ドールズフロントライン ~Night Blade~   作:弱音御前

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年末の足音に戦々恐々としてきた今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

45救出作戦、今回は第5話になります。
45達と別れ、単独で鉄血エリートと対峙することになってしまった指揮官。戦術人形ですら苦戦する鉄血人形を相手に無事切り抜けることができるのでしょうか?
といったところで、今週もどうぞごゆっくりと~


Night Blade 5話

 声の出所は分からないが、傍にはいないようだ。

 追撃の恐れは無いようでひとまず安堵の息をつく指揮官。

 

「ちぃ・・・隠れて付いてきやがって。趣味が・・・悪いぞ・・・スケアクロウ」

 

 ハンターと同じ鉄血ハイエンドモデル、スケアクロウ。

 近中距離射撃を得意とする無線ビットが主武装の人形だ。

 

(流石に、アレを防げるほど万能じゃないか)

 

 ヒリヒリと痛む肩に目を向ければ、コートが捲れて焼け焦げた肌が見える。

 スケアクロウのビットは弾丸ではなく、熱量を利用した非実弾だ。

 どんなモノにも弱みがあるように、このコートにもちゃんとした弱点があったようである。

 

「わずかに見えただけだったが、鉄血のような見た目の人形だったな。グリフィンの新型か?」

 

「驚くなかれ、人間だ。妙なコートで武装してやがる」

 

「ほう・・・では、人間如きに不覚をとったお前は、救いようのない大馬鹿人形だな」

 

 スケアクロウの性格も、これまでグリフィンが集めたデータで把握している。

 会話の様子からしても、ハンターのように指揮官を舐めてかかる事はしないだろう。

 手にしていた唯一のアドバンテージは、ここからは無効である。

 

「・・・ふぅ・・・・・・」

 

 ショットガンを構え直し、小さく、長く深呼吸。

 それで思考を切り替え、腹をくくる。

 

「痺れが取れるまで大人しくしていろ。私がヤツを炙り出してやる」

 

 スケアクロウの足音が近づいてくる。

 ラックの隙間から覗き見ると、彼女を中心にして、部屋の至る所へビットが飛び回り索敵を行っているのが確認できる。

 ビットの操作射程はそれほど長いものではない。ライフル弾を使用する銃器であれば、ビットの射程外からスケアクロウを狙撃することも可能だろう。

 しかし、指揮官が持っている武器ではその射程に届かない。

 スケアクロウに攻撃を加えるには、あのビットの包囲網の中へ足を踏み込まなければならないのだ。

 かといって、後退はできない。今、9が解錠に成功して扉を開けたとしたら、スケアクロウと

真正面から向き合う位置関係になってしまう。

 そうなれば、ヤル気満々でいるスケアクロウの方が攻撃の手は早いだろう。

 2人の安全を確保するためには、ここで指揮官が対処するしかないのである。

 

(まずは様子見だ)

 

 明後日の方角へ銃口を向け、トリガーを引く。

 ショットガン特有の重く木霊する銃声が鳴り響くと同時に駆け出す。

 指揮官が今しがた立っていた場所へビットを誘導。その隙に、部屋を周りこむようにしてスケアクロウの側面へと躍り出る。

 敵は正面。射線クリア。射程はハンドガンでもギリギリアウト。

 それでも構わず狙いをつけ、弾丸を連発で叩き込む。

 下手な鉄砲なんとやら、の考えが功を奏し、腕部に一発だけ命中したようだ。

 

「小賢しいな」

 

 そんなのは小石でもぶつけられた程度とでも言わんばかり、表情一つ変えることなくスケア

クロウが腕を振るう。

 ビットが戻ってくる。そう判断した指揮官は踵を返す。

 包囲される前に逃げ切ろうと駆ける指揮官の正面、ラック列の横からビットが一基躍り出てくる。

 それを回避しようと左に急旋回する指揮官。

 その先には、すでに指揮官を待ち構え浮いている二基のビットが。

 

「!!?」

 

 足を強引に踏ん張って急ブレーキ。咄嗟にその場で身体を伏せる。

 ビットから放射された光は指揮官のすぐ頭上を素通りし、部屋の壁を抉る。

 伏せ状態から床を転がり、ラックの足元隙間を通って反対側へ抜ける。

 しかし、そこにもすでに先回りしていたビットが指揮官を狙う。

 

「っちぃ! しつこいな!」

 

 霞めただけでも、コートと一緒に皮膚が焼かれる。

 ヒリヒリとした痛みに舌打ちを零しながら、指揮官はビットに向けて反撃を試みる。

 装填している弾は12ゲージバックショット。およそ10発のペレット弾を高速で以てバラ撒くこれならば、周囲を飛び回る小さな的でも逃さない。

 思惑通り弾はビットに命中。火花を散らして宙で揺らめくが・・・それでも破壊するには至らない。

 

(データ通り、やたら硬いビットだこと)

 

 まぁ、脅かしくらいにはなる事で良しとして、指揮官は一時、その場で足を止めてビットの迎撃態勢にシフトする。

 人間である指揮官が、360度オールレンジから襲い来るビットの迎撃に辛くも間に合っている背景には、ポンプ動作の必要がないセミオート式のショットガンを使用しているという点もあるが、一番大きな要因は、今もフードの中で鳴り響きまくっている警告音にある。

 どういう原理なのかは分からないが、このフードはビットの攻撃を先に感知し、襲い掛かってくる方向から警告音を鳴らしてくれているのである。

 まるでテレビゲームのようなシステムだが、実際にこんな便利なモノが存在してくれたのは、

指揮官にとってこの上なく幸運なことであった。

 

(けど、いつまでも、このまま! ってのは・・・っ!)

 

 リロードの隙を突かれ、脇腹と脚の表面を焼かれる。

 今は対応できているが、すぐに指揮官のキャパシティを超えるのは目に見えている。

 何か手を打たなければ、確実に命は無い。

 

(何か、ビットの眼を眩ませられる方法があれば。何でこっちを感知してる?)

 

 指揮官の発砲音に寄ってきたのは、スケアクロウが操作してのことだろう。

 今のようにスケアクロウの目の届かない位置での状態では、何か別の情報を利用している筈だ。

 

(コートが警告を出せるのは・・・ビットからのレーザー照準を感知している?)

 

 先進技術には疎い指揮官なので、確証はもてない。しかし、このまま手をこまねいていれば嬲り殺しになるのは確実である。

 速攻で組み上げた起死回生のアイデアは、一か八かの出たとこ勝負。

 反撃の手を止め、指揮官はビットの包囲から抜け出る為に後方へと大きく飛び退く。

 そうして指揮官がコートから取り出したのは2つの榴弾。

 ビットが再び追いすがるその前に、指揮官は榴弾のセーフティーピンを引き抜き、床に転がすように投げ出した。

 音をたてて転がる榴弾から、濃灰色の煙が勢いよく噴出する。

 

(もういっちょ!)

 

 煙に紛れ込みながら、榴弾をもう2つ追加。

 部屋の3分の2に及ぶ面積は、手を伸ばした先すらも見えないほどの煙幕に覆われる。

 

「ふむ、人間にしては腕も察しも良い。ハンターが遅れをとるのも無理ないな」

 

 煙幕に囲われた中で、スケアクロウは無闇に動くことはせず、自分の元へとビットを戻し、周囲に展開する。

 スケアクロウが操るビットはレーザー光で照準を合わせて射撃を行う。レーザー光は、大気中では飛散している微粒子によって効果が軽減してしまい、今のようなスモークの中では全く用を成さなくなってしまう。

 ビットに完全包囲されているあの状況でそれに気付き、スモーク榴弾を投げ放ったのか。それとも、自分ではない他のスケアクロウと対峙した際の経験なのか。

 

「何にせよ、姿を現した時が最後だ。私の方が確実に早い」

 

 この状態では、相手も遠距離からの射撃は行えない。視界の効く距離が射程になるのはお互い様だ。

 そうなれば、反応速度はスケアクロウの方が速いと確実に言い切れる。

 スケアクロウ自身の感覚しか使えない状況なので、代わりに聴覚の作動レベルを上げる。

 捉える音はビットの駆動音に、遠くから重く響く施設機器の音。

 敵が動き回っているような物音は聞こえない。

 そもそも、敵の目的は捕虜にしていた人形の奪還のようだった。ここでスケアクロウ達を相手

取る必要性はないのだ。

 スモークを隠れ蓑にしてそのまま撤退、という可能性の方が遥かに高いようにスケアクロウは思う。

 ならば、逃がさないように施設外への出口に兵を配備するよう、指示を送っておくべきだろうか?

 警戒はそのままに、次の行動を思案し始めるスケアクロウ。

 と、その時だった。

 

「4時の方向! 上からくるぞ、気を付けろ!」

 

「っ!」

 

 注意を促してくれた〝女性の声〟に従い、スケアクロウは視線を右側面へ。ビットの銃口も一斉にそちらへ集中させる。

 密かにラックに登り、頭上から奇襲をかけるつもりだったのだろう。

 音をたてずにそのポジションにまで着いたのは良かったが、ハンターの眼があるという事を失念していたのは致命的・・・

 

「い、今の声は私じゃないぞ、スケアクロウ!」

 

「え?」

 

 スケアクロウの思考が一瞬だけパニックに陥る。

 聞き比べてみればわかった事だが、さっき、スケアクロウに注意を促してくれた声は女性の声ではあるが、今の声とは違う。

 今、スケアクロウにかけられた声が〝本物の〟ハンターの声だ。

 ならば、さっきの声の主が誰のものなのかは明白な事。

 一方に意識を集中してしまったスケアクロウには、反対側から仕掛けられた完璧な奇襲に対抗する術は無い。

 ラックの上段から飛び掛かかる指揮官が、無防備なスケアクロウを床へ押し倒した。

 スケアクロウに馬乗り状態の指揮官がショットガンの銃口を向ける。

 

「人間如きに・・・」

 

 指揮官を見上げ、呟くスケアクロウ。

 ビットが態勢を立て直す前に、指揮官がトリガーを引く。

 両肩に一発ずつ、至近距離からの散弾を受けてスケアクロウの両腕が吹き飛ぶ。

 コンダクターのような仕草で、スケアクロウは腕からビットへの操作信号を送っている。

 これでもう、彼女はビットを操ることは出来ない。事実上の戦線離脱だ。

 

(次、ハンターは・・・)

 

 一仕事終え、息つく間もなく次のターゲットへと切り替える。

 周囲の煙幕はまだ滞留していて見えないが、恐らく、ハンターはまだスタンの影響で自由が効かないはずである。

 スケアクロウのもとから離れ、ハンターがいるであろう方向へ歩みだそうとして。

 

「舐めるなぁ!」

 

 突如として、煙幕の中からハンターが姿を現した。

 

「っ!」

 

 腕を振りかぶるハンターとの距離は、もう2メートルも無い。

 咄嗟に指揮官がとった行動は防御。手にしていたショットガンを前に身構える。

 ハンターが全力で振る拳がショットガンに直撃。バレルから機関部までが盛大に叩き割られたショットガンが指揮官の手から弾き飛んでいく。

 

「そぉら!」

 

 腕を振り抜いた回転を利用した回し蹴りが指揮官に襲い掛かる。

 防御の反動で姿勢が崩れてしまっていた指揮官に、この矢継ぎ早の追撃を回避する術など無く。

 

「ぐぅっ!!?」

 

 左わき腹に蹴りをまともに受け、今度は指揮官の身体が明後日の方向へと吹っ飛んでいく。

 軽車両に跳ね飛ばされたらきっとこんな感じなんだろうな~、などと、流転する視界の中で呑気な事を考えてしまう指揮官。

 床をゴロゴロと転がり、ラックに背中を打ち付けたところでようやくのストップ。

 10メートルにも及ぼうかという長距離飛行である。

 

「いっ・・・痛ぅ~」

 

 脇腹を襲う鈍い激痛に耐えながら、立ち上がろうとする指揮官。

 

「人間の!」

 

 そこへ、一気に距離を詰めてきたハンターが追撃をかける。

 

「分際で!」

 

 乱暴に襲い掛かってくる蹴りを四つん這い状態で、転がり、醜くも避ける。

 

「舐めた真似をしてくれたなぁ!」

 

 幸いなのは、ハンターは頭にキテいるせいで正確に狙いが付けられていないことか。

 一層に大振りした隙を狙い、命からがらハンターとの距離をとることに成功した。

 

(くそっ・・・骨が折れてるか。内臓に刺さってないのはラッキーだな)

 

 ラックの影に潜み、ダメージの自己診断を行う。

 致命傷にはなっていないが、呼吸をするたびに体をプレス機で挟まれているかのような激痛に

襲われ、まともな考えが働くような状況ではない。

 

(・・・仕方ない、やるか)

 

 コートの内側に差し込まれている数本纏めのシリンダーに手を伸ばす。

 シリンダーとフェイスマスクを繋ぐチューブのバルブレバーを開けて、大きく深呼吸。

 

「すぅ~・・・はぁ~・・・」

 

 シリンダーからの混合気を一杯に吸い込んで・・・そこで、指揮官の視界が一変する。

 

(ちょ!? これ、ヤバ・・・!)

 

 まるで、陽炎に取り囲まれたかのように周囲がグニャリと歪みだし、身体はヒドイ泥酔状態に陥ってしまったかのよう。

 ラックに背を預け、立っているのがやっとの状態だ。

 

(これ、純度、高すぎだって・・・ペルシカさん)

 

 指揮官が期待していたのは、シリンダ内の薬物による鎮痛と覚醒作用であった。

 これまでの経験から、通常行動には支障がない程度の反動だと予想していたのだが。

 どうやら、ペルシカ製のクスリは並みの効果ではなかったようである。

 早く順応しなければと思えど、身体は全く言う事を聞いてくれない。

 そして、そんな指揮官に追い打ちをかけるように。

 

「さっきの手応え、骨の2、3本はイッたか? さぞ辛いだろうな」

 

 ハンターが歩み寄ってくる。

 もうクールダウンしてきたのか、少しは落ち着いた様子である。

 

(こんなところで死ぬわけにいかないのに。お願いだ。少しくらい無理しても良いから、動いてくれ。頼む)

 

 必死に指令を送るが、身体は鉛のように重く、全く言う事を聞いてくれない。

 

「貴様を舐めていたというのは反省するよ。もうさっきのようにはいかない」

 

 すでに煙幕は晴れてきている。

 指揮官に歩み寄りながら、ハンターは手にした拳銃の銃口を指揮官へと向けた。

 

「っ!」

 

 顔を背けることだけが、今の指揮官にとれる唯一の防御反応。

 ハンターが撃ち込む弾丸が指揮官に容赦なく襲い掛かる。

 ハンターの拳銃は実弾だが、予想していた通り火力が高く、コートの防御システムの効果が

薄い。

 逸らしきれなかった弾丸がコートを貫き、指揮官の身体にまで届く。

 それでも、防弾ベスト程度の効果になってくれたのは幸いか。何発浴びても致命打には届かない。

 

「ちぃ、随分と厄介なコートだな」

 

 倒れずに踏み留まる指揮官に業を煮やしたハンターが銃撃を止める。

 

「打撃の方が手っ取り早いか。今度は苦しまずに仕留めてやるから、安心しろ」

 

 被っているフードごと指揮官の髪を鷲掴みにするハンター。

 強引に頭を起こさせれ、おのずと指揮官の視線も上がる。

 

(無茶・・・しすぎたなぁ)

 

 色の無い表情のハンターが写る。手先を手刀のカタチに構え、指揮官の身体を貫き通すつもりか。

 

(せめて、45と9が無事に帰れれば、まぁ、いいかな)

 

 トドメを刺そうと、ハンターが腕を振りかぶる。

 もう数秒の後には、血飛沫を撒き散らして無様に崩れ落ちる自分の姿が容易に想像できてしまって・・・・・・そんな折だった。

 ふと、ハンターの首元に、見覚えのあるモノが掛けられているのが目に入った。

 

(あれは?)

 

 自分にとって、唯一の相手に送ったモノを見間違えようもない。

 別の者の手中にあろうとも、契約の証、銀色の指輪は色褪せぬ輝きを放っている。

 ・・・そうだ、コイツは彼女を傷つけ、辱めた張本人だ。

 それだけに飽き足らず、指輪まで奪って平然と身に着けている。

 そう理解した途端、指揮官の脳内でカチン、とスイッチの切り替わる音が聞こえた気がした。

 指揮官の胴体を貫こうとハンターの腕が動く。

 まともに身体を動かすことが出来ずにいた指揮官にとって、それは必殺の一撃・・・のはずだった。

 ハンターですらもそう考えていたのだろう。だからこそ、寸前で身体を捩り、紙一重で手刀を

躱してのけた指揮官の動きに驚愕する。

 

「なっ!?」

 

 ハンターが面食らっている隙に、頭を捕まえている腕にナイフを突き立てた。

 狙いは信号系統が集中している箇所にピンポイント。

 一時的に信号が断絶し、手の力が弱まったところで指揮官が拘束から抜け出す。

 

「貴様ぁ!」

 

 再び掴みかかろうと振られるハンターの腕をかいくぐり、背後へと回り込む。

 このまま、ガラ空きの背中からコアを一撃しようと動く指揮官だったが、そう易々と決めさせてはくれない。

 ハンターの振り向きざまの反撃に邪魔され、ひとまず大きく後退。

 両者の間合いが再び離れる。

 

「解せないな。そのケガでなぜ動ける?」

 

 刺された腕のリカバリーを終え、稼働することを確認しながらハンター。

 それに対し。

 

「はぁ・・・はぁ・・・・・・はぁ~・・・」

 

 指揮官は荒い息遣いを返すのみ。

 その異変は遠目のハンターにも明らかである。

 訝し気な表情のまま、指揮官の出方を伺うハンター。

 そんな相手を前に、まず動いたのは指揮官だった。

 ゆっくりと姿勢を下げ、両手を床に付け、おおよそ、敵と正対している状況には不似合いな

四つん這いの姿勢をとる。

 

「何の真似だ?」

 

 ハンターが困惑するのも束の間、指揮官の身体が〝射出〟される。

 

「なっ!?」

 

 まるで砲弾でもすっ飛んでくるかのような勢い。少なくとも、真正面から狙われたハンターにはそう感じられるほどの速さだ。

 すれ違いざまに奔るナイフの切っ先が腕を掠める。

 コンマ数秒でも回避動作が遅ければ、腕が落ちていたかもしれない。

 ハンターが態勢を整える暇も与えはしない。

 目標を見失った指揮官は両手足で床を捉えて急ブレーキ。

 体を反転させるや、再び床を蹴飛ばしてハンターに襲い掛かる。

 

「クソ! なんて速さ・・・っ!」

 

 たまらず、距離を取ろうとハンターは飛び退く。

 しかし、それでも指揮官の追撃は止まらない。

 かつて、地上最速最強の異名を持った猛獣がそうであったように、四つ足がもたらす推力と瞬発力はハイエンドモデルの戦術人形をも追い込んでいく。

 ・・・とはいえ、進化の過程で四つ足を捨てたのが人間である。

 体はその為の構造ではすでになく、無理を強いている反動は想像以上に大きい。

 

「はぁっ、はぁっ、ぜぇ・・・っはぁ・・・」

 

 キャパを超えた身体が大量の酸素を欲している。

 マスク越しでは息苦しくて、追撃の合間を縫ってマスクをズラす。

 決して低い気温ではないにも関わらず、吐息は白い。

 過度な運動量の影響で体温が急上昇し、それを放熱しきれないうち運動を繰り返すものだから、異常なほどの熱をもってしまっている。

 腹部のケガも相まって立っているのも困難な状況だが、薬物投与のおかげで痛みは感じない。

いつまででも動けるくらいな幻覚に陥っている。

 指揮官がそこまでして戦う事を選んだのは、ひとえに彼女の為である。

 基地ではお人好しだなんだと言われることの多い指揮官であるが、大切な相手をあそこまで

キズモノにされ、ましてや、誓約の証まで奪われて黙っていられるほど呑気な性格ではない。

 相応の痛みを以て報復としろ。とっくの昔に散々聞かされた言葉が、指揮官の脳内でリフレインしている。

 呼吸に夢中で開けっ放しの口から涎が滴り落ちる、野犬のように無様な有様だが、指揮官はそんなことを気にする素振りもみせない。

 地を這うような低空での突進。間合いに入り込むや、一気に軌道を変えた切り上げがハンターの首を狙う。

 初めこそ面食らって慌てたハンターだが、二回、三回といなせば眼も慣れてくるものだ。

 手にした拳銃をナイフの軌跡に合わせ、攻撃を受け止める。

 金属同士の甲高い激突音が響き、派手に火花が散る。

 

「そのナイフのエンブレムを見て合点がいった。人間のくせに私達とタメ張れるわけだ」

 

 鍔迫り合いの最中、ハンターが呟くように話しかけてくる。

 答える必要はない。

 必要のない事は、行う意味がない。

 ナイフの角度を少しだけずらしてやる。たったそれだけで、果物でも切るかのような滑らかさでハンターの拳銃が両断された。

 今度こそ驚愕の表情を浮かべるハンターの真横を通り過ぎ、背後へと回り込む。

 コアが収まっている背部のフラップにナイフの切っ先を突き付けて、それで、互いの動きが止まる。

 

「ちぃ・・・ここまでか」

 

 数分にも満たない攻防だったが、もう、反撃は意味を成さない事をハンターは理解できている。

 どれだけハンターが速く動こうが、策を弄そうが、指揮官がナイフを突き立てる方が絶対に速いと。

 指揮官が、フラップに当てていた切っ先を外す。

 狙いはハンターの両脚、膝の裏を通っている信号伝達線。

 真横一文字にナイフを走らせ、一息の内に表皮ごと伝達線を断ち切る。

 脚の自由を奪われ、その場に崩れ落ちるハンター。

 仰向けに倒れ込む彼女を、指揮官は冷めた表情で見下ろす。

 

「〝マッド・ドック〟か? 噂に違わぬ通り名じゃないか」

 

 ハンターの言葉を聞いた指揮官が目を細めた。

 大した抵抗になどなっていないだろうが、それでも一矢報いたやったような気分の

ハンターである。

 

「・・・その呼び名は・・・嫌いなんだ」

 

 呼吸の合間、絞り出すような声で返すと、指揮官は拳銃の銃口をハンターに向ける。

 躊躇うことなく撃ち込まれた3発の弾丸はハンターの左肘に命中。肘から先の腕部を吹き飛ばした。

 そうして、指揮官は転がったままのハンターにトドメを刺すこともせず拳銃をしまうと、手を

ハンターの首元へ。

 首にかけていた紐を引きちぎり、何も言わず踵を返してその場を去っていった。

 

「はぁ~・・・なんて無様」

 

 指揮官の気配が消えたところで、自然と言葉が漏れる。

 人間に後れをとった自分が不甲斐なく思える一方で、それも納得できてしまう自分もいて。この気分にどう折り合いを付けたらいいものか、ハンター自身、よく分かっていない状態だ。

 

「ハンター、無事か?」

 

「ん? ああ、無事ではないが、起動はしている」

 

 そんなハンターのもとへ、両腕を失ったスケアクロウがよたよたとした足取りで歩み寄ってきた。

 

「お前の方こそ、あの距離でブチかまされてよく動けているものだな」

 

「腕だけを狙われたみたいでな。その他の個所にはほとんどダメージは無い」

 

「はっ、それはお優しいことだ」

 

 自分とスケアクロウにトドメを刺さなかったということは、あれだけのスペックを発揮して尚、余裕を残していたという事だ。

 あの人間に対して抱いてしまった恐怖を、ハンターは笑って誤魔化すことにした。

 

「ヤツは何なんだ? 人間とは到底思えない動きだったが」

 

「〝ドールハウス〟だよ」

 

「ドールハウス?」

 

 自分の頭をつついてみせるハンター。

 データリンクしてみろ、という意図を受け、スケアクロウはハンターの傍に腰を降ろしてリンクを試みる。

 ハンターが戦闘中に探り当てたデータは、数年前の軍事組織に関するファイル群に紛れていた。

 残っていたデータは断片的で、意図的に破棄された部分もあったが、その概要を知る分には問題はなかった。

 

「対戦術人形専門の特殊部隊? 出来の悪い噂だと思っていたが、実話だったとは」

 

 噂というのは独り歩きするものだ。

 聞く者を驚かせ、楽しませ、あちこちに伝播して渡る実体の無いエンターティナー。

 まだ、戦術人形が人間に替わって戦闘に導入されはじめた頃。人形の戦闘に巻き込まれて被害を被った人間たちが、復讐のために結集し、立ち上げられた人形狩り部隊がある。

 暇つぶしのネタにでも聞くようなこの噂だが、火の無いところに煙は立たず、という昔からの

云われに当て嵌めるのならば、なるほど、実在していたとしても不思議ではない話である。

 

「このデータが事実だとしたら、私達にとってはレジデントイヴィル(悪魔の館)といったところだな。しかし、部隊は全滅、解体となっているぞ?」

 

「この情報が全部正しいとも限らん。大方、生き残りでもいたんだろうさ。そして、私達はそれに運悪く遭遇、と」

 

 サルベージした記録には、当時、所属していた部隊員の資料も断片的に混ざっていた。

 その戦い方から、マッド・ドッグ(狂犬)という異名をとっていた兵士も居たようであるが・・・まぁ、嵐が過ぎ去ってくれた今、ハンターにとってはもうどうでもいい事である。

 そんな事よりも。

 

「時にスケアクロウ。この事、私達だけの秘密にしておかないか?」

 

「気が合うな。いくらドールハウスのヤツが相手とはいえ、人間相手に叩きのめされたとあっては・・・な」

 

 仲間の鉄血部隊にこの惨状をどう報告したら良いものか、そちらの方に頭を悩ませるのでいっぱいいっぱいな2人なのであった。




鉄血人形2体を相手した指揮官でしたが、なんとか切り抜けられちゃいましたね。
この件に関しての真相は後に当方の小説で詳しく取りあげる・・・かどうかはわからいので、皆様のご想像で保管していただいた方がいいかもです。

ともあれ、鉄血エリートを撒いた指揮官はようやく基地に帰還できるのか?
次週の更新もどうぞお楽しみに。
以上、弱音御前でした~
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