「総員! 撤退!!」
鳴り響く号令に、その場にいたすべての人々……冒険者が従った。彼らは、ダンジョン50階層付近、目の前に現れた【穢れた精霊】なる存在に驚きながらも交戦したが、討ち果たすことをひとたびは諦めることとなった【ロキ・ファミリア】という派閥の冒険者たちである。
しかし、精霊とやらはその撤退を咎めないほどに甘くない。何事か唱え、炎の花弁を浮かべると、ふっと吹き散らす。瞬間、世界が炎に染まり、大爆炎が彼らを吹き飛ばした。死者こそ居ないが、満身創痍といった様相をただの一撃で呈した彼らは、目の前に突きつけられた死を覚悟することしかできない。
そのうちの一人、アイズ・ヴァレンシュタイン。突きつけられた死を前に、そっと過去を回想するようなこともなく、ただ眼前の存在へ最後に一撃でもとその身に授かった魔法たる風を蓄えていた。そして、暴威を解き放とうとした瞬間、一呼吸のために目を閉じる。
わずか一瞬の瞑目。しかし、その一瞬においてことは終わっている。
精霊の遥か後ろから跳躍し、大上段の一閃で精霊を真っ二つに斬り下げ、横薙ぎに一閃して精霊の身体をさらに横に両断し、落ちてくる4分割のうちのひとつを彼らの側でない方へ蹴り飛ばして、こちらに歩みだす男。
「大丈夫か、無事か?」
問いかけられる。それが、アイズが瞑目を解いた時に見た光景だった。
異界。陣中、絡められ、地に座らされた男を2人の男が眺めやっていた。
「助けてくれ、丞相! もう誓って不義はしない! 呂布は裏切らん! 俺が悪かった!」
男は命を乞い、頭を下げる。しかしながら丞相……漢の丞相曹操孟徳は、それを酷薄に、皮肉げに笑いながら、
「ならんぞ、呂布。お前の罪は大、生かしておかばまた不義を重ねるだろうし、玄徳のように裏切られてもなお生きておる者のほうが少なきことも案すれば、助けおくに値しない……この者を斬れッ!」
と言い放つ。つまりこれは、呂布という男が曹操に敗れ、その責を問われているのであった。ここまで呂布奉先という男は裏切りに裏切りを重ねていた。
董卓に当たるために丁原という男が連れてきたのに、董卓の愛馬赤兎に釣られ丁原を斬る。董卓の元で長らく働いたものの、司徒王允の美女連環の計……貂蝉という美女を用いて行われた策謀によって、董卓を斬った。
その後は袁術、袁紹など将の元を転々とし、もう1人の男……劉備玄徳の元へ転がり込み、またも叛き、ついに事成らず、最後は陳親子らの裏切りによって曹操孟徳に敗れたのだった。
本人も思い返せば良くもここまでといったところであったろう。もう終わりだと確信もできていただろう。だが、彼の短気の質と生命を惜しむ質は、彼にまだ口を開かせる。
「う、裏切りというのならそこの耳長もさして変わらんではないかッ!!」
「呂布。義のために成す雌伏と君のように私欲がために成される裏切りとは違うものだ。君と同の者とされることほどこの劉備に不快なことはない!」
「玄徳の言葉に違いなかろう。兵どもなにをしておるか、早くかの者を押し出せ、引き据えずとも良い、首を絶って我らに見せよ!」
劉備玄徳。蜀を孔明と共に作り上げたこの男も流浪の身だったが故に裏切りというよりは兵を持って離れること多しといった運命ではある。しかしながら、本人は明確に心に大義を抱いてやっていることだから、呂布のような小人とは違うと断固として声を上げることができるのだ。
「大人しくしろ、呂布ッ」
「貴様の悪行も終わりだ!」
「う、うぬぅッ」
(終わりたくない、俺はこんなところで終わる人生を過ごしたかったのでは無い……私欲は己を満たさない、ではなになら俺を満たしたのだ! 次が、次があるならばそれを俺は探してみせる……裏切りなどせず、生きて……)
呂布奉先、斬首によって処刑。
「牧場に馬は数あれど、名馬の一は赤兎馬よ。洛陽人は数あれど、勇士の一は呂布奉先」
そう称揚された彼の、裏切りによって象られた人生が終わった。
そのはずだったのだが。神というものは奇遇にものを動かす。
「おお英傑呂布奉先……次があるならと言いおったな。真実、それを果たすのか……少し試してみようかの。無論仕掛けはするが……楽しみじゃて」
そう、天に座す者は呟いたのだった。
目覚めは偶然だった。ほの暗い迷宮の中、呂布は座った状態で目覚めた。
「こ、ここは……? 俺は、死んだはずだ。しからば、ここは地獄か? いやしかし、この武器は間違いない。俺の方天画戟だ。まさか、次を神は俺に与えたのか? バカな……俺は裏切りの奸雄、自分で言うのもなんだが、選ばれるべき者ではないと思うのだが」
そこまで考えて、呂布奉先は自分の思考が以前と比べて大人しくなっていることに気がついた。
「……俺は、前から自分を奸雄だと認識していたろうか? 選ばれるべきでないと言えたろうか? 自尊心ばかりが膨れた化け物であったと、そう認識することすらしなかったというのにこれは……なんだ?」
この、自制心とも言うべき感情はなんだろうか? また、呂布は詩を解さない……と自分では思っていたが、ふと口ずさむ一節がなんの書物にあってどうだということまで全て、今ならばわかる。自分にないはずの、学問や戦術、また仁心というものが彼には身についていたのだ。
「どういうことだ……」
立ち上がると、ひらり、と1枚紙が落ちる。
読んでみると、天の帝を名乗る者の書であった。
「呂布奉先。汝に次の生命を与えん。されど汝学を持たぬゆえに生命を終えた英傑なれば、汝に学を与え、汝仁徳を弁えず私心に動き滅びた英傑なれば、汝にまた仁徳を与えよう。汝はもはや、一心、生まれ変わった。良き将となるも、忠節の臣となるも、自由に生くるも心のままにして、過つことなし。授けた学びと仁徳が全てを導かん」
ようは、足りないものは足したから自由に生きてももう君は間違えた道に身を落とすことはないよね! という言葉だった。呂布は心から感謝をし、不思議なことではあるが神がこの私に与えた奇跡を無駄にはしないと地の底から天に届けと百拝した。
その後を読めば、ここは洞窟の深層のような場所であるから上を目指して進めばいずれは出れること、腰の袋に食い物が入っていることなど、当面どうすれば良いか、また世界の事情についてなど事細かに書かれている。
迷宮都市オラリオ、冒険者、ファミリア、そして神々。
呂布は天帝より【恩恵】なるものを刻まれているが、ステータスやレベルという概念は存在せず、あくまで魔法やスキルを後付けで覚えることくらいしかできないようだ。
異界の身体をそのまま使っているようなもの故にこちらの理とはうまく噛み合わず、ステータスやレベルは付かなかったが、呂布であればこの都市にあるどの存在とも容易く渡り合えるか圧勝が出来る、らしい。
また、通貨などの話も入っているようだった。最後の文曰く、
「ここまで書いてはおいたが、お前にこの文の記憶は全て刻んである」
らしいのでほとんど無駄に思い出そうともせず読み込んだわけだと呂布は若干苦笑した。少しは自分の頭で考えねば、と呂布は教えられた気持ちになり、今の頭なら考えさえすれば大概はわかるだろうからと頷いた。
言葉通りに上へ上へ進むうちに、歪んだ殺気を肌に感じ、鉄の擦れ火花が生まれる戦いの音を聞き足は早まる。時折襲い来るモンスターも手に握る方天画戟が薙ぎ払い、速度はドンドンと上がっていく。
そして、目の前にいたその歪んだ存在の穢らわしさを見た。その存在は敵であると誰もが即座に察することが出来るそれ。背面を向けなにやらしようとしているそれに対して呂布は大きく飛び……
「わッしょッ!!」
本能でそれを大上段から両断した。そして、再び、次は横に。
「うおァッ!!」
そして崩れ落ちた精霊の身体の一部分を、目の前に人がいることを認めて真横に蹴り飛ばし、呂布ははじめて出会う人たち……傷ついた冒険者らに手を伸ばし、声をかけた。
「大丈夫か、無事か?」
この出会いが、大きく都市を変える。最強の武将、呂布奉先の行く迷宮は、果たしてなにを齎すのか?
これは天に座す帝すら見通せない、2度目を生きる武将の【眷属の物語】。