女装魔法少女の小さい冒険な日常もの。   作:あずももも

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60話 異常事態:彼の目覚め

「しかし弱ったね……今回の魔物は強い個体ほど索敵、レーダーに引っかからないみたいなんだ。 そのせいで全容が掴みにくかったのも遅くなった理由のひとつ。 ――強いものは魔女に対応してもらいたいところなんだけど、その指示を出せない」

 

「あー、それで魔物の気配みたいなの無いんですねぇ」

「気配? なんて……あるかな?」

「え? ありません? なんかぞわーってする感じの。 ね、美希ちゃん」

「う、うん……わたしも最近分かるようになって来ました」

 

「そうか……うん、とりあえずはありがたいことだね。 不意打ちを防げるに越したことはないから。 でも、たったの1時間。 まだ上の方が混乱していて何も具体案を出せずに申し訳ない限りだよ」

 

まるで魔王が侵攻してきていたときみたいにね……とつぶやく渡辺。

普段は力の抜けた、良く言えば柔和な印象を抱かせる彼でも鋭い目。

 

その口から「魔王」と言う単語を聞いて少しだけ動きを止める美希と千花。

 

「あのときと、この前。 その2回と今回はかなり違う形だわ。 まだ全然分かっていないけれど、ひとまずは魔王みたいなのが来る……わけではない。 そう願うしかないわね」

「魔物の大群は……最大でだけど、半径が50キロにも及んでいるみたいだ。 朝までが勝負なんだけど……肝心の指揮官が不在だからなぁ。 こういうときに真っ二つとか、現場がいちばん困ることになっている。 悪いけど、しばらく待つしかないね」

 

「ご、ごじゅっ……」

「隣の県にも……はぅ」

 

ドン、と大きな音と振動が響く。

その方向へ視線が集まるが――かすかな魔力の光が見えるだけ。

 

「ま、魔女さんたちいるもん、だいじょうぶ! ……ですよね?」

「ベテランが何人もだし、彼女たちが無理だと判断したらすぐに本部へ助けを要請するだろう。 僕を越えて規模まで判断して良いって伝えておいたからね。 最悪はそれまでをしのげばいい」

 

「でも、さすがにこれだけだとみんな、起きちゃうんじゃ」

「あたしたち精霊が眠らせているから大丈夫よ。 ……そのせいで魔力に慣れていない魔法少女の子とかも寝ちゃうから使いたくないんだけれど……戦えない人間に慌ててお家から飛び出されるよりはマシだわ」

 

「……だいふく、そんなにいっぺんにして平気なの?」

「平気じゃないけどするしかないのよ。 ゆいに、戦わせたくないもの」

「……ゆいくん……みどりちゃんも」

 

そういえば前もその前も、ふたりとも遅れて来たけど……今回は違うよね。

 

そう、ふと思うが声に出さなかった美希だった。

 

♂(+♀)

 

「――――――何よ、これは」

 

暗い尾根に立つ沙月。

 

山脈を吹き抜ける冷たくて薄い風が荒れ狂う暗闇へ、彼女は着いていた。

彼女の魔女としての全速力に近い速さで、わき目も振らず。

 

みどりの言う通りに来た彼女、だったが。

 

髪が、服が、引き裂かれるように荒れ狂う。

けれど彼女はそれすらも気にならなくなっていた。

 

……こんなの、ただの魔物にできるものでは無いわ。

 

彼女が見下ろす稜線は不自然にえぐれている。

この付近の山ひとつぶんだろうか、そこはかなりの深さまでがすり鉢状に切り取られており、大地から魔力があふれてきているのが分かる。

 

――魔力で光るその場が、見渡す限りに小さい粒で。

魔物の1体1体で埋め尽くされていて――彼女が町から見てきた光景など比較にもならなかった。

 

「どうするの……これは。 どうにかなる、ものなの。 ――っ、すぐに本部に連絡をしないとっ! こんなの、あのときよりずっと――」

 

♂(+♀)

 

「……ん」

 

ゆいの目が開く。

そこは沙月の部屋、沙月のベッド。

 

いちどトイレへ起きた彼が寝ぼけて入ってしまったそこは、カーテンが開いたまま。

 

「……さっちゃんのにおい。 ……1時間くらい、いない……」

 

もぞもぞと抱きつき直そうとした沙月がいないことに気が付き――何故か寝間着でゆいに張り付いていたみどりの腕を解きつつ、彼は体を起こす。

 

沙月とお揃いのパジャマのままベッドから足を出して、とん、と窓際へ。

 

彼の髪は――梅色に光り始め、ついでに宙に現れたリボンがサイドテールを編む。

そうして体も光り、まばたきのあいだにお気に入りの魔法少女姿へと変身し。

 

「やっぱり、そうだったんだね。 うん、だからこんなになっちゃったんだ。 ……僕、行かなきゃ。 怒られちゃうけど、でも。 これは、食いしんぼたちと戦って来た僕じゃないと、ダメなんだもん」

 

普段なら一緒に行こうと起こすはずのみどりへも気が回らないのか、ふらふらと窓を開き、窓枠へ足をかけ――「魔法少女」は跳び   出そうとして――。

 

「待って……あっ」

「みどりちゃ――」

 

ごん、と。

 

みどりの腕が掴んだ足首を起点に、ゆいはバランスを崩した勢いで壁に顔を打ち付けた。

 

「ご、ごめんなさいっ!! ゆいくん大丈夫!?」

「あ、変身してたから思ったより痛くないみたい」

「……ほ、本当? 家にごつんって響いてたけど」

「平気みたい。 それより引き上げて? スカートで前が見えなーい」

 

普通の子供同士だったら危ない、片方は足首から真っ逆さまに宙づりでもう片方は窓枠に押し付けた腰で体重を支えている状態。

しかしみどりはするするとゆいを引き上げていき、ゆいは盛大に魔法少女衣装の下着を露出した体勢のままされるに任せる。

 

そうして部屋に戻ったゆいは「でもおもしろかった」と喜び。

 

「でも、なんでさっちゃんがいなくってみどりちゃんが?」

「……うん。 ちょっと用事があるからって」

「用事? 今夜はお仕事無いはずなのに」

「う、うん。 なんでだろうね……」

 

沙月を追い出し、もとい覚醒させた後しばらくはゆいの意識を夢に縛り付けていたみどり。

だが、夢の中とあって睡魔は襲ってくるもので――うとうととして来ていたところでゆいが醒め始め、寝ぼけたままみどりの体をまさぐっていたのだった。

 

――あんなに激しくされて眠くなくなったけど、コントロールできなくなっちゃった。

ゆいくん、無意識であそこまで……。

 

「あ、そう言えばなんか変な感じして目が覚めたんだった。 匂いがさっちゃんじゃなくなってたし、柔らかさも変わってたし」

「…………私、固い?」

 

「ううん、逆逆。 みどりちゃんは柔らかくって甘い感じでさ、さっちゃんはすじばってて苦い感じ。 ほら、お布団かげばさっちゃんの匂いなら分かるよ?」

「い、いい……私はゆいくんのだけで」

「そう?」

 

いい匂いなのになー、と、変身していた意味を忘れてすんすんと枕をかいでいるゆい。

 

――このまま忘れてくれていたら、少しでも時間を稼げるかも。

 

「でも、ゆいくん。 女の人に匂いのこととか……柔らかいとか固いとか、あんまり言わない方が良いかも。 気にする人、多いから」

「みどりちゃんは怒らないじゃない? お母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも怒らないし」

「家族は良いの」

「ふーん。 学校の友だちとかもダメ?」

「駄目」

「そっか」

 

そうして普段通りの会話を、ベッドに腰掛けたみどりが勧めようとしたところで。

 

「で。 みどりちゃん、なんでダメなの? 外に行ったら」

「……この前も、渡辺さんにいろいろ聞かれたとき分かったでしょ。 みんな、心配なの。 ゆいくんが、勝手に戦うから」

「それで夢の中で悪さしてた?」

「うん。 怒った?」

「別に良いけど、みどりちゃんなら。 どーせ反対されるって知ってたし」

 

窓の外へ目を向けるゆい。

遠くの空にぽつぽつと、空を飛ぶ魔物の塊がかすかに映っていた。

 

「……今の状況、分かってる?」

「なんとなく。 なんか最近ね、みどりちゃんだけじゃなくてさっちゃんとかが今何してるかなって分かるようになって来たの。 だいふくと繋がってる人、みんなの」

「………………………………………………そう」

 

「でも、今来てるのっておかしいんだ」

「おかしい? 何が?」

「……魔物。 この前にも混じってたけど、多分今空に浮いてるのとかはこの世界の魔物じゃない。 僕が知ってる、僕が戦ったことがある感じのだよ」

「…………ゆいくんが、前に言った」

「ん。 だから『くいしんぼ』が出てきたし、とっても強かったんだ。 だから、みどりちゃんに怒られても行かなきゃ」

 

「えっと、ゆいくん」

 

ふらっと窓枠に手をかけ、再び飛び出そうとする彼。

 

「ちょっと待っ」

「遅くなっちゃった。 すぐに僕が」

「待って?」

「はいっ」

 

2度目は普段より低い声。

 

――お母さんもお姉ちゃんも、みどりちゃんも……怒るときは声が低くなるんだ。

 

女装をして女性に囲まれた生活をしているからこそ知っているそれを敏感に察知した少年は、普段の口調のままなのに明らかに怒りを含んでいる彼女の声を感じ取り、すっと正座した。

 

「……どうして正座?」

「僕、今、みどりちゃんがイラってすることした。 みどりちゃんが本気で怒るのって滅多にないからこわい。 お母さんの次にこわい」

「…………怒ってなんか……ちょっとだけ。 話、最後まで聞いてほしいだけ」

「はいっ!」

 

一見ゆいにベタ惚れで何でも言うことを聞きそうな関係に見えるみどり。

 

――しかしながら、実は明確な上下関係ができあがっている――のかもしれない。

 




「ゆいくんに命令するのもされるのも好きです」
「そう……」

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