ここはとある司教の居城の一室。修道士の少女と初老の男が二人。
修道士の少女、いや少年は笑っていた。
相対する初老の男は明らかに狼狽している。
少年はただの修道士ではなかった。
審問官、教義に反する者を問いただし、返答如何によっては裁きを下す。
執行者、教皇の手、神の代理人。呼び方は様々ある。
審問に掛けられた初老の男は、司教にも関わらず愛人を囲っていた。
司教は妻帯できない。当然愛人を囲うことも許されてはいない。
少年は、男の回答を待つ。
男は、聞くに堪えない、意味の分からない事を喚き散らす。
明らかな時間稼ぎだ。荒事専門の手勢の到着を待っている。
数分過ぎた頃であろうか、乱暴に部屋の部屋が開かれ乱入者が現れた。
20名程度だろうか。どうやら聖職者はいないようだ。
司教の男はしたり顔だ。少年はそれでも笑みを絶やさない。
乱入者は少年を取り囲み、下卑な笑みを浮かべる。
少年は少女とも見まがう貌を持つ。
乱入者たちは、仕事後のお楽しみを思い浮かべているのであろう。
乱入者の1人が少年の肩に手を伸ばしたところで少年に異変が起こる。
少年が国教である剣教聖典の一節を鈴の様な声で口ずさみ始めたのだ。
それに構わず手を伸ばした哀れな乱入者の手は手首から切り離されていた。
少年は抜剣すらしていない。これは偏に信仰心の賜物だ。
聖職者は信仰心が全て。信仰の強さが力になる。
少年はその信仰心を見込まれ、若干16歳にして審問官に選ばれた傑物。
信仰心は折り紙付きだ。
信仰心の弱い者、ましてや聖職者でもない者が邪な気持ちで彼に触れることは出来ない。
乱入者は信仰心による不可視の刃で次々と葬られていく。
時間にして3分程で、乱入者全員が神の下に送られた。
残るは司教のみ。審問官の少年は司教の信仰心を問う。
修道士から司教という主教の位まで上り詰めたのだ。
納得のいく返答を待つも、司教の返答は剣だった。
司教の返答への裁きは信仰心により行われた。
聖職者同士の戦いは一般的には信仰心の強い者が勝つ。
例外的に、信仰心は劣るが戦闘能力に優れたものが勝つこともあるが……。
今回は例外ではなく、一般的な結果が待っていた。
部屋には21名の死体と少年が1人。少年は返り血1つ浴びていない。
司教付きの召使に掃除を任せ、少年は城を後にする。
何事も無かったかの様に笑みを絶やさず。
彼はこの後自身の暮らす修道院に戻り、いつもと変わらない生活を送るだろう。
彼の名はアリオス。親しい者はアリスと呼ぶ。
この物語は信仰心により彼が殉教するまでの物語。