Blank Paper 〜凡人サイクリストのオレが天才メカニックに恋してしまった結果〜   作:fuyu_plus

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#011

 私が一番最初に観たレースは、ツールだったと思う。画面の向こうに広がる一面の向日葵が綺麗で、私は隣で観ていた父に「いつかここを走ってみたい」と言った。

 

 小学校三年生になると、父は私にファーストバイクをくれた。これでゴールデンウィーク走りに行こうって。

 思えばそれが最初だったなあ、ロードに触ったの。それまではお父さんが作業しているのを、近くで見てるだけだったからね。

 

 しかもそれがさー、組む前のバラのままくれたんだよね。さすがにひどくない? まだ小三だよ? 作業風景はよく見てたけど、詳しい手順とかは全然わかってなくて。ただ言われるがままに組み立てて、でも半分以上はお父さんにやってもらったな。

 

──英才教育? そう言うと聞こえはいいけどね、実際は結構スパルタだったと思うよ。

 

 まあでも感謝はしてるかなあ。あの時、わからないなりに組み立てるのがすごく楽しかったから、いま私はチームメカニックを目指しているんだと思う。

 ……そんなこんなで瀬上さんは自転車を始めたわけですよ。

 

 父に連れられていろんな所を走ったよ。まっすぐな海岸線、アップダウンを繰り返す山道。まだ余裕あるかって訊かれて「うん」と答えようものなら一気に千切られて文句言って……なんて、初心者サイクリストあるあるだよね。

 

 フォームやライン取りはその時に細かく言われて直されたんだ。楽しいサイクリングだったけど、その時からレーサーにする計画は始まってたのかもしれないな。

 

 その翌年からレースに出るようになった。大学まで競技をやっていたという父の指導の甲斐あって、私は楽しく走っているだけでもトロフィーをもらうことができた。

 

 小学生女子の部は、そもそも出場者が少ないから戦略も何もなくて。集団て概念すらないの。

 そんな中で、一応ちゃんとした指導者が付いていた私が勝てたのは当たり前というか。とにかくその頃は、公道のど真ん中を思い切り走れるのを、ただ楽しんでいるだけで良かったんだ。

 

──それが中学に上がると、環境は一変した。ちゃんと勝つために計画立てて努力している人が集まるようになったから。

 

 つまりそれまでみたく、単純に楽しく走るだけでは勝てなくなったんだよね。

 特にゴール前スプリントのあの異様な雰囲気が、私には合わなかった。

 

 スプリンターって呼ばれる人たちは本当にすごいよ。レース観ててもそうだけど、ゴール前スプリントって結構な頻度で落車が起きるでしょ?

 あれ普通に怖いもん、自損で怪我するのはまだしも、ほかの人を巻き込んでひどい怪我させたらどうしようって思う。だから本当に嫌でさ。

 

 でもスプリント勝負を回避するために単独逃げ切りができるほど、私は強くはない。集団からうまく飛び出せるほどの爆発力もない、山でほかをふるい落とせるような登坂力もない。

 

 それに何より、誰かとゴールを争うってなった時がダメだった。ほかの選手たちの剥き出しの闘争心みたいなものを目の当たりにするたび、それを一歩退いた目線で見てしまう自分がいた。

 

 闘争心の欠如、っていうのかな。根本的にレーサーに向いてる性格じゃなかったみたい。

 

……私のレース見に来てくれた人は、みんな口を揃えてこう言ったよ。「良いところまで行けてたのに残念だね」。

 

 でも私はその結果に納得していたんだ。表彰台に乗ることはなくなって、負け続き。そんな状況なのに、自分でも不思議なくらい、悔しくも悲しくもなんともなかったから。

 

 ただ自分にはレーサーに必要なもの……勝利への渇望っていうのかな。そういうのが備わっていないってことを思い知ったし、だからこそ、それを持っている人たちを、それまで以上に尊敬するようになった。

 

 でも父には話せなかった。本気で私をツール・ド・フランス・ファムに出られるような選手に育てようと、父も頑張ってくれていたのを知っていたから。

 

 だから私も、フィジカルさえどうにかなればメンタルは後からついてくるかもーなんて甘く考えて、もうちょっとだけ頑張ろうと思ったわけ。

 

 でも不思議なことに、そう思えば思うほど「レース向いてない」って思わされることばかり起きるんだよね。まあメンタルってリザルトに直結するから、冷静に考えればそんなの当たり前だよね。

 

 だからもうそれからは、なんとか合法的に……負い目を感じずレースに出ないで済む方法はないかって考えてばかりだった。

 

 当日熱でも出ないかなとか、台風で中止にならないかなとか。でも運動して、ご飯ちゃんと食べて、しっかり寝るって健康的な生活を送ってるわけだから、そんな都合よく風邪なんかひかないし台風だってまあうまいことレース当日を避けてやってくるんだよね。

 

 それでレース出るたびに、嫌だなーこんなのもう辞めたいのになーって考えていたらさあ、レース中なんにもないところで単独落車したの! 珍しく大逃げ成功、あと十キロ弱耐えれば優勝だけど、集団も迫って来てる。さあ逃げられるか飲み込まれるか……って時にだよ? 信じられる?

 

 長いダウンヒルが終わって見通しの良い直線に入ってから数百メートル。今考えてもほんとにびっくりする、どうやったって転びようもないところで、がしゃーんって。

 

 もしかしたらダウンヒルの途中から半分意識飛んでたのかも、明らかにオーバーペースだったし。転び方も良くなかったみたいで、私、頭打っちゃったらしくてさ~。

 

 ……ぼんやりと覚えてる。沿道にいた人が救護スタッフ呼ぶって言ってくれてたのに、ごめんなさいって譫言のように繰り返してレースに復帰して……その後のことは記憶が飛んでて覚えてないんだけど、結果的にはフラムルージュをくぐる頃には集団に飲まれちゃってたみたい。あとは手嶋くんもお察しの通りです。

 

 ……あ、うん。記憶飛んだっていうのは脳震盪起こしてたらしくて。落車の直前から病院までの間のこと、今話したこと以外はほとんど覚えてないんだよね。いやー記憶喪失なんて貴重な体験だったなあー、あはは。

 

 え? ……大丈夫大丈夫、病院行ったけど打撲と擦過傷だけだったし。誰がどう見たって軽傷、ラッキーだったよ。今となっては本当に笑い話なだけだから。

 

 ……うん、そうだね。そんなヘラヘラ話すことでもなかったよね、ごめ……いや、こういう時は「ありがとう」っていうんだった。

 

 えっと、どこまで話したっけ……あ、そうだ。怪我は大したことなかったけど、それを仕方のないことって流すような親ではなくてさ。何度も言うけど、落車したポイントって、本来転びようがないところだったしね。

 

 病院終わって家に帰ってきて、早速訊かれた。何が原因であんなところで落車したんだ、って。まあそうなるよね、私も知りたいくらいだもん。

 だけどその時の私は全然余裕がなくて、父の問いかけの意図がわかってなかった。わかろうと努力もしてなかった。たぶん父の方も私を心配するあまり余裕がなくて、ネガティブに聞こえるような言い方をしてた。

 

 だから当然、喧嘩になった。

 結構やばいやつでね、もう夜なのに自転車にでっかいサドルバッグ付けて、キャンプの道具を詰め込んで、家出したんだ。

 

 九十九里の海岸まで爆走して、浜辺にテント立てて、このクソ親父ーって叫んで、悪口を砂に書いて。

 そうやって一通り騒いだら妙に落ち着いてさあ、ふと空見たら星がキラキラ光ってるわけですよ。本当に綺麗なの。

 

 それ見て気がついたんだ。私がやりたいのはサイクリングであって、レースじゃないんだって。

 

 私の望みは賞を獲ることでも、ゴール前まで仲間を連れて行くことでも、リーダージャージや優勝杯を手にすることでもない。

 自転車に乗り、自分の脚で遠くに行き、見たい景色をこの目に焼き付けるような、こういう体験がしたかっただけなんだって。

 

 だから明日、家に帰ったらお父さんにちゃんとそのこと話そう──って考えてたら、後ろからお母さんの声がしてさ。車で探しに来てくれたみたい。

 

 お父さんも自転車で追いかけてくれたみたいなんだけど、私が信号で千切ったみたいで見失っちゃったんだって。結局そういう感覚はお母さんの方がいいから、見つかって自宅に強制送還されちゃってね~。

 

 それで数時間ぶりに父と娘は対面するわけなんですけど、自分がさっき思いついたことを話して、父の方も良かれと思ってやっていただけだったって、じっくり話し合ってさ。

 

 お父さんは私が小さい頃に「ツールの向日葵畑を走りたい」って言ったのを「プロレーサーになりたい」って意味だと解釈して、娘の願いを叶えてやろうって思ってたんだって。

 

 いやちょっと考えればわかるじゃんね! そんなちびっ子が向日葵畑なんかみたら簡単に大騒ぎしちゃうのなんてさ〜。

 うちの父親も大概自転車脳だから、あの集団の中で走りたいって意味に聞こえちゃったんだね。もうこれ瀬上家一生の鉄板ネタだよ。

 

 ……でも私もレースから完全に離れようと思ったわけじゃないんだ。自分に持ってないものが見えて、レーサーへの憧れは増したからね。

 

 だから、自分が選手になることはできないけれど、代わりにそういう人たちを応援したいって──私は機材が好きだから、お父さんのようにメカニックになって、私が勝ってほしいと思う選手に貢献したいって話をした。

 

 それからは私がレースで勝つ方法じゃなくて、負けないバイクを用意するのに必要な技術だったり考え方だったりを父から学ぶようになったんだ。

 

 ……いま父は単身赴任しているんだけど、それは私の競技指導しなくて良くなったからできたことみたいで。今は本当に所属したかったチームで働いているよ。

 だから本当に、お互い良いタイミングだったと思う。なるべくしてなった落車だったのかなー、て感じ。

 

──かくして私は無事にレースの場を去り、メカニックへの道を歩みだすのでした。

 

「父と娘のすれ違いの物語」、これにて閉幕。第二幕は鋭意制作中ってとこだね! 今後の瀬上さんの活躍にもぜひご期待ください。

 はい、おしまい。

 

 

「ね、なかなかに泣けるお話だったでしょ」

 

 瀬上はそう言って、いつもみたいにふふんと笑う。語り終える頃には、フロントホイールのオーバーホールを終えようとしていた。

 

「瀬上もここまで来るのに一筋縄じゃなかったってことか」

「まあね。……だけど珍しい話じゃないよ。うちの親も含め、メカニックって競技経験者が多いから。私みたいなのとか、引退した選手とか」

 

 たしかに、雑誌に出ていたり本を出版しているようなメカニックの人は、経歴欄に元選手だと書かれていることが多い気がする。自身も競技経験者であれば、選手のニーズにも気がつきやすいのかもしれない。

 

「なるほどね。……にしてもレース向きの性格、か」

 

 ロードレースに限らず、スポーツにおいてメンタルはリザルトに大きく関わるものだという。

 だからプロのレースを見ていても、身内に不幸があれば選手がDNS──欠場することはよくあるし、燃え尽き(バーンアウト)症候群になった選手が長い休暇を取ってから戻って来ることもある。フィジカルは強いのにメンタルに問題がある、なんて称されてしまう選手もいる。

 

 瀬上も勝てなくなったとはいえ、話を聞いていて察するに、決して力がなかったわけではないはずだ。だが、たとえば同じメカニックの寒咲さんをライバル視するような様子はないし、テストの点数で誰かと張り合っているようなこともない。……本人が言うように、闘争心は見えない。

 

 そのうえチームに所属していたわけでもないようだから、それこそチームのためにというモチベーションも生まれない。

 レースに向いているかといえば、決してそうではないのだろう。出るにしても勝ちに行く側ではなく、アシストとして仕事をする側が向いていそうだ。

 

「たしかに負けん気強くないと、やってらんないかもな」

「うん。……自分ができない分、余計にそう思うんだけど……そういう人たちが全てを懸けて走るゴール前のあの瞬間や、それを支える人たちの献身的な姿は、とても美しいもののように見える」

 

 瀬上はそう言って視線を上げた。その先、棚の上には、優勝杯や賞状が飾ってある。田所さんや金城さん、巻島さんがこれまでに獲得して来たものだ。

 くるりと振り返った瀬上の髪が揺れる。

 

「だから学校選びは妥協しないようにしよう、って思ってたんだよ。勝ってほしいって思えるような、尊敬できる人たちと一緒がいいからね。……高校でロードやるなら、総北のほかにもいろいろ選択肢があるでしょ?」

 

 瀬上の言葉に頷いて返す。この辺でロードをやるなら、総北のほかに柏東か幕張京葉あたりが有力だ。ここ数年は総北がずっとインターハイに出場しているが、個の強さではあちらだって負けてはいない。部活に拘らなければ「チームSS」って選択肢もある。

 

「学校見学で部活見て回ったら、機材を一番大切に扱っていそうだったのが総北の人たちだったんだ。もちろんほかの学校の人たちもいいマシンに乗っているんだけど、なんかピンときたんだよね」

 

 それはなんとなくわかる気がする。ほかの学校に比べて規模感が特別大きいわけではないし、高い自転車がひしめき合っている訳ではないけど、総北はしっかり手入れする人が集まっている感じがした。

 

「それで偶然部室の前にいた当時のキャプテンに『メカニックで入部したいです』って相談したら、すぐにいいよって言ってくれて。今思えば、あのキャプテンって寒咲さんだったんだなあ……メカニックになったのも総北に来たのも大当たりだったよ。これが私の天職な気がしてるんだ。これなら私もツールを走れる気がしない? 自転車じゃなくてチームカーで、だけど」

 

 そう言って笑う瀬上は、心底楽しそうだった。

 自信や希望、そういう未来への可能性に満ち溢れている明るさ。この顔を見ていると、彼女の近くにいれば道に迷って目的地がどっちだかわからなくなったとしても楽しくいられるんじゃないかって思えてくる。

 

「オレ、瀬上のそういうとこ好きだわ」

「……え」

 

 オレの何気ない一言に瀬上が固まった。

 ん? オレ、今なんて言った……?

 

「あっ……いや変な意味じゃなくてさ!? なんつーの、ほら、あれだよ。人としてって意味!」

 

 自分の放った言葉とその意味を反芻して、スーッと血の気が引いていくような思いだった。

 なんでそんな言葉が出てきたんだ。なんか別の言い回しがいくらでもあっただろ。

 

「あはは! わかってるよ」

 

 でも瀬上は悪い方向には捉えていないようだ。

 はー、ほんと危ねー。変に勘繰るようなやつじゃなくて助かった。

 

 けど、なんだろう。場は凌いだってのに、このなんか釈然としない感じは。

 

 一呼吸置いてから、さっきの言葉を補足する。

 

「自分が好きなこと極めてて、いっつも楽しそうじゃん。それって誰にでもできることじゃねぇよ」

「……そう?」

「そうだよ。意外と難しいんだ、そういうの」

 

 好きだろうと、向いていなければ結果は出ない。好きだからこそ結果を出したいのに。

 だったらやり続けることに意味はない、無駄だ。本格的に打ちのめされる前にやめよう。

 

 あの時は、たしかにそう思っていた。だが今は、少しだけ違う。

 

「オレ、高校では自転車やらないつもりだったんだ」

「え、そうなの!?」

 

 信じられない、とでも言いたげな顔だった。

 ということはさすがの瀬上も、去年の暮れから春までの間、オレが自転車に埃被せてたことには気付いてなかったってことなんだろう。

 

「部活入らないでバイトしようと思ってた。自転車が好きでも、ロードは勝てなきゃ意味がない。だったら底辺にいるオレが続けることにも意味はない、て」

 

 好きなことと得意なことが同じだったら、どれだけ良かったか。そういうものに出会えたやつらは、誇るべきだと思う。

 瀬上はそれを体現しているかのようだった。

 

「けど入学式、瀬上と会うちょっと前。がむしゃらに登って来る青八木を見ちまったからな。話してるうちになーんかオレと一緒だって気がしてきて、いつの間にかまた自転車やる気になってた」

 

 たとえば、あの時見つけたのが青八木じゃなくて、古賀だったら。

 もしそうなら、きっとオレは今ここにいなかった。強いやつってのは体の仕組みからオレとは全然違うんだって考えてたと思う。

 

 過ぎていく日々を淡々と見送って、乗りもしないくせに捨てられないバイクを、埃被せたまま部屋の奥で眠らせといて。

 たまに見かける自転車部を見ては落ち込んで、オレもあそこにいられたら、なんて考えて。

 そんできっと最後には「これでいい」って自分に言い聞かせる。そんな日々を送っていたはずだ。

 

「手嶋くんもここまで一筋縄で来てないじゃん」

「ま、自転車はそういうやつ多いんじゃない? 強いやつでも、そいつがエースになれるかは別だ。やめたくなる気持ち、オレにはわかるよ」

「それはそうだけど……」

 

 瀬上はまだ何か言いたげだったが、言葉が見つからなかったのか、やめた。

 

 もしあの日オレが青八木と会わなかったら、この自転車競技部に入らなかったら、オレが瀬上と言葉を交わすことはあっただろうか。

 

 まあ瀬上の方がオレに興味を持つことはなかっただろうな。だけどオレの方はきっと、嫌でも瀬上を見つけていたと思う。

 

 ラレーで走り去る瞬間か、自転車のことを古賀と熱く語っているところか、部室の前で作業する姿か──こんな子いるんだなって、どこかのタイミングで知ったはずだ。

 

 でも自転車をやめたオレは、その話題で話しかけることなんかできない。無駄なプライド、ってやつだ。

 

 だけどこの手にまだ残ってるグローブの日焼け跡を、この子なら見つけてオレがサイクリストだったことに気が付いてくれるかも、とか考えたかもしれない。

 

……なーんて、全くひでー妄想だよ。我ながら呆れて笑っちまうわ。

 

「この話、青八木には内緒な。まだ話してないんだ」

「わかった。……青八木くんにはそのうち話すの?」

「どうかな、わかんねぇ。話すとしても、それはオレら二人で表彰台乗れるようになったらかな」

 

 ああでも、これでようやくわかった。

 瀬上が公貴と仲良さそうなのを見ると面白くなくて、なんかざわざわする理由。もし自転車やめてたとしても瀬上のことを見つけられたと思う理由。それはさっき無意識に口をついて出た言葉に全部集約されている。

 

「二人で?」

 

 瀬上が不思議そうに首を傾げた。

 

「オレ、来年は青八木と一緒にインターハイ出るつもりなんだ。チーム2人、つって」

 

 あのとき青八木がやったように、オレも右手で「2」を作って見せた。それで瀬上の表情が楽しそうなものでも見つけたみたいにパッと晴れる。

 

「だからさ……、瀬上も、力貸してくれよな」

 

 そう伝えると、瀬上は力強く頷いた。

 

「うん。二人とも出て、インターハイ。そしたら私が、最高のステージを最高のバイクで走れるように準備するよ」

「そりゃ心強いな」

「そうでしょう? そのために私はメカニックになったんだから」

 

 勝ってほしいと思う選手に貢献したい──それが瀬上のメカニックとしての原点だと言った。

 ならその「勝ってほしいと思う選手」ってのに、オレと青八木も含まれているってことなんだろうか。だったらいいな。

 

──こういうの鈍い方じゃなかったはずなんだけど、なんで今まで気がつかなかったんだろう。気が付いた後だと、今までの景色も少しだけ違って見えるような気がする。

 

 あの日、青八木と一緒に見つけた自転車乗りの女の子は、機材を見れば持ち主がどんなサイクリストか見抜いちまうような凄腕メカニックだった。

 

 賢才を発揮する瀬上とは対極にいる平凡なオレに、不思議と彼女の言葉はよく響く。

 瀬上の言葉選びが上手いのか、たまたまなのか、それはわからない。ただ、心の奥深い場所に根ざすように、瀬上がくれた言葉はオレの中にあった。あの笑顔と共に。

 

 先輩方から整備の腕を褒められてもドヤ顔きめてるし、謙遜もしない。オレの軽口に乗って来るような遊び心があって、初対面の人よりも自転車の方に興味を示すような、ちょっと失礼なところもある。

 

 だが相応に、ちゃんと自転車のことを勉強してきた真面目な努力家なんだってこともわかる。

 

 自分の世界観貫いていっつも楽しそうにしているのに、輪の外から部を見ているようなところもあって、その孤独がなんだか放っておけなかった。

 

 瀬上は一般的に言うところの「可愛くていい子」ってのとは違うのかもしれない。

 練習中に怪我したやつがいても「人体は専門外だから保健室行っておいで」とか、男子高校生の夢壊すことを平気で言うようなやつだ。

 あの自転車オタクぶりにオレたちが感心する一方で、他の部活の男の中には只者じゃねえって恐れてるやつらがいるのも知ってる。

 

 だけど、……いや、だから、だよな。こんな子たぶん、他にいない。

 

 オレは瀬上凛のことが好きなんだ。

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