決闘という名の他貴族への躾が終わった数日後。
二人の狂者は武器を身繕いに来ていた。
学園に姫が来るらしい。そして使い魔を披露する大会を催す。
何とも馬鹿らしい話だ。
以前のルイズでは考えられない思考だが彼女は相棒を得てから思考にかかっていたフィルターが全て外れた。
"お友達"と称して自分を慰める姫に"前の夫の死"を乗り越えられない女王。
"見ないふり"を続ける貴族に"現状"を理解していない平民。
目を覚ましてしまったルイズには耐えられない。
だがこの身が貴族である事も事実で世界のシステムを俯瞰視点で観察するルイズには自身の身が平民に支えられている事も理解している。
だからこそジレンマを感じながら感情的になれずに狂気が身を焦がす。高まるフラストレーションという感情の出口を求めていた。
王都の町を歩き武器屋を目指す中、ルイズの口がルーンを紡ぐ。次の瞬間、ルイズの近くを歩く男の両目が爆発した。
騒ぐ都民、呻く男。ソレを見下ろしながら近づき男の懐から自分の金を取り返す。
男は盗人だった。今まで何度も盗みを働いたが貴族というのは男にとってはカモだった。
盗まれても気付かない。気付いても周りに当たり散らすだけでその頃には自分は居ない。
もしくは気付いても貴族というプライドが邪魔をして盗まれたという事実に目をつむる。そんな馬鹿代表。
それが男の本心だった。
だからこそ今回の盗みも成功するはずだ。
懐にある金品を盗んで気づかれる前に離れる。それだけのルーチーン。
盗んだ金で酒でも飲もうか、休日のさわやかな木漏れ日を見上げながら酒を飲む。素敵な一日になるはずだった。
狂気に触れた魔女に見つからなければ。
ルイズは財布をスられた瞬間に気が付いた。勿論共に居る灰もその事には気付いている。
気付いているが彼からすれば金品等は些細な事なのでスルーをした。
そしてルイズは気づいて直ぐに行動した。ルーンを唱えるという日常的に行っていた行動。目標は現在自分の財布を持っている人物の目。
スられた瞬間に彼女の脳は対象をどの様に処理するのがローリスクであるのか答えをはじき出していた。
最初に視覚を奪う。ルーンを唱えた事でその目論見は達成された。
ゆるりと近づき男が取りこぼした自分の財布を拾い、周りに状況が分かるように男に対して問いかける。
「ねぇ、私の財布を何故アナタが持っているのかしら? その口で説明してくれない?」
問われている男はそれどころではない。痛みを訴えてくる目、開けているはずなのに見えない視界。
五感を一つ奪われた男はパニックになり質問を聞く事すら出来ていない。
「そう……答える余裕が無いのね。良いわ、許します。ですが貴族の金品を盗むのは重罪、貴族として処罰を行うべきなのだけど……命を長らえて……貴方は身体を治せる? 見る事も"喋る事"も出来なくなった身体で」
男は気づかない、自分に投げかけられている言葉に次の処罰が含まれている事に。
ルイズの口からルーンが紡がれる。使うのは治療のルーン。そしてルイズの使う魔法は全て"爆発"という結果を引き起こす。
結果として男は両目と喉をやられ路地で痛みの中、気を失う事となる。
その後、その男の身柄がどうなったかはルイズは知らない。そんな日常を彼女の脳は、瞳は興味が無いのだから。
些細なイベントを熟したルイズと灰は路地にある武器屋へと入っていく、
灰からすればかなり綺麗で、ルイズからすると小汚い路地。
そんな路地の道中にある店に居る店主から見た時、入って来た客は『目を見てはいけない類の客』だった。
彼は曲りなりにも首都に店を構え商いを多少捻じ曲げてでも熟して来た商人。
日々客と触れ合い、会話して金品を落とさせる。首都に店を構える前に苦労していた修行時代から常に危機を乗り切って来た彼の商人としての勘が盛大に警告を鳴らす。
"この客に取り入ってはいけない!"
"粛々と商売を行え!!!!"
"疑問を抱くな!!!!!"
客の動きは見ない。店全体を見る。
会話も顔をまじまじとは見ずに口元から下だけを見る。
今この時は此処は彼の普段の店ではなく。極寒の戦場であると彼の心は頭ではなく感覚が理解していた。
やがて二人の内一人が声をかけてくる。
その声が人の声とは思えず、自分のナニかを削る様な感覚があった事を店主は数日間酒場で愚痴っていた事を彼の友人が揶揄って居た。
だが彼らも件の人物と邂逅する事があれば皆同様、またはそれ以上の感覚を味わっていただろう。
『店主、丈夫で壊れない武器が欲しい。質は問わない』
聞き取り辛く、脳が理解するのを拒否する様なその声を、どうにかくみ取った。そしてこの客との商いを直ぐにでも終わらせたい店主のはじき出した答えは常に口うるさく、兎に角頑丈な一本の剣だった。
「……それでしたらあの樽に喋る剣がございます……」
「喋る……剣?」
店主の答えに疑問を持ったルイズは店主の指し示す樽へと近づき色々と手に取って見る。剣としての形を残し、最低限の品質を保っては居るが……とても丈夫には見えない。
だが
店主に消耗品の類を持ってくるように伝えながらルイズの動きを見ていた灰が動く。
彼女の横に立ち、その手は淀みなく一本の剣を手に取る。
分類としては大剣。幅広の剣だがグレートソード程ではない。
武器性能としては凡そだがその性質は盾であり、何より"物理/魔法のカット率"が90%を超えている。
"左手武器として悪くない"
そんな事を考えた灰に剣が語り掛けて来た。
「おめぇ……相当だな」
「本当にインテリジェンスソードなのね」
灰は性能を見て悪くないと思ったがそれ以上に奇妙な感覚からコレも買うと決めた。
無事買い物も終了し、必要な工程を消化した為ルイズは灰と共に食事を楽しむ事とした。せっかく首都まで来たのだ、ただ買い物して帰るのは勿体ないと感じる。
思考は大分変わったが食の嗜好は変わっておらず変わらず甘酸っぱい系のモノを好むルイズはクックベリーパイと紅茶を注文し、灰は良くわからない様なのでアップルパイと紅茶をルイズが頼んでくれた。
灰からしてみれば無くても良いのだが貰えるモノは貰う主義なのか出されたモノを大人しく食べていく。
戦う事に直接関係の無い食事など何時ぶりか。
ダークリングの奥底にこびりついた僅かな人間性がふと顔を出す。
暫し懐かしさにパイを眺めてから改めて口を付ける。
少しだけ心が穏やかになれた様な気がした。
尚、購入したばかりのインテリジェンスソードはおしゃべりが灰の勘に触ったのか、店主に黙らせる方法を聞いてからずっと鞘の奥に終われて黙らされている。
「…………(どうにか飛び出して文句言ってやりてーが……オレっちの勘が止めとけって言うんだよな~)」