Blank Paper 〜凡人サイクリストのオレが天才メカニックに恋してしまった結果〜   作:fuyu_plus

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#013

 オレは瀬上が好きだ。

 

 そうわかったはいいものの、だからと言って何が変わるわけでもなかった。変える気もなかった。

 

 そりゃそうだ。オレは青八木と一緒に、今度こそ表彰台獲るって決めた。来年のインターハイで、田所さんたちを表彰台に上げると誓った。

 

 そのためにはトレーニングして、戦術の勉強して……地道に練習を重ねていかなきゃならない。暇があるならペダルか作戦立案する頭か、どっちか回せっつー話だ。

 

 第一、向こうはオレのことなんて「同じ部活のやつ」としか思ってねーだろうし、好きだのなんだの言ってフラれてみろ。部活やりづれーなんてレベルじゃない。どんな顔して出入りすりゃいいわけ? 前とは別の理由で自転車やめなきゃなんなくなるわ。

 

 競技者とメカニック。あるいは、同級生とか、良くて友達とか、仲間とか。その関係性を崩すわけにはいかない。フッた方とフラれた方とか、そんなんキツすぎる。それを察してしまう周りだってかわいそすぎる。

 

「今日の昼休み、自転車の安全点検あったじゃないですか」

 

 それは瀬上の声だった。今日の練習でのタイムを記録した紙と、パソコンとを見比べながら話し出す。

 

 学期ごとに1回だけ行われる、オレら自転車部にとっては一発合格当たり前の形式的な自転車点検。

 ブレーキは効くか、ライトはちゃんと点くか、反射板またはテールランプは付いているか……なんてことを交通安全委員が目視確認する。

 

 たまにライトが点かないとかで引っかかるやつがいて、直したことを学校に届け出るまで自転車通学は禁止になるらしい。もちろんオレは引っかかったことないからわかんねーけど。

 

「私、交通安全委員なのでクラスの点検担当やってたんですよ」

 

 この前自宅から古いパソコンを持ってきた瀬上は、今までノートに書いていた部員のカルテをパソコンに移して、タイムと紐付けるシステムを作ったらしい。

 

 それを聞いて部員はみんな、ついにソフトにまで手を出してとんでもないなと思っていたが、本人は意外と簡単だよなんつって、いつもみたいになんでもないって顔してた。たぶん今もそれにデータを入れているんだろう。

 

「瀬上は委員会まで自転車絡みか。よく飽きないねぇ」

 

 ペットボトルにストロー。ライブ中の歌手みたいな格好で水分補給をする巻島さんが、瀬上を皮肉った。

 練習後の髪が汗で濡れているのもあって、ビジュアル系バンドの歌手っぽさが妙に際立っている気がする。

 

「それを言うなら巻島さんだってヒルクライムばっかり、よく飽きないですよねぇ」

「平坦よりはマシっショ。山は達成感ある」

 

 巻島さんの答えに反応したのは、田所さんだった。

 

「そうか? 達成感は否定しねえが、サイコン見てて楽しいのは断然平坦だろ」

「そりゃスプリンターの感性ショ」

 

 山だ平坦だと盛り上がる脚質の異なる二人を横目に、金城さんが「それで何かあったのか、安全点検」と瀬上に続きを促した。

 

「一学期の時に『合格だけど一回自転車屋さんに持って行った方がいいよ』って伝えた子が何人かいたんですよ。でも今日見たら1人しか点検に出してくれてなくて……ちょっとがっかりしたんですよねー」

 

 瀬上は大げさにため息をついた。そして「あんなギーギー音する自転車、メカニックとして耐えられない」と言う。その気持ちはまあわかるけど。

 

「普通ママチャリってそういうもんだからな。仕方ないんじゃねぇのか?」

 

 いつの間にか瀬上の話に戻ってきていた田所さんが言う。

 

「ですよねえ。それはわかるんですけど……私がやるのも違うし。はあ……」

「だが1人は点検に出したんだろう? それだけでもよかったじゃないか」

「と、思うじゃないですか。それがそんなに感動的な話でもないんですよ~」

 

 なだめるような口調の金城さんに、瀬上はチッチッチと人差し指を左右に振る。やけに芝居掛かった仕草で、一周回って誰もつっこまなかった。

 

「点検してきてくれてたの私の友達なんですけどね、私その子に『寒咲サイクルにはイケメン店員がいるから拝むついでに点検出しなよ』って言っておいたんですよ」

「…………現金だな……」

「そう、つまり彼女は私のアドバイスを聞いてくれたわけでも、自転車を労ってやるかと思ったわけでもなくて、ただ顔がいいお兄さんを拝みにいっただけで──あ、噂をすればそのイケメン店員さんだっ」

 

 部室の外から聞き覚えのある車のエンジン音が聞こえてきて、瀬上が作業の手を止めて立ち上がる。その嬉しそうな顔ときたら。

 

「寒咲さん、お疲れ様です!!」

 

 瀬上は走り出して寒咲さんを出迎えた。開けっ放しの扉の向こうにはワゴンから降りた寒咲さんと、寒咲さんが開けたドアの奥を見て飛び跳ねる瀬上の姿が見える。

 

「まるで犬みてぇだな」

「尻尾がついていたら千切れていたかもな」

 

 田所さんと金城さんは瀬上の様子をそう評した。

 

 たしかに。青八木んちの犬も、青八木が家に帰ってくるとあんな感じだよな。

 ……いいなあ。あんなん、寒咲さん大好きって感じじゃん。

 

「今日は『アレ』が届く日だからな。わからなくもないっショ」

「ああ、なるほど」

 

 荷物運びと寒咲さんの出迎えに、オレたちも瀬上の後に続く。

 

「よォ、おまえら。そろそろ新人戦だな。仕上がってきてるか?」

「はい、おかげさまでいい感じです」

 

 寒咲さんの問いかけに答える。青八木もオレの隣で小さく「はい」と返事をし、その声量とは裏腹に力強く何度も頷いていた。

 

「そりゃ良かった。練習で怪我しないように、頑張れよ」

「はい!」

 

 寒咲さんもメカニックだから、瀬上と一緒にいる時間も長いしな。

 いつもレースには帯同してくれて、面倒見がよくて、卒業した今もこうやって献身的に後輩のサポート続けてくれて。男のオレから見たってめちゃくちゃかっこいい。さすが総北自転車競技部元主将て感じ。

 

 寒咲さんが届けてくれた交換用のパーツやケミカル類を備品棚に並べていると、パタパタと跳ねるような足音が聞こえてきた。それはビンディングシューズではなく普通のスニーカーのもので、それが誰なのかは見なくてもわかった。

 

「巻島さんの新しい決戦用ホイール、届きましたよー!」

 

 ホイールの入ったダンボールを頭上に抱え、足音の主が部室に戻ってきた。

 爆上がりしたテンションがそうさせるのか、瀬上は見せびらかすようにその場でくるくると回り出す。満面の笑みで。ホイール本体はまだ箱の中で、バラバラなのに。

 

「狭い部室で踊るなショ」

「踊りたくもなりますよ、この軽さ! まるで羽根みたい」

「まだ箱から出してすらいねぇのにわかんのか?」

「風袋抜いたら大体こんなもんだろうなって。早く組みたいなあ!」

 

 瀬上がその箱を両手でぎゅっと抱きしめた。

 すごく大切なものを愛おしむような、恍惚の表情。抱きかかえているのが犬とか猫とかぬいぐるみとかじゃなくて、かわいさの欠片もない無機物のホイール入りダンボールってとこが瀬上らしい。

 

「もう遅いから組み立ては明日にしておけ」

「はーい」

 

 瀬上って気になってるやつとかいるのかな。

 やっぱ寒咲さん……いや田所さんや金城さんとだって普通に仲良いし、当然尊敬してんだろうし……。

 

「巻島さん、来週のレース楽しみですね。箱学のリドレーさんもまたエントリーしてるんですよね?」

「ああ……みたいだな」

「今度は勝ってくださいね。この新ホイールのデビュー戦ですし!」

「クハッ、言われなくてもそのつもりショ」

 

 まさか巻島さん……とか。よく部活でもしゃべってるし、さっきみたいに巻島さんの方もよく瀬上のことを構ってる。

 マジかよ。だったら何の要素にしたって勝てる気が……1ミリもしねぇー……。

 

「手嶋」

 

 3年生が引退する前から、2年生にしてうちのエースクライマー張ってて、家は金持ちで自転車も超高級品。

 

 変わってるし、何考えてんのかイマイチよくわかんないとこあるけど優しくて、間違いなくいい人だし、なんか2人は通じ合ってる感あるよな……。

 

 それって珍しいコンポ積んでるからって理由だけじゃないだろ? もしオレが電動コンポとかスラムのフォースとか積んでたらあんな反応だったか? 微妙じゃね? いやうちは無理だけどな、あんなん高すぎて。大体シマノに慣れてるから付け替えようなんて発想すらねーし。

 

「……手嶋」

「ん、何? 青八木」

「考え事か? 上の空だった」

「あ……いや、今日寒咲さん来てくれる日だったのに自分ち用のケミカル頼むの忘れてたと思ってさ」

 

 と言いつつ、家にあるケミカルの残りにはまだ余裕がある。寒咲さんが次に来てくれる日にお願いするのでも十分保つだろう。

 

 要するに、本当のことを言えないから、半分本当で半分適当なことを言って綺麗に誤魔化したのだ。

 だがそんなことを知らない青八木は小さく微笑む。なんかちょっと心が痛い。

 

「なら、明日にでも寄って帰ろう。オレも行きたい」

「そうだな、頼むわ。……で、なんだっけ」

「来週の日曜、分解点検修理(オーバーホール)に出すからいつもの練習は行けない。すまない」

「了解、レース前だししっかり診てもらわねーとな」

 

 普段の整備は瀬上や寒咲さんがやってくれるが、購入店との繋がりは絶たない方がいいと言う2人の意見もあって、オーバーホールだけは購入店に任せることになっている。青八木も、家の三軒隣のあの店に持っていくんだろう。

 

 ……でも瀬上、本当はオーバーホールも自分がやりたいって悔しがってたな。だけど部活を引退した後や卒業後のことを考えたら、購入店との関わりをなくすのはオレらのためにならないって言って、それで……って何考えてんだよオレは。部活中だって言ってんだろ。

 

「……じゃあさ、代わりに午後はうちでレース観ながら作戦立てようぜ。この前のクラシックレース録ってあんだよ」

 

 オレの提案に青八木が頷いた。その真っ直ぐな視線に晒されると、自分がひどく愚かしい生き物のように思えてくる。

 

──ダメだダメだ、しっかりしろ手嶋純太。

 おまえにとって今一番大事な物はなんだ? 思い出せ。青八木のオーバーホールが終わったら、いよいよオレたちのレースだぞ。

 

 青八木とオレ、チーム2人の初陣だ。オレら凡人が力を合わせたらどこまでやれるか、それを確かめる。

 

 それに瀬上だってレースで勝てない男よりも強い奴の方が好きだろ。公貴みたいなさ。

 ……うわ、自分で言って泣けてくる。ああもう、ほんと嫌だわ。なんか今日は早く家に帰りてえ~。




こちらを#012として投稿していたため、番号修正しました。
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