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輔祭の懸念は止められなかった。
アリオスを中心に混乱は広まっていく。
レンス州に続いてランバルド領は混迷を極めた。
大主教と司祭の大半を失ったのだ。盗賊と山賊の類が跋扈し治安は低下していった。
ランバルド領は教皇の御座すラウマ州に程近い。
教皇の足元を揺らがす異例の事態に、200年振りに教皇直属の軍が動き出した。
歴史的に見ればこれは間違いであった。
手薄となったラウマ州に魔女崇拝、土着の原始宗教が広まるのに大して時間は掛からなかった。
信じたいものを信じよ。
皮肉にも、剣教の教えは剣教自体の喉元に剣を突きつけることになった。
他宗教への寛容さが仇になる形でアメリア聖国の支配は揺らいでいったのだ。
混乱の中心にいる者は一人の剣教の少年。
混乱はもう止められない。
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混乱が広まる前の時間に少し遡る。
男に連れられたアリオスは男達の指導者に会いにランバルド領を北上し、険しい山中を進んだ。
ゲルニア府カルジア領、領地の多くが山岳のこの土地は、天然の要害が多くあり、
少数派の宗教の隠れ家となっていた。
行けども行けども山ばかり。
流石のアリオスも男に尋ねる。何時つくのかと。男は答える"もうすぐ"です。
そんなやり取りを幾度しただろうか。
ようやく集落の様なものが見えてきた。門番と思しき男は良く鍛えられている。
アリオスを連れて男は集落で一番立派な建物に入る。中には年嵩のいったエルフの男が一人。
こいつが迷惑な予言を考えた男か、それがアリオスの初対面の感想であった。
エルフの男が頭を下げ、そして口を開く。
「導師よ、お待ちしておりました。」
「えらい辺鄙な所に居を構えているんだね。来るだけで疲れたよ。」
「それは申し訳ありません。しかし!これからは違いますぞ!
ラウマ州を奪い取り我らの本拠地とするのです!」
嫌味も通じないのかとアリオスは思う。その後の言葉は聞いていない事にした。
それよりも何故こんな馬鹿な考えを広めたのか聞かねばなるまい。
アリオスは問うた。彼の考えを。
エルフの男は席を立ち、しばらくして禍々しい一冊の本を持ってきた。
人皮(にんぴ)張りの本だ。表紙には顔が張り付いている。
男は本の事を聖フリードの聖典と嘯く。
フリードは決して聖人ではない。
200年前のゲルニア府主教。
反乱の理由は定かでは無いが史上最悪の戦役と呼ばれるアメリア・ゲルニア戦争の
ゲルニア側の指導者。その反逆者の人皮の本。
まあ怪しい者が考えそうな事だとアリオスは思う。
エルフの男が語り出した。
フリードには落とし子がいたと。
連綿と血筋は繋がっており、それがアリオスだと。
アリオスは鼻で笑う。仮に血筋がそうだとして、自分を崇める理由は何なのだ?
点と点は繋がらない。その事を問うと男は本を丁寧に開き出した。
本が開かれると禍々しさが増した。
赤黒い文字。恐らく血で書かれた文字なのだろう。一文字、一文字、迫力がある。
そしてある頁で手が止まり、男が口を開く。
"我が死に200年後の子孫が剣教に変革を齎す"
"その者、我と同じ少年と少女両方の顔を持つ"
"その者の名はアリオス"
アリオスは絶句していた。その本は最近書かれた様子は無い。
質の悪い予言。自分の事としか思えない予言。
剣教に変革……それは先代教皇が新約を作った事では無いのか?
頭の中はグチャグチャで混乱している。
畳み掛ける様に男が口を開く。
「これは聖フリードの肖像画です。貴方様にそっくりで御座います。」
「……この本が本物であっても私がそれに従う必要はないだろう?」
「ええ、その通りで御座います。しかし、貴方様の意思に関わらず世界は動く。」
男は本をアリオスに渡す。
アリオスはそれを何故か受け取っていた。妙に手に馴染む。
彼の信仰心はまた揺らいでいた。
彼を守る神は神聖な光が陰り、暗黒に侵食されている。
彼を導師と仰ぐ男達と同じ様に。