め、指揮官に振り向く。
些細なウソも見逃すまいと妖しく光る金色の瞳。その迫力に圧されそうになってしまうが、息をひとつ吞んでなんとか踏み留まる。
「もちろん。指揮官として当然の考えだ」
「・・・・・・かしこまりました。指揮官様のお考えとあれば」
指揮官への落胆ゆえか、沈んだ表情を残してステアーが部屋を出ていく。
普段、戦術人形が数人いればもう騒がしくなるしかない執務室だが、こんなに静かで冷たい空気に支配されるのは初めての事だ。
ただ1人居なくなっただけで、これほどまでに世界は変わってしまうものなのかと、指揮官は
改めて思い知らされる。
(すまない、ドラグノフ、ステアー。君達までは巻き込めないから)
心の中で2人に向けて謝罪の言葉を紡ぐ。
例え部下といえども、大きな嘘をつくのは酷く心が痛む。
「・・・指揮官?」
9の声を耳にして、視線を落とす。
きょとんとした表情を浮かべながら指揮官を見上げている9。いつしかもう泣き止んでいたのだろう、いつまでもこうして慰めているのは失礼というものか。
「ん、少しは落ち着いたかな?」
「ぁ・・・うん、もう大丈夫だよ。私も部屋に戻って休むね」
言って、9は指揮官の返答を待つこともなく、スタスタと部屋から出て行ってしまった。
さっきの発言で9からも幻滅されてしまったのかもしれないが、その事を考えるのはひとまず後に置いておく。
今は、やるべき事に向けての準備を進めるのが先決である。
グリフィン支部 16Lab研究室
ノックもせず、両開きのドアを開け放って室内へと踏み入れる。
食い散らかしたスナックのゴミやら、得体のしれないカラフルな液体にまみれた室内をツカツカと真っすぐに進んでいくその先には、見慣れた白衣の後ろ姿。
「おやおや? こんな時間にお出ましとは珍しいじゃないか、指揮官クン」
椅子をクルリと回して振り向き、ペルシカは迫りくる指揮官に嫌味な笑顔を向ける。
「以前、俺に持ち掛けていた装備品試験の話し。受けようと思いまして」
「ほう。あの時は取り付く島も無く断っていたけど、またどういった風の吹き回しなのかな?」
質問をしてきてはいるが、たぶん、ペルシカは指揮官がどういう意図でここへやってきたかすでに分かっている。
相手がこういう性格なのは分かっていたが、今の指揮官の精神状態ではいつものようにやり過ごすのは難しかった。
「例のコート、どこにあります?」
「はいよ、こっちこっち」
ややぶっきらぼうな指揮官の態度を咎めるようなことも無く、ペルシカは椅子から
立ち上がると指揮官を研究室の奥へと案内する。
分解された戦術人形の素体や見た事の無いモデルの銃器、何に使うのか想像もできない棺桶の
ような箱が並ぶエリアの中に、指揮官の目当てのモノがあった。
「仕様は以前に説明してもらった時と変わってませんか?」
「幾つか追加した機能がある。そこだけ説明しようか」
ペルシカが手を伸ばしたのは、ハンガーラックに掛けられた一着のコート。
肩口から足元までを覆うロングタイプで、色は闇に溶け込むかのような黒色。明るいこの室内において、微かな光沢すらも持たないマット仕様である。
これは、人間の兵士が使用することを目的としたタクティカルコートで、戦術人形に用いられた技術を応用して16Labが開発したものである。
防弾防刃吸音性能に加え、薄く柔らかく着用者の動きを妨げない。主武装に副武装、近接武器を納めるスロットも充実している、というのが指揮官が把握している性能。
どうやら、その話を聞いてから今の間でもう少しだけ進化したようである。
「光学スケルトン技術を応用して、コート内側に反対側の様子を映し出せるようにした。マジックミラーってあるだろう? それをイメージしてもらえれば分かりやすい
かな」
つまり、コートを盾に弾を防ぎつつ、敵の様子をそのまま視認できるということ。
交戦は避けるつもりだが、敵地ではそう上手く事が運ぶこともないだろう。撃ち合いになった時には頼りになりそうなシステムである。
「それから、これだ」
「フェイスマスクですか?」
「そう・・・ワレワレハ、ウチュウジンダ」
「ボイスチェンジャーとか、何に使うんスかそれ」
使うのかどうかも分からない機能はさておき、ペルシカが手にしているのは、顎から鼻までを覆う半月状のハーフマスク。艶の無い黒色の金属製で、確か、アサルトの戦術人形AK12と
AN92が似たようなものを装着していたか。
マスクは細いチューブでコートと繋げられている。
「対ガスに消音性能はもちろん、このチューブを通してフィジカルブーストを施す事が出来る」
「フィジカルブーストって・・・ああ、ドラッグドーピングの事ですか」
「せっかく私がオブラートに包んで言ったのにさぁ。なんでキミはそうやって台無しにするようなこと言うかな」
マスクから伸びたチューブの先は、コート腰部に備え付けられた数本のシリンダーに接続されている。
シリンダーの中にはそれぞれ別の薬品は充填されていて、チューブを通して着用者に投与される仕組みのようだ。
「このシリンダーには何が入っているんですか?」
「え~っと・・・ほい、これがメニューだよ」
手渡されたタブレット端末の画面に、シリンダーと薬品の名前、充填量や濃度まで事細かに表示されている。
やたらと長い横文字の薬品ばかりだが、幸いなことに、そのどれもが指揮官の見覚え
のあるものだ。
「・・・・・・2番と4番シリンダの中身、3倍の濃度に出来ます?」
「3倍って、そんなの使ったら意識失っちゃうよ? っていうか、ヘタしたら命が危ういレベル」
「平気です。慣れてるので、それくらいじゃないと効かないんです」
タブレットを返しながら言うと、ペルシカは怪訝な表情を浮かべる。
化学薬品の知識がある者なら当然のリアクションだろうと、指揮官自身理解はしている。
「キミがそう言うのなら、やってあげてもいいけど。使用上の注意をよく読み、用法容量を守って正しくお使いください」
「自己責任ですから、気にしないでください。他に聞いておくことはあります?」
「ん~・・・説明する事はもう無いな。シリンダの充填に30分ぐらいくれるかな。終わるまで、コーヒーでも飲んで待っててよ」
ハンガーから外したコートを抱え、ペルシカは作業台へと向かう。
薬品棚から機器を持ち出し、作業を進めていくペルシカを横目に、指揮官はコーヒーメーカーが作ってくれたコーヒーを手に、椅子に腰を降ろした。
そのままコクリ、と飲んでみると思ったよりも苦かったので、砂糖とミルクを少々混ぜこむ。
「・・・・・・はぁ~」
コーヒーの香りと砂糖の甘さが、今さっきまで逆立っていた神経を落ち着けてくれるようだ。
ペルシカがいつもマグカップを手放さない理由が、少しわかったような気がする。
「キミへの協力は惜しまないつもりだ。なので、何をするつもりなのか教えてくれてもいいんじゃないかな?」
戻ってきたペルシカは立ったまま壁に背中を預け、マグカップをコクリ。
室内には機械の低い駆動音が響き、穏やかに時間が流れる。
「知らない方が良いです。ペルシカさんを巻き込みたくないので」
「キミは優しいんだね。心配はご無用さ。君等グリフィンの規律では私を裁けない。意外に思われるかもしれないけど、私の権限って結構強いのだよ」
えっへん、と胸を張ってみせるペルシカ。
普段、あまり見せないような様子を見せるのは、指揮官を和ませるための気遣いだろうか?
その仕草を見て、つい笑みが零れてしまった指揮官の負けである。
「45を助けに行きます。すでにご存じの事とは思いますけど」
「うん、もちろん予想はついていたよ。しかし、1人で行くつもりかい?」
「みんなを巻き込みたくないので」
私設部隊とはいえ、グリフィンは規則に関しての取り締まりは厳しい。
命令に背き、45の救出に向かったことが知られれば、良くても減給か降格、ヘタをすると解雇処分にもなるだろう。
いくら指揮官から頼まれたことだとしても、戦術人形にも同等の処分が科せられる。
「私見で申し訳ないんだけどね。45クンは戦術人形だ、バックアップもとってあるんだろうし、代わりの素体もある。敵地に置き去りにされた〝彼女〟の為にそこまでのリスクを負う必要はないんじゃないかな?」
尤もな考えだと指揮官も理解している。
恐らく、45は指揮官が助けに行くことを良しとしないだろう。無事に救出成功したとしても、メチャクチャ怒り出す可能性すらある。
なので、これは指揮官の身勝手。理屈抜きの感情論である。
「普段、真面目に業務をこなしている身なので。たまには悪いことするのもいいんじゃないですかね」
「なんだい、その訳わかんない言い分は? 本当にキミは面白い指揮官だね」
指揮官の話を笑って流してくれた事に感謝。
そんな雑談を続けていれば時間が過ぎるのもあっという間で、充填を終えたコート
を受け取ると、研究室を後にする。
「さっきも言ったように、協力は惜しまないよ。いざとなったら頼ってくれ」
そんな気遣いを向けてくれるペルシカと顔を合わせるのも、これっきりになってしまわないことを願いつつ、指揮官は足早に廊下をすすんでいくのだった。
あらすじにも載せましたが、指揮官がメインで動くお話というのは当方のシリーズでは珍しいですね。
基本、戦術人形達をメインに描くというをテーマとしているというのもありますが、たまにはこういうのもいいかな~、なんて思っていたり。
毎度のことながら、週間連載を予定していますので、気が向いたら足を運んでやって下さいな。
以上、弱音御前でした~