Blank Paper 〜凡人サイクリストのオレが天才メカニックに恋してしまった結果〜   作:fuyu_plus

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今泉くん視点のお話です。


#023

 インターハイ自転車ロードレース神奈川県大会。

 オレが「獲れ」と言って送り出した男が、絶対王者箱根学園との一騎打ちを制し、総合優勝した。オレ自身も最終日にして山岳賞を獲った。

 

 チーム総北は過去何代にも渡って目指してきた全国一の勝利を手にし、これまでのどんなレースとも比べ物にならないほどの熱気と興奮と、感動に包まれている。

 

 なのにその会場で、こんな風にチームメイトから頭を下げられるなんて、一体誰が考えるだろう。

 

「今泉くん、本当にごめんなさい」

 

 腰を九十度近く折り曲げているのは、オレの一つ上の先輩である瀬上さんだ。うちの部に二人いるメカニックのうちの片方。腕に自信がありそうで、だからなのか先輩たちとも臆せず会話しているし、時にはあの金城さん相手に軽口を叩いている。寒咲同様に相当な自転車オタクで、オレもある時以来、この人には一目置いていた。

 

 その瀬上さんが、オレがテント裏でひとり勝利の余韻を噛み締めていた時に神妙な面持ちで現れて、こうしていきなり謝罪をしたのだった。

 

 オレは一度、瀬上さんに謝ったことがある。高校の部活で整備士の真似事なんかしてるやつらに自分のバイクを預けられるかと思い、瀬上さんや古賀さんに触らせようとしなかった頃だ。

 

 瀬上さんはオレの車体から自主練の痕跡を読み取って、あろうことかその事実を一番知られたくない鳴子がいる前で、まるで今までのオレをどこかで見ていたかのように語ってみせた。

 

 正直、あの時は分厚い辞書で殴られたみたいな衝撃だった。瀬上さんはわざとこんなことをしているんだというのがわかったし、見破られたのも認めたくなかった。それなりに走れるやつならローラー練くらいしてるだろうと見当をつけて、当てずっぽうで言っただけなんじゃないかと思って指摘したことでさえ、知識で反撃された。

 

 この人とやり合っても勝てない。そして、信用して任せるに値する相手なのかもしれない。他ならぬ寒咲さんが認めているのなら、間違いもないだろう。

 

 そう悟って、オレは謝罪した。以来、瀬上さんには頭が上がらない。瀬上さんもきっとそれをわかってて、鳴子や手嶋さんと一緒になってたまにオレを揶揄(からか)う。

 

「今泉くんが今日ゴールするまで、クラックのことなんて何も気がついてなかった。ごめんなさい」

 

 だから、瀬上さんがオレに対して頭を下げることなんて、絶対にない。そう思ってた。

 なのになんだ、この光景は。今日は今まで見たことないものをたくさん見ている気がする。

 

 言われてみれば、表彰台の上から見た景色のなかにいた瀬上さんは、総北の総合優勝だってのに一人だけパッとしない顔をしていたような気がする。

 でもそれは金城さんの落車事故を経験した先輩たちにしかわからない、感慨深さなんかがあったりするからなのかもしれないと思っていた。けどあれは、まさかオレのフレームが割れてたせいだったってのか。

 

「いえ、本当に気にしてません。オレもこの大会中は夢中で走ってましたから、無理させたんですよ。それにクラックって、落車したわけでもないのに気付くのは相当困難なんじゃなかったですか」

 

 瀬上さんはようやく頭を上げたが、何も答えない。いつも自信ありげに弧を描いている唇はきゅっと引き結ばれていて、あまり見ない表情だ。でもよく見れば顔に少しオイル汚れがついていて、そこだけがやたらと瀬上さんらしかった。

 

 謝る瀬上さんよりも、なぜか謝られたオレの方が焦っている気がして、一度大きく息を吸った。

 

「たしかに、あのまま何もなければオレが総合優勝できてたんじゃないかって思います。けど、それは別に今年じゃなくていい……一位を獲ったのは、同じチームの小野田(あいつ)なんですから」

 

 そう答えると、瀬上さんは目を見開いて何度か瞬きした。

 

「今泉くんがそんな風に言うの、ちょっと意外だった」

「……そうかもしれないですね。自覚あります」

「うん。四月に今泉くんが入ってきた頃は、うまくやっていく自信なかったもん。何話しかけてもツンとしてて、迷惑そうで、先輩たちのこともライバル視してばっかりでさ。正直、なんだこいつかわいくないな、って思ってた」

 

 瀬上さんは悪びれる様子もなく、はっきりとそう口にした。

 

 はあ? なんだそれ。ただの悪口じゃねえか。

 

「瀬上さん、やっぱりオレのこと嫌いすよね」

「本当のこと言うと、あの頃はちょっとね。でも今はそんなことないよ」

「ほんと遠慮ないですね。仮にも今日、インターハイの表彰台に立ったやつに向かって」

「だからこそだと思う」

 

 瀬上さんはそう言って、少しだけ声を上げて笑った。

 

「……オレは、瀬上さんにはずっと嫌われてるんだろうなって思ってました」

「え、ごめん。本当に?」

「まあ嫌われてるっていうと語弊があるかもしれないすけど。別に瀬上さんの態度が悪かったとかじゃないんで」

 

 瀬上さんは訝しげな表情をする。でも当然か、これは半分はオレの被害妄想なんだから。

 

「……オレたちは手嶋さんや青八木さんを差し置いてインターハイに出た。だからあの人たちと同級生で仲良い瀬上さんには、内心よく思われてないんだろうなと思ってました」

 

 瀬上さんは部員に平等に接してる。誰とでも仲良くやっている。

 初心者で機材の知識がない小野田は特に目をかけられているがそれは別にして、他人にあまり興味を持てないオレにも、それくらいはわかった。

 

 だけどその中でも特によく一緒に喋っているのが、手嶋さんであり、手嶋さんといつも一緒にいる青八木さんだ。合宿が終わるまでは正直二年の先輩なんて敵じゃないと思っていて気がつかなかったが、あの日を境に二人への見方が変わって、そこから気がついた。

 

 合宿を完走した時やこのレギュラージャージをもらった時、オレも瀬上さんにはそれぞれ祝いの言葉をかけてもらってる。

 だけど実際は、あの二人にインターハイを走って欲しかったんじゃないのか。仕事だからとやってくれてはいるけれど、本当はこの三日間、瀬上さんが整備したかったのはオレたちの自転車じゃなくて、あの人たちの自転車だったんじゃないか。

 

 そう考えついてオレは、それからずっと、瀬上さんによく思われていないような気がしていた。

 

「まさか。そんなことで悪く思ったりしないよ」

 

 瀬上さんはオレの言葉を明確に否定した。その姿を見て、この人たちはすごいな、と思った。

 

 手嶋さんも青八木さんも瀬上さんも。この三日間、いやその前からそうだ。この人たちのサポートは、いつだって全力だった。オレが彼らの立場だったら、裏方の仕事にあんなに本気になれただろうか。……いや、一度はこのレースを放棄したオレには、たぶん無理だ。

 

「そんなことよりも今泉くんは初対面の人への態度を改めるべき。なんであんなにつっけんどんなの? あっちの方がよほど嫌われる原因になるよ。それに私に嫌われてると思ったのも、そもそもは前に私を怒らせたのがあったからじゃないの?」

「ああもう、わかりましたって! もう勘弁してくださいよ、今日はチーム総北にとって記念すべき日になったんでしょう?」

 

 このままだと延々詰められる。これ以上ないくらい喜ばしい日に。

 少し大きな声を出して、瀬上さんにはそれ以上言わせないように遮った。

 

「だから、本当に大丈夫です。メカトラのことは気にしてないんで、瀬上さんももうちょっと嬉しそうにしてた方がいいすよ。周りがあれだけ喜んでるのに、一人だけビミョーな顔してたら白けますから」

「……クールな今泉くんに、それ言われたら終わりだな」

 

 苦笑いだった瀬上さんの表情に自信が戻る。振り払うように首を振った瀬上さんの元には、もう深刻さは残っていなかった。

 

「わかった。次こそは万全の体制で送り出せるようにするね」

「はい」

 

 それから次の瞬間には、瀬上さんはなにかやたらと優しげな表情で、どこかを見つめていた。

 つられてその方向を見ると、寒咲や杉元、それに手嶋さんや青八木さんが、笑い合いながら撤収の準備を進めている。

 

「──手嶋くんが言ってたこと、本当だったな」

「……はい?」

「なんでもない」




久しぶりの更新です。お待たせしました。
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