Blank Paper 〜凡人サイクリストのオレが天才メカニックに恋してしまった結果〜 作:fuyu_plus
#016、#025の初日の出のお話と繋がっています。
年末年始休みが終わり、今日から部活が再開される。
新年最初とあって、なんとなく気合が入ったのかもしれない。部室に到着したのはオレたちチーム2人が一番早かったようだ。
職員室に部室の鍵を取りに行きながら、オレは手嶋の話に耳を傾ける。
瀬上の話を聞いて、手嶋も初日の出ライドに出かけたこと。オレが筑波山にいた頃、手嶋と瀬上は峰ヶ山で偶然会っていたこと。中学の同級生と久しぶりに遊んだら、髪が伸びすぎだと揶揄われたこと。
嬉しそうに話す手嶋を見ていると、オレもなんだか嬉しくなって来る。そんな時にふと視線を惹いたのが、視界の隅でゆらゆらと揺れているモノだった。
手嶋の鞄に、小さなスニーカーがぶら下がっている。
よく見ると、それはスニーカーのように見える御守りだった。結びの部分が蝶結びにした靴紐に見えるようデザインされた袋には、しっかりと「健脚守」と書かれている。
「それ……珍しいデザインだな。初詣で買ったのか?」
「ああ、これ? そう、瀬上にもらった」
瀬上にもらった。……瀬上にもらった?
中学の頃、女子は部活でよくお揃いの御守りを手作りして、みんなで鞄につけていた気がする。野球部が県大会直前に、マネージャーから手作りの御守りをもらって挑んだという話も、聞いたことがある。
だけどさすがに、同じ部活で特定の一人だけに、神社の御守りをあげたなんて話、オレは聞いたことがない。
家族や親戚ならまだしも、友人で御守りを贈るのは稀なことじゃないだろうか。子どもの頃は無邪気にお土産にすることもあるかもしれないが、ある程度大きくなってからは、捨てるに捨てられない御守りはもらって困る贈り物に該当しやすいだろうし。
だが二人とも、個性的ではあっても常識的だから、さすがに聞き間違いかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。
「ほら、さっき言ったじゃん。オレら元旦にたまたま峰ヶ山で会ったんだよ。あいつそん時にオレにダウンヒル勝負吹っかけてきてさー。負けた方は自分の分まで勝った方の一年分の活躍を祈るとか言って。ハンデありって言っても、さすがにオレらがメカニックに負けるわけにゃいかねーじゃん? んで結局オレが勝ったから……」
聞き間違い……じゃないのか。
手嶋は御守りが贈られる事になった経緯をスラスラと話す。勝負に勝った賞品ということらしいが、それにしても、なんというか……距離感が近い気がするのは気のせいだろうか。
「峰ヶ山神社っていつも練習で前通り過ぎてるけど、何気にこの辺じゃ一番でかい神社だよなー」
どうやら御守りを贈るというのが特別な事ではないかと思っているのは、オレだけらしい。少なくとも、手嶋はそうは思っていないようだ。
手嶋と瀬上くらい仲が良ければ、普通のことなのだろうか?
でもたしかに、オレが手嶋から御守りをもらったとして、嬉しいと思うだろう。こんなものもらって困るとか、迷惑だとか、嫌な気持ちにはならないか。
二人も根本的にはそれと何も変わらないはず。だが、それよりも──
友達が少なかったオレには、そのあたりの感覚が、あまりよくわからない。
*
純太と共にこの自転車競技部を預かってから数ヶ月が経つ。
以前はオレたちが帰る頃には、まだ田所さんや金城さん、巻島さんが部室に残っていることが多かった。
今ではその役はオレたち二年が引き継ぐことになり、部誌の記入やデータ入力をしながら後輩たちが帰るのを見送る側になっている。
「じゃあ私も帰るね。二人ともお疲れー」
「お疲れー。気ぃつけてな」
「はーい」
部室の扉を閉める瀬上が背負うリュックには、小さく御守りが揺れていた。瀬上はメカニックだが、彼女もまた走り慣れたサイクリストらしいなと思うのは、自分の右側を通る車両に引っ掛けてしまうリスクの少ない左側に御守りを吊るしているところだ。
あれはおそらく、昨日まで続いていた年末年始の休みの間に増えたものだ。昨年末までは、瀬上があの御守りを持っているのを見たことがない。
オレはあれと同じ御守りが、別の人物の鞄にぶら下がっているのを、今日の朝にも見かけている。
去年と同じようなシチュエーションだった。が、今年はその場で本人に聞くことはしなかった。
ちらりと、今その御守りがあるはずの場所に視線を向ける。
──間違いない。これで確信した。
それは色こそ違うが、やはり瀬上が持っている物と同じデザインをしている。
その御守りの持ち主──純太は、瀬上が消えて言った扉の方をまだ眺めていた。さっきまで部誌を書いていたはずの手は、器用にペンをくるくると回している。
「……純太」
「んー?」
「別に隠さなくていい」
「え?」
「オレは言いふらしたりしない」
「……あのー、ハジメサン? 何の話?」
「……」
何を言っているのかわからない、という顔だ。
オレが何も言わなくても、言葉が少なくても、それでもわかってくれるのが純太だ。だが今は、本当に何もピンと来ていないらしい。
それもそうか。今までこういう話は、あまりして来なかったもんな。
「純太と瀬上が付き合っているとしても、オレは他のやつらに言いふらしたりはしな」
「待て待て待て青八木、一回落ち着こ? な?」
純太がオレの言葉を遮り、更にオレの両肩を掴む。
顔が真っ赤だ。もう純太が何も言わなくても、オレには全てわかってしまう。
「オレは落ち着いてる。落ち着いてないのは純太の方だ」
すぐ近くにある顔を、その目を、じっと見つめ返す。
「あのさ青八木……いつから……?」
純太は恐る恐る、といった表情でオレを見た。そんな顔をする必要はないのに、悪いことをしたのがバレた子どもみたいで、悪いとは思いつつも少しだけ笑ってしまう。
「一番最初にもしかしたらと思ったのは、新人戦の前あたり。確信したのは、今だ」
純太の鞄についている緑の御守りを指差す。
「瀬上のと同じだろう」
そこには去年まで、瀬上からもらったという健脚守があった。去年の御守りを外して新しいものをつけたということは、新しい方も瀬上から贈られたものなんじゃないかと思ったのだ。
「マジかよ……ほぼ最初からじゃねぇか……」
絶望の表情を浮かべて、純太は両手で顔を覆って俯いた。指の隙間から「うそだろ……」とか「マジかあ……」とか、そんな言葉が漏れ聞こえてくる。
「あの頃……新人戦の頃の純太は、話しかけてもなんだかうわの空な事が多かったから。タイムが伸び悩んでいるわけでもないのに、なんでだろうと不思議だったんだ」
ロードレースは、半分は気力で走るスポーツだ。フィジカルに問題がなくても、メンタルに問題があれば実力は発揮できない。
だから当時のオレは、純太が何かに悩んでいるようなら、それが何なのかを知ろうと思った。そして一緒に解決策を探そうと思った。
だが自分なりにその理由に辿り着いた時、それはオレが協力してどうにかなるものではないと悟った。
「それで純太を見ていたら、視線の先にはよく瀬上がいたから。……自ずとわかったよ」
最初は瀬上の整備の技術に興味があって、観察しているんだと思ってた。
オレたちはプロとは違って、レース中にメカトラが起きれば自分で解決しなければならない場面も多い。だから自分で素早く対応できるようになれれば、より安定して勝利をモノにできる。だから勉強のために見ているのだと。
けどそれにしては、その眼差しは時折とても優しくて、それでいてどこか切なげでもあった。
その複雑な心理のすべてを知れるほどオレは人を知らないけれど、きっと「そう」なんだろうなと思った。
やはり間違いではなかったようだ。
「あっいや、でもまだ付き合ってるとかそういうことじゃ」
「そうか。なら純太の片思いなんだな」
「うっ……そうだよ!! オレの一方的な片思いですよっ」
純太がやっと顔を上げたかと思ったら、今度はいじけたようにそっぽを向いてしまった。純太と一緒にいる時間は多いが、面白くて少しも飽きない。
「なあ青八木、その、オレが……瀬上のこと好きだって……そんなにバレバレだった? もしかして、ほかのやつらも気付いてる感じ?」
「……どうだろう」
そう濁したが、確信は持てなくても皆なんとなく察しているんじゃないかとは思った。──純太の名誉のために、黙っておくが。
マネージャーは何も言わないが、よく二人が話しているところをニコニコしながら眺めている。つまり察しているのだろう。
鳴子には面と向かって「あの二人付き合うとるんですか?」と聞かれたことがある。オレも知りたいから聞いて来てくれと返したら、鳴子にしては珍しく「ワイにはそないなことできへん!」と言っていた。
部室で雑談している二人を一歩遠くで見ていた今泉にも「手嶋さんと瀬上さんて仲良いですよね」と急に言われ、首肯するに留めたことがあった。そこに居合わせた杉元に至っては「二人は恋人同士に違いないよ」などと断定口調で言っていたが、さすがにそれには何の反応もできなかった。
二人は必要以上に距離が近いというわけでもなく、お互いにあからさまな特別扱いをしているわけでもない。ただただ仲の良い友人にしか見えないかもしれないが、片方がもう片方を見つめる交わらない視線の中に、何か他とは違うものを感じることがある。
みんなそれを感じ取って、実際はどうなんだとそっと見守っているのかもしれない。
「いつ言うんだ、瀬上には」
「前は部活引退したら、とか思ってたけどな……」
「いいじゃないか。最後の文化祭は二人で手でも繋いで回れば」
「なっ……! 簡単に言うなよ、相手がどう思ってんのかまるでわかんねーのにさっ」
体ごとオレの方を向いた純太と目が合う。
「青八木ィ……今日はやたらと饒舌だな、おまえ面白がってんだろ」
「いや……っ、ロードレースの戦略はいくらでも思いつくのに、こういうのは苦手なんだなと思っただけだ」
「ほら! いま笑った!!」
面白いものを見つけたみたいに、オレを指差して純太は声を上げた。
「自分はどうなんだよ、はじめ〜。オレ最近クラスの女子におまえの事よく聞かれるぜ。気になる女の子くらい居たっておかしくねぇよなっ」
純太はオレの肩に腕を回し、照れ隠しのように、話をすり替えようとする。まだまだ耳まで真っ赤だ。
「さあ、どうだろうな」
「なんだよ〜教えろよ〜」
他愛のない押し問答を繰り返しているうちに、純太の顔色も落ち着いて来る。
ふう、と短いため息をついた純太は、どこか居心地悪そうに「まあでも、」と切り出した。
「おまえだけは応援してくれるってことでいいんだよな? ……こんな無謀な賭けに出てるオレを」
「当然だ」
即答すれば、純太は少し驚いたような顔をした。
「それにオレは無謀だなんて思ってない」
「青八木……おまえって本当に真っ直ぐなやつだよな……オレも見習いてーわ……」
純太は頭が回る。様々な状況を考えて、自分にとって悪いことが起きた場合の対処法をいくつも用意できる力がある。
だからこそ、瀬上のことについても色々と考えているんだろう。主に、自分の気持ちを伝えてダメだった時のことを。
「引退したら告白するつもりだったけど、できないかもしれない」という文脈の先には、きっとダメだった時に「受験勉強に集中できなくなりそうだ」とか「卒業するまでの数ヶ月間が気まずい」とか「この先レース会場で会った時にどんな顔すればいいのかわからない」とか、そういう言葉が続くはずだ。良い結果が得られることを確信できていれば、こんな答えになるはずがないのだから。
だが、純太。オレは、二人が良い方向に進んで行くイメージしか湧いて来ないんだ。
純太と瀬上には、この先も二人で他愛もないことを話しては笑っているような、そういう未来しか用意されていないだろうと、そう思うんだ。
あとは、純太が腹を括るだけのはずだ。なんなら純太が瀬上に先を越される可能性だって、ないとは言えない。
純太は気付いていないが、瀬上もまた、純太をよく気にかけている。純太に見込みはあるのだろうかと、二人を観察していたオレにはわかる。
インターハイが終わって新学期を迎えた頃、「純太は岩瀬さんのことが好きらしい」と噂になっていたことがあった。
その時、いつもの会話の延長線上ではあったが瀬上はそれとなくオレに聞いて来たし、オレが否定すると少しホッとしていたように見えた。
きっとあの御守りも、瀬上が純太を特別に想っているからこそ贈られたものに違いない。もし元旦の峰ヶ山で会ったのが純太ではなく別のやつだったら、絶対にそうはならなかった。
「オレは応援する、純太」
「……サンキュ、青八木」
だけどこれは純太が自分で気がつくべきことだから、オレは絶対に教えてやらない。
頑張れ、純太。
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