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レンス司教死後のレンス州は混迷を極めた。
激化する派閥争い、エルフとドワーフの間で広がる魔女信仰、そして異邦の僧による布教。
司教死後の間隙をついて多数の勢力が入り乱れる。
最終的にカンパヌ大主教直属の領軍が混乱を収めたが、変化の種火は未だ燻ったままだ。
勘違いしてはならない。
これから訪れる混沌時代に比べれば、これはまだ柔らかな春の陽射しの様なものだった。
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アリオスは修道院に戻り、上司の輔祭に問うた。
魔女のこと、ブッデイ教のことを。輔祭の口は重い。
何も語らず、布の上に羽根ペンを走らせる。やがで書き終えたのか、それをアリオスに渡した。
それは今最も教皇に近いとされるランバルド大主教の紹介状であった。
輔祭が思い口を開く。
「今後はランバルド大主教様の指示を仰げ。」
「何故ですか?」
「多くは言えない。言えないが一つだけは言える。」
「それは何でしょうか?」
「お前を中心に混乱が起こる。」
「……どう言うことですか?」
「これ以上は私からは話せない。」
どうやっても口を割らないようだ。
アリオスは諦め、旅支度を整える。ここの修道院ともお別れか。
弟達の泣き顔が目に浮かぶ。
5歳の頃から11年、出会いも別れも経験してきたが、今度は自分の番だ。
修道院を去る間際、案の定弟達に泣きつかれた。
何とか引き剥がし、説得する。歳の近い兄弟達は別れに慣れっこだ。
二、三言、言葉を交わし別れを済ませる。
道すがら、修道院のある町の人々とも別れを済ませておいた。
さらば安寧、ようこそ混沌。
神よ、神よ、神よ、我が道に光を照らせ給え。
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数日後、ロマーニア府ランバルド領モラノ州。
アリオスはランバルド大主教への謁見を済ませていた。
謁見の際に交わされた言葉は少ない。
"修道院から出るな"それだけだった。
修道院には警備のために司祭が回された。
司祭が加わる事にただならぬ気配を感じた者もいただ、それよりも話題の中心は
新たに加わった修道士の事であった。
アリオスは顔が良い。慣れない修道士にとっては毒だ。
以前の修道院では幼い頃から皆一緒に居たため慣れられていたが、ここでは勝手が違う。
彼は苛ついていた。着替えを覗かれ、湯浴みを覗かれ、体を触られ、
彼の堪忍袋の緒が切れれば、修道院は血の海に沈むであろう。
幼い頃の力を持っていなかった彼とは違うのだ。
その様な生活を送り3日、苛つきがピークに達した頃、修道院は地獄に堕とされる。
「誰だあれ?おーい!ここは修道院ですよ!」
「し、知ってます。」
「皆!修道院に入って!」
司祭が叫ぶ。その男は司祭を指差し、聖典の一節を唱える。
司祭は首から引き千切られて事切れた。修道士の悲鳴が辺りに響き渡る。
悲鳴を聞いた別の司祭が修道院から出てきて、男に剣で斬りかかるが不可視の何かで止められた。
ボソボソと男が何かを喋り、司祭の四肢が引き千切られる。
運悪く外にいた修道士達も同様に殺されていった。
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アリオスは修道院前の惨劇を見て、何も心が動かない自分に苛立っていた。
如何に相手を殺すか考えている自分に。
相対するボロボロの法衣を纏い、ヘラヘラと笑っている男は、
恐らく異端審問官と名乗っている新約派の狂信者だろう。
あれは人じゃない。なら殺しても問題ない筈だ。
アリオスの内に秘めたる信仰心が膨れ上がる。それを見て男が言う。
「お、お迎えに上がりました。」
「そう。ご苦労さま。」
返答は信仰心の刃ではなく、ただの鉄の剣であった。
ふっと膨れ上がった信仰心を収めたアリオスに近づかれた男は鉄の剣で腹を貫かれた。
男は驚愕していた。なぜ、自分の体をただの鉄の剣が貫いているのかを。
なぜ、信仰心の鎧が守ってくれないかを。
死ぬ間際、男は自分を守っていた神が、アリオスの神に握り潰されているのを見た。
そして思った。ああ、やはりこの方が我らを導くお方だと。
男は笑顔で死んだ。それが役目の様に。
アリオスも血塗れの姿で笑う。
怪物は、この時初めて自分の手で人を殺した。
信仰心の刃に頼ることなく、自分の手で。