これは、北極基地ブラウン隊の、キーン伍長配属からジオン軍襲撃までの日常と戦いを描いた物語である。
窓の外は、真っ白で何も見えない。
外は息が詰まるほどの激しい雪と風が吹き荒れており、室内にいても凍えそうだ。
吐き出した息も白くなる。
彼の名は、キーン・ジャスパー。
地球連邦軍のモビルスーツパイロットである。
ただし、まだ実戦は経験したことのない、"新米"モビルスーツパイロットだ。
二十歳を過ぎたばかりの、顔立ちにまだ幼さの残る青年である。
軍に入ったばかりの新入生といった様相であり、軍服に"着られてる感"が否めない。
白い肌、地毛であろう金髪、ブラウンカラーの瞳、そしてそばかす顔…彼の印象は、実際の年齢より幼く見える。
今、キーンは、地球連邦軍の戦術輸送機『ミデア』の中にいた。
ミデアは、地球連邦軍最北端の基地、北極基地へ向かっていた。
時々機体が傾き、キーンは転びそうになる。
(無事に基地へ辿り着けるのか…。基地に着く前に氷河へダイブなんて、冗談にもなってねぇぞ…)
先日、キーンは地球連邦軍のモビルスーツパイロットの短期錬成過程をなんとか卒業し、晴れてモビルスーツ免許を取得した。
現在の地球圏の情勢は、地球連邦軍がオデッサ作戦で勝利を収め、地上のジオン軍は続々と地球から宇宙へ脱出しており、戦いの舞台は宇宙へと移行しつつある。
キーンの配属希望は、宇宙であった。人からは「生き急ぎ過ぎだ」とか「宇宙は危険だ」等と言われるが、若い軍人である彼にとって、壮大な宇宙というスケールの大きさは魅力的であった。
…が、配属先は地球の北極基地であった。
北極基地は最果ての基地と揶揄されており、左遷基地とも噂されていた。
初めての配属先がそんな基地であったので、モチベーションも急降下という訳だ。
自然と、深いため息が出る。憂鬱だ。
ミデアが北極基地に着陸する。
外に出ると雪と風が吹き荒れ、凍えるような寒さである。
気温は当然マイナスだ。
こんなところで自分は生きていけるのだろうか。
「キーン・ジャスパー伍長、本日をもって北極基地に着任しました」
キーンが司令官室で着任の挨拶をする。
目の前に座っている男は、北極基地司令官ヘリ―・ハンセン中佐である。
「やぁキーンくん、長旅お疲れさん、私が基地司令のヘリ―・ハンセン中佐だ。まま、そう固くならず、リラックスして聞いてくれ」
ヘリ―・ハンセン中佐は、おそらく60手前くらいの年齢であり、穏やかな笑顔が印象的だ。およそ軍人らしさは感じられず、何というか”昼行燈(ひるあんどん)”という言葉がしっくりくる。
「ここ北極基地は、基地中央のシャトルによる宇宙への物資輸送を主な任務としている。我が基地は、基地守備隊であるブラウン隊を有しており、モビルスーツはジム寒冷地仕様が配備されている。キーン伍長には、このブラウン隊に所属し、モビルスーツによる基地警備を担当してもらう。ま、こんな辺境の地にジオン軍はめったに来らんよ。仕事などの諸々の事は、隊長のゴッド・ブラウン大尉に聞いてくれ。これからよろしく頼むよ」
「よろしくお願いします!」
キーンはビシッと敬礼をして、司令官室を後にした。
ブラウン隊の待機所は別棟にあるとのことだ。
キーンは別棟に向かう途中、モビルスーツ格納庫に寄り道した。
鉄とオイルの匂いで充満している格納庫…
キーンはこの匂いが嫌いではなかった。
格納庫の入口には、スパナやレンチといった諸々の整備道具が乱雑に置かれており、この風景も味があって良い。
格納庫の奥には、6機の『ジム寒冷地仕様*1』が整列していた。
養成学校で操縦した『ジム』よりスリムな印象であり、ヘッドのデザインがカッコイイ。
武器もビームスプレーガンではなく、マシンガンであることも個人的に好印象だ。
早く操縦してみたい。
「ん?アンタ、見たことない面(ツラ)だな」
「ウワァッ!」
急に後ろから声を掛けられたのでビックリして声が上ずってしまったキーン。
「あぁ、スマンスマン、ワシは整備長のスタッグじゃ。基地の連中にはキャプテンスタッグとかスタッグじいさんとか呼ばれておる」
昼寝をしていた整備長のスタッグがキーンに気づき、声を掛けたのだ。
スタッグは70を過ぎた老人であるが、現在も現役で数名のスタッフと北極基地のモビルスーツ整備を手掛けている。腰は曲がり、頭は禿げ上がっているが、目には力がこもっており、今なお情熱を持って生きていることが見てとれた。
「こちらこそ勝手に格納庫に入ってスイマセンでした。本日付けで着任しました、キーン・ジャスパー伍長です。ブラウン隊でジム寒冷地仕様の操縦を担当します」
「そうかそうか、ブラウン隊にな。モビルスーツの整備は、このスタッグに任せてくれ!」
スタッグが親指を突き立てる。
「しかしモビルスーツの状態が綺麗ですね。日頃の整備の賜物ですね」
「そうじゃろう!ワシもこの年になって、モビルスーツの整備に関わるとは思ってもいなくてな。毎日が楽しいわい。何かあったら、いつでも声をかけてくれ!」
「ありがとうございます。それでは隊員待機所に行ってきます」
「あぁ、じゃあの」
モビルスーツ格納庫をあとにし、隊員待機所にたどり着いた。
キーンはドキドキしながら待機所のドアを開ける。
「失礼します!本日付けで着任しました!キーン・ジャスパー伍長です!」
大声で挨拶したが、返ってくる声は無かった。
「よっしゃテンパイ!リーチ!!」
「あら残念。リーチチートイドラドラ親満!」
「なんだよくっそ!またリンの一人浮きじゃねえかよ~」
ブラウン隊の面々は、夢中で麻雀をしていた。
隊員の男女4人は麻雀をしており、隊長とおぼしき人は、隊長席の机に突っ伏している。
キーンが固まっていると、麻雀をやっていたガタイの良い男がキーンの存在に気付く。
「お前、もしかして今日から配属される新人か?」
「ハ…ハイ」
「隊長、ブラウン隊長!新人が来ましたぜ!」
机に突っ伏していた男が顔を上げる。やはりこの男が隊長であった。
「また競馬中継ですかァ~」
「うるさいよ、お前らだっていっつも麻雀だろ。お互い様でしょ」
「いや、まぁ、そうなんスけどね」
すぐに隊長がキーンに気づく。
「あぁ、君がキーン・ジャスパー伍長だね。私は北極基地守備隊『ブラウン隊』の隊長、ゴッド・ブラウン大尉だ。ハイハイみんな注目~新入生のキーン・ジャスパー伍長だ~。仲良くしてやるんだぞ~」
ブラウン隊長の掛け声とともに、隊員がぞろぞろと集まってきた。
「簡単に隊員たちの紹介をするよ。このガタイの良いバンダナの男はビリー・コールマン中尉だ。彼はブラウン隊のナンバー2だよ。」
「よろしくな」
ビリー・コールマン中尉が右手で握手を求める。
「よろしくお願いします」
キーンも右手を差し出す。
ガッチリと握手を交わす2人。
「イデデデデ!!」
ビリーの握力が強すぎたため、悶絶しそうになるキーン。
「ハハハッ」と呑気に笑うビリー。
「そこにいる水商売してそうなねーちゃんは、ブラウン隊の紅一点、リン・チャムス曹長だ。これでも正規の軍人だよ」
リン・チャムス曹長がキーンに「ハァーイ」と言いながら投げキッスをする。
どう反応していいか分からず、「ははは…」と笑うキーン。
「あとは、デブのスキンヘッドがロゴス軍曹、長髪の痩せたメガネがグレゴリー軍曹だ」
ロゴス軍曹とグレゴリー軍曹が無言で右手を上げる。
"これからよろしく"という意味なのだろう。
キーンもお辞儀をする。
この2人もキャラが濃ゆそうである。
「仕事や諸々の事は徐々に教えていくから、まずはこの基地のルールについて、先輩から教わってね。それじゃあ頼むよ、ビリー・コールマン中尉ィ~」
「えっ!?俺っすか?」
「ブラウン隊のナンバー2でしょ~」
「しょ、しょうがねぇなぁ」
頭を搔きながら、ビリーがキーンに"ついてこい"と合図をする。
キーンは慌ててビリーについていく。
こんな不良みたいな人たちの中で、自分は上手くやっていけるのかとつくづく不安になるキーンなのであった。
***
キーン・ジャスパー伍長着任から1週間が過ぎた。
当初の不安はどこへやら、キーンはブラウン隊にすっかり馴染んでいた。
ビリー・コールマン中尉は強面でぶっきらぼうだが、意外にも後輩の面倒見が良く、キーンの相談に乗ってくれたりする。
リン・チャムス曹長は見た目は派手だが、隊のみんなに料理を振る舞ったりと、家庭的な女性である。
ロゴス軍曹はアニメオタク、グレゴリー軍曹はモビルスーツオタクであり、キーンと話が合い、すぐに打ち解けた。
ブラウン隊長は適当な所もあるが、実はしっかりと隊員ひとりひとりを見ており、適材適所の役割を与え、隊が円滑に回っていることが分かった。
ブラウン隊について、キーンは最初、全く仕事をしない不良の集まりかと思っていた。だが実は、1日の仕事をすぐにこなし、余った時間は自分たちの好きなことをやるという体制が取れている部隊だったのだ。
今日も早めに仕事を切り上げ、隊員たちはそれぞれ趣味などに興じている。
また、隊員たちのモビルスーツ操縦技術もなかなかのものだった。
ビリー・コールマン中尉は格闘戦を得意としており、モビルスーツ模擬戦でキーンは何度倒されたか分からない。リン・チャムス曹長は射撃に長けており、射撃訓練では全ての的の中央に的中させていた。ロゴス軍曹とグレゴリー軍曹は連邦軍・ジオン軍両軍のモビルスーツ、さらには武器等の知識が豊富であり、この2人の知識は戦闘時に欠かせないであろう。ブラウン隊長は、モビルスーツ模擬戦では指揮を執っているので実際の操縦技術は不明だが、実戦経験は隊員の中で1番豊富だとビリー・コールマン中尉が語っていた。
以前、北極基地はジオン軍のアッガイ*2、ズゴック*3による襲撃を受けたが、ブラウン隊は敵を全機撃破し、こちらの損害は2機のモビルスーツが中破したのみであったとのことだ。
キーンの歓迎飲み会では、酔った隊員たちが戦いの様子を誇らしげに語っていた。
1日の仕事をこなした後、キーンは屋上で夕日を眺めていた。
北極海では曇りが多いが、今日は晴れており、夕日がとても綺麗だ。
夜にはオーロラが見えることもある。
「よぅ、キーン」
ビリー・コールマン中尉が現れた。手には煙草が握られている。
「1日の終わりに夕日を見ながら煙草を吸う。人生、たぶんこんなもんでいいんだよ」
ビリーが、ハハハと笑いながら煙草に火をつける。
煙草の煙が、ゆっくりと上空に舞う。
「ビリーさん、俺も煙草、いいっすか?」
「えっ、キーンお前、吸ってたっけ」
「ビリーさんを見てたら、なんだか俺も吸いたくなりました」
「いいぜ、1本やるよ」
キーンが煙草を口にくわえ、ビリーがジッポライターを近づける。
「深く吸い込んで、吐き出すんだ」
キーンは勢い良く吸い込むが、そのせいでむせてしまった。
「ゴホッ、ゴホゴホッ!なんだよコレッ!」
「バッカ!勢い良く吸いすぎだ」
ビリーが腹を抱えて大笑いする。
「ま、これでお前も大人の仲間入りだな」
「大人って厳しいな~」
「徐々に慣らしていくんだよ、何でもな」
今日も、北極基地のブラウン隊の日常が無事に終わるのだった。
この時の2人はまだ知る由もない。
2週間後、北米のオーガスタ基地から"あるトップシークレットの積荷"が北極基地に搬入されることを。
その積荷の情報をジオン軍がキャッチし、特務隊が北極基地襲撃を画策することを。
北極基地の穏やかな日常が、急に終わりを迎えることを。
【登場人物】
・キーン・ジャスパー(21歳 伍長)
二十歳を過ぎたばかりの新米モビルスーツパイロット。
金髪の白人であり、顔のそばかすが特徴。
幼い頃からロボット全般が大好きであり、
モビルスーツパイロットという仕事に誇りを持っている。
まだまだ子供らしい一面もうかがえる。
・ビリー・コールマン(35歳 中尉)
ガタイの良いバンダナの男。
ブラウン隊のナンバー2。
強面だが面倒見が良く、誰とでもすぐ仲良くなる。
いつも身に付けているバンダナは、
昔戦死した仲間の遺品である。
・ゴッド・ブラウン(43歳 大尉)
部隊の隊長。
適当な所もあるが、しっかりと隊員ひとりひとりを見ており
ブラウン隊をうまくコントロールしている。
北極基地配属前は、数多の戦場で活躍していたらしい。
競馬がなによりも好き。
・リン・チャムス(28歳 曹長)
巨乳で見た目は派手だが、根は真面目で家庭的な女性。
モビルスーツの操縦にも慣れており、射撃が得意。
北極基地の隊員宿舎では、よく彼女の手料理が振る舞われる。
ちなみに既婚者である。
・ロゴス(25歳 軍曹)、グレゴリー(26歳 軍曹)
デブのスキンヘッドがロゴス、長髪の痩せたメガネがグレゴリーである。
2人ともオタク気質があり、よく共通の話題で盛り上がっている。
モビルスーツにも異常に詳しく、戦場では彼らの知識が役立つこともある。
・ヘリ―・ハンセン(59歳 中佐)
定年間近の北極基地司令官。
いつも笑顔の司令官であり、どうにも軍人らしさは感じられない。
ブラウン隊については、ゴッド・ブラウン大尉に一任している。
・スタッグ(74歳 大尉)
北極基地の整備長。
昔は地球連邦軍内で『整備の神様』と言われていた。
その腕は現在も健在であり、ジム寒冷地仕様の整備を手掛けている。
普段は、格納庫のハンモックで昼寝をしている。